3.ミーティング
……まあ、今にして思えばだけどさ。
あれが一番最初の「お手紙」だったのかな、なーんて。
あのときチラッとみただけで終わってしまった、ロッカーの紙くず。
あんなもの、回数だけみたらそのあと何度も見かけるものではあったわけだし。
あ、でもやっぱ見とけばよかったかな、あれ。なんとなく文面の予想はつくんだけど……うん、予想がつくってことは実際の出来事として「そういう」ことだろうし、そういう話だったんだろうけど。
ん? なんの話かって?
ひーみーつ。さいごまで聞いてりゃわかるかもね!
ともかくそれからまたちょっとだけ経って。あたしの所属する演劇部では、ようやく文化祭に向けての準備が始まろうとしていたんだ。
――それは、春を通り越して夏のこと。
題材になる作品、つまり台本を決めるのが遅くなったせいか、去年よりも少し遅いスタートだった。
「えーっと、結局ー、毎年言うことにはなると思うんですけどぉー」
演劇部の部室・ホワイトボード前。
そういつになくシリアスな顔で、しかしやたら間延びしながら言ったのはあの、替え歌騒動の佐田くんだった。
……いや、でもその頃にはもう彼には親しみを込めた「秀ちゃん」というあだ名が部室内では一般化していたので、今からは秀ちゃんと言うことにしよう。
名前とは逆に何にも優秀じゃなかったけど彼。元くんと違って。
ともかく彼、佐田秀彦くん――やる気がないのか、あってそれなのかは知らないけれど、とにかく机での勉強はドベから数えて2つか3つ。ものによっては完全最下位。顔もイケメンというわけでなく、背丈も平均よりちょっと低めなだけの平々凡々。ただし――
「3年はこの文化祭で引退だから、出来るだけメインは3年で行こうみたいな感じでぇー」
――彼は今や立派な、次期「部長」候補だった。
何をやっても許されそうな。……うーん、なんていうのかな、独特の愛嬌? っていうの? それとも魅力って言ったほうがいいかな?
とにかく不思議と彼がいると場が和み、笑いが起きる。そんな子だ。
優秀じゃないとはさっき言ったけど、それは机の上でだけ。
多分人間関係だけだったら、誰よりも秀でてるんじゃないかなーなんて。未だに思い返すたびに思ったりもする。
身の回りで喧嘩が起こったとしても、気がつけばするりと間に入っていく。そして普通にクッション材の役割におさまってしまって――ここまでは普通だけど――ともかくその場で、それ以上の問題行動を起こすのが最早鉄板ネタだった。
渾身のおふざけで空気をぶち壊す。ピリピリしたそれが一気に消し飛ぶ。
……この性質にはさすがの津田さんも敵わない面もあるようで、結局秀ちゃんと津田さんは他の演劇部員と津田さんほど遠い関係性ではなかったように思う。
それどころか津田さんの方が秀ちゃんをなんだかんだと信頼していたし、一目置いていた。
そのせいで2年生にして既に「副部長」の役職を押し付けられていたんだから、実質もう全員、あれが次期部長だろうなー、なんて思っていて……
っていうかごめん秀ちゃん、あの年の副部長真っ先に蹴っ飛ばしたのあたし。ごめん。その節は。
理由? めんどくさかったからに決まってるっしょ。
ともかく秀ちゃんだって、元くんと同じようにそこそこ部活に関してはしっかりしている。
っていうか多分、あれは元くんの影響だ。
だって――時折やりすぎる元くんが傍にいると、逆に秀ちゃんがブレーキ役にならざるを得ない場面も出てくるんだもん。
