5.不思議な予兆 1年目、10月後半
・2010年10月15日(金)
「この間スタジオリッチから出た新作RPGの続報さー」
「横スクロールのあれですよね」
……最近、わたしはちょっぴり。いや、かなりムスッとしていた。
この間とは逆だ。勿論原因は「男子と仲良くなることにかけては天才的」のあいつ――谷川さん。あの子ばっかり最近時永くんと仲良くしている。
――「美郷美郷、つまんなさが顔に出てる」
「……うん」
しかもあの子、いつの間にか時永くんと普通に共通話題があるわけで。
わたしより、いろいろなことに詳しいわけで!
「…………うー」
――「いや、なんか言いなさいよ」
メティスが苦笑した。
――「うーうー言ってもしょうがないんだから、ほら、無理やり話題に割って入るとか!」
谷川さんと時永くん。
この組み合わせ――なんでだかちょっとだけ、面白くない。
けれど、友達の少ない時永くんの今後を考えてみると……きっといいことなんだろう。きっとね。
そうした「もやもや」を頭の隅においやって、いつも通りわたしは黙り込んだ。
だって、一人だけ熱量が違う人間がいたってアレだもん。……純粋に、邪魔はしたくない。
あー……しかし。
「……なんか、へんだよね」
――「時永くんが?」
「うん」
ちょっと妙だ。――そう、わたしは時永くんの一挙一動を見ながら思う。
周りからしてみたら、彼のキャラクターというのは「とっつきにくい」ものなんだろうか。何か話しかければ大抵答えは帰ってくるし、会話が続かないキャラにも思えない。
……一見、そうなのだけれど。
「おーい時永くんー? 時永くんもしもーし……」
「! ……あ、はい、なんでしたっけ」
――ときたま話を聞いていなかったりするのが、人によってカチンときたり……なんて。考えすぎかな。
「…………。」
あの、うやむやになって終わった「奇妙な感覚」。
触った印象。ひやりとした、それ――生きていない、なんて、もしかして考えすぎだったのかな?
それとも、わたしの感覚がおかしかった?
あれからぜんぜんあの感覚には遭遇してない。ただ、あのいきなりスイッチが切れるのはどうも「いつものこと」らしいと分かった。
思い出す。あれは、確か初めて会ったとき……
――『試験中に人知れずこう……ストン、と意識がブラックアウトしました』
高校から付属の大学に上がれなかった理由を、彼はそう言っていた。
――病気? それとも、何か違う原因?
ただ、彼もずっとぼけっとしているわけではないらしい。
一度「スイッチオフ」が発生した後は、すぐに様子が元に戻る。何事もなく話は再開されて、日常に戻っていく。
いや、心なしか――再開前より、やたらと食いつきがいい気もする。熱心に話を聞いてくれているような気さえする。意味が分からない。ただ、大変には見えた。一度鞄からルーズリーフが見えていたことがあるけれど、やたらと付箋が多いのも気になる。
――『……聞き逃しちゃうんですよね、講義。だからレコーダーで録音してあとで書き足すんです』
付箋の量を指摘したら、言われた言葉。
――つくった笑顔で、慣れたように。
「……どうなるんだろうねー、金額設定がかなり強気だけど」
「リッチはまだいいですけど、クロックのほうも大概ですよ」
普段がぼけっとしている割に、一度喋りだすとやたらとしっかりした、大人びたその口調。
ハッキリした発言が――心なしか、遠く見えた。
「今度出す『durian quest』のトレーラー見ました?」
「ああ見たー、あれ笑える。主人公がスカンクで、名前がドリアン。旅の目的は伝説のスメルキングになること」
「で、いちいちセリフがクサいっていうキャラ付け……」
……しかしまたゲームの話か。この間聞いたラーメン屋での会話といい、谷川さんって意外と結構なオタクっぷりを披露してる気がする。こういうリア充気質の女の子ってあんまりゲームしないイメージなんだけど……
――「いやいや美郷。あなたは気付いてないけれど、オタクって結構メジャーな人種になりつつあるんじゃないの? 多分きっとそのうち珍しくなくなるわよ。現にあなたの中学時代のオタク比率と比べてみなさい、やたらと増えてるから」
まあ、昔はアニメ見てるだけで変な居づらさとかあったけども。それは地域差とか身の回りの年代差とかもあるんじゃ……?
