7.しおり 1年目、11月後半
・2010年11月22日(月)
「ひっどいねぇ」
いつものごとくのお昼休みだ。
また皆で集まった一本楓の下……わたしはぽつんと呟いた。
メティスが頭の中で答えてくる。
――「まったくね。こんなんだったっけ? 美郷たちのとき」
違うと思う。
「……何がです?」
きょとんとした時永くんの問いに、わたしはわあわあと答える。
「マナーというかモラル的なやつだよ……昨日と一昨日、説明会で高校生がいっぱい来たでしょ。その後のゴミくずがいっぱいある」
「……ああ」
「持って帰れっ、紙パックぐらい!」
ぼすん! とわたしは手近に転がっていたジュースのパックをくず入れにつっこんだ。
説明会のアンケート用紙、ジュースの空き缶、ペットボトル。
風に流されるそれをゴミ掃除のバイトをしているおじさんやおばさんが遠くで追いかけているのが見えた。――あれ、大変なんだぞ! 手伝ったことあるけど!
「……ってことは、ああ、あれだ」
谷川さんが感慨深げに呟いた。
「あたしらに早くも後輩ができると!」
「ええーん、イヤだよー、妖怪ダストボックスみたいな後輩ー!」
「……豊田さん、意外とこういうときに限って大げさですよね。そこまで嫌がります? 全員が全員荒れた1年生でもないでしょうに」
「甘いなあ、時永くん」
……中学のときぐらいから思ってたけど、絶対学年別で荒れっぷりって変わってると思う。
なんならそのときの校長先生だって言っていた。
「子どもはなぜか3年周期で気質が変わる」と。
3年生が『地味子揃いの無個性集団』だと思ったら、十中八九2年生は『個性・爆発の問題児揃い』で、1年生は『よいこのふりが得意な腹黒』なのだと。
……確かにけっこうな偏見がありそうな気も、しなくはない。
が、思い返してみれば昔からわたしの周りはそんな感じではあった。
ざっくり占いが当たってるように見えちゃう、いわゆるバーナム効果かもしれないけど……それでもなんなら思いつく限り、わたしたちの1個下って問題児の集まりだ。
やつら、個性・爆発・問題児の学年だもの!
「……」
「谷川さん、どうかした?」
その話をすると確かに後輩に思い当たる節があったのか、谷川さんがしみじみと頷いた。
「……私の一つ下の後輩、そういえばナチュラルに演劇部の先生とかボコボコにしてた」
「こッわっ」
「どんなヤンキー校ですか」
ドン引きした時永くん。
ああ、そういえばおぼっちゃま校出身だったね君……環境によってやっぱ多少変わるのかな?
「しかし確かに不思議。なんで荒れた学年だとゴミが増えるのかねー」
「捨てないからでしょ」
谷川さんも飛ばされてきたストローの袋をくず入れに放り込むのを見つつ、わたしは続けた。
「やつら、歩くスーパーダストボックスだからだよ……わたし、高校の時にお掃除委員やってたから間違いないよ……」
「歩くゴミ箱とか、逆に掃除が捗るじゃないですか」
「いや、収納していくんならいいけど撒き散らすんだよ?」
なんて苦い顔をしていたところで、谷川さんがニヤッと笑った。
「そーいや時永くんも、ゴミ渡すとよく収納してくれるよねー」
「人をゴミ箱扱いするんじゃないよ谷川さん!?」
もしかしてハナカミとかチョコの紙とか処理してもらってたのでは!?
だとすると相当嫌な女子だぞこの子!
ニコッと笑って時永くんはいう。
「いや、ストレス解消になってありがたいですよ?」
「君は断れ時永くん」
「渾身の力でゴミ箱に叩きつけるのが快感で仕方ないです」
「本っ当に断ろうか、キャラ崩壊してるから」
穏やかスマイルキャラが一瞬行方不明になったぞ。
――イヤだよ、人知れずゴミをくず入れに投げつけて悦に浸る時永くんとか!
うまく入ったら「ッシ!」とかガッツポーズとるんでしょ!?
