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6.「    」・1年目、11月前半


・2010年11月8日(月)


 あれから、平日は毎日のように時永くんに会って、話をする。

 そしてその都度、あの日の事が頭を過ぎる。


 ……あれは一体なんだったのだろう?

 誰に向かって話していたのだろう?


 ……気にはなるけれど、なぜか、絶対に聞いてはいけないことのような気がした。


 ただの直感だ。

 聞けばもう、時永くんには会えなくなる……関係性が変わってしまうような気がして。

 わたしはまだ、結局あの時のことを気にしつつも、口には出さないでいる。


 だって怖いんだ。

 だって、立ち聞きしただけだ。


 彼はわたしに気付かなかったし、わたしも気付かなかった。

 それでいいじゃない。

 ……そういうことにしておいた方が、きっと都合がいい。


 誰の都合に?

 たぶん、わたしの都合だ。


 自覚はしてる。わたしは都合よく逃げてるのかもしれないし、蓋をしているのかもしれない。

 彼があんなふうに取り乱す出来事だ。彼にとっての悩みだったり、厄介ごとだったり。それ以外の何物でもない。そんなはずなのに……それでも気付けば、わたしは彼との絆を優先してしまう。


 役に立たないダメ女だなぁ、と自嘲してしまう。


 これでいいのかな、ほっといていいのかなと思いながら。それでも、これでいいんだと無理やり思い込みながら。


 そしてそのまま……11月に入ってしまった。



「豊田さん!」


 ……いつも通りの昼休み。学び舎の外に食べに出かける事が多い最近は、大学前のあの一本楓がわたし達の集合場所だった。

 待ち構えていたように楓の横で手を振る時永くんに、手を振り返す。


 その様子は「笑顔」だ。


 ……はじめてここで会話したときは警戒心マックスだったのに。

 そう思いつつ、ようやくわたしはクスッときた。

 あれから1年。時が経てば、ゆっくりと変わるもの。


「今日は時永くんが一番乗りかぁ、珍しいね」

「そうですか?」


  ――「いつも美郷が一番早いものねー」


 メティスがからかうように呟く。だって一応、遅れないようにはしてるからね?


「いつも結構急いでくるんだよ? わたし」

「だからいつも見かけたら走ってるんですね」

「待たせたら悪いじゃん」


 普段連れ回してるのはわたしのほうなんだし。


  ――「あら意外。その辺自覚ないと思ってた」


 そのくらいは自覚してなきゃマズイでしょ。


  ――「……でも、そうね。結局は美郷ってそういう子よね」


 クスクス笑われつつ、わたしは慣れた調子で顔に出さないように振る舞った。


  ――「……会いたいんだ? 時永くんに、一刻も早く」


 確かに、最近よく走る。……さすがになかなかぶつかることはないけれど、走ってて文句を言われたことも、数回ほど。

 廊下を、広場を、駅なかを。

 虫や蛙の声がうるさい、駅からの長い長い階段も。


 ――「まあ、言うまでもなくだけど「よっぽど好き」なのね、彼が」


 確かに、ホッとしたいから走るのだ。落ち着きなく爆走するのだ。「今日も時永くんにあったぞ」、そう思いたいがために。


 だから。


「……うん」


 あえてメティスに頷けば、訝しげに時永くんから問いかけられた。


「なんです?」

「なんでも?」


 ……否定は、しない。

 ただ笑った声で、雰囲気で、メティスに冷やかされると何だかムカっ腹が立ったから、自己主張はしてみる。


 言われっぱなしは性に合わない。


 ……そうだ。

 もうわたしは自分の中に潜んでいた「恋心」を自覚するまでに至っていた。


 始まりはあの、噴き出した顔を見て。

 それから、表に出すまいとしてるのはわかるのに、意外ところころ変わる表情を見て。


 メティスはもう随分と前から気づいていたようだけど、そこら辺はさすが神様ねー……なあーんて。


「……言うと思ったか」


 コレに関しては神様の神通力とかじゃないとわたしは、ハッキリと断言できる。


 単なる野次馬根性の賜物だ。


 だってこの神様、朝から晩までわたしと一緒なのだ。わたしが起きてから夕方の6時きっかりまで、ずっとわたしのことを監視しているに等しい。で、6時からは何をやっているのかと聞けば寝ているのだという。

 一応こっちだって家に帰っても肉親のいない身だ。まあ非常時にはたいへん、家族のようにありがたーい存在ではあるのだけれど……外にいるときは、さすがに。たまにうっとうしく感じることもある。


 だっていつでもどこでも見ているのだ。

 息がつまるかもしれない。

 それをメティスに話すと大概返ってくる返事がこれ。


  ――「私が美郷とこうして話しているのは、たとえていうならね……『ログインするたびにお金が発生するアーケードゲーム』みたいなものなのよ。コインを入れてください、でチャリンと始まるの。だったらうまくプレイして、少しのお金で長くプレイしたいでしょう?」


 ……そんなお手軽さだったのかわたし。いや、自称神様スケールだから本当にそういう手軽さなのかはわからないけど。ゲームオーバーになってもお金を入れればコンティニューできる、とあるゲームを思い出した。


 ……もう一回遊べるドン……。


  ――「神の力にだって限度があるわ。そこで発生する課金が」


 いや、課金っていうな。


  ――「消費されていく私の力だとするなら、ログインログアウト、来店退店を繰り返して無駄に財布に負荷をかけるより、朝から晩までずっとゲーセンで機械の前で踏ん反り返って、たまにそのまま寝オチする生活を選ぶわ」


