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8.谷川さんの後輩 1年目、12月前半

・2010年12月3日(金)


 大学の帰り道。喫茶店に入っていたわたしたちはその日、結構疲れていた。……近隣大学と一緒にちょっとだけ交流試合をしたんだけど、レベルがまず違う。お遊び同然のわたしたちがついていけるはずもなし。


「なーんか、高校の時に喧嘩した女の子の言い草思い出すー」

「何ー」


 だらけながらいえば、机に突っ伏したままの谷川さんは口真似だろう、普段より低い声で。


「『遊ぶのはいいのよ、気を抜いてるやつはゴミだわ』」

「ゴミで悪うございましたねー」


 なんかそいつ、殴りたい。

 わたしはイチゴソーダをかき混ぜながら思った。


「ってかさあ、あれみてよ」


 憂鬱そうに谷川さんが指差したのは、眼下に広がる街明かり。キラキラしたイルミネーション。……そんな季節か。


「12月になればそろそろクリスマス~……ってかい? けっ」

「いきなり何腐ってんのよ君……」


 ……時永くんは学部違いだし、サークル違い。

 帰宅時間が違うので今日この場にはいない。谷川さんはやさぐれた目で言った。


「……暗い顔にもなるっての。彼氏のいないクリスマスなんて何年振りか」

「うっそぉ!」


 わたしはギョッとして思わずぴくっととびあがった。


「人気者の谷川さんなら、てっきり予定埋まってると思ってたのに!?」

「ん? あぁ、アプローチと告白はたくさんあったけどね……正直言って、友達止まりで精一杯な子が殆どっていうか」


  ――「その環境でその悩みって……なんて贅沢な」


 メティスの呆れた声がした。でも、モテ女なんてそんなもんでしょ結局。


「……こうなりゃ元カレのところに押しかけるか、つまんないし」

「やめなさいよ。ってか、気まずくないのそれ?」

「いやぜんぜん? 元カレって言っても修羅場った別れ方してないから、平気平気」


  ――「言い方からして全部そういう別れ方なのかしら」


 メティスの不思議そうな声に、わたしは少し頷いた。

 きっとそうなんだろう。谷川さんなら全くおかしくない。


「でも、向こうは今年受験生。たまにメールしても最近、勉強関連の話題が多いのがつまらなくてさー……はあ、うっかりするとフェードアウトしそう」

「受験生なら尚更自粛すべき……というか、年下なの? その子」

「だよー」


 アイスコーヒーを飲みながら谷川さんは言う。


「高校の1つ下の後輩でね。これがまた面白いんだ。一度でも話振ったら延々と続くの。この映画のここが好き、とか。『この監督はライトの光源を2つ使ってるから独特な雰囲気なんだ』とか」

「うん」

「『この映画の脚本はウン年前の何々と似てて、同じ人が書いている、恐らく同じモチーフでリベンジしたかったんだろう』とか」

「えっと……理屈っぽいんだ?」


 なんとなく好き、とはならないタイプ。じゃあ谷川さんとは正反対だ。

 ……逆に思う。それ、どこで気が合ったの?


「そう、それでちょっとでも理に適わないことがあると思考停止しちゃうタイプ」

「いるいる」


 ちょっと融通が聞かないっていうか……そういう感じの子、クラスに1人くらいは必ずいるような気がする。


「でもあたしが見るにいただけない点はそこだけ。学校の成績もそこそこいいし、バスケ部の頼られリーダーだし。それに変わったことをして騒ぐの好きな性格だから、どれかっていうと人気者タイプって感じ? ……だから、そのうちいい彼女ができるんだろうなーとは思うんだけどさ」


 谷川さんは苦笑した。


「それ考えると、両方納得して別れたはずがさ、ふと猛烈に別れた事が惜しくなるんだよねぇ」

「それって実は納得してないんじゃないの? 未練あったりしそう」

「そう?」

「うん、だって完璧ノロケ話に聞こえるし……というか、気になったんだけど、それどっちが別れ話切り出したわけ?」


 谷川さんはふぅ、と息をついた。


「……向こう。『俺に谷川先輩を幸せにする自信は今のところありませんので』だってさ。さっぱりしてるよねぇ」


  ――「随分きっぱり言うわねその子」


 確かにさっぱり、そしてきっぱりしている……


「谷川さんの元カレ、結構真面目な子なんだねぇ」

「見た目そうは見えないんだけどね。どっちかっていうとヤンチャ系。この前なんて受験前にもかかわらず、文化祭限定でバンド結成してなんか熱唱してたし」


 受験生何してるの!?


