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10.忘れさられたぬくもりの夢


「……で、何から話しましょう?」


 広い部屋。

 テーブルを挟んで座った時永が、イヌカイに聞いた。


「手始めに、だ……さっきのアイツはなんだ?」


 どこか居心地悪そうに座っているイツキを横目で見ながら、険しい表情のままイヌカイが聞いた。時永は淡々と答える。


「正式名称は知りませんが……僕は仮に『ゴーレム』という名称をつけています」

「ゴーレム……」

「ユダヤ教の伝承に出てくる、主の命令どおりに動く人形が元ネタ。大抵泥人形だけど、話によっては石で出来てたり金属で出来てたりする」

「……ああ、だからゴーレムね」


 確かにそんな材質に見えた。石だか金属だか分からない見た目の生き物。

 イツキの補足に時永が「うん」と頷く。


「……そう。クロノスに合わせてギリシャ神話風に『オートマトン』も考えたけど、あれよりは『ゴーレム』の方が意味的に近いかと思って」

「っ!?」

「クロノスを知ってるんですか?」


 ガバッと身を乗り出すイツキ、そして対照的にひくイヌカイ。

 こうしてみると性格の差が随分と対照的な2人だ。


 時永は冷静に相手2人を観察しながら思う。


 ……いや、違うか。

 恐らく目の前の問題に対する「対処」の仕方が異なるだけだろう。

 目の前の危険人物が悪の手先であると想定して慎重派なのがイヌカイだし、とにかく深く考える前に「全体」を把握しようとするのがイツキだ。なるほど。ミコトのイメージとほぼほぼ変わりない。


「うん。あのゴーレムの親玉だからね。……まあ、ゴーレムはあの無機質なデザインからしてクロノスが原案担当だろうけども。ミコトが創ったならあの子の経歴と性格から見て、完全に人型になるはずだ」


 ミコトにとって信頼できる誰かはいつだってイツキだったし、イヌカイだった。……馬越もそうだったろうが、メインは最初の2人だ。あの子にとって「人外」は畏怖の対象でもなければ、絶対的な敵対者の記号でもない。


「味方ならともかく、敵対するものに非人間的なエネミーは作らない」

「…………」


 イヌカイが何かに気付いたように時永を見た。ということはつまり……


「この世界の仕組みとしてはまず、ミコトが主体で設立して、そこにクロノスが介入して成り立っている。実質、共通というか……ツートップでの運営と思っていい。お互いの創作物が入り混じるのも頷ける話でしょう?」


