14.ストッパーとスイッチ
……とにかく歩く。来た道を戻る。
高台を上り、草っぱらを抜け。森を渡る。歩いて、歩いて、歩いて……ようやく。
「おー、ついたついた……ここら辺じゃないか?」
イヌカイはそう言って辺りを見渡した。
あたり一面に広がる森、森、森。うん、見覚えのある景色だ。
「で、どうする? イツキ」
「ん?」
「またあれだろ、ボッシュート状態だろ」
「ああ、またあれか……」
イツキは息をついた。……舌、噛むやつだ。
「しかも今回はメティスも同伴じゃないときた」
「ついてこれないんだっけ、クロノスが拒絶するから」
――『お招きいただいてませんからね』――
茶化したようなその言葉に苦笑いしつつ、イヌカイは手を差し出す。
「フワフワ中に迷子にならんように手でもつなぐか?」
「……そうだねー……1人だけ変なとこに飛ばされたりとかは嫌だし……」
イツキは手をとった。
「なんでちょっと嫌そうな顔してんだよ」
「オレだって一応男だよ? 子供じゃあるまいし、いい年こいたおっさんと手をつなぎたくないでしょ普通」
「は? 今お前なんてった?」
「あーもう、冗談だよ、ほら」
イツキはヤケクソ気味にぶんぶんと握手した。
「ってか言っとくけどお前、今歳いくつ? お前の実年齢より実はちょっと下だと思うんだけど今の俺の見た目年齢?」
――『あー、うん……イヌカイおっさん説はともかくですね』――
「微妙にごまかしつつてめーも言うのねメティス!? ってか20代後半捕まえて何がおっさんだお前ら、馬越さん前にしてもその台詞言えるかよ!」
――『ははは』――
「……見た目じゃなくて実年齢言おうか、イヌカイ」
イツキはさっき言われたことをそのままぴしゃりと返した。
――『しかしこうも早くそのときが来るとは思いませんでしたね。予定ではもう暫くはバイトだったのですが』――
「いや、毎晩のごとく変なのが襲ってくるような環境で、ずっと真面目におとなしく働いていられるとは思えないんだが……」
――『そんなこと言ったら余計襲ってきますよ。「敵が毎晩襲ってくる」って思い込んでるから、微量なリムトーキが作用して言霊が起こりやすくなるんです』――
「リムトーキ不便だな」
イヌカイは前と対照的なことを思ったらしい。
――『いや、そもそもいいじゃないですか、毎日自己防衛の練習が出来て。経験値がおいしいじゃないですか』――
「ええー、そんな今更RPG的なこと言われてもだな」
「そうだよ、そんな結論ポジティブにも程がある人ぐらいしかたどり着かないって」
――『ですかね?』――
「それよりも早いとこやってみてよ、メティス。クロノスから聞いたやつ」
「そうだな、こうしてる間にもミコトがとんでもない目にあってるかもしれないわけだ、し……うん、待てや」
いつの間にかぺっきぺっき煩いことになっている手首の関節を感じつつ、イヌカイは遠い目をした。いや、別にいいけども……。
「……嫌がってた割にちょっと痛いんだが? 何お前、もしかしてすっごい掴んできてない?」
「いや、なんか……」
イツキはボソッと呟いた。
「今更心細くて」
「……ぶぅ!!」
「笑うなよ! だから嫌って言ったの手つなぐの!」
「いや、すまん、悪かった! ほら大丈夫だ1人じゃない、俺がついてる、めっちゃ頼りになるだろ俺!」
イツキは深くため息をつく。
「……なんか今、「言葉にされると逆に頼りにならない」とか思わなかったか?」
「思ってない思ってない」
でも目が言っている。……イヌカイは微妙に傷付いたが、一応こらえておくことにした。フッ、大人をなめるな少年よ。これぐらい特に何ともないわ。
あ、でもやっぱり不満なのでこれだけは言っておこう。
「イツキくんや」
「なんですかねイヌカイさんや」
「目が死んでる」
「……。死にますよね普通……」
「いや、当たり前のように言わないでくれない?」
「イヌカイ……あのさ」
イツキは呆れた顔で呟いた。
「……自分の存在の説得力のなさ分かって言ってる?」
ここに来るまではメティスという案内役がいた分、まだマシだった。余裕があった。新しい場所に飛び込むことに対して、若干のはしゃぎようもあった。
だが、ここから先は頼れる人間がイヌカイしかいないのだ。
「え、もはや存在からして説得力ないの俺」
「あるわけないでしょ、だって考えてもみてよ。……二足歩行するイヌ科だよ?」
「いや二足歩行するイヌ科関係ねえからなお前! っていうか俺我ながら何、正直生物学的にイヌ科であってんのあれ!?」
逆にいうと、イヌカイだってそうだろう。……思えば時永のときだってやたらとハイテンションに喋りまくってたが、このイヌカイのことだ。
プレッシャーがかかっていてもふざけたことしか言わないだろう。
「そうやって基本オレが口挟む余地ないぐらいにべらべら喋りっぱなしのノリの軽い男性講師にだよ、はたして言葉分の説得力あると思うの?」
「何お前どうした……」
「あの教科、特に教員免許必須じゃないのに?」
「なんでお前はそうやって優しい言葉尻で毒吐いちゃうわけ!?」
ガビーンと音が出そうなぐらいにショックを受けた顔をするイヌカイ。イツキはポンポン言った。
「現実見ろよ、オレぐらいしかイヌカイ頼りになんてしてないだろ! まともに頼れない証だよ!」
「えっ、失敬な!? ミコトにだって頼りにされてる無敵のイヌカイさんだわ!」
「基本が無敵じゃないから言ってんだろ、この強がりゴリラ!」
「イヌ科の次はゴリラかよ、さっきからすげー辛辣なんだけど!?」
イツキは一息に言った。
「頼りにしてるから!!」
「…………。」
イヌカイはふっと黙る。
イツキは息を吐き、ゆっくり自分を指さした。
「……逆に、頼っていいから」
「……おう」
「言ったよな、イヌカイ。こっちのこと、まだ高校生のガキだって」
「……まあ、言ったな」
「……イヌカイだって、中年にもなってないおっさんなわけじゃん?」
言いづらそうにイツキは目を逸らす。
イヌカイは呆れたように息を吐いた。いや確かに、【13年分のギャップ】があるのはこちらもなのだが……。
「すげえ矛盾のある言い方されたんだけど」
「見た目年齢に直したらオレより下じゃん」
「もっと矛盾のある言い方されたんだけど、31歳高校生に」
「ダブりすぎだろなんだよその生き物!?」
「お前だよお前!」
18歳に+13してみろよ、絶対そうなるから!!
