2.ミッドサマーナイト
……それはあたしにとって高校3年目の。
元くんにとっては2年目の夏のこと。
「はい麦茶」
「ん」
差し出せば数秒も立たず――スッカラカンになったペットボトルを乱暴に放ってよこしてくる元くんは、固い表情で口を拭う。
……体育館の高い天井。埃っぽい空気。
見た目が小規模とはいえ、意外と次に響く試合になりそうだった。
「大丈夫?」
「……あー、うん」
思っていたよりも緊張はしてるみたいで、視線の動きは忙しない。ああして、こうして。脳内でシミュレーションを繰り返しているのが見て取れる。
ただ、緊張しているからといって足が動かなくなるとか、ドリブルが続かなくなるとかそういうのじゃあないのはわかってる。
だって……まあ、ああいう性格だもん。
「行ってきなよ」
「おう」
そう答え、元くんはあたしと軽くハイタッチするとコートへ向かった。
……試合前と試合後の軽いハイタッチは、彼の癖みたいなものだ。
そうすることで気持ちのオンオフがうまく行くんだろう。
ほら、よく言うルーティーンみたいな。
……そういえばあれ、あのあと、あたしが卒業したら一体誰としてたんだろう。
「……谷川さん?」
「あ。やっほー、津田さん」
そこに後ろから声をかけてきたのは「津田」という演劇部仲間だった。
――下の名前? なんだっけな。
あ、そう、ナイス。「美潮」だ。好きな作家さんの下の名前と同じだと思ったの、覚えてるもん。偶然の一致。綺麗な名前だよね。
とにかく津田美潮。お母さんが有名な女優さんだとかで、津田さん自身も演技の道を目指してるらしい。
少し我侭なところもあるけれど、なんだかんだで凄い努力家で。自分にも他人にも厳しくて。
まあ、最初の方のイメージだったら「ちょっぴり尊敬してしまう」同級生だったりしたものだ。
……そう、あたしには絶対あんなふうにできない。
彼女みたいに「絶対お母さんみたいな女優になるんだ」って公言して。それを全員が知っていて。そんなプレッシャーをものともしない。脇目もふらない。そんな人間にはなれない。
なんというか……ある種、人間臭さがなかった。
類は友を呼ぶというのか、いつも身の回りの人間はみんなステキな『ガチ勢』。早くから舞台役者さんに憧れている同類ばっかりだったし、友達というよりかはライバルだ。
もしくはファンかな……? いや、当人のファンもいたけど、そういえばほとんどお母さんのファンたちで、彼女にひっついていれば美味しい蜜を吸えると思ってる類の子たちだったような気もするけど。
それをみる津田さんの反応は得意、反面、ちょっと悔しそう。
彼女にとっては「有名なお母さん」は超えられない壁か、もしくはライバルの一人なのかも。
とにかく立派な目標があって、それしか知らない。そんな人。
夢に向かって一途に……真っ直ぐに、それしか見ないで頑張るなんて、きっとあたしには出来ない。
だって気の合う友達とのお喋りよりも、おいしいご飯よりも、どこかへ遊びに行くことよりも……いつだって彼女はお芝居を優先した。
部活の出稽古も一番早く来て、一番遅くまで残って練習した。本気でそれしか知らないみたいだった。
部の公演予定が決まるたびに自分をギリギリまで、一生懸命追い込んで……これ以上ないってくらい綿密に役を練りこんで……まるで、「プロみたいだ」なんて思ったりもした。
……まあ、当たり前だよね。
あたしは舞台演劇も、ちょっとしたエチュードも好きだけど、何もプロになりたくてやってるわけじゃない。
小学校の時の学芸会が楽しかったのをふと思い出して、なんとなく演劇部に入っただけだ。……巧い巧いとは言われるけれど、技術的な部分は、多分絶対彼女には敵わない。それに、津田さん自身にも言われたことがある。
「あなたは巧いんじゃなくて、華があるのよ」と。実際その通りだと思う。人の目は惹けても、心まで持って行くにはあと一歩足りない。自分の世界観みたいなものがないから、引き込むこともできない。その点彼女は違った。
――じっと見ていると、思いっきり幻想の中にひきこまれるのだ。
憧れはする。光っているとは思う、素敵だなあと。でもどうやったって彼女みたいには生きられない。勿論それでいい。
あたしと彼女では、きっと本気度が全然違うのだ。
彼女は笑って声をかけてきた。そうだ、彼女は常にそうやって完璧な自分を作り出す。格好つけ屋って意味では……そうね、今から考えると時永くんにも似てるのかな。
「明確な目標」があって、それに「自分」を器用に近づけているような感覚。
相手に合わせて食べ物の好みも変わる、そんな主体性のない水みたいなあたしとは真逆のタイプだ。
「今の……犬飼くんでしょ? どういう関係?」
「ああ……彼氏だよ」
――ピピーッ!