「大学受かる自信がそこまであるってことなのか、それとも受かろうが落ちようが知ったこっちゃなかったのか知らないけどさぁ……やっぱ、お祭りバカ騒ぎが好きみたい」

「で、最近になって勉強スイッチ入ったと」

「そういうこと」

「でも、文化祭かぁ……懐かしいなー、出店とかなかった?」


 わたしが聞くと、谷川さんは首を傾げた。


「出店って……屋台とか?」

「うん」


 谷川さんはまた首を傾げる。

 ……あれ、屋台とかってそんなにマイナーかな?


「そういやたまに他校で聞くよねそれ。っていうか出店って何やるの? タコ焼き?」

「それもあるけどよく繁盛してたのはチョコバナナかな。あとリンゴ飴」

「なんか普通のお祭りと変わらなくないそれ……でも、そうそう、ウチの高校の場合なんだけど、教室で喫茶店とか駄菓子屋さんはよくやってた」

「おー、やったやった。それは同じだ」


  ――「そういえば美郷、料理ベタの才能を遺憾なく発揮して大変なことになってたわよね?」


 料理ベタって……変な思い出し方しないでよ気にしてるんだから。

 レシピ通りに作ったつもりが全員腹を下すってどういうことよ……おかげで高校でのあだ名が「食中毒」だったよわたし……


「……屋台っていったらなんか、ラーメン食べたくなってきた」

「好きだねぇ。この辺屋台ラーメンないよ?」

「知ってる」


 苦笑する谷川さんにわたしは言った。


「屋台に限らないもんこの辺。そもそも美味しいじゃん、あそこの塩ラーメン」

「そうだけど……また行く?」

「うん……あ、でも今日は無理だ。家に残り物のお惣菜があるから、まずはそれを片付けなきゃ」


  ――「ナイス、美郷!」


 メティスが声を上げる。


  ――「気づいてなかったら私が声かけるところだったわ」


 声かけられずとも、覚えてることぐらいありますよーだ。


「ふーん……じゃあさ」


 谷川さんは冗談っぽく指を立てて発案してみせた。


「また今度2人で食べにいこっか?」


 おお、それはいいかもしれない。わたしは迷わず頷く。


「そうだね、時永くんには秘密で」

「お、いいねぇ。たまにはそうしよ」


 秘密というのに、深い意味はない。でもあえて理由をつけるならこうだろう。

 『時永くんと一緒というのも楽しいけれど、たまにこういう風に脈絡のないガールズトークしたい日もあるのだ』と。


「最近はあたしもバイトで忙しいし、決まった時間取れるのは今のところ年末くらいだけど別に良い?」

「いいよ、覚えとく。わたしはどうせ谷川さんみたくモテやしないから、予定なんてガラガラ。だからオールオッケー」

「決まりじゃーん」


 わたし達はそう言って笑い合った。

 出会ったときからそういう雰囲気でずるずるやってきたからか、未だに「名字呼び」。下の名前で呼び合ったことは無い。

 だから、周囲からは意外と言われるけれど……彼女とはよく一緒に居ることが多い。時永くんと一緒にいるとなんだかんだで絡んでくるからだろう。


 でも、思えばそんな会話なんて今まで谷川さん相手にはあまりしてこなかった。


 だから、正直言ってちょっと面白かったんだ。




    *   *   *   *




・2010年12月24日(金)



  ――「そういえば美郷、年末は紅白派よね」


 今どき珍しいって言われるけどね。

 わたしはそう思いつつ、隣の文庫本広げちゃってる男子に聞いた。


「ねえ」


 今日読んでるのは……ああ、太宰治か。相変わらずのネガティブ男子だ。


「今日も何事もないような顔で来てるけどさ。時永くんって今日、誰かとデートする予定とかあったりしないの?」


 クリスマスイブ。11月下旬頃から町中にちらほらとしていたイルミネーションは一層輝きを増した。

 特にここ最近の駅前は業者さんが気合を入れすぎてしまったのか、もの凄いことになっている。


「……まさか」


 時永くんは首をすくめて答えた。まだ谷川さんは来ていない。……3人で騒ごうと言ったのは誰でもない、谷川さんだっていうのに。


「谷川さんじゃあるまいし」

「だよねー」


 メティスが呟いた。


  ――「……なんというか、酷いイメージね」


 自業自得でしょ?


