表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/165

2.運命の歯車は火の車


 鞄を持って昇降口に急ぐと、もう先生は来ていた。


「あれに乗るよ」


 ……先生が指した方向には、学校のロータリーに大きな黒塗りの車が止まっている。車に詳しくはないオレでも、高級車であるとわかった。

 えっと……。ぴっかぴかのそれ。

 あたまにちょこんとエンブレム付きのやつ。


「あの……あれって、マイカーですか?」

「そうだね、自家用車だね」


 ソウデスカ、自家用車ナンデスネ。半分思考を停止させながらそう思った。


「やっぱ……すごいなぁ……」


 お金持ちというのは本当だったのか!

 入ることを躊躇ったオレに、時永先生はさぁ、と促した。

 恐る恐る車に入りこむ。……シートはもう、ふかふかで座り心地は抜群。

 うぉおおお!!! うちの車がこんなだったら! ――とか、本気で思う。

 きっと今自分の瞳はこの間妹にせがまれて買ったあのマンガのごとく、不自然にキラキラ輝いているに違いない。

 あっ、想像したらなんて気持ち悪い絵面だ。今すぐ忘れたい。


「そんなに僕の車の中身が珍しいかい?」


 ……にっこりして言われた。うううう、ヤバい。顔にしっかり出てたらしい。

 はしゃいでるのが丸見えというのは割と結構恥ずかしいものだ。特にオレみたいな高校生からしたらば。少し苦笑い気味の先生も乗り込むと、すぐに運転手のおじさんから静かな声がかかった。


「お客さん……ですか?」

「自慢の生徒だ。じゃあ馬越、いつもどおり頼む」


 ミラー越しに運転手さんが頷いたのがわかった。……なんだか暗い顔だ。気分でも悪いのだろうか? そう思っているうちに車が動き出す。

 周りを見渡せば本棚やテレビまで設置されていて、長い間乗っていても退屈さを感じさせることのないような工夫が施されていた。

 ……本当にお金持ちなんだな。こんな改造までするなんて。


「植苗くん、君はさ……」

「はい?」


 先生は窓の外を見ながら、ふと聞いてきた。


「……神様って、居ると思うかい?」



 ん?

 ……カミ、サマ?



「……う、うーん」


 さっきの授業の続きだろうか。

 普段あんまりそういうことは話さないから、反応に困る。というかそもそも? ――そう、今更のように気づいた。

 授業での疑問。提出物に関しての質問。

 それはある。自分でも「しつこいかも」と思うほど。


「……ええっと」


 けれど……よく考えたら、この先生とフリートークをしたことがないのかもしれない。


「……そう、ですね……」


 考え込む。『神様』、ねぇ……

 唐突な問い。どこか、()()()()()()()ような感覚。……何に?

 はたと気付く。そういえば神話は好きだけど、肝心の神様はそんなに信じるほうじゃないなぁ。


「……。いたら、こんな世界になってないと思いますよ?」


 それこそファンタジーだ。


「そうだね」


 先生はにやっと笑った。


「この世にもし神が居るとしたら、こんなつまらない世界にはしないさ」


 ……つまらない。


 少し意外な言葉に口をつぐむ。……いや、それ、ホントにそうなんだろうか?


