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11.ごめん、かわいくてたべれません・1年目、2月ごろ

・2011年2月13日(日)


「あああああ! バレンタインなんか、潰れちまえぇえええええ!!!」


 ……シリアスな話の直後で大変申し訳ないのだけど、この日はギャグ話なのを勘弁してもらいたい。

 わたしは一応、メティスという存在が居る以外はごく普通の女子大生だ。

 そう簡単に「シリアス」の後に「シリアス」が固まってやってくるのを期待してもらう方が、正直おかしいわけで。


 ともかく学年末の定期考査も近く、参考書がうっかり山済みになった荒れ放題の賃貸にて――布団を蹴っ飛ばした朝のわたしは日にちの表示されたデジタル時計を思う存分! 枕に! ポスンポスン叩き付けた!


  ――「……はいはいはい、どうしたの。朝起きるなり大声上げて」


 元気な盗聴ウーマンが今日もわたしに声をかけてくる。うん、今日も今日とて、盗聴無線機の入った三又コンセントばりには仕事をしているらしい。


「どうしたもこうしたも無いってのー! メティス! 定期考査が近いからって散々今まで無視してきたけど、あああああもう我慢できない!」


  ――「一応聞くけど何が?」


 わたしはひとりで駄々っ子のように騒ぎ立てた。


「チョ~~コ~~のぉ~~日ぃぃ!!」


  ――「あっあー……今年も諦めなさいよ……」


 メティスが半笑いで途方にくれた声を上げるけど、知ったこっちゃない。

 わたしは毎年この時期、とっても楽しそうな周囲にないがしろにされまくっているのだ。

 なぜだかわかるだろうか?


「お菓子が作れる人うらやましいぃ、じょしりょく、かっわいいぃ……」


  ――「羨ましいわけねー……」


 わたしが周囲とガンガン仲良くしてると見せかけ、実はそこまで深入りしない絶妙な立ち位置をキープする悪癖があるとはいえ。

 フレンドリーに見えてたまにノリが悪い、なんて言われやすいとはいえ!


 仲間外れにされるのが好きだなんて、一言も言ってない!


 ……いや、こう書くとわたし、時永くんみたいだな。

 へ、変だな、そこまで似てないのに……いや失敬! 何もだ、『2月14日』のワイワイまで仲間外れにしなくとも良いじゃないですかー……!


  ――「まあ、その……諦めなさいってばだから。あなたが作る『物体X』って、時永くんじゃなくても何故か摂取した人間全員、意識飛ぶレベルのダークマターなんだから……」


「物体Xっていうな!」


 ってか暗黒物質(ダークマター)って言うなぁあ!


  ――「いや、うん、そうとしか表現できないんだから仕方ないでしょう、何あれ」


「何あれっていーうーなー! うわあああん、わたしだってよく周りがしてるやつー! 手作りの友チョコ交換とかしたああい!」


  ――「無理ですってあなた……」


 メティスが苦笑いマックスな声を上げる中、わたしは駄々をこねた。


「憧れてやまない! わたしだって好きで暗黒物質作ってるんじゃなーい!」


  ――「……そりゃあ、好きでやってたら天才だけどあれ……」


「たすけてメティス! わたしの気性を知ってる人は軒並み『作ってないよね??』って5.6回聞いてくる! 念押してくる!! いくら綺麗にラッピングしてあっても!」


  ――「それあなたのラッピング技術だけ上がっていくからでしょ」


 メティスに呆れと笑いの中間みたいな声をかけられながら、わたしは順当にヒートアップしていった。


「チョコの日なんてクソくらえぇ! あああああわたしに! メシマズ飯製造機のわたしにぃぃぃ!! 手作りなんて、どうせ無理だっつーのっ! ぶっこるぁあああ!!」


  ――「あーこらこら、こんな朝から奇声を発しないの。ゴロゴロもしない! ……えっと、要するにアレよね美郷!? バレンタインデーにかこつけた手作りチョコ大会に毎年参戦できないのが悔しいから!」


「そう!」


  ――「今年も黒歴史の記憶に苛まれて、なんかわけわからないことになってるわけよね、前日になって!」


「そのとーりである!」



 ……そう、そういうわけなのだ。

 今までもメティスが散々チラつかせてきたとは思うけど、わたしの料理音痴ぶりは昔から相当深刻なもの。


 小学生の頃、わたしは初めてバレンタインにて、好きな子にチョコを渡した。


 が! ――その子は家に帰って袋を開けるなり、どうやら『臨死体験』をしたらしい。つまり死にかけた。細菌テロでもウイルステロでもない。なのになんか死んだ! 一瞬だけど!