その瞬間、試合開始の笛がなった。
途端にボールの弾む音がその場にこだまし始める。
津田さんはへぇ……と少しだけ驚くと元くんを見た。
「……犬飼くん、彼女いたんだ……」
「なーに? 学校一の問題児に彼女がいるなんて意外だった?」
あたしがそうからかうと、津田さんは言った。
「ううん、そうじゃないわ。そうじゃないけど……そっか、そうなんだ……」
「何よ」
「いや、ちょっとね」
薄く笑って津田さんは言う。
「彼も人の子だったんだな、なんて思うと少し意外でね」
「?」
前から犬飼くんを見かけるたびに思ってたの、と津田さんは言う。
「谷川さん、『夏の夜の夢』って演ったことある?」
「やったことはないけど、話は知ってる」
シェイクスピアの有名な戯曲だ。森深くに住む妖精の王オベロンとその妃ティターニアの喧嘩から始まり、たまたま森に入り込んできていた人間の男女2組を巻き込むことになる、恋愛モノのドタバタ劇。
「……あれに出てくるいたずら好きの妖精いるじゃない。あれと印象が重なっちゃって」
「パックのこと?」
「そう。オベロンに惚れ薬を持たされてティターニアにいたずらを、っていうあれ。まあ、結局関係ない人間にも惚れ薬を使ってしまって大騒動を引き起こすのだけれど」
そう、あの劇は確かにそういう流れだった。
――喧嘩したオベロンとティターニア。憤慨したオベロンはティターニアを懲らしめようと小間使いのパックに惚れ薬を持たせるのだが、パックはティターニアのみならず、森の中に入ってきていた人間たちのまぶたにもそれを塗ってしまう。目を開けて初めに見た人を好きになる、そんなはた迷惑な代物を。
「あの作品、メインの夫婦にハーミアとライサンダー、ディミトリアスとヘレナ……皆恋心を抱く相手がいるでしょう? でもパックだけ、一度も恋仲になる相手がいない。他のカップルを引っ掻き回すだけで終わってしまう。まあ例えていうなら――ああいうポジションの人かと思ってたの、犬飼くん」
「……恋愛、色恋の当事者なんて似合わない、みたいな?」
「というよりは――「恋愛感情」なんていうものを持ってるところが思い浮かばなかった、が正しいかしら」
ふっと思った。
確かに彼は、少し前までパックみたいな子だったのかもしれない。誰にも惚れない。ただ人間関係の把握だけは誰よりも得意だから、たまにおせっかいを起こしたりして誰かと誰かを引っ付けたりはするだろう。津田さんは言う。
「でも今少しだけ思ってね――もし彼がああ見えて、パックじゃなくてオベロンだったら。それとも序盤のハーミアに恋しているディミトリアスだったら」
パックの惚れ薬でぐちゃぐちゃになった人間関係は一部を除いて終盤、魔法が解けるように元に戻る。序盤のディミトリアスはハーミアに恋心を抱き、ヘレナには見向きもしない。だが惚れ薬の影響でヘレナに恋をして……その後は。
「……ねえ、津田さん」
ピピーッ! ホイッスルが鳴る。
はっと気がついて振り返ってみるとさっそく元くんが点を入れた瞬間だった。焦った相手側のファールと同時の得点だったらしい。
津田さんは言う。
「……犬飼くんって、こうしてみるとこう……カッコ良いよね。一生懸命で」
「え? あ、うん、そうだね」
なんだろう、この感覚は。――この、感情は。
「あっ」
「!」
……今度は速攻で相手のチームに点が取られた。随分と綺麗なロングシュートだ。恐らく向こうの3年生に上手い子がいるんだろう。
バスケットボールにさほど詳しいわけじゃないけど、素人目でも分かる。多分この試合……全体的な比較でいえば、ほんの少しだけうちの学校の方がレベルが低い。あれを連発されると正直、去年の卒業生に固まっていた実力派がごっそり消えて「目立つ選手」が元くんぐらいしか残っていない現状、うちの高校は不利だ。
「……負けるかも」
ぼそりと呟いた津田さんの言葉にむっとして言い返す。
「そんなこと言うのはまだ早いって。元くんたちのことだもん、落ち着いてやれば何とか……」
その時、後ろの方にいた元くんがパスされて一気に躍り出た。
「あら本当」
――スパン、とシュートが決まってこちら側が入れなおす。普段はそんなにホイホイ入るようなことはないのに、コレは珍しい展開だった。
向こうの3年生がボールを取ればゴールに吸い込まれるし、こっちの元くんもボールを手にしたら即行入れる。それも両方が両方、巧いこと外さない。似た者同士の「意地の張り合い」を見ているような感覚だ。