「でも、知ってた?」

「何をです?」

「谷川さん、今年は一緒にクリスマスを過ごす彼氏がいないんだって」

「……それは意外ですね」

「ね」


 ふと気づくと、雪が舞い始めていた。今日はホワイトクリスマスらしいなと思いつつ、雪をポンと捕まえてみる。って、あ。


 ――ぱんっ。


 やっぱり時永くんの方がうまい。紅葉と比べたらすぐ消えちゃうしわかりづらいけど。


「で、豊田さんは?」

「何の話?」

「誰かと一緒に過ごしたりしないんですか?」

「しないよ、谷川さんじゃあるまいし」


 ちょっと気になるなぁ。……と思うような人は、正直目の前にいるけど。

  時永くんの言い方を真似して返すと、彼は思わずと言ったように苦笑した。


「……なんだか谷川さんが可愛そうになってきたなぁ」

「意外とネタにされて喜ぶタイプだからいいんじゃない?」


 ふざけて悲劇のヒロインを演じ始めるかもしれないけど。


「……言えてるかも」


 そう忍び笑いをしつつ言う時永くん。すると……


「わっほーお! おっ待たせー!」

「……噂をすれば、ですね」

「だねぇ」


 テンションの高い様子で遠くから手を振りつつ走ってくる谷川さん。


「ごめんよ~、友達に辞書借りてたら、返すのに手間取っちゃった。……だってなかなか捕まんないんだもん!」

「あー、あるある! 困るよねぇそういうの」

「気にしないでください。よくあることです。僕も高校時代、先生を探し回っているうちに休み時間が終わったことがありますよ」

「うわやってそう、青い顔しながら!」


 喋りながら校門に向かい始めて、ふっと息を吐く。ああ、やっぱり白い……。


「……実際青い顔だったんじゃないですかね。体調不良で早退(はやび)けしたくて」

「誰かに伝言頼めばよかったのに」


 谷川さんの言葉に、ムッ、と時永くんのほっぺたが膨らむ。


「……悪かったですね、谷川さんと違って友達いないので」

「今いるじゃんよ!」


 コミュ力おばけと一緒にしないでほしい! ――とばかりに訴える時永くんに、谷川さんは涼しい顔でケラケラと笑う。


「で、今日はどうするわけ? クリスマスだし、ちょっと豪華にいく?」

「あー……」


 わたしは言いづらいことながらきっぱりと言った。こういうイベントごとにはちょっと慣れている。


「千円以上の出費はかんべんね! ――わたし、金欠だから!」

「ええええこういう時のために貯めときなよ、クリスマスだよ?」

「……豊田さん分だけなら、僕が出しましょうか?」

「いいよ勿体ない」


 むう、と時永くんが尚も不満そうな顔で立ち止まった。

 ――あれ? もしかして意外と心の中はクリスマステンションだったタイプ?