 そりゃあ確かに生まれたときからこの世界にはいるわけだし、自分を取り巻く環境なんてそんなに変わらない。

 せいぜい兄弟ができたりして家族が増えたりとか。小学校やら中学、高校に進学して友達が少しずつ変わったりとか。


 たぶん……そんな程度だ。


 けれどそんな毎日の中にだってちょこちょこと楽しいものはいっぱいあるし、つまらないっていうのは、思ったことがあまりなかった。


「時永先生は……この世界がつまらないと思ってるんですか?」


「ああ……でも」


 先生は本当につまらなそうに備え付けの冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出しながら言う。



「 ――そろそろ、“つまらなく”はなくなるよ」



 それがどういう意味なのか、とか考える前に先生は続けた。


「……娘がいるんだが、言葉数が少なかったのが最近はよく喋るようになってきてね」

「初耳です」

「だろうね。僕はあまり家のことは喋らないから」


 先生は言った。


「これから楽しみなんだ……あの子が大きくなるのが、さ」


 ――町はまるで、自分達から切り離された背景のように通り過ぎていく。

 いつしか辺りには林……というより、森が広がっていた。

 車が通るのはもちろん舗装されているかどうかも怪しい山道だ。急激に田舎じみてきたのがうかがえる。


「へー……先生って意外と遠いところに住んでいるんですね……」

「まぁそうだな。僕は町の騒々しさがあまり好きではないし、森の中にいるとまるでお話の世界に入ったような気がするだろう?」


 先ほどとは打って変わり、先生は楽しそうに。愉快そうにくくく、と笑った。


「そんな感覚が僕は大好きでね。家のそばを散歩していると、まるで本物の妖精とかさ、コロボックルとか。そういう小人的なものにでも出会えそうな気がするんだ」

「……さっすが先生、本当にそういう世界観が好きなんですね」


 オレは思わず笑い返しながら答える。

 そうして暫くまた車に揺られ……30分ほど経って、ようやく車から降りることができた。

 まだ体がなんだかふわふわしている気がするけれど……


「……う、わ」


 ……目を上げる。瞬かせる。

 そこには「豪邸」が広がっていた。

 3階建ての真っ白な洋館。まるで植物園のような、ガラス張りの巨大なドーム……辺りを囲んだ森や、自然に任せたかのような広い草むら。

 恐らく何か殺人事件でも起こって被害者がかなりの大声を上げたって、きっと絶対にお隣にすら悲鳴は届かない。かなり広い敷地だ。見ただけで分かる。


「……さて、と。植苗くん、とりあえずこっちにおいで」


 先生はそのうち、植物園のようなドームの入り口にオレを案内してくれた。


「せっかくだろ? ちょうどこの季節の数日間しか咲かない貴重な花が手に入ってね。今資料を探してくるから、その間に好きなだけ見てくるといい。お勧めだよ、本当に凄く綺麗なんだ。花の場所は目立つからすぐわかるよ」


 お花ねー……正直言って自分はそんなに興味はないんだけど、なんだかもてはやされがちなのはこういうところな気がする。


 ()()()()()。――居眠り野郎のノートの文字を思い出して苦笑した。

 ここだよ、たぶん。


 確かにこれだけ建物が広ければ、本一つ探すのも一苦労なのは分かる。

 だとするときっと【残された側】としたら、けっこう退屈には違いない。ある種先生らしい気遣いというか何というか……とにかくそこまで言うからにはちょっと面白い花なんだろうなーと、オレは軽い気持ちで頷いた。


「わかりました」


 先生が好きなんだからアレだろう、人面花とかそういうの!

 女子連中なら恐らくあまり見ない色のバラだったりを連想するだろうが、先生が実はそういうちょっとあれな趣味っぽいのは知っている。彼が好むのは恐らく気持の悪いタイプの不思議なものだ。趣味のいい人では絶対にない。


 先生が去っていくのを見届けると、オレは周りを見渡す。

 ――あれ?

 いつの間にか、運転手の馬越さんが姿を消していた。

 逃げ足早いよ! オレはちょっとガックリしながらドームの中を歩き始めた。

 あーあ、なんか思ってた以上に場違いで居心地悪いし、心細いから一緒に見ようかとも思ったのに。


 すると「目立つからすぐわかる」という言葉どおり、すぐにオレはそれらしきものをぽつんと遠くに見つけた。

 なんだっけ……昔、テレビで見た……そうそう、ラフレシアだっけ。花自体はアレに似た形ではあるけど、色彩はあれほど毒々しい物ではない。

 むしろ、目が覚めるような白い綺麗な花弁だ。そっと近づいてみる。……さっき言った人面花とは違うけど、とても大きな。人の頭ほどある妙に惹かれる花だった。

 ……ああ、まったく見たことがない。いったいどこの国の花なんだろう。


 花に興味のない自分でもわかる、圧倒的な美しさだった。本当に貴重なものなんだろうな。……いいのかなぁ、オレなんか近づけて。


 とりあえずあとで名前でも聞いてみよう、と思っていると、花の後ろにそびえている茎のような、幹のようなものに気づいた。

 どうやら元々たくさん咲いていたらしい。大きな実が数個ついている。リンゴのように大きく、甘そうな実に思わず手が伸びかけて……慌てて引っ込めた。


 いや、無許可で何やろうとしてるんだオレは。あー……でも。その花や実から発せられる匂いに誘われて、何故か抗えない。

 まるで、奇妙な……不思議な力が、オレに向かって働きかけているようだった。


 これだけ甘い匂いがしてるんだから、味も甘いんだろうな……うん、これだけあるんだ。1個だけならバレやしない。


 オレは少し迷った後、誘惑に負けて1つだけ手に取りかじってみた。


「っ、……」


 うわっ、思った以上に甘い! これは商品化したら売れるのは間違いないんじゃないだろうか? でも、よく考えたらこんな実がスーパーに並んでいるのをまったく見た事がない。

 ……うーん、栽培方法が難しいのかな? どうなんだろう。


 ――その時、バタン! と大きな音がして、ハッとオレは正気に戻る。


 今のは扉の閉まった音だ。ま、マズいな……!? こんなところ見られでもしたらなんていわれるか。


「植苗くーん! あったあった、資料を持ってきたよー」

「あ、はーい!」


 遠くの方で聞こえる先生の声を聞き、すっかり忘れていた目的を思い出した。

 そうだ、オレはドリュアスについて知りたくて……先生に資料を頼んでいたんだった。慌てて食べかけの実を茂みの中に放り、声に向かって走り出す。――見えない、大丈夫、証拠隠滅。

