15.神々の幕間・後
――『よく笑えるわね』――
メティスは途方に暮れたように呟いた。
――『異世界の自分を壊しておきながら』――
クロノスはクスッと笑った。前の時永と同じような、崩れた表情で。
「――あいつは昔、不幸な事故で養父を殺した。ああ、ついでに養母もか」
――『何が不幸な事故?』――
メティスは静かな声で言った。
――『あれこそあなたの仕業じゃない。あれは試したんでしょう? 違う世界の、同じ魂を持つ人間をどこまで操れるか』――
「そうだったか?」
けろっとした様子でクロノスは舌を出す。以前の時永と同じだ。罪悪感の欠片もない。そう――神界の人間は、他世界に自分と同じ型の魂を知っている。クロノスのそれは、時永の持つそれと同じ起源のものだ。
――『まずあなたはあの「出鱈目な本」を送り込んだ。その形なら、紙媒体に目がない彼がちゃんと手に取ると知っていた』――
「ああ」
――『その本を媒介として、あなたは地球とのリンクを確かなものにした。……そうして最終段階。グレイブフィールという怪物をわざわざ幼い彼の手で呼び出させて、親を殺した』――
「ああ、ああ、そうだった……その時、少し面白いことが起こったんだったな。魂という器の中に、小さな部屋ができた。罪悪感と精神的なショックで精神構造が変わったのだよ」
当時。
少年だった時永は確かに、その「光景」を見たのだ。
地球に呼び出されたばかりでまだ形の安定しない、透明な怪物――グレイブフィールとのちに名付けられるそれに取り込まれていく、かつての養父母の姿かたちを。更には刻一刻と「消化」されていく養父の意識が――ギリギリまでそこにあったらしいことを。
目を開いていた、口が何か動いていた。
最後まで自分を睨みつけていたように思えた、その視線を。
「奴は長らく我の存在を認めなかった。――自分は欠陥品なのだと! 何か精神的な病なのだと! 最終的に我を現実と認めるに至っても、乗っ取られた自分が弱かったのだと思った!」
少年は己を責めた。責めて、責めて、責め続けた。
「――両親が死んだのは、自分が悪い。人が死んだのは、自分と同じ生き物が死んだのは、自分が悪い! いくつも生まれる罪悪感に囲まれて、自虐感に狭められて。圧迫されたその部屋には、表に出せなくなったこんな、相反する感情が投げ込まれていった」
クロノスはニコリと笑いながら言った。
「――『僕は悪くない』」
そうだ。
それがあの時永の始まり。
「『ただ僕はいつも通りに過ごしていただけだ。それがなぜかああなっただけだ。理由? 分からない! 異世界? 神様? そんなもの知らない、興味もない。いや、むしろそれでよかったじゃないか!』」
クロノスは時永の口調をまねながら、馬鹿にしたようにまくしたてる。
「『心のどこかで軽蔑していたんだろう、金に執着する養父母を。他人を部品か何かだと勘違いしている養母を。見当違いの感情を押し付けてきた養父を! そして、血のつながらない他人相手になびきかけていた己の心の半分を!』」
それが、ミコトの見た外道の男。
イツキとイヌカイを『ヒトの器』から堕とした悪逆の化身。神でなく、創造主でなく、「単なる悪魔」と評された男。
「『人の愛なんてわからない、感じ取れたためしもない! だってそんなもの、本の中の夢物語だろう!』」
人を愛したことがない。
何をやらかそうと、どう振舞おうと、罪悪感を一切感じない。
承認欲求と自己顕示欲と、底知れぬ悪意の塊――。
「そんな心の部屋が、空洞から満タンになり、意志を持ち――本体から分かれるのも時間の問題だろうよ」
――『その空洞だったものを、時永くんから切り離したのはあなたよ。あなたはその「空洞の部屋」に、あなたにとって都合のいいもの、時永くん自身が要らないと思ったもの。それらを全部、片っ端から詰め込んでいった。全てはいつか、ミコトという最高の玩具を手に入れるために』――
つまり、クロノスは創ったのだ。人の性格を。ひとつの人格を。
時永自身が成長するにつれて捨てて行った――ゴミくずのようなデータをかき集めて。