「じゃあ時永くん、あたしの分ー!」

「……谷川さんは困ってないでしょ」

「けちっ」


 ふんっ、と時永くんは鼻を鳴らした。おお、怒ってる怒ってる。


「……ごめんよ、今現在、親戚のおばさんの仕送りでどうにかこうにか生きてるから」

「! ……。」


 時永くんがきょとんとした後、やがて納得したように頷いた。

 ――そう、今初めて彼は察したらしい。わたしがいわゆる「苦学生」だと。


「水を指すような言葉だねぇ。これはひどーい……小学生の小遣いでもイマドキもうちょっと貰ってんじゃないの?」

「谷川さん、それはアンタが男の子に貢がせてリッチなだけだ」


 ピシャリと返す。幻のアッシー&メッシーが常時その辺にいる脳内バブルに言われたくはない。


  ――「まぁ……おばさんに悪いものね」


 メティスが言う。……そう、そういうことだ。

 特に師走なんて、入り用なものは山ほどあるだろう絶対。だったら向こうには、できるだけ自分のお家を優先してほしい。


 忘れちゃいけない。


 わたしはあくまで「高校の頃までお世話になっていたお宅」に、ご厚意で資金援助を受けているだけに過ぎないし、「アルバイトにかまけて勉学が疎かになるくらいなら私が払う! あんたが働くのはせめて長期休暇のときくらいにしときなさい!」と太っ腹なおばさんに口すっぱく言われているだけなのだ。


 ――わたしの言葉に谷川さんはうーんと唸った。


「……カリャアゲ君にしとく?」

「なんか……ごめん」


 妥協しようとすると極論なのが彼女の素晴らしいところだ。


「……スーパーのお惣菜案もありますよ。ただ、値下げを待っているといつの間にか真夜中になってますが」


 うん、それ閉店前値下げだから。わたしもよく使う手段だから。……というかそれ今から待ったらいったいどれだけ待つことになるのよ。

 と、その時だった。


「あっれー? ゆっきー先輩じゃないすか」

「お」


 ――谷川さんが反応し、わたしは声の方を振り返った。

 そこにはどこかで見覚えのある男の子……まぁ男の子といっても高校生くらいだけど。


「ちょ、秀ちゃんじゃん!? 久しぶり~、元気してた? 元くん元気!?」


  ――「谷川ちゃん の テンション が 3 あがった !」


 また メティスさん の ボケ が 始まった。

 ――もう、ちょっと暇になるとふざけだすんだからこの人!

 そう思っているとメティスがハッとした声を上げる。


  ――「あれ? ちょっと待ってこの子……美郷ごめん、もうちょっとだけ相手をガン見してもらえる?」


「何?」


 ……わたし、カメラ?

 そう思いつつこっそり聞き返すと、わたしの目を通してガン見し終えたメティスは、納得したように呟いた。


  ――「……覚えてない、美郷? この男の子、サークルの合宿でぶつかった子よ?」


 ? ……あーあ!

 ようやく思い出した。……というかメティス、凄い記憶力! 顔立ちまで覚えてたとか!


「なんだ、凄い偶然」

「ほへ?」


 思わず言うと、谷川さんが首をかしげた。あ、そうか。谷川さん、この子と前から知り合いっぽいけどあの合宿で会ってないんだ。


「ほら君、覚えてない? 7月、長野のホテルで真っ正面からぶつかったの」

「あ、あああ!?」


 ――当人はすぐに思い出したらしい。そう彼、タコ煎餅の子だ。


「そっか! あの時の――」

「うん、あの時の」

「――おっぱいお姉さんだ!?」

「っ、おっ……」


 途端、ものすごい勢いで咳き込む時永くん。


「ぱ……!?」


 ――待って。

 今あまりの衝撃的なあだ名にリピートアフターしかけた? しかけたよね? その顔で「おっぱい」言おうとしたよね?


「げばげっぶぇっふぉあッッッ!!」


 死ぬのかな、その咳き込みっぷり!?


「……お、お水買ってくる? だいじょうぶ時永くん?」


 わたしが聞くと、彼は急に冷静な顔になって口に出した。


「……あ、ハイ。大丈夫です、何でもないです」

「そっか」

「ええ、何でもないです、全く微塵も無しかないです。何でもないです……!」

「3回も同じこと言わなくていいよ?」


  ――「今、全力で『なかったこと』にしなかったこの子!!?」


「マジ? 2人とも知り合い? っていうか長野……」


 谷川さんは『長野』という言葉でピンときたようだ。

 ……まぁわたしたち同じサークルだし、あの時一緒に長野に行ってるから当然なんだけど。


「そうそう、あの時の合宿で同じホテルにいたんだ。そこで一度、思いっきりあたまからぶつかって」

「うむうむ」


 うむうむじゃないから少年よ。っていうか覚えてたのはメティスなんだけど、こんなこと言ったらただの電波っ子だ。

 いや電波だけどわたし。自覚あるけど。


「うむ! たぶんそういう話っす。お姉さん星大のウェア着てたからゆっきー先輩と同じとこだなとは、ぶつかった瞬間に思ってて」


 ……ほう。


「しかもやってんの、確証までは持てなかったんだけど、もしかしてバドミントンじゃないです?」


 うわっ、ふざけてる割によく見てる!