 原因は初心者用のお菓子キットで作った、しかも溶かして固めるだけのチョコ。ちゃんと説明書どおりに、1グラム単位で合わせ、職人並みに作ったにも関わらず……それは正体不明の『毒物』と化した。


 どこをどうやればそんな出来になるのか……!

 と試食した末3分死んだ母親も不思議がっていたのだが、やはりというべきか。

 翌日には『恐怖の殺人チョコ女』のあだ名が学校中に広まっていたのを、トラウマよろしくわたしは思いっきり脳に刻み付けてしまっていた。


 救急車が出動するたびに話題になっていたらしい。ある年のバレンタイン、目の前で「死んだ」友人を前に、救急隊員のお兄さんがお決まりのように繰り返した。



『……あの、何か食べましたか、甘いものとか』



 ……そこから、挑戦をやめた。

 あれから、個人的に少しは進歩していると願いたい。が、しかし。

 今でも月に何度か自炊を試みるものの、やはり自分のつくったものは死ぬほどマズく、食べられたものではない。


 わたし自身は「死ぬほどマズい」で済むが、他人に食べさせるとキッカリ3分は意識不明になる上、プラスマイナス5分の記憶を忘れる。――その効果たるや、告白失敗した男子に『記憶喪失になる薬』として有効活用されかけたほどだ。


 ……やめて。せめてそのくらい、わたしの『毒物』に頼らず真摯に受け止めて!



「………ふー、ふー……」


  ――「落ち着いて美郷……」


 と、己の黒歴史をダブルラリアットでぶっ潰しながら目覚まし時計を破壊していたその時だった。

 前触れもなく、携帯のバイブレータがブルブルと音を立てはじめる。


  ――「あ、ちょうどいいわ。ねえ美郷、電話……なってるけど?」


 誰からなのか、想像くらいはつく。

 わたしは意を決して携帯のメール受信ボックスを開いた。




件名:飢えに飢えた男子どものために

送信者:谷川

―――――――――――――――

ただいまチョコ大量生産中!

(`・д・)ゞ

―――――――――――――――

添付画像:美味しそうなカップ生チョコ




「ケ・ン・カ……うっとるんかぁあああああああい!!!!」



 ……我ながら完璧なフォームで、その端末を真正面の真っ白な壁に投げつける。

 ピキシャン、と何か砕けそうな音がしたけど、知らない。わたしは知らないよ。はっはっは。……うん、あれでしょあれ。横から覗き込めないようにするフィルム的なあれがちょっと逝っちゃったんでしょ。

 わかるわかる。もう何度もやってる。あとで蜘蛛の巣状になったあれを剥がす作業が追加されただけ。


  ――「……あ、はいはい、落ち着きなさい。壁に携帯投げつけない。そんな怒りもいつかはマイメモリー」


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 平然と言ってて実は一番「チョコを作らせまい」と焦ってる人になだめられたくはないし、その証拠になんか適当な感じになってるので、ここは絶対に無視を決め込みたい。絶対だ。


  ――「な、何もね? 手作りだけが男子のハートをキャッチするわけでもなしに。別に市販のでもいいんじゃないの? 時永くんだってそんなことで怒ったりしないでしょ?」


「……。は……」


 い、いいい、一体何の話をしておるのかね、メティスさん?


  ――「動揺しすぎでは」


 誰が、誰に、チョコなんて甘ったるいだけのものを贈りたいって言うんですかね。

 わ、わたし、なんの、話だか、ちょっと分かりませんね?

 ……ワカリマセンヨネ?


 ふと、不安になって鏡を見た。


  ――「……ワカリマスケドネ?」


 メティスの半笑いの声が頭に響く。……。うん。あーうん、ちくしょーめ……



    *   *   *   *




 結局メティスに「キッチンで作ると足がつく」「どうしても殺したいなら食中毒事件を装え」「ヤるなら一気にキメるぞ」と訳の分からない説得のされ方をした挙句、バスでゴトゴト揺られること数十分。百貨店のフードアリーナへ市販のチョコレートを見に行くことになるのは自明の理だった。


 ……でもねえ、やっぱりバレンタインといえば、憧れるのは手作りなんだよなぁ……


  ――「うーわ、まだ言ってるこの子……」


 時期が時期だけに、売場に人はごったがえしている。

 だが、やはりこれでいいのかという思いが頭をぐるぐる巡っていく。

 ……ほら、出来ればこの手で、思う存分思いを込めたものを好きな男の子に渡したいじゃない?