――『他人に対する不信感、怯え、加虐性、承認欲求に負の感情。それらをまぜて、そこに確かな自意識を成立させた。いわゆる、人工的な多重人格者よ。負の感情の塊が一つの人格を形作って、あなたと同じようなことを考えるようにさせた。そうして都合のいい傀儡を創ったわけね』――
「ハ、あくまでもやつの中身から抽出されたものだぞ? あれこそがやつの本心だ。表に出すまいとしまい込んでいた中核だ! やつ自身が恥だとして心の奥深くにしまい込んでいたものを押し固めた結晶があれなのだよ、メティス。――今動いているあれは皮だ。外面だ。やつが『こうあろう』とした理想図だ。ああ、よくついた嘘だよ、理想の父親! ミコトのそれではなく、あれは時永自身がなりたかったものだ!」
――今ミコトの世界にいるのは確かに、かつて「時永 誠」の一部だったもの。
ミコトが創りだしたものではなく、あれは欠片。
失われたはずの、「かつての心の破片」。
彼の意識の、紛れもない一部分。
――『ええ、確かに外面でしょう。たまたま、いい格好をしたかったからああなったのかもしれないわね。だけどあれは確かに、時永くんの成れの果てなのよ』――
人の意識は常に多面的だ。例えばライバルに対して「嫉妬する」、「親しみを感じる」。それを両方、同時にできるのが人間だ。
クロノスはそれを容赦なく切り離した。そうして別々の意識を持つ人間に仕立て上げてしまったのだ。そして肉体とのつながりを切り、都合の悪いほうの人格を、その体から追い出して捨てた。
普通ならゴミくずだった部分を拾い上げて、必要な部分をすべて捨てた。
それがあの、以前の時永だ。
――『今ミコトと一緒にいるあれは、あなたでなく時永くんが育み育てた最後の自意識。自らが理想としたものの体現。ミコトが生まれたその時期に表に出ていた表層意識がひとつの人格になったもの』――
メティスは知っている。彼が、生まれたばかりのミコトを見たときにどんな表情を浮かべたか。彼は『はじめて出会った自らの血縁者』にこう言ったのだ。
――「初めまして、ミコトちゃん」と。
泣きそうな声で笑って、手を差し伸べた。ミコトたちが知る彼とは違って、それができる人間だった。
――『……彼は確かにあんな人になりたかった。誰かを心から愛せる人になりたかった。愛を感じたことがない。理解したことがない。それは確かに本当だったでしょう。でも当時、彼が一人の女の子に恋をしたのは確かよ』――
「フン……」
――『恋されて、興味を持って最終的には彼の方が彼女に夢中になった。その子のために変わりたかった。そうして実際に変わっていった』――
そうして短い時期とはいえ、そうなったのだ。
確かにミコトが生まれてからは、そうなっていた。
彼は知った。人という生き物がどう生まれるか。いかに育まれるか。……人とのつながりは、どうしてできるのか。
――『最終的にそうなりたかった「理想の自分」。大切な人に願われたであろう、理想の男。彼は確かに、夢をかなえてそこにいた。あなたはそれを……時永くん自身から。そして、あの子から奪った』――
「どの子だ?」
――『決まってるでしょう? 私の影。同じ魂を持つ女の子。時永くんが唯一心を開いたその相手よ』――
メティスはかみしめるように呟く。
クロノスはさらりと受け流すように返事を返した。
「……ああ、なるほど。その呼び方、同じ魂を持った影の影響か。確かにそんな呼び方をしていたなあ、彼女は」
――『……恋というのは、人を変えるし成長させるものよ。理想を体現したあの彼が外面だというのなら、外面に「憧れる要素」を地道に獲得していったのだとどうして考えないの?』――
「都合の悪いことは考えないようにするのが、この世を巧いこと渡り歩く秘訣でなあ、メティス。……つまり都合が悪かったのだよ、ミコト嬢の身柄を管理する父親が、あんな人のいい男だと」
都合が悪い。だから、消した。
長い時間をかけて一人の青年が積み上げていった、「時永 誠」という人間性を。
「扱いにくい不良部品は要らないわけだ。……だから我が手ずから、動かしやすいように中身を整えた」