 そう、わたしと谷川さんが入っている運動サークルはバドミントンだ。めちゃくそにヘタだけど。


「手に持ってたラケットのケース。あと、テニスにしては少し違う装備に見えるなーって……ってことは同じチームの可能性高いっすよね? ゆっきー先輩が演劇やめてバドミントンやりだしたのは知ってたんで、どっかにいるかなあとは思ったんですよ。結局会わなかったけど」


 ああそっか、この子から見るとそういう感じになるんだ。


「ちなみにオレも個人じゃなくて学校行事っす。先輩、見かけませんでした? 山内先生とか」

「いや、似てるなぁって一団はいたけど、本当にそうだとは……っていうかもしかして修学旅行? いつもなら京都と大阪の2択じゃないの!?」


 あたしのときそうだったよ!?

 という谷川さんに、秀ちゃんとやらはヘラっと笑う。


「や、オレと犬飼の代からケチり始めたんすよ。何でも校長の知り合いがそこに住んでてコネあるとかで。長野だとかなり格安で済むらしくって……」


 ……今更だけど、どうやら同じ学校の先輩と後輩の仲らしい。

 そういえばさっき谷川さんを先輩って言ってたな?


  ――「しかも多分同じ演劇部の子じゃないかしら?」


 なるほど。記憶力のいいメティスが言うってことはこの子が言ってたんだ。ぶつかったあの日に。


「はっはーあ。なーるへそ……」


 谷川さんが納得したように呟いた。


「……じゃあぶつかってごめんとか話しただけだから、2人とも、お互い名前とかはまったく知らないんだ?」

「知らないかな」


 名前呼ばれてた気がするけど、忘れちゃったし。


「デカブツと一緒に謝りはしたけど、テンションがワケワカメでしたからねオレ」

「デカブツってあの子だよね? 前髪が特徴的な」


 わたしが言えば、谷川さんが反応する。


「あ、やっぱ元くんもいたんだその場」

「そりゃあ勿論、オレのいるところには必ずいますよあのポチカイくん。……ああ……」


 遠い目をしながらタコせんの彼は言った。


「……いつも、心に……」


「……」

「…………」

「……えっと」


 谷川さんが呟く。


「……死んだ?」

「ってなワケでぇ!」


  ――「スルー!!」


 クワッと顔を上げた彼はハイテンションで叫んだ。


「今更だけどお胸に思いっきりダイブしてすいませんでした! この通りです、頭すりおろします!!」

「擦りおろさなくて良いよ!?」


 ナチュラル土下座を見せる彼に、とりあえずわたしはつっこんだ。


「……んえっ、大丈夫です? 1日2.3回タコの唐揚げとか所望されたりしません?」

「そんな意外とその辺に売ってない代物は所望しないよ!?」


 相変わらずノリが独特な子だ。

 谷川さんは苦笑した。


「まあ、こう見えてちゃんとしてるところもあるんだよ、秀ちゃんは」

「本当かなぁ……」

「じゃあ、そんな頼り甲斐のある後輩くんを、あたしが改めてご紹介!」


 谷川さんがタコせんの彼をグイッと立たせて、笑顔で手を挙げた。


「この子があたしの高校の演劇部の後輩! 佐田秀彦くんでーす! ぱちぱちぱちー」

「どーも、タコに目がないタコ人間! 好物タコ焼き必殺技タコ殴りのあだ名はタコさん! 佐田秀彦18歳! 以後お見知りおきオクトパース!」


 そう言ってぐにん! と直角に礼をする佐田くん。

 というか……


「……何でタコ?」


 テンポの良い芸人のネタ見せのような自己紹介に戸惑いながらいうと、佐田くんは顔を上げて言った。


「ってことでよろしくお願いしまーっす!」


 うわまたスルーされた!

