9.思い出の場所
駄目だ! ……思わず目を瞑ろうとした時だった。
ばしっと音が鳴り、何かが消え去る。
「ハメられたとでも思いました? ……言ったでしょう」
時永は静かに……しかし“自己に向けた”怒りを秘めた声で言った。
「僕は都合のいい人間だって……!」
「だけど」
イツキは目を上げ、目の前に広がる光景を見て身震いした。
だって、目の前ではバチバチと火花を散らしている何かがあった。
「光球」とか、「光弾」という言い方をした方がいいだろうか、プラズマの塊のようなそれが、時永の手の中にある。
そう、さっきはそれが襲い掛かってきたのだ。
「……手、大丈夫ですかそれ」
「ウチにある、一見胡散臭いオカルト本をなめちゃいけないのは知ってるだろう? 一応、こうなるのは分かってたからね。あらかじめこの手袋に細工しておいたんだ、見た目ほどヤバいことにはなってないよ、大丈夫」
手にはめられているのは先ほど車を運転していた時から使っていたドライビンググローブ。ただ……
「……ただ、3個も来たのは、予想外だったなあ……」
よく見ると確かに、複数――手の中には「2個」の光球がおさまっていた。だが、今「3個」と彼は言ったような気がする。なら、もう一つは……
「あ……」
イツキは信じられないような心地になりながら呟いた。
……待って。待ってほしい。
「……脇、焦げてますけど……」
「ん?」
「オレをかばって、脇が焦げてますけど!?」
……情報量が追い付かない。だが、ひとつだけ言える。
「……あ、うん気にしないで、全っ然痛くないから」
へらっと笑ったそれ。――信じられずに、イツキは思わず絶句した。
だって目の前の「それ」が、そんなことをする人間だとは思わなかったのだ。そんな軽々しく、超人じみたことする人間だとは思わなかった。
それも普通なら、こちらを見下しているようなそいつが。他人をかばってまで。しかも脇腹がかすったみたいに焦げながら……
「――痛くないわけないでしょ、それ!?」
どう見てもやけどしているそれを。
痛くない、なんて――そんなバカげたことを。
時永は薄く笑い、光球の方向を見た。
「……さて、おでましだ……!」
ピューン、と機械の起動音じみた音がした瞬間、サッとグローブで時永は光球を投げ返す。その投げ返した先には……
「よっぽどあの子はここに近づいて欲しくなかったらしい。ずっとあいつがいるんですよ。このドーム」
光球が直撃し、“そいつ”は悲鳴を上げた。イツキはハッとしてそれを見る……何かの生物を模したらしい真っ黒な物体がそこにあった。
いや、物体といっても動くのだ。まるで、「生きている」みたいに。
……ただその物体の発する気が常人にでもわかるほど無機質なだけで。
「てめえ、それを知ってて……!」
あれはどう考えたってモンスターの類いだ、そんなところに誘い込んだってのか、お前! ――そうイヌカイが続けようとするのを遮り、時永は言う。
「勘違いしないで下さい。完全に思い出させるためだ。ほんのちょっと思い出しただけじゃ意味がない。――この世界は居心地がいいですからね。それも現実を忘れてた方が、よっぽど」
「ぐ……」
「でも、それじゃ駄目なんだ。できるだけあなた方には思い出してほしかった。せめて一度でいいから、完全に思い出してから選択してほしかった」
選択……?
「ミコトはあなたたちに選択の余地を与えなかった。それだけは絶対におかしいと僕は胸を張って言える。――だから選択の場を設けるために、僕はわざとあなたの記憶を呼び覚ました。もう一度嫌われるために、勇気を振り絞った。その為にはここに出来るだけ近づきたかった。だって」
時永は吐き出すように、最後の一文を呟いた。
「――ここは、あなた方の思い出の場所だから」
……それを、お前が言うか。首の後ろが冷えるのを感じた。
「あ――――ぁそうだよ! 確かにここに来て、この場所で、全部思い出したさ!? でもあんた一体どこまで知ってるんだ!?」
「んーなもん今はどうだっていいっ!」
脱線しかけている。そう思ったイツキが大声を上げた。――今は悠長に話してる時間でもない。言い争ってる場合でもない。考えても仕方がないんだ、とにかくここは直感に頼るしかない。
イヌカイはどう見ても血が上っている。今、一番頼りになりそうな人間は……!
「――そんなことよりもアレ、どうしたいんですか時永先生!」
時永はイツキのその剣幕に少しだけ驚いたが、その言葉に力強く頷いた。
「ああ――ちょうど良いから、ここで仕留めてしまいましょうか」
「は!?」
未だ納得のいかない様子のイヌカイの言葉にふう、と時永は息をついた。
「一応、グレイブフィールとあの“僕”を倒したんでしょう? 度胸だけは人一倍なはずだ。得体のしれない何かに体を張って立ち向かうっていう点だけ見れば、僕より君たちの方がだいぶ、いや、相当慣れてる」
生き物じみた物体は、こちらに視線を投げながらかん高い声を上げた。さっき、起動音といったが――やはり、とても人工的な音に聞こえる。
「それに、今の状態じゃいつまた同じようなやつが出てくるとも限らない。……その前にここで経験をつんでおくのも悪くはないのでは?」
「今の状態って……」
「コレを倒したらご説明しますよ。もちろん任せっぱなしにはしません。僕もサポートしますから、ご心配なく!」
なおも言い返そうとしたが、やめ……イヌカイは舌打ちした。
「くそっ……この生身の状態でどこまでやれるかってんだっ!」
「生身?」
時永は吐き捨てるように言った。
「犬飼先生、『ベルト』がないから人間に戻ったと勘違いしてます?」
「えっ」
「戻るわけないでしょう。あんな不可逆な変身」
……僕のやったこと、思い出したんでしょうが。
「その状態は、視覚のごまかしがきいてるだけです」
「……ちっ」
そう――今の体にはメティスの作った『ベルト』が無い。つまり、この体は時永に変えられる前の、「人間」の状態と、見た目は殆ど同じなのだ。
しかし……イツキは心の中で願い、腕をつるに変化させた。
「……ベルトは無いけど……体の状態は『メティスに戻してもらった』後、みたいだね」
「お前はいつも以上に余裕だなオイ!?」
そう言いながらも物体に向かって曲線上に走り出すイヌカイ。グレイブフィールのときと同じだ。流れるようにおとり役になっている。イツキは苦笑しながらもう一度左腕をつるに変化させる。
「そうかな? 思えば学校にいた時の方が図太かったかも……っ!」
気合とともにつるを思いっきり伸ばし物体を拘束する!
