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4.いたずらに


 そうしてなんとか、ミーティングが終わった後のこと。


 元くんと合流しようと席を立ったあたしはふっと秀ちゃんを見た。……津田さんに何か頼まれて紙を渡している。ちらっと見えたのは携帯電話で撮影した写真。

 部室内には誰が置いたのか知らないけど小さなプリンターがあるから、それで出力したらしい。さっきのホワイトボードのそれだ。それと、何か小さな紙切れ一枚。


 手の中のそれをチラリと見た津田さんは少しイライラした様子で、教室をすたすたと出て行く。

 それをなんとなく目で追っていると、元くんが「さて」、と席を立った。


「あれ? どっかいくの?」

「さっきちょっと用事が出来ちまってさ。大した用じゃないんだ。すぐ戻ってくるんで荷物の番しといてもらえると有難い」

「なんとぉ……あたしを置いてどこ行く気だー?」


 あたしはふざけて鞄を抱きしめた。


「盗るぞっ」

「ん?」

「鞄! あと、お財布!」

「……はい?」


 元くんは苦笑いしつつ、あたしに向き直る。


「安心しろ、入ってんのは10円玉だけだよ」

「じゃあなんで荷物番なんか頼むのよ」

「10円玉が60枚入ってる」

「えっげつな」


 なんでそんなお釣りの受け取り方した……っていうかだとしても中身600円じゃん!


