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14.神々の幕間・前



「ほう……なるほどな」


 月明かりに照らされた『廃墟』にて、その声は返答した。

 ――朽ち果てた遺跡。

 まるでかつて、そこに大帝国がありましたよ、とでもいうような空間。

 いや実際にそこには存在したのだろう。本当に「かつて」ではあるが。


 現代の大国「コンセンテ」の書庫に眠っているはずの資料、公的な文書ですら散逸していて当時の都の位置もおぼつかない、そんな古い国家の跡地。


 ――その中心地で、少年は久方ぶりに青い目を開き、辺りを見渡した。


 雑草と蔦。森に覆われ跡形もない人工の跡。

 土地の奥深くにぽつんと、辛うじて佇む石造りの「お役所」。

 今となっては誰も正しくは知らないはずの古都の場所を、その少年は正しく認識していた。何故なら彼はまだ、その大帝国が残存していたような昔――コンセンテが出来るより以前から、この世界に生を受けていたからだ。


 不可能を可能にする思いの結晶、『リムトーキ』。

 常にそれらを多く身にまとい、魂という見えない臓器に深く溜め込み……自らの吐息のように半無意識に、かつ自在に扱う。

 その生き物を、神界の人々は正しく「神」と呼んだ。


 だとすればその「神」が、()()()()()()であるというだけでいつまで経っても成長しないのも、普通に考えられる話だった。


 つまり、彼の自意識はいつまで経っても「子ども」なのだ。


 鮮やかな黄金色の髪。透き通った水色の瞳をした10代半ば。

 一見そんな様相の「少年」の姿をした神、クロノス。


 地球ではまず人種の段階で差があるのだが――神界では、人種もくそもない。

 生まれつきの髪の色や目の色で、なんとなく持って生まれたリムトーキの保有量が分かる。


 黒や茶、灰褐色に近い暗い色。鮮やかさのないそれなら、ただの『一般人』か『それ以下』かのいずれかだ。

 だが明るさのある白銀、もしくは鮮やかな発色をしている原色系等ならば話は別である。


 逆にいえば、髪色が「黒」に近いにもかかわらず強力な術を放ってくるような輩は、1ミリの例外もなく努力の塊だった。

 生まれ持ったそれが少なかろうがある程度は底上げが効くし、ごまかせる。


 ただし、その点ではクロノスは全く違う。

 光を強く反射する金の髪。水色の目。歴然とした「強さ」と「才能」の持ち主だ。


 努力という努力を一切したことがない。持って生まれたものが強い。

 まさに、「生粋の神」。


 ――つまり、存在そのものがリムトーキの塊なのだ。


 廃墟の中心、アンバランスに磨かれた玉座に座った彼は軽く、楽しげな声をあげる。



「ああ、面白い」


  ――「どこまでもお前は、僕と正反対に動くんだな、クロノス」



 かつて、イツキとイヌカイの出現を感じ取った際の時永の言葉。

 世界の壁を一つ隔てている――それゆえのタイムラグ。

 少しだけ情報が遅れることすらも、彼にとってはちょっぴり新鮮な出来事だった。



「……どこまでも正反対、か。我も同意見だ。そちらこそ、どこまでも抗うつもりのようだな? 時永よ」


 彼は純粋に「楽しんで」いた。ほんの僅かなスリルと快感を求め、目を見張って覗き込んでいたのは「水の入った金魚ばち」のような透明で小さな丸い容器。そこには細々とした文字情報とミコトの様子。それからイツキ、イヌカイ、時永の様子が映し出されていた。

 ……地球風に言うとパソコンのモニターが近い。勿論構造が違う故、キーボードもマウスもないが。


 ともかく時永のその一言。そしてこのままであれば、彼がイヌカイとイツキを『仲間』とするであろうこと。そして恐らくはもうなっているであろうことを悟りながら――クロノスは呟く。