更には元くんが秀ちゃんをひっつかんでおふざけを止める場合もあるわけで……見た目は全然似てないけど、普段の素行の悪さに関してはまるで双子の兄弟みたいだった。
常にお互い影響を与えあっているタイプの悪ガキ同士。悪友同士と言いますか。
うん、何だろうあれ。
そんなことを繰り返してるうちに、基本ふざけて愛嬌100パーセントだった秀ちゃんも元くん同様に、だんだんとオンオフがはっきりしてきた。
そんなわけで今、秀ちゃんは津田さんと一緒にホワイトボード前に立っている。
そして今、演劇部の部室には演劇部の面々と別の部から集まった有志が勢ぞろいしていた。
「有志」というのは演劇部以外にも部活動があるものの、裏方としてお手伝いをしたいと名乗りを上げた面々のことだ。
……あ、そうそう、少し前に話した美術部のお兄さんもその枠ね。
大半は舞台セットにその技術を応用できると踏んだ映画研究部とか、舞台物の作品を書きたいという漫画研究部、文芸部の取材班たちが占めているが、その中に何も再利用ポイントがないバスケ部の元くんも平然と紛れ込んでいる。
……そう、今この場では文化祭公演に向けて、第1回目のミーティングが始まろうとしているのだ。
「え、3年メインってことはだよ佐田くんや?」
一番前の席にいた元くんが手も上げずに質問する。
「逆に言うと冬休み公演は2年と1年だけ?」
「そ――――ういうことになるなぁ、有志諸ッ君!」
ともかく秀ちゃんはもっともらしく「うむ」、と答えて黒板に字を並べ始めた。
……“ミーティング第1回 テーマ:各担当、役割の決定”……
「ホントにいいの? 2年も目立ちたいでしょー、遠慮しなくていいのにぃ」
「あーいいんすよ津田先輩、この間の夏公演、台詞数少なかったって嘆いてたでしょー?」
「そんなことあった?」
「あーりーまーしーたー……うん。じゃあちょうど目が合ったから有志代表に任命しよう、映研の土方」
「おれ?」
土方くんとやらが戸惑いつつ立ち上がった。
「うん、そのおれ。同じクラスで気安いのもある」
「俺とは目が合わないのね佐田」
小道具置き場からパクってきたらしい巨大鼻眼鏡をかけた元くんの発言に、秀ちゃんはスピーディにツッコミを入れた。
「合ってたまるか」
「タイトルをつけてください」
「1人孤独な仮装大賞。……で土方とりあえずこれ決定原稿だから1部ずつ配って」
「あらやだこの佐田クン、割とつめたい」
その「ただ今配られている台本」の内容は少し前、顧問の柏原先生と演劇部員だけであーでもないこーでもない言いながらようやく決めたものだ。
ただ、柏原先生は筋金入りの演劇&脚本オタク。途中からは1人で「あれは表現が良くない」だの「気に入らんし気に食わん」だのの理由で殆どの脚本をぶった切っていたのだけれど。
……うん。
口調も何だかもったいぶってるし、津田さんと同じく否定的な口調が多いので……まあ、あの頃のあたしにとっては、結構苦手な先生だったかな。
「えー、とにかくギリギリ人数分しか刷ってきてないんで、間違えて2部ずつ取らないように。無駄にするとミズダコの呪いが降りかかるぜ」
「何でミズダコよ」
「お前はミズダコのたくましさを知らんのか犬飼」
「知らんよ」
「6時間ぐらい語ってやろう」
「ミーティングしろよミーティング」
ちなみにこのカオスな状況、なんで柏原先生が一声かけないのかというと……彼、驚くべきことに話を聞いてないからだったりする。