――『あなたね……』――
「逆に不思議だよ、それがどうしてまだ残っている? 本体の『部屋』とは慎重に切り離した。思い切り捨てたはずのゴミくずが」
――『それはあなたが「好きな形」に整えちゃったからでしょうね!』――
メティスは言い放つ。
――『逆に知っているかしらクロノス? ガラス細工を無理やり割ると、衣服に飛び散ったガラスの破片がくっついてくることがあるのよ。すごく当たり前の話でしょう?』――
その意味を理解したクロノスは、本日初めてぎょっとした。彼にしては珍しい表情だ。
それだけ予想外だったのだろう。なにせ捨てたはずのゴミが、ずっと背中に張り付いていたのだから。
――『ミコトはあなたを見ていてたまたま、そのガラスの破片を見つけてしまった。しかもその破片ときたら、ジグソーパズルみたいになってるじゃない? ミコトは自分のリムトーキで割れた破片を貼り合わせた。そうして自分の作った箱庭に放したのよ』
――時永はその時、ミコトとの精神的なつながりを得た。ミコトのそれまでの記憶を閲覧しつつ、バラバラになっていた自意識をようやく復活させた。
全てを把握した「かつての時永」は、そのとき何を思っただろう。
記憶よりも随分成長した娘相手に。
そして自らと同じだった「何か」が起こした、ひどく残虐な出来事に。
愛する者の気配すら失われた「現代の自分の家」に。
持ち主不明の日記しか残されなかった、その幸せの残滓に。
――『何故そんなことができたか? ……だってあなたが言ったんじゃない。ミコトなら、全てをやり直した世界を創れると』――
「ふ、ふふっ……ぷはっはっはっはっは!!!!!」
クロノスはあっけにとられた様子からようやく復活した。
「ああ、そうか! ……一本取られた!」
――『何を喜んでるのよ気持ち悪い』――
「いや、まったくだ……! しかしまさか、あの時切り離したはずのゴミくずがそんなことになっていたとは。しかもそれがミコト嬢の力で再構成されるとはな!」
――『前のように行く可能性は今のところ皆無と言っていいわね。何故ならあれはもはやあなたの“影”じゃない。ミコトのリムトーキという不純物を含んでいるなら、彼の在り方も微妙に変わっている……もう一度中身をいじくるにしても、あの頃のプロセスコードなんて絶対に効かないわよ』――
「ああ……『こころを削れ 運命を壊せ』……」
クロノスはそらんじた。かつて、本来の時永が持っていた魂の見取り図を。
「……『未踏の雪原 胸に秘め 届かぬ幻想抱きながら あいをもとめてその先へ』だったか? ははっ、あるわけなかろう、愛などと。ましてや罪を抱えた己の居場所など! 人にあるのは、奇怪なこだわりと執着だけだろうに!」
――『それはあなたの見た世界の話でしょう。人によって、見える世界は少しずつ違うわ。その目で見える真実もね』――
メティスは知っている。……ここでいくら自分たちが過去を語ろうが、結局は外野の囀りに過ぎない。
結局当時のことを詳細に覚えているのはあの日記帳だけだったし、口から出して語れるのはあの時永ぐらいだろう。
――『あなたの魂と同質のものを基にしたとは言っても、魂というには破損しすぎてツギハギだらけ。基が同じだからといって魂の同調は不可能に近い。たぶん6割方ミコトの力に頼って動いているのではないかしら。そんな状態の彼であなたはどうやって遊ぶつもり? あと、更に言うとね』――
「まだあるのか? 我の認識していない衝撃の新事実とやらが」
――『ハ、笑撃ではなく? ええ。あなたが認識してなくて、かつどうにもならないことなら一つだけあるわ。彼、見えてるわよ。この光景』――
「……。ほう?」
――『だって、ミコトが取り上げたのは断面がキレイにひっつく大きな欠片だけだもの。あなたの魂表面に、時永くんの残滓がまだ僅かに残っている。……つまりあなたから意識の同調は出来なくても、時永くん側からは別なの。まだ一方的にパスがつながっている。あなたの見るもの、感じるもの、全てがざっくりとした情報として向こうに流れこんでいる』――