「……まぁ、今回ばかりは賞賛してやるとしようか。思い通りに行ってよかったじゃないか? 人の子風情が……所詮、我の庇護下を抜けてもミコト嬢に支配される程度の俗物が。さあ、どこまで足掻けるか見てやろうではないか?」



 クロノスは余裕の表情でゆったりと息を吐く。――そもそも、ミコトの同情心に付け入ったのも、ミコトにあの世界を創らせたのも、クロノスから見れば気の長い遊びの一つだ。


 彼は見事に確信している。己がミコトの力を望んでいる限り、それほど遠くない未来には必ずそれを手に入れられるのだと。

 だからこそ逆に驚いているのが、ミコトがクロノスの直接的な支配をごく自然に『受け入れなかった』ことだった。


 その甘言にはのる、クロノスの思惑通りに時永に同情もする。

 だからこそ、彼を軸に、新たな世界を創るまではする。


 ……だが更にもう一段階上にはいかなかった。クロノスが仕掛けた罠には、一切はまらなかった。

 『プロセスコード』――魂の造りを表す見取り図を、彼女はクロノスに最後まで渡さなかったのだ。


 あれさえあれば、チェックメイト!

 クロノスはミコトの存在、全てを掌握できるというのに。


 ――いや、実際には時永が渡すのを阻止したのだが。ただ、ミコトが本気で渡そうと考えていたのなら……本来ならあの段階でクロノスの元に渡っていたはずだった。

 つまり、『時永が拒否をするなら、自分も拒否する』。ミコトはそう暗に、意思表示をしたのだ。


 クロノスにとってそれは初めての経験だった。今まで全ての出来事が、彼を中心に回っていた。

 だというのに、ミコトはクロノスの敷いたレールをやすやすと外れてきた。


 今まで思い通りに事が進むのが、「当たり前」のことだった。如何に強力なリムトーキの持ち主でも、イレギュラーと呼ばれる異端者相手でも、最後は必ずクロノスの思い通りに操られてきた。

 それが、初めて「外れた」。ミコトは涼しい顔でクロノスの思惑を振り切った。

 ああ、頭では分かっていたはずだった。ミコトがそういう少女だったということ、それほどまでに強力なリムトーキを持っているということ――クロノス自身のそれとは桁が違うということ!


 目論見が外れた瞬間、彼はニヤついた顔で次の一手を考え始めた。こうなればもう夢中である。これほど楽しい出来事などそうそうない。――何故なら彼はようやく、思い通りにならないという『偶然』を知ったのだ。


 頭を下げろと言えば頭を下げる。身柄全てを渡せと言えばその全てをあけ渡す。

 それが人という生き物のルールだとずっと思っていた。


 だというのにこの少女は。この不思議な生き物は、いとも簡単に人の道を外れてくる!

 ――観察しないでいろという方がおかしな話だった。

 見ていて飽きない。予想のつくものより予想のつかないものを見る方が明らかに面白い。


 だからこそ彼は余計に「ミコト」という存在を手に入れたかった。自らの箱庭に閉じ込めて、ずっと観察していたかった。


 思い通りにならない。予想を超えてくる変な生き物。

 それでもクロノスは甘く見ている。……彼は知らないのだ。本当の偶然というものが「どういうもの」であるかを。

 結局、最後の最後は自分の思い通りになるのだと経験値が告げている。


 万能であるがゆえに、偶然を知らない彼はこれを「ゲーム」だと割り切ることにした。

 どうせ最後には必ず自分が勝つのだと。

 だからこそ、ちょっと思惑が外れて楽しい、今のうちに遊ぼう!