「……ちょっと待った」

「はい、どうぞ」

「――あんたその理屈でいうと、人型だろ」


 イヌカイは言った。そう、こいつは自分の口で今言ったのだ。――ミコトが敵対者を創ったなら、「人型」になる。


「ああ、そうですね」

「……。その顔で、信用しろと?」


 さすがにイヌカイだって怒りと嫌悪感で全てを忘れるほど落ちぶれてはいない。頭に血は上っているが、鈍く回転ぐらいはしている。

 自分たちはなぜだか、ここに至るまでの経緯を今の今まですっかり忘れていたし、それをなぜか元に戻したのは……この時永だ。一見助けた感じには映る。


「別に手放しで信用しろとは言ってません。ですが――逆に言いましょう」


 さらりと慌てもせず、時永は言い返す。


「……僕がもしですよ。あなたの危惧した通り、通常運転の『お腹が真っ黒な時永氏』だったとして」

「自分で言っちゃったよこの人……」


 イツキは呟いた。

 ……まさかこの人が真顔で自虐ネタを突っ込むことになろうとは。

 普通、絶対に自分のことは卑下しないのに。


「そんな腹黒眼鏡が何を企んでいるかはさておき、自分でそんな、頭の悪いネタばらしみたいな文言を素面でさらっとぶちかます悪役だったと思いますか?」

「……いや、そもそも筋が通らなかったのがアンタという人間だったろうが」


 あれだけ一般常識をすっ飛ばしている人間も、正直なかなかいないと思うのだが。


「ええ、違いない。自覚してます」

「何?」


 困惑したイヌカイに時永はかみ砕くように言った。


「自覚している、と言ったんです。だって、あなたの知っている『時永 誠』はこうだ。……人にチヤホヤされたいくせに、自分からは人を愛そうとしない」


 イツキはふと思い出した。以前の聖山学園での光景。常に人目を引くように計算された振る舞い。人に囲まれても笑顔で対応する人の良さ。

 授業の分かりやすさ。振る舞いの華やかさ。期待されれば期待されたものを着実に返すサービス精神。

 ……そのくせ、時永邸で見たのは、聞いたのは真逆のものばかりだった。


「……自分の価値を誰もに見せつけたいのに、他人の価値を見る目を持たない。だから相手が泣こうが喚こうが自責の念を持たない。常に感情が一方通行で、やまびこのように報復されるという懸念を持たない。――あなた方のように見た目がじゃない、()()()()()()()()()()()


 臆せず、躊躇いもなく。そして悪びれもなく――


「……違いますか?」


 ――目の前の時永は、「自分」という生き物をコケ下ろした。


「……くるってんじゃねえのか」

「えっ、失礼な。あのときの僕よりは数段まともな自覚はありますよ」

「それにだ。ミコトが俺たちと敵対する何かを創ったら、人型になるはずだとお前は言った」

「ええ言いました」


 イヌカイは呟く。


「今の言い分はこう言ってることになるな。……他でもないあの子が。()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「さすが鋭い」


 時永はほっとしたように言った。


「実際今のは、ミコトの差し金ですよ」


 今の。つまり――今対峙した、あの黒いゴーレム。

 イヌカイの静かながら冷たい声が響く。


「その、ゴーレムとやらを動かしているのはクロノスであって、ミコトじゃないはずだろうがよ」

「ミコトはクロノスに利用されている身だ。あなたも知っているはずでは?」


 イヌカイよりも更に静かな口調で言い返してきた時永に、一瞬ぐっ、と言葉に詰まったが、すぐイヌカイは言った。


「――アンタは知らないだろうがな」

「ええ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あそこを誰よりも気に入っていたのは、ミコト自身だ」


 イツキはようやく口を挟んだ。


「――そう、だってあそこは、オレがいたところだから」


 歩行不可のイツキに合わせて集合場所が決まるのは自明の理だ。それも毎日。何時間。場合によっては……何十時間。ミコトはそこにとどまり続けたし、あのドームの天井を。いくつもの窓枠で割れた空を見上げている。


「だからこそ、ミコトがあの場所にあんなものを置く理由なんてないはずだ」

「……理由はありますよ」


 間髪いれず、時永がまたもや静かに言い返した。


「……どんな?」


 怪訝そうに時永を睨むイヌカイ。

 時永は息をつき、人差し指を伸ばした。


「理由は大きく分けて2つ。まず1つめ……あの場所に誰にも近づいて欲しくなかったから」

「それはわからなくもない」


 実際分かる。だって土足で踏みにじられるようなものだ。

 こうやって今まさに……時永が、さも分かった口調でミコトの中を語るのと同じに。


「だが、それならなんだって俺達にまで襲ってくる!?」


 イヌカイは苛立ちを隠すことなく言った。実際かなりイライラしている。

 だって、うまく理解できないのだ。なぜ、この男はさもわかりきったような口をきく? 前の時など、まったく他人の言動が理解できていなかったというのに!


「……そして2つめ」


 イヌカイの苛立ちをよそに、時永は中指を伸ばした。


「ミコトはこう思っている。……植苗くんと犬飼先生の2人に、“どこか異世界の出来事”を忘れたままでいて欲しいと」


 ……

 ………は?


「……うん、なんだって?」


 時永はトントン、と人差し指で机を叩く。


「とにかくかみ砕いて説明しましょうか。まず、あなた方が神界という異世界を経由してやってきたこの世界は、さっき言ったようにミコトが創った嘘の世界。事実とは異なるものであふれている世界だ。虚構の世界といっていい。……ところで、植苗くん」

「え? あ、はい」

「前回は聞けなかったんだけど、ここに来た記憶は何回あるのかな?」


 ……“何回”?