 ……きっと、オールOK。


「どうだった、大きくて綺麗だったろ?」

「あ、はい……」


 なんとなくバツが悪い。まったく、熱に浮かされていたみたいだった。

 オレ、あの時いったい、何を考えてたんだろう……


「あー……そうかそうかー……」


 先生は腕時計をチラっと見て、それから言った。


「あれはこの間海外から取り寄せた物でね……僕にとってはすごく興味深い植物なんだ」

「へぇ、そうなんですか?」

「もちろん君も、僕にとっては興味深い生徒だがね。知識という名の養分を貪欲に吸い取る……うん、まるでさ」


 どこか耳障りなミシっという音がして、オレは辺りを見渡す。


「森の中にしっかり立っている若い広葉樹みたいな生徒だと思ってるよ。……ところで、足はどうしたのかな?」

「え、あれ!?」


 オレは足がまったく動かないことに気がついた……まるで、根でも張ったように。

 よくよく見ると、オレの靴は破けていて……そこには文字通り。


「……?!」


 ()()()が生えていた。……しかも、地面に吸い付くように……

 自分でも、どうすることもできない力で!


「……君は、ドリュアスのことを知りたいって言ってたね?」


 時永先生はオレのこの非常事態にもまったく動じず淡々と言った。あの口うるさい野次馬生徒たちを涼しい顔で無視するのと同じように。


「な、なん……?!」


 ミシミシと音を立てて両足がくっつくのがわかった。


「う、あ……っ」


 オレは驚いて声が出ない……普通だったら腰を抜かしているレベルだ。なのに足元が固められて倒れることもできない!


「ほらほら……知りたいんだろう? それも、詳細にわかりやすく、だったっけね?」


 明らかにおかしい先生の言葉に、オレはようやく声を絞り出した。


「なに、言ってるんですか……?」

「こうすれば詳細に知る事ができるじゃないか。……だって、ずっと資料はキミの袂にあるんだからさ」


 ミシミシと音を立て、膝から上へと音が上がってくる。


「資料を見る手間が省けていいじゃないか。……そうだろ? 植苗くん」


 ……もう、足は動かない。


「だって君自体が木の妖精なんだからさ。……ほーら、良い資料があるっていっただろ?」


 それのこと。

 そう、先生は呟き扉の方に向かっていく。

 その場から動けないオレを残して。

 ――振り返ることもしない、その後姿に思う。ああ、無理だ。オレ、このまま放っておかれるんだ。


 このまま、帰らなかったら。

 妹は絶対泣くとして……母さんはどうするだろう。父さんは?


 思った。……今更、ふっと思った。いつもとは真逆の感想を。

 なんでだろう。どうして。何故。

 ……オレ、なんで。



「――待っ、て」



 ……なんで、こんな人を仏様だと思ったんだろう。


「あ、ああ……っ」


 めちゃくちゃに手を伸ばす。……扉が閉まる。重い音を立ててしまっていく。

 ああ、分かる。例えようもない感覚だ。外の世界と自分が、断絶されていく。


 ……不意に、言葉が漏れた。


「ちくしょ……」


 普段なら言わない言葉だった。

 どうあがいたってその人には吐かない言葉だった。

 憧れていた。尊敬していた。ああなりたいとまで思っていた! いつか……いつかああいう説話の先生になりたいって。一緒に働きたいって! そんなおぼろげな夢まで思い描いていた……


 あんなふうな人になりたい。

 あんな楽しい話ができる人になりたい!


 彼に出会って、その辺に転がってるなんの変哲もない昔話を深く広く楽しめるようになったオレみたいに……オレより下の子たちに。

 昔の説話を、たくさん教えたい。


 ……色々教えてもらう手筈だった。追いかけていく、つもりだった。

 

 だけどそれは……その、理想の人生像は。()()は、今ここで、崩れていく。

 さすがにこんな怖い目にあってまで、盲目的に好くなんてできるはずもない。……さすがにそこまでオレだって人間やめてない!

 少なくとも精神的には――ああ、心の中でだったなら!


「あああああっ、畜生!」

 

……固められていく足が、痛い。


「ちくしょ……っ、くう……! ちく、しょぉ……!」


 ……変わっていく体の感覚。

 取り返しのつかない、変化の感覚。



「……あ、あああああ!!!」


 思わず叫ぶ。

 抑えきれない感情が爆発する。

 ああ……足だけじゃない。



 体が――

 もう、動かないんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