 市販のものには無いあたたかみとかさー……そういうの、よく聞くじゃん。好きなんだよね、テレビ番組でよく見るやつ。ドラマとかで見かけるやつ! 羨ましいんだよね!


 う・ら・や・ま・し・い・ん・だ・よ・ね!


 そう思いながら歩いていた……まさにその時。


「あ」

「おっと」


 すれ違いざまに誰かと肩がぶつかり、慌てて謝ろうと振り向く。


「……へ?」

「……あれ?」


  ――「や、やふー! 仲良いわねー、お2人さーん」


 そこにいたのはまさかの、目を丸くした時永くんだ。……いや、分かってたでしょ、メティス。

わたしは思わずジト目をしそうになった。

 ……前に言ってたじゃん、神様って、未来が分かるんだよね?


「……何してるの? こんなところで」

「ははは……まさかこんなところで会うなんて。いや、去年流行った逆チョコでも今のうちに買っておこうかと」

「周りに馴染むために?」

「そうだね」


 時永くんは呆けた表情をようやく崩し、苦笑した。


「露骨だねえ」

「定期的にものとかあげたら、円滑になる気がしません? 人間関係」

「分かるけど」


 手に持った空のカゴをチラ見する。

 ……うーん、そっか、まだ来たばかりみたいだ。


「豊田さんこそ、誰かにあげるんですか?」

「うん……まぁね。友チョコ2つ、どうしようかと思って」

「……それって僕と谷川さん?」

「うん……」


 ……時永くんは一瞬、何かを考えるようなそぶりを見せたが、すぐ言葉を発した。


「じゃあ、せっかくここで会ったんだし、一緒に渡すチョコでも選びます?」

「へ?」


 ……。

 ええっと。


 そもそも、バレンタインチョコというのは、ですね……。


 わたしは理想のバレンタインデーとクソみたいなバカップルの図を思い浮かべた。


 ……何がもらえるかわからないというか。

 いや、もらえるかすらわからない。

 そんなサプライズ的な要素が入っているもんじゃないのか。


 だとしたら、あげるものを一緒に選んでしまうとそのサプライズ要素は消えてなくなってしまう。

 いや、でもせっかく誘ってくれたんだし、断るのは気がひけるっていうか。


  ――「まったくもう」


 メティスが頭の中ででっかくため息をついた。


  ――「後先決めなかった大学受験の時とは大違いなんだから。こういうときこそ決断は早くすべきよ」


 スッ、と脳裏にホワイトボードが現れた。

 いや、何を人の頭の中に出してるのよ勝手に。


  ――「“バレンタインはこうあるべき”なんて教科書はないんだもの、いちゃこらしながらチョコ選びっこするのも個人的にはありだと思うけど?」


 ホワイトボードに「固定観念をぶっ潰せ⭐︎」「恋は攻撃力」「※ただし死の恐怖は要らない」と見慣れない字が書かれていく……って、イチャコラ言うな。


  ――「そもそもチョコにまみれた日本のバレンタインと海外のバレンタインじゃ様相が違うんだから、こだわるだけ無駄無駄」


 ……あー、うん……。ホワイトボードは消してほしいけど。メティスが言うんだったらそうしようかなー。

 なかなか答えが出なかったわたしは、結局メティスの提案にしがみついた。途端に「キュッキュッキュ」とホワイトボードが真っ白になる。


 ――ああ、笑え、これを見た皆の衆。理想なんて想像の彼方に消えまくるんだよ、ええ。


「……オッケー。いいよ、一緒に売り場回ろうか」




    *   *   *   *




 その後、2人でチョコを見てまわっているうちにいつの間にか、『何かネタ系のチョコを買って谷川さんをおちょくろう』という話になり。


「……わあ」

「これですよこれ」


 その直後、ここ毎年バレンタインシーズンの度に話題になる「リアル虫型チョコ」を見つけたわたし達は思わず「アレだ!」と同時に叫ぶこととなるのだった。

 ……いやあ、絶妙に気持ち悪い。


「……開けた時の表情が気になるね」


 ニヤーッとした時永くんの一言に、わたしは返す。


「いい気味だ……」

「フッ、恥を知れ……」


 時永くんが普通に笑顔でかぶせてくるので、思わず噴き出す。


「ねえ、なんかやられた?」

「特に何も。ただ」


 チラリと携帯電話がわたしの前にかざされる。


「チョコ生産中の写真が送られてきました」

「あ、わたしも」


 やっぱ向こうにも送ってたか!