「……今日で2度目じゃないんですか」

「ああ、やっぱりか。実際にはだけど、4回来てる」

「4回……?」


 時永は指折り数えた。


「現実で1回。この世界で3回。植苗くんの記憶にない内2回は、僕の感覚だと昨日と一昨日の出来事だ。実は2人とも、ここに一昨日から毎日来ているんだよ。……例えば、植苗くんは一昨日ここで記憶を取り戻した瞬間、ゴーレムの光弾に貫かれて一旦死んでいる」


「……え?」


「それを見た犬飼先生は冷静さを失い自滅。……続いて昨日、僕と一緒に植苗くんをかばった犬飼先生が光弾めがけて咄嗟に突っ込んでくれたせいで、やっぱり死んでいる。今度は植苗くんが残ったけど、僕が人をかばって動くことに慣れていなかったせいで結局すぽんと……うん」


 時永が急激に口ごもった。


「……すぽんと何が飛んだんですか、今の擬音」

「……言わせないでくれるかな」


 イツキは無言で震え上がった。


「いや、とにかく……計2回分、僕は君たちが死ぬ瞬間を目にしているというわけです」

「……嘘だろ」

「そしてその分だけ、やり直している。今日という一日を」


 ……ほら、不自然なぐらい手際が良かったろ、僕。

 時永はそう言って苦笑いした。


「最初は驚いたよ。ふっと気付くと朝に戻ってるんだから。つまりこの世界は君たち2人が両方死ぬと、記憶と一緒に環境もリセットされるようにできている。そんなことがはからずも分かってしまったわけだね。……だから、今日は犬飼先生が動くよりも先に、僕がその役目を担わせてもらった。それで三度目の正直ってわけだ」


 ……だからあのとき時永は、イツキの前に飛び出してきた。記憶と一緒に「止まった時間」を先に進めるために。

 ある種、とんでもない執念だ。たかが一日、されど一日。全く同じ日を2回もやり直した。


「……実際ここまで事態をややこしくしたクロノスが何を考えているのかは正直僕にもイマイチ理解できませんが、この世界が何なのか。それだけは、『この世界の外』を知っていれば誰の目にもわかります」


 ほら、と時永は一息おいた。


「植苗くんだって薄々分かるでしょう? 要するに、この世界がミコトの“こうであればよかったのに”という理想を強く思い描いている世界であるということだけなら」

「ミコトの理想って……」

「簡単なことさ。つまりそれは僕のこと……“時永 誠”が妄想に狂うことのなかった世界が彼女は欲しかった」

「!!」


 なんでもないように言い放った時永の顔を、思わずイツキはまじまじと見つめてしまった。時永は淡々と続ける。


「ミコトの知っている全ての元凶は殆どといっていいほど僕にある。ミコトは幼少時代から“僕”に普通の親として接してもらったことが殆どなかった」


 だから、不満があったんだろう……憧れがあったんだろう。それは、『僕』にだって理解ができる。街中ですれ違う人たちが眩しく見えるのは、何もミコトだけが分かる感覚ではない。


「だから、彼女は思う……もしもこの人が、普通の心を持って生活していたならば、普通の子供と同じように可愛がられていたであろう、と」


 ……思い出すのはグレイブフィールを倒した日、ミコトが時永に向けて言い放った言葉。



  ――「そもそも、私とろくに話したことなんてこれが初めてじゃない。そんな人が父親?」



 その記憶を思い起こした時永は少し「笑った」。

 それを一瞬見てしまったイツキは目を丸くする。……だって、それを言われた側の男が、当人が今――微笑ましそうに「笑った」のだ。

 あの時のように怒るでもなく。激昂するでもなく。


 確かに思えば。それは彼女の一番、子供らしい本音だったのかもしれない。それは今の狂っていない彼からしてみれば、それはとてもとても可愛らしい願いで……可愛らしい、憎まれ口で。それから多分。