というか今気づいた。いい加減やめなさいメティス――思考を読むな思考を。
「あと死にゲーは? 『うーマンボウ』!」
「ああ、すっかり忘れてました。水面に浮上してあたりを見回すだけで残機が減るやつですよねそれ」
……最近知ったことだが、時永くんの方も思ってた以上にゲーマーだ。
古くはファミコン時代のマニアックなゲームから、最新ハードのメジャーなタイトルまで、殆ど全てを網羅していると言っても過言ではない。
なのであのラーメン屋さんにいたあのゲーム好きな男の子と話が合う谷川さんは、時永くんともかなり話が合うようだ。
谷川さんがグッと拳を握りながら言い放つ。
「『死因、ジャンプ死』!! ――あなたは何匹のマンボウを犠牲にして世界の果てを見るのか……!」
「……いや、あの宣伝文句はひどいですよ。結局何が何だか分からないし気になりすぎて買っちゃうじゃないですか」
なぜか涙ぐみながら時永くんが言った。
――訂正、話が合いすぎるようだ。
「自キャラが遠い目をしたリアルなマンボウ……! そしてよく死ぬくせに、その分見ている世界が凄まじい――めちゃくちゃグラフィック綺麗なんですよ? マンボウと一緒に世界中を海中散歩できるんですよあれ?」
「うんうん」
「そして記念撮影もできる。マンボウと。……つまりイルカじゃなくて最早マンボウに問いかける時代になるんですよ、「お前を消す方法」って……!」
いや、熱く語りすぎだろう。
「……確かにあれめちゃくちゃ綺麗なんだけど、必ずカメラ目線のマンボウが映るのだけが嫌だよね、体験版やったけど」
「あのマンボウ、開発スタッフ間でも賛否両論だったそうです」
谷川さんとしてもむしろ、『ゲーム業界の裏側、大人の事情的なアレ』を遠慮なく語り合えるという点だけ見れば、あの男の子よりも語りやすいのかもしれない。
というかこの2人……すごい好きでしょたぶん。そういうゲームネタというよりも最早ゴシップに片足突っ込んだような話。
「ただあれさぁ、ヒットすると思う?」
「いや、微妙じゃないですかね。お金かけるところ間違えすぎと言いますか。あとプロモーションの仕方」
「豊田さんはどう思う?」
「わたし、そこまでどっぷりじゃないからよくわからないし、そのソフトには興味ないからパスで……」
――「あっれれぇ?」
メティスの声が茶化した。
――「マンボウはともかくドリクエはCM見て面白そうだと思ったんだけど、据え置き持ってないしお金がなくて諦めたんじゃなかった?」
……余計なことを思い出させないで欲しい。もう、必死に我慢したんだからあれ!
「えー、そんなこと言わずにさー!」
クスッと笑う声が聞こえた。
「一緒にやろうよーぉ、マンボウー」
「んなこといったってさーあ、谷川さあーん……買おうにも買えないんだからしかたないでしょ!」
「マーンーボーウー!」
「駄々っ子みたいですね」
……もはや爆笑している。
「えええーん! 時永おとーさん、豊田おかあちゃんがゲーム買ってくれないーぃ」
「谷川さんその台詞は用法が違う!!」
そして泣き真似をしつつ指の間からわたしたちを見るな、コントか!