生徒ほっといて服の下に隠したイヤホンから津田さんのお母さんが喋ってるオールナイトナントカ聞くのやめてください。本当。
っていうかそもそも聞くところによるとこの演劇部、柏原先生がほとんど作り上げたような部活だそう。
それも「大スターの誕生する瞬間が見たい」という動機で作ったらしいのだけど、柏原先生当人からしたら大概の場合は「がっかり中のがっかり」。
入ってくる役者のレベルが低すぎて諦めているとか。
曰く、「才能の光がない」。
「本当の役者というのは最初からある程度センスがあり、形ができているようなものを指す」と。
……そんな完璧超人みたいな人は津田さん含めて今のところ見たことがないので、いたとしてレア中のレアじゃないかなとは、正直当時から現在まで全くブレもせずに思っていたりする。
彼が唯一評価している津田さんだって、あの腕前は最初から持ち合わせている「才能」というわけじゃない。どう見たって「努力」だ。
でも柏原先生はどうも、本気でそれを信じているらしかった。
幼い頃に役者を夢に見て小劇団の戸を叩き、「一目で分かる、才能がない」と一蹴されたときから。そしてその直後、戸を叩いた劇団にいた津田さんのお母さんを見て、「こういうことか」と思ってしまったときから。
いつか彼の珍しく話していた過去の話から察するにだけど純粋に……彼はそういう性格なんでしょう。
……仕事しない先生。具体的にいうと趣味の為だけにお金を稼いでるせいで思いっきり省エネしてる先生。
まあ、感情の流れは分かる。要するにこの人は諦めてしまったんだ。思う存分に自己表現をできる人、輝かしい人。そんな人を見て、自分に言い訳をしてしまった。
自分には「才能」がなかったのだ、と。
別に、生まれ持ったものに固執するのは分からなくもない。才能という便利アイテムを持っているからこの人は綺麗なんだと思うのは。
でも完璧に「才能」1つで生きている人というのは意外といない。実際はそれに加えて色々なものが付随する。その付随したものが、才能を凌駕することだっていくらでもある。
それをこの人は知らないまま、見もしないまま生きてきた。きっとそれだけの話。
「えー、部員皆台本貰った? 有志にも渡ったよな? ……じゃあオレが音頭とるのもあれなんで、ここからは津田先輩パ~っス」
「えー、私たち3年を何事もなく送り出す為の会合じゃないのこれ?」
早くも疲れてきた秀ちゃんのバトンタッチに、津田さんがぶーたれる。
「ハハッ、何言ってんスか、最後の最後に津田先輩と谷川先輩2人が、オレたち下々な下級生に立派な姿を見せてくれる為のステキなイベントでしょ!」
――そう、あたしは今年卒業の3年生だ。そして津田さんも3年生。
津田さんはあの特有の「歯に衣着せぬもの言い」で身の回りの人間と、平均して2ヶ月にいっぺんはドンパチをやらかしていた。
衝突。喧嘩。衝突。衝突につぐ衝突。で、着々と減ってきて今まさに、一番のらりくらりしてきたあたしと津田さん……2人しかいないわけだ。
……うんおかしいな。
入った当初は13人いたんだけどな、同級生。
「下々って何よ。というかさすが佐田くんね。犬飼くんそっくりの屁理屈というか?」
「そりゃ屁理屈も移りますよね、四六時中あんなんと一緒にいると!」
「おい、誰があんなんだボケ!」
「しょーがねーだろ、オレもこんなんだボケ!」
「同レベル!」
「なっはっは!」
――パパパパ、パパパン!