 ……今の彼からしてみたら、『当然の悪口』だったのだ。


「そしてこうも思う。もしも“僕”があんなバカバカしいことをしなかったら、友人の2人は果たしてどうなっていたか……とね」


 イツキとイヌカイは、ミコトにとって大切な存在だった。

 一番の友達で、一番近くにいてくれる存在。

 だけど、その2人は自分の父親のせいで長く苦しい思いをしてきた。

 ……そして今もなお自由の身ではなく、ひっそりと隠れて生きる生活を強いられている。


「随分と、悩んだみたいだった。悩んだ彼女はクロノスに後押しされ、1つの答えにたどり着く。……やり直すこと。それが彼女の答えだった」


 イツキが突っ込むように言う。


「後押しって言うか……そそのかされてる気が」


 イヌカイは何か考えあぐねるようにため息をつく。……訳がわかったわけではないし、飲み込めたわけではない。色々と情報の整理は必要だったが……先ほどよりは幾分か落ち着いたようだ。

 いや、もう裏を読もうとするのは諦めたようにすら思える。


「……さっきから聞いてりゃ、随分と断定するじゃないか。そんなこと何故わかるんだ」

「それは僕がこの世界側の住人だからです」


 時永は席を立ち、用意してあったピッチャーを引き寄せた。


「所詮僕もミコトが思い描いた人間でしかない。元々は僕もあの子の中にいたわけです。……だからわかるんですよ」


 水を空になっていたコップに注ぎ、彼は言う。


「ミコトがこの世界を創造した時いったい何を考えていたのか、それが手に取るようにね。そして同じように、この世界の創造に手を貸したクロノスが興味本位で観察していたあなた方のその後も、僕は知っている……あなた方がどれだけミコトのことを大切に思っていてくれるかもわかっているつもりです。だから僕はあなた方の記憶が戻るように仕向けた」


 ぐぃっと一気に水を飲み干すと、時永は真剣な顔で言った。


「……これは完全な僕のエゴだけど。ミコトのことを大切に思ってくれているあなた方だからこそ、協力して欲しいんです。ミコトは――あの女の子は、一歩前に進むべきだ。どれだけ後悔しても、どれだけの不幸を目にしても。……しっかり前を向いて、自分の足で。強く、優しく生きていくべきだ」


 見ようによっては、聞きようによっては。

 ……なかなか酷いことを言っているのかもしれない。


「僕はこんな偽りの夢の世界からミコトを目覚めさせたい。こんな中で偽りの幸せにかじりついていたって、虚しいだけだ」

「……それは、誰としての台詞なんだ。ミコトから派生した“理想”としてか?」


 イヌカイの問いにまた時永は笑った……柔らかく、打算的な要素も一切ない笑みで。


「もちろん、子の将来を案ずる親としてそう思うだけです」


 自分の中での時永のイメージとまったく合わない、あまりに清々しい答え方にイヌカイは少し面食らったが、続けて問う。


「……じゃあ、俺がそのあんたの頼みを断ったら、どうなるんだ?」

「その時は……記憶を失っていた頃のように、のんびりとした日常的な生活ができるでしょうね」


 この世界で都合の悪いことを忘れたいならば、一度死ねばいい。何もかもを忘れて「いつもどおり」という顔をしてこの世界で暮らす。

 確かにそれは求めていたことではある。

 でも、果たしてそんなことが今の自分にはできるのか?