「……あーあーはいはい、どうせわたしなんか、流行の波に乗り遅れて取り残された旧人類だよーっ!」
「うっわ痛々しい」
すぐに素に戻った谷川さんは呆れたようにわたしを指差した。
「勝手に自爆してスネたよこの子! ぷー、くすくす」
「こらこら、自爆まで追い込んだのは谷川さんでしょう」
ひと笑いを終えた時永くんは言った。
「まぁ、豊田さんにだって色々な事情がありますよ。人に言えない事情とか、重たいものとか」
「たかがゲームの話でそこまで飛躍する!?」
「しますします。裏を読むのは大事です」
……ドキッとした。
わたしの中身が、この子に透けて見えているようで。
「……それ時永くんが人を信用しないからじゃないのー?」
「おやー? 誰が人間不信だって言いましたー?」
「僕にだってあるんだから」と暗に言っている、それはわかった。
「だから突っ込めませんよ」って。
……今更脳裏によぎるのは、大破した赤い乗用車の光景だ。あの大規模な「スリップ事故」は一瞬、全国ニュースになった。だから口に出せばもしかしたら2人のうち、どっちかは知っているかもしれない。
わたしの人生を変えた、あのスキー場近くの乗用車事故を。
――ただ、誰がそこまで深く聴くものか。誰がそこまで情報を得ようとなんてするものか。
話題にすらできないもの。要らないもの。重い荷物。だから秘密。
だからわたしは、この学校に入って一言もそれ関連の言葉を喋っていない。
……一人暮らしだとしか、仕送りはおばさんからもらっている、というぐらいしか口にしていない。なぜ、親の話題がないのか。それに行き着くのはきっと早い段階だっただろうけれど……結局どちらも聞いてこなかった。
だからたぶん知らないはずだ。わたしが実は親なしっ子だったりとか。
おばさんが叔母さんでも伯母さんでもない、遠い親戚の人だとか。
そんな人に仕送りをもらい続けているのがちょっぴり罪悪感あって、入学以降、外食以外の出費はあまりしていない、とか。
……今の発言はきっと偶然だろう。
それでも、見透かされたような気持ちになった。
「…………。」
――時々、洗いざらい、ぶちまけたくなることがある。
自分の中のタブーを引きずり出して、思いっきり話してみたくなることがある。
幼い頃の話、事故の後の話。方々を回って気付いたこと。癒えない傷。羨ましいものの話。
想像の中でそれを吐く相手は、いつの間にか――ただ1人になっていた。眼鏡をかけた同い年。ぼけっとした性格の、でも、しっかりと話を聞いてくれるその子。
……黙ってその話を聞いてほしい。わたしの中の感情を否定しないでほしい。
「事故のことを喋るな」と。
「聞いている方が辛くなるから」と。
そう言われ続けたわたしを――置いていかないでほしい。
……ただあの頃の話をしたいだけなのに、戻りたいだけなのに、その気持ちを封じ込めてしまわないでほしい。
つい最近まで他人だった男の子に、そう思ってしまう。
不思議だなあ、って思う。
時永くんの姿を見ると安心する自分がいる。
……最近ね、今更思うんだ。
わたしって、受け入れてくれる誰かを探していたのかな。
だから、惹かれるのかな。
言い方が悪いけれど、「君」の方が色々あっただろうから。
――「意味はない、動機はない、強制権はない」
……あの時の言葉を思い起こした。9月の末。
あの、おいていかれる寸前の子供みたいな表情を。
――「2人とも行方不明なんですよ。数年前に僕だけ残して失踪したんです」
わたしよりも、重い荷物を抱えた彼。
だから気を遣わなくていい、そう思ってしまっているのだとしたら。
――わたしはもしかしたら、時永くんを利用しているだけなのかもしれない。
彼が、何を言っても受け入れてくれそうで、甘えているのかもしれない。
――「もしかしてスピード接近、スピードバイバイ?」
今度は谷川さんの言葉だ。……ラーメン屋さんで谷川さんから「それ」を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして否定してしまったこと。
合宿先で勝手に頭の中を覗き込んできたメティスに言われた一言……。
――「あの、美郷。早くも、と言いたいのだけど……頭の中が何やら、愉快なことになってるのは気付いてる?」
――時々。ああ、今更。
頭を掠めるときがある。
わたしは……恋愛対象として、時永くんを見ているのだろうか、って……。
「そ、そうだよ!」
「「はい?」」
機を逃したらしい、一瞬何の話だか分からなかったんだろう。
谷川さんと時永くんの「?」な表情が、こちらを見た。
「わたしにだって色々事情あるし!」
思わず口を開いていた。さっきのあの一言。「色々事情がある」。つまり、時永くんに庇われたんだと気付いて。嬉しくて。
ぷいっと横を向くと、頭の中で小さく呟くメティスの声が聞こえた。
――「ところであなたが今思ったそれは」
はい、何でしょー女神さm……
――「発端は何? ギャップ萌え?」
……どっこが!?