「でも、そうか……もうそろそろ1年になるんですね」
「何の話よ?」
谷川さんの問いに時永くんはさらっと答える。
「去年の説明会。僕と豊田さんはそこで会ったんですよ」
そうだった。
……そう思いながら、さっきまでカッカとしていたわたしはすぐそこの一本楓を見上げる。
途端、心が凪いだ。
……不思議と、ふっと怒りが収まる。
いつの間にかあの時と同じような赤い葉を見に纏い、風に揺れていたそれ。
うん、やっぱりこの楓、色づきが少し早い。
谷川さんの声が少しだけ遠く聞こえた気がした。
「マジ? ってことは大学入る前に知り合ったの?」
「あれ、言わなかったっけ?」
言葉を返せば、ふっと距離感が戻る。……精神的な「ベース」が確立されたというのかな。
あのときに見た紅葉を思い出すと、今でも不思議と心が安らぐ。
――それだけあのときに見た赤色は、燈色は。すごく綺麗だった。
「……説明会の席が名前順だったんですよね」
時永くんの言葉にわたしは頷く。
たった1年前のことなのに、不思議だ。もう随分と昔の話みたい。
「それで隣同士になって、時永くんがアンケート用紙をじーっと見てるからなんだろーって思ってたら」
「そう! 筆記用具を忘れていたので、記入ができなかったんです。豊田さんにペンを貸してもらってどうにか……ふふっ、思えば、話すようになったのもそれがきっかけですね」
――「そして、おせっかいから始まる恋模様を私が外野から楽しむようになったキッカケね!」
うんうんそうそう……ってメティスさん、やっぱりあなた野次馬としか言えない根性してるわ。
ちょっと黙ってようか。
「……へえ」
「何ジト目してんのよ谷川さん」
「別に? そーなんだ。じゃあ友達暦は思ったより長いワケだ、仲良いはずだわー」
なんかテンションが低いぞ君。
まさか時永くんのこと、普通に狙ってたわけじゃあるまいな。
「いや、実質そんなでもないですよ? それから4月までお互い会わなかったし」
「そうそう、話はしたけど、メルアドとか交換しなかったからね」
「そこでしないのがらしいよねー、お2人さーん」
谷川さんの「呆れ半分」・「興味半分」のような不思議な言い方。
もしかして本当に……いや、気のせいだろう。
ちょっと不思議に思いつつ答えていたら、見上げた目の前にひらひらと葉っぱが落ちてきた。
赤と黄色。秋色のそれ。
「――だね。わたしたちらしいかも」
……時永くんも、わたしも、他人に対してぶきっちょなのが共通項だ。
そう思いながら手を広げる。
「4月にまたばったり会わなかったら、あのとき、時永くんが目の前を通らなかったら」
――わたしが、無理してお昼を誘わなかったら。
呆れた時永くんが、首を縦に振らなかったら。
「きっと今でも縁は切れたままだと思う。……よし、とれた」
……てのひらの真ん中にすっぽりと収まった紅葉。
あの時の情景をてのひらに切り取ったみたいな色。グラデーション。
「おお、意外と難しそう。やるやる! どれどれあたしも……っ」
――ぱんっ。
谷川さんの横、無言で手を叩く時永くん。目をむいた谷川さんはそちらを見る。
……彼はにっこりしながら、物凄い得意げに一枚の紅葉を掲げた。
「……ふっ……」
いや、ただの紅葉だから。
そんな勝ち誇ったような顔しなくていいから。
「うーわムカつく」
「悔しかったら僕の倍の速さで取ってみてください」
『やってみるがいい庶民』みたいなセリフをつけたくなっちゃった。
何今のドヤ顔。
なんだかニッコニコしている時永くんに歯ぎしりしつつ、谷川さんは何度もトライ。
「あーもうっ! 軌道が意外と計算できない!」
「そりゃあ、球体でも長方形でもないからねー」
「せいぜい頑張ってくださーい」
煽るねえ時永くん。
「んだーっ、こういう落ちモノ系統苦手っ! 操作性の改善を要求する!」
「やり込みが足りないんですよやり込みが」
テ●リスかな?
くすくす笑ったわたしがそう心の中で突っ込んでいると、ふと時永くんと目が合った。
「…………。」
時永くんはまたにこっと笑顔で紅葉を手に持って振る。
……いつの間にか紅葉が2つに増えていた。
「谷川さん、ほーら注目注目」
「……げぇっ、時永くんまた、いつの間にっ?!」
笑顔で谷川さんに見せびらかしに行くその姿が妙に面白くて、わたしはこみ上げてくる笑いを必死にこらえていた。
「あー! 何笑ってんの豊田さん! まったくもう2人でバカにしてーっ!」
――「堪えきれてないらしいわよ?」
メティスも声が笑っている。
なんだか凄く平和な空気。
……いいな、こういうの。
わたしがそう思った瞬間のことだった。
「あっ……」
今日は確かに風が強い。でも、一番の突風だった。
……時永くんの持っていた2つの葉っぱが風に煽られて、ぴゅおっと一瞬で飛ばされる。
瞬く間にどこに行ったかわからなくなってしまったそれを見ながら、谷川さんが呟く。
「……ってことで時永くんの持ち点がゼロになりました!」
「なんでですか!?」
「わたしはまだ持ってるもーん!」
わたしはそう言って、さっきの紅葉を取り出しひらひらと振った。
――「持ち点1、この勝負、美郷の1人勝ち!」
メティスの声がファンファーレのように頭の中で響く。
谷川さんは膨れた。
「えー、何ポケットにしまってんの、ずーるーいー!」
「自分で取ってみなよ! 谷川さんだってできるから!」
「うぅ~~……っ」
その横で時永くんがまたぱちりと手を叩き、手の中を見せ付ける。
「……安心してください、ほーら、何度でも取れますよ?」
「~~っ! と、時永くんはうますぎるからハンデ! 何もすんな!」
「えー」
「黙って突っ立ってて、あたしだってやればできるってことを見せつけ」
――ぱんっ。
「だーから取るなぁっ!」
猛烈に悔しがりながらまた紅葉取り競争を再スタートさせる谷川さんを見ながら、ふと思う。
……この紅葉、しおりにならないかな。
わたしはもう一度、形の綺麗な赤い葉をまじまじと観察すると鞄から辞書を取り出した。
……とりあえず、はさんで伸ばしておこう。
この綺麗な色はとんでしまうだろうけど、きっと。
「あれ、さっき持ってたやつどうしました? またポケット?」
「捨てちゃった」
……いつまでだって、形は残る。
「……捨ててないじゃないですか。しょうもない嘘つくなあ」
日記帳の背表紙に挟んだ、色の褪せた赤と黄色。
ラミネートされたそれが手にあたる。
「――挟まってるの、この日の栞でしょう?」