「ああ、うんー、じゃあ後でなんか奢ってよ」

「ん?」

「ドリンクバーとか」


 学校近くにあるファミレスの方角を指でさせば、元くんは苦笑した。


「そーいうことに一々見返りを求めるから続かねえんじゃねえの、歴代彼氏」

「我慢し続けるほど不健康なこともないっしょ。困らせて甘えたいだけー」

「随分な甘え方だな彼女さんよ。古めの映画じゃあるまいし。今時のカップルってやつはもうちょい、男女格差ないもんだって聞くけど?」


 いつも俺ばっかりだろ、奢るの。

 そう言いつつ「急いでるから」と教室を飛び出して行った元くんを横目に。


「あいつも大変だなー」

「なんかあったの?」


 秀ちゃんは疲れたような顔をして目をこすった。


「色々あるんすよ。あーあ……目の前の人間が全員犬飼だったら平和なのに」

「うん、それ、すっごい地獄絵図だと思う」


 思わず突っ込む。――絶対嫌だそんな世界。みんながみんな話が長いし脱線するし、なんかすっごいツンデレなのなんて地味に嫌すぎる。

 男の子は色々いるからいいのだ。


「うんいいながらすっげー辛口のゆっきー先輩であった」

「あの類の男の人はたまにいるからいいんだよ」

「ってか皆が皆犬飼並みのジョークを飛ばせる人間には到底なれませんて」


 秀ちゃんはそう言いつつ、深くため息をついた。


「……で、ため息の理由は」

「へえ」

「津田さん?」


 こくりと佐田くんは頷く。


「……よしよし……」

「ゆっきー先輩、オレ、やっていけてるの奇跡じゃね?」


 彼が津田さんが苦手らしいのは確かによくわかる。


「大丈夫だって。いつもいいフォローしてるよ秀ちゃん。頑張った頑張った」

「苦手な人間相手に24時間スマイル0円営業出来る方法って、何かあります?」

「ハンバーガー屋さんに就職すればいいんじゃん?」


 とにかく、妙な様子だった津田さんが気になりつつも、そんな他愛もない話をして暫く待っているとガラリとまた引き戸が開いた。


「よっ、待たせたな」

「おーお帰りー、ってゆーか早い」

「シメた?」


 秀ちゃんの謎の問い。元くんは手をひらひらさせて答える。


「いや、シメる前に逃げられた」

「なんの話?」

「鯖の話」


 しれっと元くんが呟いた後、秀ちゃんが間髪入れずに続ける。


「しめ鯖」

「味噌煮」

「水煮缶」

「……0.5秒もかからず嘘だとわかる情報ありがと」


 とりあえず何かをごまかそうとしたことだけは分かった。

 いや別に、隠さなくても聞きやしないのに――あたしは自分が自由人な分、束縛なんてしないタイプらしいし。これ、中学のときの彼氏が言ってたんだけど。


「まあいいや、そろそろ暗くなるから帰ろ?」

「へいへいほーい……あ、そういや佐田ー?」

「ん?」


 元くんは何故か赤くなった拳を秀ちゃんに差し出した。


「何だよ?」

「手ぇ出してみ? 上向きで」

「ん? んん。……のわっなんっだこれ! もっぞもぞするんだけど気持ち悪っ!?」


 ぶぅ、と頰をふくらませ、元くんは笑いを漏らす。


「ふへぇ」

「ふへぇじゃねえよ何満足そうに!? って、これクワガタじゃねーか! 時期的に遅いだろ! よく見つけたなこんなの!」

「え? クワガタなんかいるのこの学校」

「たまにいるよ、(たぬき)まで出るんだぜこの界隈」


 小ぶりなオスのクワガタが秀ちゃんの手のひらの上でもぞもぞと動いているのを見ながらあたしは思った。……ああ、何も言わずに虫を握らせるなんてイタズラ、そういえば昔、流行ったよねー……。