つまり今の時永はミコトの記憶だけでなく、「クロノスが知っていること」も閲覧できるということだ。図らずも2つの精神と見えない糸で繋がった状態になってしまっているという形になる。
単純な情報量だけでいえば、「脅威」というレベルを確実に通り越していた。
「……ふむ。それはまずい。つまり我は……自分自身の中にスパイを取り込んでいると?」
――『まずいとも何とも思ってないでしょうあなた』――
「勿論」
ニヤッとクロノスは笑った。
「ゲームバランスが逆に面白くなったなあ……と思っているだけだとも」
――『……。それでもまだ、遊び続ける気?』――
「あぁ、面白いじゃないか。スリルがあってたまらない、ゲーム性があってたまらない! これが思い通りにならないということか。人間どもが賭け事をする理由がようやくわかってきたところさ!」
ころころと笑いながらクロノスは言う。
「だから降参だと? する理由は微塵もない。つまりあいつはミコト嬢の持つ特殊能力と度重なる偶然によってあそこに辛うじて生きているわけだ。ふふふっ……思っていた以上に面白い駒だな、奴は!」
――『駒、ねえ』――
メティスはため息をつく。
「ああ、駒だ。それもせっかく生き長らえたというのに、相変わらずどうしようもない自己否定。つまりあいつは、自殺をしたいと!」
――『自殺?』――
「だってそうだろうが? ミコト嬢の作った理想の世界を、あいつは破壊しようとしているわけだろう? ミコト嬢の理想の否定。あそこを現実ではなく、荒唐無稽の「夢」だと断じるその有り様! ……バカ言え、あいつ自身にはもう、外部で生きていけるだけの体がないじゃないか!」
そう、あの肉体は時永自身のものではない。ミコトがつくった「間に合わせ」のものだ。
「あの世界が崩壊すればつられて消滅する、それこそ偽物――夢幻で出来た張りぼての肉体だ。それぐらい、あの頭ではわかっているはずだろうに! ああ、まったく、馬鹿馬鹿しいピエロだよ!!」
どんな生き物だろうが、「体」がなければ通常は生きていられないはずだ。
たまたまうっかりクロノスの傍らに張り付いて休眠状態になっていた……そんなラッキーな出来事、そうそう続くはずもない。
だから、あの時永は――このまま、ミコトの理想を否定し続ければ。
今の世界を潰してミコトを正気に戻せば、きっとこともなげに消えてしまう。
――『馬鹿馬鹿しい? あれがそうとしか感じ取れないなら……やっぱりあなたは悲しい生き物ね。むしろ私はあの在り方こそ称えていたいし、見守っていたい。自殺行為だなんて彼はとっくの昔に分かり切ってるわよ。消滅に向かって歩き続けるのも、走り続けるのも、生存本能とは真逆の方向性だもの。……それでもきっと動くのは……』――
メティスの声がふと途切れた。クロノスのいるその廃墟には窓がない。
外から突如吹き付けた、柔らかい風にのって、クロノスのもとに舞い落ちた、楓の紅葉。
……神界の四季は地球のそれとは違うが、もしかしたら立ち枯れしそうなそれが近くにあるのかもしれない。
それを興味深げに拾い上げるクロノスを見て、メティスは続ける。
――『……きっと、あの子に対して罪悪感があるからじゃないかしら。あなたにはきっとわからないでしょうけど』――
「……罪悪感、ねえ」
青い衣の少年は大きく息を吐く。
「我には分からんな、羽虫の美学は」
「……ああ、そうだろうともクロノス」
「――分からないだろう、羽虫の美学は?」
ミコトの世界。その光景を「クロノス目線」で見ていた本物は、日記帳の栞のひもを強く握りしめた。――紅葉。赤い楓が押し花のように挟まれた栞。
「罪悪感さ」
ぽつりと時永は呟いた。
「こんなことを言っても聞こえやしないだろうさ。君から僕にはもう、接続できない。――それでもさすがに知ってるはずだろう? 僕の行動原理は、いつだってそこにあるんだと」
……彼は知っているし、覚えている。
その栞を作った女性の、半生をかけて綴った「物語」を。机に挟まれていた、あの写真の女性の最期の顔を。そして――ミコトの見た、あの日記の主。