 今の挨拶何だったの?!


「あー、ゴメンね、この子基本アドリブきかないから」


 そういう問題じゃないと思うよ谷川さん!?


「でさ、秀ちゃん。この子が豊田さん。あたしのサークル仲間ね。それでこっちが時永くん。2人とも同学年だから敬い讃えるように」

「……オレのときみたいに囲んでお下劣マイムすればいいんすか?」


 なぜか死んだ目で佐田くんとやらが呟いた。お下劣マイムって何……?


「よ、よろしくね!? なんかよくわかんないけど!!」


 わたしが言うと、いつもどおりの優しげな声が横から聞こえた。


「谷川さんの後輩ですか……初めまして! 時永です、よろしく!」


 うわ、この子初対面の人に対してここまでフレンドリーなの初めてみ……


「…………。」


 ――ぷるぷるぷるぷる……っ!


 ……た。あー、ごめん、猫かぶってたんだね……今膝がプルプルしてるのが目に入ったわ。相変わらず人が苦手みたいで何よりだ。

 ともかくにこやかに挨拶する時永くんに「よろしくお願いします!」と食いつく佐田くん。

 あれれー……もしかしてー。


 メティスも呟いた。



 ――「膝プルプルに、まったく気づいてないよねこの子ー……?」



「で、秀ちゃんこんなところで何してるの?」


 谷川さんが聞くと、佐田くんはケロっとした調子で言った。


「何って……ゆっきー先輩に言ってなかったですっけ。オレ、この辺りに住んでるんすよ」

「は!?」


 谷川さんが驚いたように目を見開いた。


「あの大学に?!」

「んなわけないじゃないっすか。大学は山の上。オレが住んでるのは山の斜面の住宅街っすよ」

「一軒家なのかい?」


 時永くんが聞く。

 ……確かにあの住宅街は一軒家が目立つ。


「や、スッカスカのアパートっす。出て行くばっかで、人がなかなか入らなくて静か。しかも誰も文句言わないんで発声練習やりやすくて重宝してます」


 ああなるほど、演劇部だもんなこの子。


「このままオレの喉が進化したら隣の隣の隣くらいが噴火するかもしれないけど!」

「人がなかなか入らないって何、なんかいわれでもあるとか?」

「まっさかー!」


 谷川さんの問いに佐田くんはヘラヘラと笑う。


「何もありゃしませんよ。でもしいて言えばやっぱり見た目かな。ホントボロくて」

「なーんだつまらん」


 谷川さんは口をとんがらせた。


「元くんにクリスマス断られた腹いせに秀ちゃんの家で季節外れの肝試しでもやろうかと思ってたのに、ただのボロ家か!」


 ……後輩の家で何やりますかこの人は……


「……クリスマスデート断ったんですかあいつ?」

「断りやがりましたよ?」


 谷川さんは「言いつけてやる」とここぞとばかりにギャンギャン言った。


「せっかくこのあたしが再アタックかけてあげたって言うのにさぁ~」

「もったいねぇ……」

「ってことで責任取りなよ秀ちゃん! この有り余るヒマ感を!」

「ヒマ感!? 何で犬飼の責任をオレが……いや、でもなんかおいしいポジション……? ここで点数稼ぎすればあるいはゆっきー先輩と、ご……んご……んゴーッるっウィン??」


 ゴールインの言い方が果てしなく気持ち悪いな!!

 というかなんか佐田くん迷ってる!

 点数稼ぎしとけばチャンス? ……もう、その気ないのにこの(谷川ちゃん)は……!



  ――「人間って、どうしてこう……いや逆にあれか。魔性の女という点では参考にすべき? むしろああやっとけばもうちょっとなんていうかこう、レア感が出る? ちょっとやそっとじゃ近づかれない感じになる? 見習うべき??」



 メティス、感心してる場合じゃない! 一言言ってやらないと!