 映画館で片手に飲む炭酸飲料と、飲んだときの心地が相違ない。そんな状態で杯の中のそれを飲み干す。さて、次はどうしようか――。



「クロノスさま!」


――ふっと思考が現実に引き戻された。


「おかわりをお持ちしました!」

「…………」



 じろりとクロノスは声の方を見やる。

 ……灰色の服。年端も行かぬ幼子が水差しを持って現れていた。


「お前……っ」

「しっ」


 慌てたような少年の声が別に聞こえ、更に慌てて黙らせる少女の叱り声。幼子の不自然に明るい声が響き渡る。


「あっ、大丈夫ですタイオス先輩! 僕とて曲がりなりにもゲィプトの王族、その末席に立つものです!」

「…………。」

「継承権を持たぬ身ではありますが、それ故に『給仕』とは如何なるものかは心得ておりますっ」


 ニコッと笑う幼子。

 ……ゲィプトはコンセンテから見て南隣の弱小国だ。国土の大半が乾燥した砂漠と荒野に覆われており、人が少ない故に国力も低い。だから余計、「神に牙を剥かれればひとたまりもない」という感情が強いわけで……



「勢力とは皆が均等に力を出し合って築くもの。長の手が空けばツーとカーで次の……!」


「――ペラペラと喋るな」



 ざんっ、と一瞬の音を立てて幼子が()()した。……水差しが血に塗れ、転がる。



「……。片付けろ。“紫”の新入りであろう」

「はっ」


 冷たい目で亡骸の破片を見下ろすクロノスの前に、ようやく少年少女の声は姿を現した。――アリスとタイオスだ。肉片と骨片を手慣れた様子でかき集め、彼らはすぐに暗がりに向かって姿を消す。


「「失礼します……」」


 今しがたの幼子のように、ある程度は位の高い人間。それでありつつ、『死んでも構わない人間』を人材として提供し、機嫌をとる。

 それがこの災厄のような神を敬う方法だ。

 いかに幼子であろうが、当人だって分かっていたはずだった。……出しゃばれば終わる。これが哀れな人身御供の末路だと。

 彼は、自殺したのだろうか。それとも本当に、何も考えなかったのだろうか?


 クロノスは眉ひとつ動かさず、すぅ、と息を吐いた。イラついたような音だ。


「――用もないのに姿を現わすな。要らん。言ったことだけこなしていろ」


 声こそ抑えているが、嵐のような激情を彼はコントロールできていない。否、律するような気さえない。抑えが効くならそもそもがこんなことになっていないのだ。

 感情がピクリとでも動けば、周囲に影響を及ぼす。そのような生き物が神界の「神」だというのなら、彼は確かにトップクラスの神様だ。まあいつだって神様通り越して、厄災扱いをされているのだが。


「……不快だ。興が削がれた」


 赤くなった水差しを拾い、瞬間――スパンと音を立てて空気が振動した。付着した血液が飛沫をあげて吹き飛ぶ。

 それは彼自身が今しがた思った「手を汚したくない」という思考が招いた、随分大げさな現象だった。


 クロノスはピカピカになった水差しをぽいっと放ると、憂鬱そうにため息を吐いた。――ああ。



「……苛々する」


 と、ふと。予感が慣れた脳裏を走る。ああ、今だ。


――『こんばんは、クロノス!』――


 やけっぱちじみたその声。いつもの落ち着いたそれとは違うそれ。

 突如ではあった。だが、予感していたそれにクロノスは顔をパッとほころばせる。――顔を上げて慣れたように返事をするその様子は、見た目の印象とまるで変わりがない。「無邪気な少年」のそれだ。


「あぁこんばんは! ご機嫌いかがかな? メティス。……まぁそうだな、聞くまでもなく機嫌が良いようだが!」


 メティスは所々小さく嘲笑を混じらせながら答えた。


――『そうね。上機嫌って言うよりも、あなたのやってることが相変わらずすぎて笑ってるんじゃないかしら』――


 クロノスは苦笑する。


「フッ、いつもと変わらずキツイことを……だがそこがっ」


 クロノスはその瞬間、玉座から転げ落ちた。どう考えても尾てい骨辺りを強打している。


――『……失礼、ドMな言葉が聞こえた気がしたので、思わず超時空ビンタを食らわしてしまったわ。ごめんなさいね。死ね』――


「まだ何も言っていない……何も言っていないぞ……?」


 ちょっと涙目になりながらぶつくさと呟くクロノスは、床に手をつき玉座に這い上がった。……ミコトが全く思い通りにならないというのなら、メティスの場合は少々予想を超えてくると言った方が正しい。クロノスを転ばせるのも、手をつかせるのも、メティス以外には出来っこない芸当だ。

