3.飛んで火にいる夏のワンコ
……あれから、3ヶ月が過ぎた。
当初は植苗少年が行方不明になったとしてかなり騒ぎ立てられたこの学園も、もう随分と静かになったものである。
「……はー……」
――ため息をつく。ああやれやれ。世の人間どもは全く、飽きっぽいったらありゃしない。
知らず知らずのうちにこうやって忘れ去られていく事件はきっといくつもあるんだろう。あー本当世間って冷たい! 植苗くんったら可哀想!
そんな他人事みたいなことを研究室の掃除をしながら1人静かに思っていると……コンコン、と扉がノックされた。
「どうぞ」
「ハイどうもー! 時永先生ぇー!」
声をかけると扉を開け、芸人のような挨拶とともに人のよさげな愛想笑いを見せたのはこの学園に勤務する「心理学」の講師。
昔はバスケットボールとかラグビーをしていたとかで、背は高く体格もいい。引き締まった体と明るく愛想のいいその性格は、時々人懐っこい大型犬を思い起こさせた。
……ただしその想像上の犬は時折人に容赦なくかみつきそうな顔をするのだが。
「こんにちは。犬飼先生。どうしました?」
僕はそう言ってニッコリと笑ってみせた。……さて、いつも自分を観察するような目で見て、自分の参加した世間話にも入ってこないような、生意気な狡賢い一匹狼がどういう用件だろう。
「飲みに行きませんか?」
「はい?」
簡潔でわかりやすい提案だが、いったいどうしたのだろう。今まで、自分にはなかなか関わろうともしなかったと言うのに。
あー……まぁいい。断る理由もないだろう。
「……いいですよ」
「おっしゃ! ……いやぁ、なんかねー、近頃誰をあたってもつれないんですよー! 世も末路だなーって感じですわぁ~!」
……さっそく管を巻いているようなテンションはやめて欲しい。というかやめろ頼むから。密着するな吐き気がする。近い近い近い。
そう思いつつ、肩を何故か組まれながら一応、とりあえず頷いておく。
「そうですね」
「時折一緒に酒を飲むようなコミュニケーションがなきゃね、人間おしまいですよねぇ」
……肩を気安く叩くな暑苦しい……! お前の方が人間としておしまいだよ、野良犬みたいにすり寄ってきて気持ち悪い!
しかし、あれほど騒がれた植苗の話も、最近はあまり持ちかけてくる人もいなくなった。そろそろ良い頃合だろう。
なら……次のターゲットは、こいつにしようか?
「……はあ」
理由は単純だ。ここ最近で一番、今日のこいつが僕のカンに障ったからである。
* * * *
“時永 誠”。この学園一の有名人にして、人気教師がそこにいる。も……俺はこの教師のどこが人気なのかさっぱりポッキリわからずにいた。
いや、確かに授業はわかりやすいし? 話をまとめるのが苦手な俺と違って簡潔だし面白いけど?
彼の担当の「説話研究学」という授業が自分の「心理学」と同じく他の学校にはない教科……要するにこの学校がウリにしてるところの『特別教科』だというというのもあるからかもしれないが?
まあ何せ、他にない新鮮味を感じるのは認めようじゃないか。
だが……まぁ、なんとなくではあるが、俺はこの教師が妙に苦手だ。
あまいマスクとは裏腹に腹の底には何かを隠しているような。そんな感じが、どことなくする。うん……よく言えばミステリアスってぇの? 悪く言えば付き合いづらいっていうか。
家はどこにあるのか、とか……奥さんはいるのか、とか。そんなことすら一切おくびにも出さないし、誰かが聞いてもはぐらかしてしまう。
――えっ? 苦手なら、飲みに誘わなきゃいいじゃないかって? ……いやいや。そこがポイント。よく言う「ミソ」。ちなみに味噌は白味噌派。
ギャグが寒いならスルーしてくれ。ってか読み飛ばしてくれ。餅が好きなもんで実家の雑煮が早くも恋しくなってきたんだよ、こちとら夏なのに。
ま、とにかくだ。そんな感じにいつも通り生徒相手に披露したなら多分、エターナルフォースブリザード級に寒くて横滑りしそうな俺の意味わからんギャグはさておくとしてだな。
相手がこの時永先生……謎の塊で不審すぎる人物だからこそ、俺はこの話を持ちかけたんだよ。こうして2人きりでお酒でも飲んで語り合ったなら、きっと何か、他にも俺が相手を「苦手な理由」がわかるかもしれないじゃないか?
……って、まてまて。
ちょっと待て? そこのお前。早まるなよ?