「あたしには?」

「リアクション芸は佐田の方が面白いからな」

「おう……おちょくられるのには慣れてますからねお前らに。全力で表現しますよ、この……ええ、相模湾のタコの怒りを。あふれんばかりのビビりっぷりを」


 後者は分かるが前者は一体何が。というか表現してどうする。


「お前も芸人だな佐田……」

「いえいえ、犬飼summerほどでは」

「ほっほっほ……夏は終わったがな……」

「頭の中は万年夏休み」

「ああ、とてつもなくセミファイナル……!」


 遠い目をしながら元くんは呟いた。

 ……うん、いったい何のノリですかねそれ。


「ともかく渡り廊下脇の柳、なんのけなしに殴ったらおっこってきたんでやるわ」

「何で殴ったの」

「……ムカついたから」

「うーんよくある。オレもストレスたまったら割と殴るあれ。すごい殴りたくなる形してる」


 ――元くんも元くんで何かあったんだろうか、やっぱり。


「そのクワガタ、わざわざお前まで待ってくれた礼金な。ありがとさん。というわけで売りさばけ。商店街のペットショップ屋なら買い取ってくれる」

「いや無理だろこれ。ちっさい」


 微妙そうな顔をした秀ちゃんに、元くんはしれっと言った。


「ちっさくても大丈夫大丈夫。半額よこせ半額」

「ってかたぶんこの季節じゃ、すぐ死ぬだろ」

「あっ、これがホントの『死に金』……?」

「何で猛烈にドヤるんだそこで。大丈夫か犬飼、普通逆じゃねえのこれ」


 ああ、そう言われれば普段はウザい反応をする秀ちゃんにシュールなツッコミを入れる元くんの図がいつもな感じがする。


「たまには逆でもいいじゃねぇの。俺だって時にはウザキャラなお前が羨ましく思えるもんだ」

「……納得いかねえんだけど、一体どこで羨まれてるのオレ?」

「今言ってたでしょ、ウザキャラな部分」

「ソーリー、ボク、ウザクナァイ……」


 その反応が全てだわ。


「さ、帰るか! あんまり遅くなると俺んちや佐田んトコならともかく、この」


 元くんはあたしの肩をぱしんと冗談交じりに強めに叩いて荷物を背負った。


「美女さんのおうちが心配だし、早いトコずらかろうぜ」

「ほほう、それで茶化してるつもりか~……いよっ!」

「あいてっ」


 叩かれた仕返しに眉間をつくとあたしも鞄を手に取った。


「しっかしさー? クワガタなんて持って帰っても置いとくトコねーよ犬飼」

「適当にしときゃいいだろ。お前んち、飼育ケースなかったっけか?」


 後ろの茶化しあうような会話を聞きながら階段を降り、昇降口に向かう。


「こないだ近所の小学生にごっそりあげちまったよ。どーせもう使わないかと思ってさ」

「そりゃあ残念だったな。適当なもんでも見繕えよ佐田、ペットボトルに穴開けたりとか」

「放すって選択肢は無いのかよ。家で死なれてもヤなんだけど」

「駄目だ、どうしても飼え。嫌なら放せ」

「ものの一言で思いっきり矛盾したこの人―!?」

「あっはっはっは」


 あまりにもアレなやり取りに思わず爆笑しつつ昇降口について、靴箱を開ける。


「――! ん、いったっ」

「ん?」


 革靴を取り出した途端、指先に痛みが走る。ぽろりと外れて見えたのは、靴の中、かかと部分に張り付いていた粘着テープと……


「デカい声出してどうしたんだよ……って」


 元くんは投げ出された革靴を見て固まった。


「なーになになに犬飼! タコの怪物でも出た!? 食おうか!? 素揚げがいい!? 刺身がいい!? それともた・こ・や・……えっ」


 秀ちゃんもそれを見て言葉をなくした。……革靴の中には、大小合わせて、4本の剃刀の刃。


「……」


 元くんの顔が見る見るうちに赤くなるのがわかった。


「ゆ、ゆっきー先輩! お、オレ今絆創膏持ってますから、とりあえず傷口見して……」

「……おい」


 元くんは、口を開いた。――乾いた音だった。


「――いい加減にしろ、転がされたいか?」


 冷たい音だ。それが、玄関全体にハッキリと響き渡る。

 ――あたしは何となく知っていた。声というのは指向性があるものだ。対象者にしか届かない音があって、あたしにはそれが聞こえないでいる。

 それはあたしにでもなく、秀ちゃんにでもなく。明らかに「近くにいるらしき」第三者に向けられたものだった。


「――冷たい床に殴り倒されたい? それとも頭掴んで職員室の壁にでもぶつけてやろうか?」


 ああ……彼は、怒っている。

 口をわなわなと震わせて、カッと目を見開いて、辺りを見回して。


「……顔みせろよ、卑怯者!!」


 ……聞いたことが無いぐらいに声を荒げ、見たことが無いぐらいに彼は顔を歪ませて。その時、あたしは気付いた。

 靴の中にまだ、何かが入っている。


「見てんだろ、出てこい! もううんざりだよ、ぶん殴ってやる!」


 思い出した。バスケ部の試合後。ロッカーでのあの手紙。

 そうだ、この子は何かに巻き込まれている。


 あたしは恐る恐る、血に濡れていない方の手で靴を――もう一度ひっくり返した。


 目の前ではいつも、楽しげに笑っているそれが憤怒に顔をゆがませていた。

 茶化しも何もない。

 照れも何もない。カッコつけてスカしているわけでもない。

 ……いつもの元くんではなく、本来の、感情むき出しの彼。


「出てこいよ……用があるなら、正々堂々話せよ!!」


 ……秀ちゃんはずっと絆創膏を探していてこちらを見ていない。床に落ちてカランカランと音を立てた刃にも気付かず、そのさらに奥にあったものを知りうるのはきっと、靴をひっくり返した自分だけ。


 奥の奥にくちゃくちゃに丸めて入れてあったのは、紙。

 小さな小さな、所々赤く血に濡れた紙だった。



【(現時点での)キャラクター紹介】



・犬飼 (はじめ)


 周囲からの呼び名は「元くん」、「犬飼」等。

 高校生。谷川ユキより1個下。

 本編で大暴れしてる「イヌカイさん」の若かりし頃。普段は気怠げでローテンションだが、実はかなりのいたずら好き。周囲を軽いノリで引っ掻き回しているように思えるが、実は色々やった結果の反応を観察するのが楽しいだけ。バスケ部では少し人が変わる。


 ――あと本気で怒っても人が変わる。

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