「あれよく見てください。全部男性の名前にハートがついてるんです。寒気しませんか?」

「うそぉ」

「ほら、カップの側面」


  ――「……もう結婚すれば良いのに」


 わいわい言いながら携帯を覗き込み合っていれば、多少呆れ気味なメティスの声が頭に残る。

 わたしはため息をついた。時永くんもつられたように息を吐いて……


「……谷川さん、気が多いにもほどがあるんですよ」

「だねえ」

「別に人を好きになるなとは言いませんよ?」


 ……思わず、その表情を見上げる。


「人にそれだけ執着できるんだから、一種の才能です」


 恋心、なんて……彼にとっては才能の一種に過ぎないのかもしれない。


 うん、今ならわかる。

 何故、時永くんは人に避けられるのか。わたしと一緒で、どこかぷかぷか浮いてしまうのか。それは、本人がどこかで拒んでいるからだ。

 きっと……クロノスに関連することで。



  ――『ハッ、知ったことではないな。壊れて困るなら代わりを作り出せば良い』



 思い出す、あの時のクロノスの言葉。

 彼からしてみれば人間というものは、単なる下等生物でしかないのだろうか。

 時永くんはどうなんだろう。クロノスのことをどう思っているのか。

 もちろん、現実に時永くん自身がクロノスをどう思っているのかはわからない。

 だけど、ただ思うのは……



  ――『もう、あんな光景は見たくない……』



 前に聞いた、「大きな独り言」。

 あの時の言葉は、たぶん、クロノスに向けたもの。


 普段わたしがメティスに喋りかける時、きっと周囲には単なる独り言に見えているはず。

 だから、同じことを時永くんがあの時していたと考えれば理屈は通る。……で、もし本当にあれがクロノスに向けた言葉だとすれば、たぶん時永くんはクロノスにあまりいい印象を持ってはいない。


 ……つまり2人の間には、わたしとメティスのような友情関係などは存在しない。


 今からあの言葉を思い返して考えてみれば、詳しいことはわからないながらも、少しは想像力が働く。

 恐らくクロノス絡みで過去に大きな何かがあったに違いない。

 たぶんそれはきっと……彼にとって重い、重い何か。


「ああ、この洋菓子店、いつも包装が凝ってるんですよねー」

「……うん」

「この赤と青、どっちが好きです?」


 けどそれは、時永くんにしてみれば一生1人で背負って行くしかないもの。「関係ない他人」を入れてはならない領域。


 だから彼は拒むんだ。人と仲良くなればなるほど、その秘密に触れる機会が多くなっていく。

 だから彼は怖がるんだ。人と触れ合うことを酷く恐れ、人に入れ込むことの無いように振舞う。客観的に見ようと努力する。


 でも、それと同時に彼は、ひどく寂しいのかもしれない。本当は心置きなく誰かと笑い、泣き、安心したいのかもしれない。


 そう思えるから……今はせめて。



「……あのね、メティス」


 ……また変なチョコを見つけた彼が離れた隙に、わたしは呟く。


「わたしが好きだって言わない理由、わかるかな」



 わかってはいそうだ。だって彼女は、わたしの考えていることがわかる。

 ――メティスは前に言った。クロノスと時永くんは「同じ型」の魂の持ち主。同じ、基盤の持ち主。

 クロノスが「時永くんの中」から地球を観測するように、メティスも「わたしの中」から地球を見ている。

 たぶんそれは、メティスもわたしと『同じ型』だからだ。



「……勇気がないのもあるんだ。わたし、ちゃんと誰かを好きになるって、多分、これが初めてで……」


  ――「……ええ」



 人はいつか、いなくなる。――それがこんなに重いことだなんて、わたしは知らなかった。当たり前だ、だってここまで誰かに夢中になったことがない。

 時永くんと話していて、ずっとその表情を見てきた。


 目の前で、薄く笑う。……噴き出す。苦笑する。思いっきり笑う。


 それをみて、「今日も生きていてよかった」とわたしはホッとする。自分が生きていてよかった。彼が生きていてよかった。


 ああ――あの、全てを亡くした日に。

 家族を亡くした日に。家をなくした日に。

 ……わたし自身もなくさなくて、本当によかった。


 そう思えるようになった。胸を張れるようになった。安心できるようになった。

 明日が来るのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。

 そんな日常がなくなるのが、怖くて……怖くて、仕方がない。



「でも、それだけじゃない」


  ――「…………。」


「時永くん本人の気持ちを考えたら、それは……無理だよ」



 メティス曰く……『生きて、動いて、会話する自然災害』、クロノス。

 そのポータル、つまり出入り口のようなものが、常に体の中にある時永くん。

 彼は多分、誰も近づけようとしない。


 さっきの少し意地悪な発言もそう。誰も近づかないように、牽制したものだ。「人にそれだけ執着できるんだから、一種の才能です」。……自分ならできないと言っている。そんな気がした。