――ビュビュビュッ!
最初こそイヌカイに目線がいき、そっちに動こうとした「物体」――だがイツキに四肢を拘束され、すぐに身動きが取れなくなる。
「イヌカイ、今っ――」
「いや待ったぁ!」
時永が待ったをかけた瞬間、イヌカイは反射的に足を止めた。そのすぐ前に着弾する光球。……さっきイツキを襲ったものと同一だ。物体は暴れるように光球を連射しだす。
「……っ」
間髪いれず時永がイヌカイを追い越し前へと躍り出た。
「! おまっ……」
「――黙って!」
グローブで連射される光球をダダダッと弾き、その軌道を変える。2人の方向へ行かないように仕向け、そして最後の光球をむんずとつかむと、また物体に向かって投げ飛ばした。
――ピシュゥ!!?
悲鳴の後、途端に動きが鈍くなる。……イツキは目を細めてそれを観察した。もしかして、今投げ返したあれが当たったのか?
「弱ってきた」
「そうだね。この分ならすぐ――」
「ああ――と・ど・め・だっ!」
イヌカイがガン! と至近距離から硬い音を立ててその物体を思い切り蹴り上げた。
――確かにその蹴りは、グレイブフィールに放ったものと同じだ。人間業とは思えないぐらいに威力があったらしい。
足の軌道をなぞるように、黒曜石にも近い見た目の「物体」中央部が瞬く間に砕け散った。
――ピシ……!? ピシ、ピシ……っ。
膝がぼろりと崩れ、ガックリと胴体が落ちる。
「!! っ……」
ドスン、と砕けたパーツが落ちる音。土煙。
ぺきぺきとひびは広がり続け、そのまま、空気に溶けるようにその物体が分解されていく。石になり砂利になり砂となって、そうしていつの間にか。
――何事もなかったかのように、そいつは消滅していた。
「……はぁ」
緊張しきっていたイツキは思いっきり息を吐く。
時永も安堵したようにゴーレムのあった場所から目線を外した。
「ふぅ……まぁ、最初はこんなものでっ……?!」
「おいっ!」
――ガシッ。
「!」
時永の足が一瞬だけ宙に浮いた。
「……とりあえず、どういうことだか説明してもらおうか……?」
「ちょっ、ちょっとイヌカイっ」
いきなり胸倉をつかまれたにもかかわらず、時永は表情をぴくりとも動かさず言った。
「……わかってますよ、とりあえず離してください。イチから説明しますから」
ムスッとした顔で手を放すイヌカイの目は、ひどくぎらぎらしていた。
とんでもなく苛立っている。……イツキは思わずごくっと喉を鳴らした。こんな怒り方をしているイヌカイ、思えば――始めてみるからだ。
だが、分からなくはない。
ついさっき思い出した記憶の中では、自分たちを散々な言動で振り回していた男。
長い間自分たちを虐げてきたものが。苦渋を味わわされた人間が、目の前にいる。しかも苦労して抑えつけたのだ。抵抗して、ようやく「勝ち」を選び取ったのだ。
だというのに……あのとき、別の次元へとゴミくずのようにすっ飛ばしたはずの「敵」が、また目の前にいる。
そりゃあ鼻息も荒くなるだろう。苛立ちもする。
……ちなみにイツキはというと、案外そうでもなかった。
確かに目の前にいる男は時永だが、雰囲気からして明らかに違う。別物といっていいほどに。
だから完全に信用しているわけではないが、かといって完全に信用できないというわけでもない。まっさらな状態だ。
今から思えばイツキ自身、そんな印象をこの男に持つということが不思議でならなかったが……それでも、さっきの「言動」を見ている。
……だってかばったのだ。どう見ても、自分をかばった。
更に言うと違和感がすごいのだが、この、目の前の時永には毒気というものがまったくない。
以前の時永だったなら見てわかるほどに激しかった裏表のキャラギャップが、ほぼないのだ。……その裏表の激しそうな感じがなんかカッコよかったというポンコツな評価を下していた過去の自分を殴りたくなるが、まぁ、それは……本当に、うん。さておくとして。
「……うー、考えたら頭が痛い……」
「無理やり思い出させてごめん、大丈夫かい?」
……本当になさすぎるのだ。あの、とてつもないダウナー感が。
「まあ、立ち話もなんです、場所を変えましょう。……“あの部屋”で良いですね?」
ともかく、先ほど襟首をつかまれたことには気の抜けるほど何の反応もなく、本気で何事も無かったかのように襟を正した時永はイヌカイを見た。
……“あの部屋”。わざわざイヌカイに聞くということはあそこだろう。
「……以前あんたと酒飲んだ部屋か」
時永は無言でただ、頷いた。