もはや意味がわからないノリで連続ハイタッチを繰り返す2人。秀ちゃんもよく疲れないよね……部活の顔と普段の悪ガキ、かわりばんこに出してて。
「そんなんで来年度部長やれるの? 佐田くん」
「えー、請け負うって決まったわけじゃないっしょオレ、部長職」
「君しかいないでしょ、有望な2年は」
「よく働く2年がいない、の間違いではなく?」
秀ちゃんのぼやき。
津田さんの口角がみるみる上がった。
「なーにー、文句あるの?」
「すみませぇん、どうもスーパーウーマンの先輩みたくは出来ないモンでー」
……字面だけ見るとスーパーヨイショしているように見えるが、恐らく秀ちゃんの性格的には違う。
あの子ほど的確に「部の実態」や「内情」を把握している子はいない。
そういう面において、やっぱりあの子が副部長だというのは最適な配置だったに違いない。
津田さんの振る舞いや言動がもとで演劇部を退部した3年生の多さ。演劇自体には興味を持っていたが、所かまわずバッサリいく津田さんの剣幕を見て入部を諦めた同学年や後輩。
そういうのを彼は、随分と注意深く観察しているように見えた。
その上で彼は、こう言ったことがある。
――「いや、ライバル心や闘争心が悪いとは言わないっすよ、オレは」
そのときの秀ちゃんはいつも通りヘラヘラ笑うでもなく。怒るでもなく。
――「津田先輩は自分を売ることに長けた生粋のビジネスマンだ。そういう環境にずっぷりだった親の影響で子役も経験してる。だから物心ついたときからきっと身の回りは全員ライバルだったんだろうし、『如何なことがあろうが勝ちたい』という負けん気がある。……だからその分、そういう競争的な世界しか知らないんでしょ」
……なんだか少し、シリアスな顔をしていた。
――「ああいうキツい言葉はどんな相手も平等に、フラットに見ているからこその発言っすよ。どんな人相手でも『自分と同じ土俵』の人間だと思ってる。だからこそそれ相応の敵意を持つし、ある種それが敬意だと思ってる。身の回りに理解されるかされないかはともかくね」
今から思えば、彼は津田さんのことを一番よく分かっていた。
近くからじっと見て、というか。
研究して、というか……
――「だから叩くしなじるし、正論をぶつける。そうして目の前に立つ相手をふるいにかけている……」
それを考えれば、秀ちゃんはふるいに残った側なのだろう。
むしろ彼は可愛がられている。
――「あいつは相手になる、こいつは同レベルにもなりゃあしない……そういう感性だ」
けれど、彼は違う見方の持ち主だ。
津田さんよりはよっぽど甘い理屈の持ち主だし、観点の持ち主だ。
――「……でも、そう。ふるいだけじゃダメだ。確かにあの部長はずっとプロの世界を見てきた。基本何を見るにも『ハードルが高い』。ここまでやって当たり前ってのが常にある。相手がまだ成長もしてないド素人である可能性を勘定に入れてないから言葉がキツくなるし、排除の方向に動く。柏原先生と同じに才能がないとコケおろす。でも、それじゃいけないとオレは思うわけで」
秀ちゃんはあのとき、いった。
……まっすぐな目で。
――「……否定って引き算なんすよ。国家だって多分そーでしょ、国があるから人がいるんじゃない、人がいてこそ国が建つ。いくら輝く宝石がほしくても、原石や金具がなくなったらおしまいだ。ダイヤモンド一個でどんなアクセサリーができる? 少し輝きの足りないチェーンを、くすんだ色の丸カンを。気に入らない、色味が合わない、そう投げ捨ててあとは何ができる? ……後先考えずにそれらを繰り返した場合、引き算だけして足し算しなかった場合……何もできなくなっちまうんすよ」
オンオフの激しい元くんとは違い、秀ちゃんはほとんどずっとオンだ。
――「だから早い段階で誰かが、引き算しすぎて『なくなった』ものを足せる人間にならなきゃいけない。フォローできる人間にならなきゃいけない。捨てるだけでなく、拾う人間になれなきゃいけない。そうでもしなけりゃせっかく演劇に興味を持った原石が死んでいくだけだ。もったいないっしょ、そんなもん」
真面目な顔をほとんどしない。
でもだからこそ、印象に残っている。
――「……こんなスケールのおかしい言葉で言ったら鼻で笑われるかもしんねーけど、とにかくあれじゃ『業界』が死んでいくだけっすよ。オレたちの生きてる世界に、あのままじゃ誰もいなくなっちまう。いい加減育てないと、人を! 谷川先輩だって犬飼だって経験あるでしょ、最初から即戦力なド素人なんて一握りなんだから、大体のやつは育てられて大きくなるんだ。荒波に揉まれて研磨されて輝くなんて一部のガラス玉くらいなんだよ!」