両チームとも、多分偶然基本的な「攻め方」が同じなんだろう……差があるとすれば、やっぱり個人のレベル。
「……あの、津田さん……あれ?」
一応試合の方も気にしつつ、気を取り直してまた話しかけようとすると、津田さんはもう隣にはいなかった。影も形もない。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「当然。先が見えてるものほどつまらないものはないでしょ、下手な芝居と同じ」
遠くで会話する声が聞こえて、思わず耳をすましてしまう。多分、出入り口の方だ。
「これがオーディションだったとしたら途中で打ち切る。そんな内容よこれ。――見守ろうが声援を送ろうが、勝ち負けが見えたらもうそこでストップかけたほうがいいのにね。だって殆ど確定じゃない、あんなのなぶり殺しと同じよ。一見拮抗している、白熱しているように見えているだけで、こっちには打開策も何もない」
こんな内容だが、不思議と言い方にとげはなかった。純粋に思ったことを言っている。そんな感じだ。
「最後までやり通したところで、とりあえず褒める方針の人間が『さいごまでやってえらいねえ』って気休めに言うだけの産物。ルールがルールだから、そりゃあ選手は最後までやらなきゃならないでしょうけど、観客としては途中で帰るのが一番スマート。試合としては死んでるのに最後までやるなんて、選手側の人間からしたらただの苦行よね、可哀想」
ただ、言い方にとげがないからといって、中身に問題がないかと言ったらそれは別だ。津田さんはそういう言い方をする。……感情論ではなくて効率と個人的な経験則で断定する。周りの人の心は、全部置き去りにして。
「本当ならそれより基礎メニューだとか、練習のやり方を見直した方が時間の節約にもなるのに。……だって、パスをもらったときの動きを見てみなさいよ。なあなあでやってる新入生が多すぎる。あれじゃあ地区予選行ったところで去年ほどの活躍は望めないわ」
「さっすがつだみー……容赦ないねえ」
いつもの取り巻きだろう女の子の声が聞こえて。
「……ハッ、当然でしょ? 何事も本気でやらなきゃ人として存在の価値がない。それを知らないクズが多すぎるのよ。世の中には。これも勉強だと思って観戦してたけどあまりにひどいわね」
津田さんはバッサリと言い捨てる。
「本気でやらなきゃ価値がない」。
――確かにそれは、道理の一つだとは思う。
でも張りつめた緊張の糸をずっと伸ばして歩いていると、ある日ぷつんと途切れて……自分という何かがぼろぼろに崩れてくる。そんな覚えがある人の方が、本当は多いんじゃないかなとあたしは思った。
……勿論、語れるほど知識はない。
自信もない。人生経験だってない。特にその言葉に反論もできない。
あたしはバスケットボールのことなんて何一つ知らないから……線を出たらいけないだとか、ボールを持って3歩歩いちゃだめだとか、初歩の初歩ぐらいだ。
でも、なんとなくどういう人たちがバスケ部にいるかは知っている。元くんに用があって部室を訪ねることもあるし、一緒に校門を出たところで挨拶をしてくる元くんの仲間と顔見知りになったりもする。
ちゃんとした試合じゃない、仲間同士の練習風景を眺めていたりも。あたしはそういう混沌とした場所というか、色々な人がまぜこぜになっているところを見ているのが好きだった。
津田さんのようにピリピリと目の前の課題に取り組んでいる子もいれば、勉強の息抜きにしようとライトに入ってきたような優等生くんもいるし、なんとなくカッコいいからとかノリでとか、いろいろなスタイルの子がごったまぜで存在するのが、普通の高校生の部活動だと思う。
津田さんは確かに努力家だ。偉い。強い。崩れない。
自分がちゃんとあって。――いや、ないにしても、自分の力で常に何かを掴もうとしていて。それもある種「筋」が通っているからこそ、輝かしい。
でも、それゆえに自己完結してしまうんだと思う。自分以外のスタイルに、目がいかない。
バスケも演技も「人」も。プレイスタイルはそれぞれだ。……水みたいに流動的で、何にでも混ざってしまうスタイルを持たないあたしには、あまり偉そうに言えないことだけど。
「遊ぶのはいいのよ。ただし気を抜いてるやつはゴミだわ。常に何かを吸収しなくちゃ、時間は有限なんだから。――本気で遊んで、本気で心を動かして、本気で勝ちに行く。それが一流の人間というものだと誰も教えてくれなかったのね。もしくは本気ってものが何なのかすら分からない。そんな人間が多いんでしょうけど」
