?.ある男の回想+ある女性のまえがき
さて、暫くぶりに連載再開です。
これは「彼」が今に至るまでの物語。
そして、「彼女」が走り切るまでの物語。
――過去編、開始。
「……えー、これから学校説明会が始まりまーす」
……やる気のないその係員の声が、今も頭から離れないでいるのは何故だろう。
「……出席確認も兼ねまして、呼ばれた方々はどうぞ席へお座り下さーい」
決まっていた。だって何度も回想した。
思い出せないわけがない。
それは僕らが揃ってまだ、高校3年生だった秋……それも赤い楓に青い空が映えていた、快晴の日。
「……あれ? 君、筆記用具持ってきてないの?」
志望した大学の中で一番のドベ……つまり滑り止めとして受けようと思った大学の入学希望者向けの説明会。そこで隣の席の「女の子」から声をかけられた。
そう、こちらの机の上にはメモ帳と学校からのアンケート用紙、パンフレットだけはあれど、肝心のペンはない。
鉛筆を配っていた係りの人もいたが、てっきりペンケースを持って来ているつもりでいた僕は普通に断ってしまった。
ゆうべ徹夜で苦手分野のレポートを片付けていて、その流れで勉強机に置いてきてしまったことを話すと、彼女はくすりと笑う。
「なーんだ。じゃあ貸してあげるよ。あと勉強もいいけどちょっとは寝ないと駄目だと思う。ひどい顔だよ」
そう言ってたまたま隣の席だった彼女は、こちらに可愛いマスコットつきのシャーペンを手渡した。
とりあえず礼を述べつつ、「受験する予定だ」、「まだ分からない」、「候補には入れている」の欄の一番最初にチェックしていると……。
「……へぇ~、やっぱこの学校受けるつもりなんだ? じゃあ、受験会場で会うかもしれないね」
勝手に横から言ってくる女の子に思わず手元を隠した。いきなり覗き込まれた挙句、まさかズケズケとそんなことを言われるとは微塵も思っていなかったので少しびっくりする、というか戸惑う。
……何というか、マイペースな人だ。
その時は、正直言って苦手なタイプかもしれないと思った。
まぁ、だけどそれ以上に。
「じゃ、この学校に合格できるように一緒に頑張ろうかっ!」
最近自分が通っている塾にたくさんいる、周りの人をいかに蹴落とすか、な雰囲気の人というか、殺伐とした受験人間よりは酷くマシに思え、どこかほっとしたのはやっぱり今でもよく覚えている。
だって、忘れるわけがないだろう? ……僕が君と出会った日のことだもの。
――息を吐く。
自分なりの回想。それを終えて辺りを見回した。
それは、あの頃と同じ部屋のかたち。
大学生だった――いや、あの時。出会ったそれの僕の目線。
高校最後の秋の頃と同じ、「この家」。
「…………。」
そっと表紙を持ち上げて、くたくたになったそれを大事に開いた。
……1ページ目に、それはまず記されている。
この日記が「どのようなコンセプト」で書かれたものなのかが、詳しく書いてある。その字は薄く、かすれて見えて……どこかまだ受け入れづらかった。
今更ではあったけれども、まるで他人の物のようにも見えた。
そんなわけはない。今の自分にそんなこと、あるはずがない。これは「贖罪」だ。中身はもう知っている。繰り返し読んだ記憶もある。けれど、改めて自分で読み進めるそれはきっと新鮮なものに違いない。
年、月、日、曜日。
日記帳のはずなのに冒頭のそれだけ、日付の欄は空欄だ。
――そこからしてまずおかしい。変人だ。途方もないド変人だったのか、それとも飽きっぽい性格でなんとか飽きないようにと頑張ったのか。
とにかく「楽しく書いてやる!」という妙な意気込みだけは、手書きの文字を通して伝わってくる。「日記を書いてやる!」というような雰囲気では……うん、残念ながら全くなさそうだった。
どれかというとこれは手紙だろう。しかも相当分厚い手紙だ。
日々を書き綴り、何でもない「つまらない世界」を、つまらない日常を溜めて貯めて、それを愛しいものとしてそっと未来へと送り続けた、そんな手紙。
大長編のラブレター。
そんな物語テイストの「お手紙」は、最初は誰に向けて書いていたのだろう。
それは相当に感情豊かな人に違いない。少し丸みを帯びた筆跡からはとんでもないワクワク感があふれ出ていた。まるで、今から始まる長編小説のまえがきのように。
いや、実際「まえがき」だったのだろう。当人のつもりとしては。
――読み手である自分は、己の記憶と照らし合わせながら、そっとその字をなぞった。
消えない記憶。消してはならない記憶。そして――できることなら。
もう一度。それに出会いたい記憶。
* * * *
____年 __月__日(_)
……人って、いつ死ぬか分からない。
明日死ぬかも? いや、もしかしたら5分後とか。もしくは数秒後。
前触れもなく、いきなりあっけなく、この世を去る。
わたしの両親だってそうだったのだし、だったらわたしは悔いのないように生きるべきだ。
「美郷、熱上がらないように大人しくしてるんだぞ」
「あったかくしてなさいね」
その言葉が最後だったのを未だに突如、ポンと思い出す。
……うん。
後悔してるよ。もっと甘えとけばよかったとか、遊んどけばよかったとか。
あの日、風邪をひかなければよかった、とか。
……うーん、どうしようかな。書きにくい。
やっぱり普通に日記を書くんじゃ、面白くないよね。
……じゃあ、ちょっとやっぱりさ、物語風にでも書いてみようかな。
うん、それがいい。
普通に書いてたらわたしじゃない。そんな気がするんだもの。
ん?
何、自己満足?
……そうは言うけどね、メティス。
人生なんてどうせ自己満足の塊なんだから、どうでもいいでしょ。
わたしを孤独から救ったあなただってきっと自己満足。
わたしがあなたにこうして語りかけ、あなたがわたしに返答し、その時間を共有することだってきっとそう。
元を辿れば、自分を納得させる自己満足でしかないかもしれない。
でもその自己満足の無意味な行為が、誰かにとって有意義なものを作り出せるのなら。
きっとそれはそれで構わないし、無意味なままで終わったとしても、それはそれでいいじゃない。
毎日を、大事に生きてれば。
明日死んでもいいぐらいに、後悔しないように。しっかりと歩いていれば。
……なーんてね。
茶化してるように見える?
でもわたしは半ば、本気で思ってるよ。
だから、わたしは迷うことなく我が道を行く。
どんな道に進もうとそれがわたしの選んだ道だから。自己責任だってわかってるから。
その行き着く先がたとえどんなバッドエンドだろうと、わたしはきっと後悔しない。
きっと笑って、ぽっくり死んでいく。
その笑顔に至るまでの経緯、書いておいたって損もなければ得もないでしょう?
どうせこれはわたしの自己満足。
きっと最後にはわたしだけが知っていた。
たった1つの「自己満足」が生み出した、そんな物語。
――前回は「語り手」と「聞き手」。
今回は「書き手」と「読み手」。
……たぶん、そんな話。