……うん、どう考えてもあの子、「猫をかぶるタイプ」だ。本当は彼が指導者の方がふさわしい性格をしている。はい、と渡されて演劇部がまとめられるか……舵を取れるかはともかく、ちゃんと色々なものが見えているからこそ、津田さんや柏原先生の方針には納得もしていない。
あの2人が全然好きじゃない。目立って反逆はしなくともフラストレーションは溜まってる。だから津田さんに対するフレンドリーさは割と表面上に近いものだ。あれは適当にゴマすって機嫌をとってるだけの話。
けれど今、ミーティング中の彼女は――そのヨイショの方向で受け取ったらしい。
「しょうがないな……可愛い後輩のためだもの。現部長が良い見本を見せてあげるわ。覚悟なさい」
「へいへいへーい、よろしくお願いしまーす」
秀ちゃんは目に見えてめんどくさげな顔になった。まぁ彼女はいつでもこの調子だしね。仕方ないと言えば仕方がない。
「で、台本を見てくれた子はわかったと思うけど、今回上演するのはフランスの民話、『美女と野獣』。まあ柏原先生のセンスだからいつも通り捻らずオーソドックスなテーマよね」
確かに童話という点では王道だ。他の劇団から話を借りてくると言う案もあったけれど、既に知っている話だからこそ親しみやすく、お客さんも安心して足を運ぶもの。やりがいはある脚本だと思う。……でもちょっと心配ではあるのがこれ、かの有名なアニメ映画と原作を下敷きにしたこのホンではキャラクターの設定が違ったりするのだ。
目標点としては、まあ在校生の家族や親戚が覗きに来たりもするし、アニメ好きの子どもたちにだけはさすがに「そこは違うよ!」と野次を飛ばされないようにはしたいところ。
……え? 野次られないように、具体的にどうするのかって?
うん、言うのは簡単、やるのは度胸。
要するに「面白いからどうでもいいや」と思わせてしまえばいい。
これが有名な民話や童話をやるときの基本のキの字! どうあがいたって複数パターンあるもんあれ。口伝いで伝わることが多いから!
「最初はそうねぇ……まずは皆で声に出して読んでみよっか」
出た。津田さんの実力テスト。
有志ははなから相手にされないけれど、ここで演劇部が変な目立ち方をした場合は目をつけられて当たりがきつくなる。
あたしはマイペースにもほどがあるせいで1年の段階で既に徹底マークされた結果何も気負うことはないんだけど、後輩女子の面々は今の一言で完全にスイッチをオフにした。
「裏方をやる子も一応展開の把握は必要だから、有志を含めて皆で立って」
「はい、すたんだっぷ」
柏原先生の気の抜けた掛け声に皆は一斉に席を立った。……まぁこれもこの部では一種の恒例行事、有志の中でも常連の子は事務的になってしまうし、やる気のない子も多かった。
だってまず目的としては脚本の確認なのだ。そこまで深く演じる必要もない。
だからこそ津田さんはここで素の読み方なんかを観察していて、たまにちょっとだけ力を入れて読む変な子がいたりすると噛み付くわけだ。
「やるのかやらないのかはっきりしなさいよ! イライラするから!」なんてね。
こうなってくると演劇部ですらも棒読みになる中――ええ、中途半端に色を付けるよりは全部棒でやった方がマシなのだ――ともかく、面白おかしく読み聞かせるようにやってくれている元くんの声がひときわ目立つ。
何せ有志メンツには津田さんの野次は微塵も飛ばない。特に眼中にはないから。……でも、だからこそ元くんはここぞとばかりにすんごい変な読み方をしてくるわけで。多分あれわざとだ。絶ッ対わざとだ。ふざけてやった結果のあれだ。
しかも変わってはいるが、ちょっと腹立つことに「巧い」。いや、プロっぽいという意味じゃなくて……素人らしく型にハマらないやり方をするのだが、それがまたのびのびしている。
しかも大真面目な顔で所々茶化したアドリブを入れて一部の人間を噴出させたりも。
そんな少し面白い様相を見つつ、あたしは台本を読みすすめた。
……意外とそんな彼の面白い読み口がキャラ作成のヒントになることがある。
「じゃあ、一通り話は理解したところで誰が何の役をやるか決めましょう」
前読みが終わり津田さんが声をかけると、秀ちゃんはへいへい、と黒板に役名を書きつらね始めた。
“美女(主役/ヒロイン):○○○”
“野獣(主役/ヒーロー):○○○”
“そんなことよりたこやきたべたい”……
「それで佐田くん」
「あ、はい!」
津田さんがすぐに振り返ったことで、割とどうでも良い落書きはすぐに消え去った。……後で奢ってあげるから我慢しようね秀ちゃん?