津田さんらしい言い方だった。
まあ今から思うと、もしかしたら誰かの受け売りかもしれないけれど。
「いくら高校生のバスケだって、幼稚園のお遊戯会じゃないんだから、スターがいくつもいる中に流星一個が突っ込んだところで結局軌道が逸れることはないでしょ? そもそもうちみたいに入部を投票とか選抜制にしないのが悪いのよ。バスケ部の新1年生、運動するときの勘というか、センスの悪いのが多すぎるもの。あんなの、チームじゃなくてあれよ、一人だけよくできてる犬飼くんに荷物がたくさんぶら下がってるイメージ」
「…………。」
あたしはムッとしたまま前を見た。
「ひどーい」
「酷くないわよ。本当のことなんだから。あーあ、こんなレベルの低いとこ来るんじゃなかったわ。本気で挑んで本気で滑ったんだから仕方ないけどね」
「まだ言ってる、よくそれで3年生まで上がったよね」
「やめたら逃げたみたいじゃない、嫌よ負け犬みたいにみられるの」
「…………。」
* * * * *
「……惜しかったねぇ」
試合後。ロッカーの前にぶすっと立っていた元くんに声をかけると、元くんはため息をついてぐしゃり、と持っていた紙切れを握りつぶした。
「え、なにそれ?」
「なんでもねぇっすよ。……はぁ、もー。負けちまったなあ」
元くんは手に持っていたそれをゴミ箱に投げ込む。
「目で追うな。チラシだよ多分。気にすんな」
「気にすんなとかいうの相当過ぎて逆に気になるでしょ。何」
「…………。」
ぶすっとしたまんまの元くん。
……脳裏に何となく、あの言葉が浮かんだ。
――「あんなの、チームじゃなくてあれよ、一人だけよくできてる犬飼くんに荷物がたくさんぶら下がってるイメージ」……
「……ねー」
「何だよ」
「もしかして、なんか言われた?」
ぴくりと元くんが動いた。
「誰に?」
「……いや、バスケ部の人とか」
確かに普段練習風景を見ていても、先生からの声かけが多いのは元くん限定だ。他の子はほったらかされているように感じることもあるし、特別扱いにも感じられるかもしれない。
何にせよ、元くんだけ何かがすごく飛びぬけているらしいのは確かだ。
いつかお兄さんにも「羨まれてる」とか言ってた気がするし、そうでなくても元くんはよく目立つ。
嫉妬の目線や妬み嫉みには慣れている。
だから何も言わないのかな……そう思っていると。
「は?」
「え、違うの?」
その時「どごん!」とドアが開いた。
「犬飼何してんのお前―、あっ」
「あッつぅーい! やけどするー! お前らよく聞けー! やたら着替えに時間かかってると思ったらいつもの彼女と密会だったー!」
ドアを開けた大山くん、お調子者の落合くんが口の横に手を当ててはやしたて始め、途端にやいのやいのと男子バスケ部が姿を現した。
「今日のMVPが何してんだよ犬飼、こんなとこでサボって」
「勝っても負けても今日は肉の日だって約束だろ、ほらロッカーから出る出る!」
「あと山内、『罰金貯金』でジュース買ってくるってよ。戻ってくる前に早くー」
元くんがロッカールームに割り込んできたチームメイトを指しながら、少しニヤつく。
「……どう見ても、危惧していた事態とは違うように見えません? ユキ先輩」
「……確かに勘違いでしたね後輩くん」
うん、どう見てもただの考えすぎと勘の空振りだったようだ。
……まあ、だったらいいんだよ。
「何の話?」
「なんでもねえよ」
「あ、谷川先輩も行きません焼肉? お疲れ様会なんで、今なら山内のおごりですよ」
「えっ、マジで? 演劇部だけど行っていいのあたし?」
思わず食いついた後ろから、山内先生がのそっと現れた。
「一人ぐらいならいいけどー、顧問を呼び捨てにするのはいい加減やめような落合」
「うわ戻ってきちゃった、腹肉掴まないで山内、痛い痛い痛い」
「じゃあ拓也!」
「下の名前だったらいいってもんじゃない」
手に持っていた缶ジュースの袋を足元におろしつつ、山内先生は手慣れたように突っ込んだ。
「でも距離感は縮まる」
「キャーまるで彼女よ拓也!」
「ほっとけ童貞ども。で、お前らコーラとドクペと白い水、どれがいい」
「やった! カ〇ピスのパチモンだ!!」
「ジンジャエールないの拓也?」
「文句言うなら自分で買え落合」
「お茶ください拓也」
「いうと思った。犬飼日本茶好きだもんなあ。ほら、キンキンの冷たいやつ」
ちょっと待って山内先生。
今しがた元くん、あなたのことなんて呼んだか記憶にある?