その最期の言葉。愛していると彼女は言った。それに対して、言葉を返せなかった。――あの一瞬、意識が塗りつぶされて。左足しか動かなかった。
もっと心が強ければ、心が二つに割られずに済んだのだろうか。
もっとしっかりしていれば、『別の人格』を作られずに済んだのだろうか。
もっと自分がうまく立ち回れていれば、ミコトは後悔せずにすんだのだろうか。そして。
「もし僕が、やつに勝てるだけの意思を持てていたのなら」
その責任の所在は。罪の在処は。――ああ。全て。
「――僕が請け負うべき、贖罪だ」
――だから、嘘をついた。
イツキが、イヌカイが……彼らがちゃんと、これから先に「時永 誠」を切り捨てられるだけの理由を。
偽物だと思われていた方が、都合がいい。
もう既に知ってしまっているミコトはともかくとして、彼らに全てを教えるのは酷でしかないだろうから。
そう、この物語はもう一人の、時永の物語。
たとえそれで世界が滅んでも。
たとえ、それで自らがいなくなることになろうとも。
「違う世界」に生きた時永の物語。
「ねえお父さーん? 電話鳴ってるよー!」
「はーい」
時永は苦笑いしつつ、腰を上げた。
「ねえ最近電話多いよぉ、私とお喋りしたくないのー?」
「はっはっはーあ、そんなバカなー! 僕だってミコトとお喋りの方が千倍楽しいさー!」
……嬉しくないわけがない。
そんなふうに接してもらえて。懐いてもらえて。
だってその子は自分の子だ。短い期間とはいえ赤ん坊の頃のそれを覚えている。――はじめて抱きしめた記憶も。名を呼んだ記憶も。その子の名前を、「二人」で考えた記憶も。全部自分という人格が覚えている。
大げさに返した言葉にミコトが妙な顔をする。
「む。さすがに嘘っぱちじゃない? じゃあ今度の土曜日、遊びに行こうよ! 遊園地がいい!」
「何でそこで遠出の話に? ――あ、電話切れちゃった」
スマホに表示された名前を頭の中で反芻しながら、時永は苦笑する。
……すみませんね、イヌカイさん。
ミコトが生まれてすぐ、彼は体から追い出される羽目になった。日に日に、あの「負の感情」が体を仕切ることが増えていった。……だから、最後の数ヶ月は家にいるときの記憶しか、ほとんど思い出せないでいる。
あの人格が苦手としていたらしいミコト相手の育児や遊びの記憶は普通にある。そして逆に、仕事中の出来事をあまり覚えていなかった。
聖山学園でどう過ごしていたか。副業として学校から「宣伝になるから」と頼み込まれてやっていたはずのタレント活動はどうなっていたか。
最後の方は記憶が途切れ途切れだ。だから、実はイヌカイのことだってミコト経由で知ったような状態だった。
――ああ、そんな先生がいたのか、と。
「いい人だろうが、個人的には苦手なタイプだろうなあ……」なんて。
「だってお父さんといろんなところに行ってみたいもーん! 海とか! 山とか! あっ、おじいちゃんの実家とか!」
「……おじいちゃんの実家ねえ」
時永は苦笑した。養父の方なら一度行ったが、ろくな思い出がない。何せ養父と祖母……ミコトから見たら曽祖母か、とにかく死ぬほど気が合わなかった結果、養父共々寒空の下にほっぽり出されたのだ。
「そんなにおれが可愛くないってか!!」という捨て台詞が未だに頭に残っているが、あれは今だから思う。……喧嘩できるだけ羨ましい。
「旅行とか、ご飯とか。本屋さんデートもいいなあ! だってお父さん、意外とすっごい優しいし!」
「……誰と比較してるのかな?」
「あれ?」
ともかくこれは、きっとそういう話だろう。
ちゃんと喧嘩すらしたことがない。逆に甘やかしたことすらない。そんな人間ではあるが、その子を愛している自覚はきちんとある。
誰もそうだと知らない、本物の物語。
――偽物のふりをした、本来の時永の物語だ。
『……時永先生、電話出るの異常に遅くないっすか』
「すいません、うちの創造主さんがめっちゃ絡んできまして。遊園地行きたいそうです」
『……。勝手に行っとけ偽物オトン』
「ええ、勝手に行きますよ、偽物オトン!」
『何テンション上がってんだよ』