 それ、とんでもなく嫌な客なのは確かだと思うよメティス……この世の人々はそれをアーケード廃人と呼ぶんだよ。

 ――そんなことを返したくもなるけれど、きっとメティスのこと。

 「その通り」と開き直るに違いない。


 というか、なんでそこまでしてわたしの私生活をまじまじと見る必要性があるのか。


 確かにわたしにとっては便利な人だ。でも、メティスから見たその行為のメリットが理解できない。


 外出先で忘れ物をしそうになっても呼び止めてくれるし、たとえ電車が止まっても、その場で別のルートを教えてくれたりする。


 それはメティスからしてみると、まずわたしが普段無意識に見てる路線図を記憶していたり、わたしが聞き逃している駅のアナウンスを基に指示を出しているだけで、わたしが充分知りえる情報を使っているだけというのだけれど……だから、ズルではないのだと胸を張るけれど。


 それでもわたし自身が覚えていないので、充分に役立ってくれている。


 ……なんだろうね、たとえていうなら。もう1人自分が同じ場所に立っていて、違うことをしようとしてるような感覚。


 わたしが実際にやる行動は本来のわたしと、もう1人のわたしたるメティス。そのいいとこ取りをしているだけに過ぎない。


 ――そういえば、つい先日の話だ。


 ついつい思いつきで興味を持ったわたしは、「メティスのような存在がひっついている人は、この世界にどれくらい居るのか」と聞いてみたことがある。――答えは、わたし1人ではない。勿論、大勢というわけでもない。


 わたしを入れて……たったの2人、とのことだった。


 その時は「なんだ、思ってたよりぜんぜん少ないなぁ」と感想を持っただけだったけど、もしかしてそのわたし以外にいる1人って、時永くんである可能性はないだろうか?


 この間の「誰かに文句言ってると思ったら誰も居なかった事件」を思い出しながら、わたしは思う。……さっき時永くんは、わたしがいきなり頷いたから不思議そうな様子になった。あれは、時永くんにメティスの声が聞こえないからだ。


 ――もし、それが逆だったなら?

 わたしに聞こえてない声があって、時永くんがそれを聞いていたのだとしたら?



「……あ、そうそう、いつも豊田さんが早いから、たまにはちょっと驚かせようと思って」

「何?」


 わたしがそんなことを考えているなんてきっと知らないだろう時永くんは、鞄をごそごそして包みを差し出した。


「はい、これどうぞ」


 ……なんだろう?


「……この間谷川さんから聞いたんです、7日が誕生日だって」


 ……あっ。


「だけど昨日は日曜日で、お休みだったでしょう?」


 ニヤッと笑う時永くんの表情。してやったり、そう心の中で呟いてそうなそれ。


「ってことは」

「そう。1日遅れですけど……いつもお世話になっているんで」


 まさか誕生日プレゼントをもらえるだなんて思わなかった。

 ――ああ、そっか、自分でも気づいてなかったけど……昨日、わたしの誕生日だったんだ。日記はサボって書かなかったから日付で思いだすこともなかった。


  ――「ちなみに私は気づいてたのよ?」


 メティスもニヤニヤ笑ったように頭の中でいう。


  ――「どうせ忘れてるなーと思いつつスルーしてあげたけど」


 その見通した感が嫌だな、この神様は。言ってくれれば1人でケーキ屋行って虚しくもそもそ食べたのに。


「……あ、ありがとう」

「うん」


 包みが時永くんの手から離れる。


「……()()()()()


 ……その瞬間、ぼそりと言われたその一言が、なぜかいやに嬉しくて。

 わたしは少し照れながら包みを受け取った。


 中身は、ハードとソフトのゲームセット。

 ――あの、以前わたしが「買えない」と言っていた、『durian quest』だった。







  ・追記(日付不明。テープで貼られた紙で続きが書かれている)


「時永くん」

「どうしました?」

「ドリクエ、メインシナリオのオチがひどい!!」


 ――あのゲームをもらって一週間。オンラインで共闘しながら電話していると、イヤホン越しにくつくつ笑いが響いた。


「ああ、メインルート、クリアしました?」

「クリアした。スカンクじゃなくてあいつ、宇宙ガス星人だったんだね」

「結局、罪のないスカンクが宇宙人にのっとられて死んだだけのストーリーでしたね」



  ――「あれ笑える。主人公がスカンクで、名前がドリアン。旅の目的は伝説のスメルキングになること」



 谷川さんの言っていたあのあらすじも間違いではない。実際に体験版の段階ではそう取れるノリだったらしい。


 『主人公のドリアンは謎の声を聴いた』という導入。

 以降、突如として冒険が始まるのだが、クリアする際に集めることになるアイテムについては何の説明もなく進んでいく。

 ……軽快なアクションとユーモアあふれる意味ありげなやり取り。

 しかし、実際のドリアンは物語に登場していなかったことが終盤で発覚する。画面に映っているスカンクは最後の最後で明かされる通り、星を侵略しに来た宇宙人だ。

 スメルキングというのはつまり……「惑星」、ドリアンの住んでいた「世界」の頂点のこと。そして集めていたアイテムは、『機械のパーツ』。宇宙との交信を可能にする、侵略のカギ。


 本編開始前にドリアンをのっとった宇宙人は最後に、全ての文明を滅ぼして物語は幕を閉じる。



「ねえ、時永くん」

「なんです?」

「……なんでもない」



 ……今、これを書いているわたしは、今更思うんだ。

 このときの『時永くん』は、ちゃんとわたしに向かってアプローチしてたんだなって。

 分かりにくいけど、遠回りだけど。

 それでもちゃんと、あの時からわたしに対してSOSを出していた。



 ――『時永 誠は、謎の声を聴いている』と。


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