――「ほら、頼りなくて子供っぽい印象。押しに弱くておどおど系のヘタレさん。……そんな彼が時折見せる、大人びたクールな表情とミステリアスっぽさ!!」
ギュムゥ! ――いや、グッとこぶしを握り締めるような効果音がした!
やめろ。どうやったかわかんないけどなんか音を入れるな、テンション上がるな。
――「いや、確かに惚れるわよ、顔も整っちゃってるし! 惚れる土壌しかないわ! このままだとヤバいかもしれないとはいえ、なんか腹立つほど邪魔できないわ!」
やめろ!! あと顔が整ってるとかどうでもいい!!
からかうように聞いてくるメティスを一瞬恥ずかしくて張り倒したい衝動に駆られたが、あいにくわたしの横にメティスが実在するわけでもない。
せめて想像の中で叩こうにも、顔すら知らないこの神様を叩こうなんていうのは無茶な話だった。
……叩かれているこいつが想像できやしない。
というか、このままだとヤバいって何がよ?
――「え? あ、ああ……言ってなかったっけ」
メティスは申し訳なさそうに言った。
――「あなたの命が、ヤバい」
……え?
一瞬だけ思考停止する。
「…………えー」
……ようやく頭が復活した。
っていうか復活したところで別に、考える内容には変わりがない。
ヤバいの!? それもわたしの命がなの!? なんで!? っていうか時永くんと仲良くなるだけで死亡フラグ立つとか、もしかしてわたし、マンボウより弱い系だった!?
――「……そんな反応でいいの美郷?」
“ふざけてるんじゃなくて、本当の話かもしれないわよ”。
そういうメティスに意思で返す。言葉でなく、どうせ見ている心の声で。
……いいよ、別に。
――「何で?」
人間ってそんなもんじゃん。
わたしは、それでいい。いつ死んだって、構わない。
――「でも美郷」
メティスは何でもないふうに言った。
――「死んだら、恋もできなくなっちゃうよ?」
…………。そうだね。
「……ええ、色々ありますよね。でも、ちょっと残念だな」
少し笑いながら時永くんは言う。
「豊田さん、マンボウはともかくdurianは好きそうなゲームだったし」
「え? ともかくなのマンボウ」
「でしょ? 豊田さん」
マンボウ推しの谷川さんに困惑されつつ、くるっと振り返った時永くんは小首を傾げた。
「グラフィックよりは、敵を薙ぎ倒す系ですよね?」
「え? あ、うん」
なんでだろう。悪い気はしない……性格を読まれてるのに。
――「私に心を見透かされるのは嫌がるのに?」
それは確かに嫌です女神。いや、いつも嫌なわけじゃないけど。
「結構好きそうなゲームだったし、てっきり無茶してでも買うかなと思ってたから……一緒に対戦するの楽しみにしてたんだけどなぁ」
思わず脳内に電卓が現れた。仕送り代と、生活費と……うん、やっぱり無理だ。
先月お金使いすぎたから、使う余地がない。
「ごめんね、金欠でさ」
「いえ、勝手にやれればいいな、と思ってただけなんで。思えば身勝手でしたね」
……時永くんと一緒にゲームに熱中するのもなかなか楽しいかもしれない。だけど。
――「あのねえ、美郷。出来ないと思ってたら出来ないのは当たり前よ? 短期バイトでも探してみたら?」
うるさいなあ。
――「それでもしダメでも、もしかしたら棚からぼた餅が降ってくるかもしれないでしょ」
この女神さま、また人の心を除き見て勝手なこと言ってるよ……
わたしはそう思いながら、深くため息をついた。
でも。
――まあ。
「……大丈夫だよ、時永くん。身勝手なことなんてないよ」
頑張って……みようかな。
「……むしろごめん。誘ってくれようとしてたの、嬉しかった」
「……いえ」
* * * *
・2010年10月22日(金)
最初はいつものようにお昼の出来事を書こうかと思ってた。
だけど、なんだか様子が妙な時永くんを見かけたことを思い出したから……
まず、それについて書いておこうと思う。
――お昼が過ぎると、わたしたちはいつものようにその後、それぞれのサークル活動や講義を聞いたりレポートを作成したりする作業に戻っていった。