 クロノスにはそれがうれしい。


――『で、どう?』――


「どう、というと?」


――『人で遊ぶにも限界があるでしょう? そろそろその悪ふざけ、やめようとは思わない?』――


「うーん……その言葉……そっくりそのまま返しても構わないのだろうな……?」


――『あら』――


 冗談交じりであるが、さっきの「超時空ビンタ」のことを言っているらしい。


――『スケールが違うんじゃなくって? 私が遊んでいるのはあなた個人だけ。対してあなたが遊んでいるのは、この件に関してだけ言っても片手からはみ出るわよ?』――


「ほう、我で遊んでいるのは認めるのか……! しかし、我はこの世界で一番の神様だぞ。神とただの虫けら数人を天秤にかけるなど、言語道断なのでは?」


 むくれた顔をしながら異議を唱えるクロノス。……実年齢を知らなければご機嫌斜めの思春期少年にしか見えないが、まぁ内心それほど怒ってはいない。むしろ彼は幼馴染のメティスに対してのみ、感情の制御が効くのだ。

 メティス自身の抵抗力もあるだろう。只人相手にはイラついただけで惨劇を繰り返すが、メティス関係で人を殺したことは、不思議と一度もなかった。


――『いつまで経ってもバカねあなた……神も所詮人の子よ。ヒトという生物から生まれた突然変異でしかない』――


「……それはヒトとサルがまったく同じと言っているようなものだろ」


 意見の相違としかいえないのだが。クロノスの呆れたような反論にメティスは涼しい顔で(たぶん)返した。


――『フ、どうかしら? ヒトもサルも神も、実際まったくとは言わないまでも同じだと私は思うわ。ただ知恵が働くだけよ。いい知恵も悪い知恵もね。ちなみにあなたは神って言うより……』――


「……サル寄りなどと言うのであろう?」


 クロノスは相変わらずむくれた顔をしてぷりぷりと怒っている振りをしている。……残念ながらそんなことをしても絶対に可愛くはない。というより彼の所業に慣れている人間からしてみれば、彼がどんな表情を浮かべていようが恐怖の対象でしかないわけだが。


――『……いえ、爬虫類』――


「哺乳類ですらないのか」


 クロノスは息をついた。まったく、このおてんば女神は身の程知らずだ。だが、そこがいい。


――『で、どういうつもりなの?』――


「何がだ?」


――『「時永 誠」よ。……彼、本来死んでるのよ? また何か彼使って企んでるんじゃないでしょうね』――


 『また』……そんな言葉にクロノスの眉はぴくりと動いた。


「ふ、誤解しないでもらいたいな。あれは我も予想外だった。……まさかあんな形で復活するとは」


 ミコトをそそのかしたのは確かに、『クロノスの言葉』ではある。実際、()()()()()()()()が創られるのは想定の範囲内だった。だが、あれは違う。あんなものは――予想外中の予想外だ。


――『わざとじゃないなら、あなたの支配下からうまい具合に抜けたわね。……だって彼、イヌカイたちには自分のことを「ミコトが創った偽物」だって触れ回ってるけど』――


 メティスは息をついた。


――『()()()()()()()でしょう?』――


「ふふっ」


 その言葉を聞いた瞬間、クロノスは愉快そうに笑った。衝撃の事実、だなんて思いはしなかった。

 だって、クロノスは彼を一目見たときから既に正体を看破できている。そう、彼は本物だ。()()()、ミコトの父親だ。


――『いえ、というよりは……()()()()()()でしょう?』――


「では、馬越に堕とされたあの時永が偽物だとでも?」


 クロノスは笑い死にしそうなほどにヒイヒイ言いながら言った。


「……()()()()()()だが?」



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