……あんた、俺を変に理屈っぽいだけの大馬鹿野郎として脳内にインプットしようとしてないか? あ、してない? ホントだな? お天道様に誓って本当だな? よし、良いお世辞だ。人間には得手不得手がある。苦手な人には普通近づかないよな?
そ・こ・をッ! ……あえて……あえて近づくッ!
それが俺のジャステ……ッ……
……うん、ゴメン。今度こそ真面目にモノローグするから。
OKわかった、頼むからそんな目で見ないで欲しい。
とにかく苦手な人間に向かって、ぶっちゃけそこまでお膳立てしてやる必要はないのかもしれない。
人によってはおかしい理屈に思えるやも、だ。
だがしかし待って欲しい。――自分はまず、好奇心が人一倍旺盛な人間を自称しているのだ。つったって自称だ、言ったって自称。本当は違うにしても、自分はそう確信しているって意味で。
……で、あるがゆえに、むしろ不信と好奇心が普通のバランスを取れない、なんてこともしばしばある。
――というわけでこういう屁理屈が成り立つのだ。
「酒の席だからこそ、酔いがまわって勢いで面白いことを口にしてくれるかもしれない」! 「それでもしかして盛り上がったりなんかしちゃったら」? 「思わず話が弾んだりなんかしちゃったら」?
苦手意識も克服できちゃうどころか友人作りも出来てかつ、どこが苦手だったのかもわかっちゃったりなんかしたらー!?
ええっ、一石二鳥三鳥、行くんじゃないの!? と。
……まぁそんなノリでこの男2人の悲しい飲み会を企画したってワケですよ、ええ。
それを思いついたのは今年の春過ぎだった。が、その頃は時永先生もなっかなかの忙しさだったらしく、長らくつかまりづらい状態だったのだ。
なんせ生徒が1人消える事件もあったことだし? それでいてその生徒が一番懐いていたのが以前からちょっとした有名人だった時永先生とかで、まぁいつも以上に大人気だったというわけだ。
時永先生に声をかけようと思えば立ちはだかる壁の数々! 新聞屋テレビ週刊誌、生徒生徒生徒。なかなか捕まらない。誰もぶら下がってない丸裸な時永先生なんか関東地方のどこかの森に居る電気ネズミ並みの遭遇率!
……ってな具合で、なかなか声がかけられなかった。
いや、でも頑張ったよ? この先生もよくもまぁぶっ倒れなかったもんだなぁと思う。……だって校門から校舎まで黒山の人だかりだぜ? しかも校舎の中までマイク持った不機嫌そうなお姉さんとカメラがストーキングだぜ?
「事件をどう思われますか?」「早く見つかってほしいと思います」「ご家族に対して何か一言ありますか?」「僕が帰り道まで付き添わなかったばかりにこんなことになってしまいました、責任を感じております、大変申し訳ありませんでした」―……これさ、全部答えてんだぜあの人?
いや、俺だったら途中でさすがにキレるわ! 多分機嫌悪くなって怒鳴り散らしてるわ! だって自慢じゃねえけど、俺結構気が短いからね? だから忍耐力でいったら多分向こうの圧勝だろうよ。ってか普通にそこは尊敬できるよ。俺一人ならあんな対応できる気がしねえもん!
だからテレビで見かけるたびに。そんでもってカメラ向けられてるのを普通に見かけるたびに。ああ、今日もよく耐えてるなぁ……と、そう思うわけだ。
そんな日々が幾日も続き、ようやく世間も飽きてきて……たまに見かけるその様子も、暇そうな顔をしていることが増えた。
そんな感じにまぁ、なんやかんやとあった末。
「大将!ビール!」
「じゃあ僕はウイスキーで」
……この、状況があるわけで。
俺はいつも思っている。世には色々な人間がいる。
理解しやすい人間もいれば、理解しにくい人間もいる。相性だってある。
それでも心の動きなんてもんは、今現在そういうことを研究中の学者さんによって割と殆どパターン化されている。
全てが当てはまらないにしろその人個人個人が持つ独特なパターンだってあって、いつかきっと全部解明できるはずで……そのパターンを読み取った上で、人という生物の内面を理解するために学問はあるんじゃないかって。
「しっかし、段々おさまってきましたが……大変でしたね、植苗の件」
時永先生は酒の入ったグラスをカラカラとふった。
「えぇ、驚きましたよ。まさか僕が駅の近くまで送って行ったその後、その足取りがぷっつり途絶えてるなんて……しかも何ヵ月たっても帰ってこない」
「結局、植苗の最後を知ってるのは時永先生だけなんですよね」
俺が言うと、時永先生はため息をついた。
「まったく、彼は今どこで何をやっているんだか……学校や友達はおろか、ご両親、兄弟にまで心配をかけて」
「うんうん、まったくだ」
俺が頷けば、時永先生は腕を組みながら言った。
「思えば、彼は熱心ないい生徒でしたよ。授業中はまったく居眠りも落書きもしないし、瞼に目を書いて遊んでないし」
「は、はぁ……」
そんなコントみたいな生徒が居たのか。世の中不思議がいっぱいである。ってか何してんだそれ。勉強しに来てるの、それとも遊びに来てるの、どっちなの? ……まさか高校時代の俺みたいに後者だったの?