 もし、クロノスが時永くんから出てきたら。

 ……出てきたあの時、クロノスは時永くんの髪をいじったり、表情を作ったりしていた。

 時永くんの手足を使って、時永くんのフリができる。そういうことだ。


 人を壊しても、なんとも思わない神様。

 『ゲームの駒』だと豪語する。かなりひどい神様。


 それが次、時永くんの隙をついて表に出てきた時――クロノスは、時永くんの体で何をするんだろう。人を殺してもおかしくない。騙してもおかしくない。

 傷つけても、きっとおかしくないんだ。


 だからきっと、万が一の時に誰かを巻き込みたくない。

 彼なら、そう考える気がした。


「……知らないふりしなきゃ、きっとわたしは彼の隣にいられない」


 時永くんは多分、少しずつ油断している。……今まで誰ともかかわろうとしなかった。今まで、壁を作って生きてきた。

 それが、わたしと谷川さんに少しずつ壊され始めている。


 だってよく笑うんだ。楽しそうに喋ってくれる、接してくれる。わたしたちと一緒にくだらないことを喋るそれが、楽しいんだと見て分かる。


 わたしが「彼の秘密」を知っているとバレたら。彼は……たぶん、もう夢を見れなくなる。

 一気に現実に引き戻される。


「鈍感なふりをしなくちゃ、まだまだグイグイやってられない。わたしはね、メティス」


 ぽつりと呟く。


「……わたしは、普通にしてる時永くんが好きなの。一緒に喋って、一緒に笑って。そんな時永くんが好きだから。なんでもない振りして……垣根の外の友達としてね、彼の傍にいたいんだ」


  ――「……そうね」


 メティスは呟く。


  ――「それが、懸命なのかもしれないわね」


「豊田さん、こっち!」


 ……ぐずぐずしているわたしを、彼が呼びに来た。


「ほら、あのチョコレート、包装が可愛くないですか!?」

「え……うん、いいと思う」


 ……こうしてみると、普通の男の子だ。

 わたしが好きになったあの笑顔で。幾度も笑わせたくなったあの顔で。

 大学で再会したとき、わたしが引っ張ったのとはまったく逆に私の手を引っ張って、ずんずんと売り場を進んでいく彼。


「……反応悪いな、じゃあこれは?」

「あっ……」


 時永くんがわたしを引っ張ってきたのは、動物をモチーフにしたチョコの売り場。……同じ動物でも、さっきの谷川さん向けに買ったリアルな虫チョコとは別枠みたいで、ポップな雰囲気のそれ。

 猫のイラストがついたそれは、確かに可愛かった。……本から顔を上げた仔猫のイラストだ。誰かさんに似ている。


「……可愛い……」

「……そうか」


 ぽん、と手を叩きながら時永くんは言った。


「猫派なんだ、豊田さん」

「いや、猫だけじゃないけど。犬も好きだよ?」

「でもどっちかというと?」


 わたしはなんとなくその猫チョコを持ち上げた。見比べる……あ、やっぱりこのイラスト。なんか似てる。


「今の気分は、猫」

「……了解」


 さっき時永くんが包装がいいといったのは、確か犬の柄だった。ポメラニアンと豆柴のあいだみたいなワンコ。


「じゃあ、猫にします。……買ってきますね、豊田さんの分」

「え?」

「……だって、僕にもくれるんでしょう?」


 ニコッと笑って彼は言った。


「どうせ、2人揃ってここで買うんです。……この場で、渡し合いっこしませんか?」


 ……うっかり、鼻血が出そうになった。



・オマケ


「時永くん、犬がいいんだ? 意外」


 そうわたしがいうと、彼は首をすくめながら言った。


「だって、豊田さんに似てませんでした?」

「え?」

「さっきのワンコ」


 …………なるほど。


「……買ってくる……」


 思わず、耳が真っ赤になりながら呟いた。



 でも……いや、あの。


 レジへの道中、チラッとさっきの包装が目に入る。

 時永くんが「わたしに似てた」と口にした、それ。


 ……ええ……

 そんなに似てるんだろうか、このアホそうな豆柴……。


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