「3年生メインでとさっき言ってたけれど、当然主役は3年生から選ぶことになるわよね?」
「……ああ、はい。野獣の方は男子生徒がいないんで、2年か1年が担当すると思いますが」
2年の男子も今のうちに良い思いしとかないと、来年キツいしなー! と秀ちゃんの目が言っている。
……まあそもそも、全体的な男女比率で見ても女子のほうがダントツ多い。それがこの学校の演劇部ではあるわけで。
少ない男子諸君にもできるだけ「こいつじゃなきゃ無理!」的な役を振っておかないとモチベーションが下がり、またまた妙なタイミングで退部される危険性があった。
……うん、結構評判悪かったんだよ、我が演劇部。
当然だけど。
【やる気のない】柏原先生と、【悪気なく感じが悪い】津田さんのゴールデンタッグが幅を利かせてブイブイ言わせてるせいで、新入部員の数がグラフにするととてつもないことになってるの丸わかりだったんだけど。
というか、この調子だと怪しい。はたして次の公演もメインに「男性」が据えられているのだろうか? ――多分秀ちゃんの頭によぎっているのは、十中八九「そういう話」だろう。
特にここ数年のチョイスが海外の古典や童話系に固まってきているのを見るに。
だから考えられるレパートリーで言うとあれ、「親指姫」なんて持ってこられた日には、目も当てられない。
……あの内容だと男子が必須になるのは「モグラ」と「花の王子」ぐらいだ。
「――3年生は、私と谷川さんだけ」
津田さんは呟いた。
「ということはどちらかが美女……ベル役をやることになる」
「そっすね」
「決め手は?」
「はい?」
「谷川さんも私と同レベルに巧いとか巷では言われてることだし」
ニヤッと笑い、津田さんは言い放つ。
「――見た目とか、全体的なイメージで投票? それとも、ちゃんと台詞や動きを見てのオーディション?」
……イヤミかな? と冷や汗をかいている秀ちゃんの口が動いた。
ああ、ちがうちがう。素。この子の素。
どこで聞いたのか分からないけど、多分そういう有難いことを言った子がどこかにいたんだろう。それをたまたま耳にしちゃって根に持ってるだけ。負けず嫌いだもん津田さん。
津田さんはゆったりとした様子で口を開く。
「――個人的には、投票で行こうと思うのだけど」
「珍しいっすね津田先輩。普段はオーディション派じゃないですか」
「たまにはいいでしょ。谷川さんはどう?」
「あ、うん、別にいいよ。何でも」
だってあたしはそもそも競う気がない。だからお好きにどうぞという感じで――正直、どっちだって構わないのだ。
「じゃあ、決定ね。ああ、そうそう――谷川さんとの2択でどっちか決めるにあたって確認しておきたいんだけど」
「あ、はい」
「美女は町で『ベル』と呼ばれてるでしょ。これ、フランス文学だと名前じゃなくて可愛かったり綺麗な子につけられるあだ名なの。日本語で言うところの『小町』ね。だから、それ相応の説得力がなきゃあねって、柏原先生が言ってたから――」
津田さんはホワイトボードの中央に線を引き、上にあたしたちの名前を書いた。
ニヤリと笑う、その表情。
自信満々。……ああ、そうか。
「――女の子として可愛いほうに入れてね! 贔屓なしで!」
……やっぱものすごいライバル視されてるわ、あたし。
* * * * *