 私は大きく息を吸った。


 ……よし、現実を見せつけてやろう。


「……谷川さん? 駄目だよ。付き合う気カケラもないくせに」

「つきっ……?!」


 何故か吐血しそうな声を発した佐田くんはさておき。うん、多分だけど谷川さん……この間言ってた元カレくんの代わりが欲しいだけだ。


 わたしは言う。


「……誰かの代わりなんて、どこにもないんだから。人間関係なんて、パズルと同じだよ。全然違う人当てはめたって治らないんだからね?」

「ぱず……っ」

「本当にその気になった人は、相手のピースに合わせて自分の形を変えるぐらいするってこと。……相手を異性として見てないんだったら、希望なんて持たせる分残酷なんだからそういうの!」


 ガン! とショックを受けた様子の佐田くん。……あれ、わたしなんかひどいこと言ったっけ。


  ――「いや、思いっきり言ってるわよ」


 なぜか時永くんが青い顔をして呟いた。


「……これはひどい」


 え? 何が?


「いやいや、何言ってるの豊田さん、あたしはパズルなんてどうでもいいんだよ今更!」


 朗々と谷川さんは口を開いた。


「このヒマな感じにとりあえず合わなくても、人肌恋しいところにとりあえずその辺の温もりをくっつけるのだと本能が囁くのよ!!」

「……いや、こっちもひどいな」


 からっとした時永くんのツッコミが響いた。

 いや、谷川さんの方がひどいと思うけどこの場合?


「だってせっかく空けたんだよこの時間を!? なのに断られたんだよあたし!?」

「いやそれは可哀想だと思うけど……」

「もうこうなったらだよ馬鹿野郎!? その気がなくても全力で男を手当たり次第捕まえに走るんだからねあたし!」

「あの」


 ……逆に何かのスイッチを入れてしまったらしい。


「愛も恋もなかろうがよ! その辺の男と無駄にいちゃついて無駄に迷惑そうな目を向けられて、無駄に急接近するんだからね!?」

「やっぱそこに愛はないの?!」


  ――「佐田くん が ダブルショック を うけた !」


「……。」


 そして時永くんがもうなんかアカン感じにドン引きの極みだ。突っ込めそうもない顔をしている。


「HEYHEYHEY!! 世の中そーなんだよ! ロマンチックもクソもねえんだYO! だがしかーしッ、一夜の限りのaventure(あばんちゅーる)!!」


 いや、谷川さんもう自分で何言ってるかわかってないでしょそれ。なんかポエムみたいになってきてるよ?


「……いいっすねそのワード! 一夜の限りのaventure(あばんちゅーる)!!」


 そして佐田くんはさっき凹んでたのに「それはそれでいい」と思い返したらしい。

 なんかめちゃくちゃお気に召してる!? どういうこと!?


  ――「佐田くん は 『何か』に なっとくした !」


 ……いや、ないないない!! よくはないから!

 お願いだから正気に戻れよタコ男子? エライ目に会うから!


「納得してくれた?」

「納得しました、色々な意味でお供します! ゆっきー先輩!」


 いやあの。

 ――谷川さんはスチャっと敬礼する。


「じゃあ2人とも! 見てたらわかるよね? あたしたち、今から予定入ったから!」

「「…………。」」


 君たちも見てたらわかるよね? わたしと時永くんがどういう()表情してるか。


「むっふっふー……しっつれーいしまーす♪」


 これ見よがしに手を取り、スキップしながら立ち去る2人。

 わたしはそっと合掌した。グッパイ童●。


「恋愛にも色々な形があるんですね……」

「うん、でも勘違いしないでよ?時永くん。世の中あれが全てじゃないんだからね」

「ええ、知ってます。……それで。」


 時永くんは困ったように笑いながら、首を傾げてわたしを見た。


「残った僕たちはどうしたらいいのかな?」




 その後、結局何も決めないままに町をぶらついたわたし達はなんとなく目に付いたカラオケ屋に2人で入り、とことん大騒ぎして過ごした。

 結局出費は予算限度をかなりオーバーしてしまったけれど、そんなことは気にならないくらいに楽しかったことは書いておこう。


 この日記を書きながらふと思う。


 ……あの谷川さんの佐田くんへの強引な誘いは、もしかしたらわたし達に遠慮してのものだったのかもしれない。


 ……そう思うと、少しだけ。申し訳なく思ったりもした。

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