「この扱いの差!?」
「生徒相手はタメでいいよー? でも先生はさすがに別ー、敬語を使うか否かですぅー」
「理不尽!」
「じゃあ、とりあえず移動前に水分補給―」
山内先生の声かけと、ジュースの配布。全員の私語がだんだん止んでいく。
「君たちがシュート入らなかった分、ファールした分、10円ずつ貯金箱に入れて可視化した失敗の数々が今ここでリセットされてジュースに化けました。練習した分の重さだぞ、味わって飲めよー」
「おかわりください拓也」
「味わえ言うたやろ今」
ものの一瞬で一気飲みした落合くんの言葉にどっと全員が笑った。
「えええん敬語使ったのに拓也の対応がしょっぱいー!」
「犬飼に敬語の使い方教えてもらえ。あと拓也言うな」
「落合くんあれよ、君はもうちょっと突っ込んでコケにすると面白いよ拓也を。反応薄めなんだからこの人」
「って悪化させてどうするのお前はー!」
ようやく山内先生が元くんにまともに突っ込んだ。――さすがにおちょくりの指南をされるとは思わなかったらしい。
「そりゃあ犬飼が教えたらそうなりますって山内ー」
「こいつ真面目な顔してるの、ボール触ってるときぐらいなもんなんだから」
「そういやバスケ部以外だと、犬飼って割と落合ポジションだよな」
そう、バスケ部でだけ、元くんの立ち位置は少し違う。
「でもここまで愛嬌はないな」
「佐田の方がそれっぽくない?」
「まあどっちにしても同類だろ」
山内先生が苦笑する。
「そこが不思議なんだよなあ……柏原先生とか佐藤先生とかなんであんな悪魔の権化みたいな扱いなんだ、こんなに手がかからないのに……」
皆がジュースを飲み終えて、ロッカールームを去っていく。……からからから! 音がしたので元くんの方を見ると、彼は立ち去る間際にUターンして、ゴミ箱を蹴っ飛ばしていた。
「元くん?」
「なんでもない、虫がいただけ。ゴキかなんかじゃねえの?」
キャスター付きのゴミ箱は転がらず、ただゴロゴロと音を立てて移動する。
「来るんなら来いよ、焼肉。いいって言われたんだろ?」
「あっ、ちょっと待ってよ」
――さっきの紙。楽しそうな雰囲気に流されて思わず忘れそうになっていたけれど……きっとあれに、何かがあったんだ。でもゴミ箱を漁るほどの時間もない。
ゴミ箱を見るあたしに、元くんは困った顔をしながら呟いた。
「……ユキ、いいから行こう」
ちらりと蓋を開けて覗くと、一瞬だけ見えた紙くず。
やっぱりチラシなんかじゃないらしい。
――ぐしゃぐしゃに丸められたそれにはところどころ、真っ黒い文字が浮かび上がっていた。
【(現時点での)キャラクター紹介】
・山内先生
呼び名は「山内先生」「山内」「拓也」等。
バスケ部顧問。
一見「ナメられている」ようにも感じるほどに生徒からの距離感が近く、まるでチームメイトの一員のように扱われる先生。
生徒同士はタメ口でもいい――むしろ推奨だが、先生相手はメリハリをつけるためにNGである。