 ……ああ、だから。

 だからエゴだと言ったのだ。


 時永はどうやら知っている。

 「彼らが知らない振りなんて、そうそうできるはずがない」と。


 それを知っていて、記憶を戻した。ああ、なんてずるいやつだ。この男、人が良くなったところで自分勝手なのは変わらないらしい。

 だが、何もなかった世界というのもそそられる話だ。あまりにもそれは甘い誘惑で……見て見ぬ振りは、できなくて。


 時永ははっきりと口に出した。


「……道は、2つです」


 ミコトのくれた“偽りの日常”を取るか、それともそれを返上して現実に戻るか。


「ここまでやっておいてなんですが、強制はしません。強制する権限がない。だから……選択権はあなた達2人にある」


 ………。

 イヌカイは沈黙する。


 ひどく……頭がぐるぐるとした。


 わからない。即決はできない。決められない。

 それだけ事は単純な話じゃない。

 だって実際、12年も、13年も後悔し続けた。あのときあの瞬間に幾度も戻りたかった。……あの日、時永に声をかけなければ。そう思っていた。


 イヌカイはぽつりと呟く。


「この世界は……あんたが狂わなかった世界だったな」

「ええ、そして()()()()()()()()()()()()()()()()です。13年前のあの日に」


 心を読んだように言われる言葉。以前のそれとは違う、冷たさのない澄んだ瞳。

 ――あっちが現実で。こっちが虚構。


「……今日だけじゃ決められない。時間が欲しい」

「どうぞ。ただし、場合によってはいつまで待てるかわかりませんよ。あ、そうそう」


 そう言った時永は紙切れをイヌカイに差し出した。


「連絡先です。何かあったら。……植苗くんもいる?」

「あ、ぜひ」


 どういうわけか素直に時永の言うことを聞きだしたイツキに、なんだか少しもやもやとした感情を覚える。

 イヌカイはため息をついた。……もしかしたら、自分は「大人げがない」のかもしれない。

 目の前の男に『人間として』害がなさそうなのは何となく察した。理解できた。でも、まだ無理なのだ。あいつに気を許すなんて芸当はもうちょっと暫くできそうにない。


 だっていうのに植苗……いや、イツキったら切り替えが早いのだ。イツキはもう普通にそいつを受け入れているかのようだった。

 ミコトが望んだ狂っていない父親像。姿かたちは憎たらしいアレと同じなそれを、普通に別物として受け止めている。それと比べて自分がものすごく劣っているような気がして……ぶっちゃけて。


「…………。」


 ――相当に、悔しい。

 ついこの間まで、引っ張っていたのは自分だったのに……いつの間にか逆に、今度は自分がこの少年に引っ張られているような気がして。


 うん、そうだな。わかってるよ。そいつの言う通りかもしれないって事は。

 頭ではわかるんだよ。

 でもやっぱりな、イツキ。……今の俺には納得できない事が多すぎるんだ。


 ついさっきまで記憶をなくしていたとはいえ、時永相手に臆することなくずんずんと向かっていったイツキ。

 その様子は、いつものそれとはまるで違った。


 ……元々が、時永に「懐いていた」せいもあるのかもしれない。ここがミコトの理想の世界だということは、時永だってある程度は「出来た人間性」を獲得していることになる。


 このままではイツキが、自分の元を離れていってしまいそうな……そんな予感がふと頭を過ぎる。

 途端、心細さが増すのが分かった。だってそうだろう。今までは仲間がいたからやってこれた。それに自分が舵を握っているから余計に。ガキんちょ2人の取りまとめ役だったから余計に。

 イヌカイはかぶりを振った。


 自分の中にいつの間にか存在する、たくさんの感情。

 とっちらかった精神状態。

 こんなことでいきなり増えた「情報」が頭の中で整理しきれるわけもなかった。


 ……一旦、考えるのはやめよう。


 帰り道、ようやく息を吐いた頃には……ちょうど辺りは真っ暗になっていて。


「――また寝てるんですか犬飼先生。結構図太いですね」

「るっせえ、現実逃避してただけだ」


 イヌカイは目を上げて目の前の風景を見た。自宅前だ。――ああ。()()()()()前だ。


「つきましたよ」

「……電車賃浮くのはいいんだがな、時永さんや」


 時永の車から降りたイヌカイはへろへろになりながら、とりあえず突っ込めるところを突っ込んだ。


「何が理想の親父だよ。家に帰るの遅くなるぞ」

「え? ……ああ、安心してください」


 時永はへろりと笑った。


「ミコトはですね。今頃友達の家で布団しいてます。大方、枕投げしてはしゃいでる頃だと思いますよ」

「……。どうしよう」

「なんです」

「余計悲しくなった」


 ……あの子、お泊り経験なんて修学旅行ぐらいだろうがよ。

 それをできる仲の友達が「ここ」でしかいないってどういうことだコラァ。

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