「授業が終わっても僕をいつも追いかけてきてわからなかった箇所を教えてくれて、質問を投げかけてくれる」
あれっ……植苗ってそんな模範的な生徒だったっけか?
俺は思わず首をかしげた。自分の授業では確かそんな生徒ではなかった気がする。別の科目のノートをみていたり落書きをしていたり……俺の話なんかまったく聞いちゃいなかったような。ああ……でも。
――ふと思いだした。そういえばたまにいるのだ。「好きなことしか身が入らないようなタチの人間」が。
過去の知り合いにもいたし、最近相手している生徒にもかなりの割合でいる。……思えば、ではあるけれど。植苗はそのような生徒だったのだろうか。
「……今でもふと思うんですよ」
時永先生はどこか空を見つめ、静かに続けた。
「いつものように授業で元気良く手を上げて質問してくれるんじゃないか、授業が終わった後、質問がてら僕に話しかけようと駆けつけてくるんじゃないか……そんな風にね」
そういいながらグッと酒を飲み干す時永先生の顔は、いつもとどこか違っていた。……うん。やはり植苗については思うところがあるのだろう。
先ほど時永先生が言った説話の授業での植苗の姿勢が本当なのであれば、失くすにはきっと惜しい生徒なのに違いない。
大切な教え子がいなくなったのだ。悲嘆にくれるのも当然だろう。
「……」
「…………」
――なーんて、最初の数分とか15分とか。そんなふうに解釈してたんだが。
「……ナニコノ珍百景……」
「何がです?」
いつの間にやら。彼の目の前にはウイスキーのクソデカ瓶が3つ。空になって置かれていた。
いや何その量。この瓶4リットルくらいない? ――ってか飲酒速度。法定ぶっちぎってない?
トイレ行って吐いてる気配もない。マジで何!? 胃がブラックホールなの!?
「強っ……」
なんっだこれ! この人化け物か!? ウイスキーって俺はあまり飲まないけど……結構アルコール度数高くなかったか?
「こういう体質なんですよ」
うん、絶対嘘だ! ケロッとしながら言ってやがるけどさすがに怖いわ!
時永先生はふっと席を立った。
「ハシゴといきませんか、犬飼先生。そんなに飲んでないでしょう?」
「あ、あぁ……えぇ~……」
そういや時永先生の飲みっぷりに見とれて、自分が酒飲むのをすっかり忘れていた。……しかしこの人、あんなに飲んでおきながらハシゴできるなんて凄まじすぎる。
化け物かよホントに。実は人間卒業してんじゃねえの?
「これ以上お金がかかると勿体無い。どうです、ウチで飲みませんか?」
「え、宅のみ? いいんですか?」
ひぃ、これだけ飲む人は一体普段どんな酒を飲んでいるのやら。ちょっと興味が出てきたが……ふふっ、いい傾向だ、面白くなってきたかもしれない。
「いいですよ、どうぞどうぞ」
時永先生はそう言ってへろっと笑った。
――しかし自分はこの時、まったく考えていなかった。
植苗はどこでいなくなったのか、とか。
植苗はいなくなる前どこにいたのか、とか。
目の前の人の内面は……
本当に、“人だったのか”……なーんてね。
【(現時点での)キャラクター紹介】
・犬飼 元
聖山学園特別教科「心理学」講師。28歳。
身長181cm。筋肉質のラガーマン体型。
小学校時代はサッカー、中学は古武術、高校はバスケに大学はラグビー。
とにかく節操なしに経験してきた、じっとしているのが嫌で体を動かすことが好きな体育会系。だが、体だけでなく頭を使うのも好きな所謂「ヘリクツ屋」。
いちいち話が長く脱線しがちな為、彼の講義は生徒からの評判があまりよくない。ただ放課後になると事情はがらりと変わり、バスケ部の顧問としては途端に生徒からの好感度と求心力の跳ねあがる「ぶきっちょ」さん。
……つまり話をまとめるのは苦手だが、実技を教えたりいざというときの指導力は本物という、何か色々と惜しい先生。