時永くんとはたまに時間があえば、一緒に帰ったりする程度。
今日は一緒に帰る予定もなく……
レポート作成をしていていつもより遅く正門に向かっていたわたしは思った。
時永くんはもう家に帰っている時間だろうか。
――「最近冷えるわね。そろそろ秋物はやめて冬物にするべきじゃない?」
「天気も悪いしね。晴れてて日でも差し込めば少しは気温も違うんだろうけど」
そう言ったときだった。
「――お前は一体何なんだよ!?」
びくっとした。絶叫に近い音。
でも、どこか聞き覚えのある声――思わず辺りを見回す。
あれは、多分……時永くんの声だ。
でもこんなに大声を上げて興奮しているのは聞いたことが無い。一体何があったんだろう。
「ねえ」
頭の中に声をかける。嫌な予感がして……心臓がバクバクしていた。
「――どこだと思う?」
メティスは何か思うところがあるような、しかしやたらと落ち着いた声で言った。
――「1号館の方よ、きっとそこにいる」
「うん」
……急いで渡り廊下を通過し、文化棟を突っ切る。
遠くにあの楓が見えた。反対側にはラーメン屋さんも。
あそこで見た穏やかな印象の時永くんの声じゃない。
……いつもの、時永くんじゃない。
「……何、が……」
追い詰められたようなそれ。
例えるならサスペンスドラマのクライマックス――犯人が訴えるシーンだ。
崖に追い詰められて叫ぶ犯人。
そう――「来るな、死ぬぞ」、そんな場面。
「……時永くん!?」
見つけた。……1人しかそこにはいないように見える。
違和感を覚えた。さっきの言葉は、明らかに誰かに向けた言葉だったはずだ。
「何が、言いたいんだ……お前は僕に何をさせたいんだよ……!」
時永くんはわたしには気づかないようだった。
代わりにぶつぶつと何かを言っている。
「せっかく落ち着いてきたのに、何でまた……!」
わたしは1号館の前に1人で佇み、誰かに向かって呻くように言う時永くんを見つめる。
やはりいつも物腰が柔らかな時永くんがそこまで声を荒げている姿を見るのは――はじめてのことだった。
「……頼むよ、もうそっとしておいてくれ! 嫌なんだ!」
時永くんは頭を押さえてその場にうずくまる。
声には殆ど泣きが入っていた。
「もうあんな光景、見たくない……」
――ずるずるとくずおれる、その後ろ姿。
「……最後に、手を伸ばしてたんだよ……」
涙でふやけたような、ふにゃっふにゃの声が言う。
「……待ってろって、口が動いたんだ。すごい形相でさ……ゆっくりもがいて、這い出てこようとしたんだ」
何の話だろう。
「恨まれてるんだ、僕を憎んで死んだんだ……」
静かに彼は、はっきりという。
「何で拾ったんだろうって」
――続けて。
「何でここまでデカくなるまで育てたんだろうって」
――訴えるように。
「――何でっ……大切になんかしたんだろうって!!!」
――まるで、自嘲するように。
「足も手もお前が動かしていたのに、直視していただけの僕を見た。お前じゃなくて僕を見たんだ。……あんなひどい状態になっての発言だぞ、ほとんど表面が消化されてだぞ!? とけてからの発言なんだ、憎む以外の選択肢があるかよ!! ……恩をあだで返したから、お前のせいで、僕は……っ」
わたしは聞いた。
「メティス……あれ、誰に言ってるんだろう?」
――「こちらに向けた言葉じゃないのは確かね」
わたしはもう一度時永くんを見た。
……そのままの姿勢で嗚咽している。
あれは……あの言葉は、誰に向けて。何の話で……?
――「行きましょう、美郷。あまり見るもんじゃないわ」
「でも」
――「いいから。……大丈夫、明日はきっと普通の時永くんよ」
そう言ったメティスの声は酷く静かで、まるで感情を押し殺してでもいるようだった。
「……本当に?」
――「ええ」
メティスは少しだけ息を吐いた。
――「……きっと、大丈夫」
ああ、行く。
待ってろ。
――今。這ってでも。
(抜粋:【外伝】『君のことばかり思う』:後編)