確かに、そのときは「珍しい展開だな」と思った。
秀ちゃんが常々言う通り、津田さんは自分の立ち位置に並々ならぬ「こだわり」を持っていた。勝ち取った役が主役なら目に見えて上機嫌になるし、脇役を押し付けられたなら、舞台上でしか笑顔を出さなくなるのなんて日常茶飯事だ。
もっとも、どちらにしても手を抜いたりなんてしないんだけど。
目を瞑り、足音に耳をすます。
そしてそのまま、つらつらと考える。……あたしは津田さんとは全然違うタイプの人間だ。主役だろうと脇の方だろうと、結局やることは変わりないし興味もない。少し覚える台詞の量が変わるだけ。
津田さんは自己表現がしたくて演劇部にいるんだろうけど、あたしは違う。――主体性がない、からっぽ。そんな性格だからこそ、「何者か」になりたくてお芝居に興味を持っただけ。
ホワイトボードに書かれる正の字の音。
「……あ」
「なんかあった?」
「いや、なんでもねっす」
何かあったのか、秀ちゃんの声が一瞬聞こえた気がする。するとすぐにぽんっと肩が叩かれた。……手の感触からして元くんだ。
「で、津田先輩、オレも書くんすか」
「当然でしょ。あ、書き終わったらまず谷川さんの人数読み上げてくれない? 目を開けたらすぐ見えちゃうっていうのも面白くないし」
「はぁ……」
秀ちゃんはそう言ってホワイトボードに向かったが、やがてぷっ……と小さな笑い声がした。
「な、なによ佐田くん?」
「津田先輩、なんで今、ゆっきー先輩を先にって言いました?」
「……あいうえお順でタの方が先でしょ?」
「自信があるからなんじゃないっすか?」
「だから何よ」
「……いいんすか、部長」
秀ちゃんは静かに言った。
「先に――25人中13人って言って」
「え」
……思った以上に接戦だった。秀ちゃんが首をすくめながら言う。
「一応フォローするわけじゃないっすけど、途中まで津田先輩が優勢だったんですよ」
「……どの段階で完全に抜かされたの?」
「目閉じた意味ないでしょ、そんなこと言ったら」
ああ。あたしは目を瞬かせた。
つまりこれ、あたしが勝ちだってことだ。普段なら全然勝ちに興味はない。そうなんだーと思うだけ。
でも、思わず元くんに目をむけると……ニヤッとしたそれと目が合った。
「……まさか」
思い出したのは、途中の佐田くんの「あ」という声。
……その後に叩かれた肩。
多分、そういうことだ。
元くんが一画足したのは、例によって津田さん側でなくあたしの方。多分そこできっと、なんとなく流れが変わったんだろう。
「…………。」
勝ちに、興味はない。でも――そのとき、あたしは初めてしっくりきた。
人から背中を押されるっていうのは、それで「勝ち」を得るっていうのは……
どうも、ここまで嬉しいことだったらしい。
結果楽しい気持ちになるし、多分、すかっとした気持ちになるものなんだ。
【(現時点での)キャラクター紹介】
・柏原先生
演劇部顧問で謎の多い教師。
元や佐田たちの学年には古文を教えているせいか、実を言うと普段からおちょくられてはキレているような関係性であり、天敵同士のような間柄。
勉強はともかく人を指導するには少し視野が狭いらしく、なんだかんだでアットホームなチームに囲まれている山内先生とは真逆の「人望がほぼない」タイプ。