「とにかくさ!」
「ああ、はい!」
「……オレだって一応は聞けるから。人の愚痴とか、泣き言とか。メンタルは昔っから確かに弱いよ? イヌカイより多分メソメソ言うしグチグチもするよ。でも、オレがそうなるってことはイヌカイもいつなったっておかしくないわけだよ。今どう思ってるか知らないけどさ」
「……ああ」
イヌカイはようやく向こうの言わんとすることを理解した。
……ああ、なるほど……
「イヌカイが愚痴っても泣いても、もう聞けるから。……オレも、同じく説得力ないけど」
イツキはふうっとため息をついた。……そう、それが言いたかったんだ。
「オレ、イヌカイみたいにデカくないし、なんか体格ちっちゃいしさ……何ができるかとか、自分でも知らないけど、荷物にはなりたくないから。おんぶにだっことか……したくないんだよね」
「『おんぶにだっこ』になってると思ってるのお前……バカじゃねえの? ああ……うん、ともかく知ってるよ、俺は」
けろっとした様子でイヌカイは呟いた。
「お前が何できるか、ちゃんと知ってる。……お前は」
ぽん、とイヌカイは背中を叩く。
「そうやって、俺のストッパーができる」
「!」
「で……俺も、お前のやる気スイッチを押せる」
「……押せた試しなかったんじゃなかったっけ」
「現に押してるだろ今。……上がアホだと下がしっかりすんだよ」
「握りつぶすぞイヌカイ!」
……ぎゅ。
「ってことで、いいよメティス! チャチャっとやって!!」
「あー、あのー……ひとにゴリラとか悪口投げときながら、意外と握力ヤバいんだけどこいつー……最早こいつの手がゴリラなんだけどー……」
――『緊張感ありませんね相変わらず』――
苦笑しながらメティスは、大きく息を吐いた。
――『……まあ、あなたたちはそれで良いのかもしれませんが』――
* * * *
……コツン。メティスは水の入った器を弾いた。
失敗は出来ない。勘だとは言ったが、実際どうなるかはまだ「確定」しない。
イヌカイたちを見ていた視覚情報を遮断し、聴覚を研ぎ澄ます。
集中する。意識を埋没させて、呼吸を整える……女の子の声が、おぼろげに聞こえてきた。
「……世界に耳をすませ……」
ああ……これは。
――『世界に耳をすませ』――
メティスは感じた。……自分の声が、水にさざ波を起こす。
反響した声。それを復唱する、自分の喉から放たれた音。
……一言で分かった。重みが違う。
やはりそうか。プロセスだ。
ミコトが、ミコトである為の生き方のフレーズ。「何を起点にして」「何を軸に行動し」「どう今を生きているか」……その『コード』。
「その、……、を聴け」
……ノイズが走り、音が揺れた。誰かが妨害してくれているらしい。
やりぃ。……ふっと笑った。今のはいける。かろうじてこちらは聞き取れたが、恐らく気配のそれからして、クロノスまではやはり届いていないようだ。
メティスはニヤッと笑った。――なら、私だってわざと間違えよう!
――『……その「音」を聴け』――
だって「音」も、「声」も、大まかな意味は同じだ。意味のあるもの。言葉。人の耳に届くもの。
……大丈夫だ、うっかりミス。これならミコトだってオマケしてくれる。何せこっちにはイツキとイヌカイがいるのだから。
イツキたちを見ていればわかる。……ミコトは身内にはきっと弱い。それもとことんだ。
「軌跡をたどれ」
――『軌跡をたどれ』――
さあ、開け。
「私は「ここ」にいる、いくつもの物語を越えて」
――『私はここにいる』――
……そう、ゆっくりと呟いた。
コードが、終わる。
――『……いくつもの、物語を越えて』――
目を開け、視覚を復活させると、イヌカイの手を持つイツキがぎゅう、ともう片手に何かを握るのが分かった。
彼らが「消える」。その前に見えたのは……どんぐりの笛。
――『……ミコトが作ったのかしら、あれ』――
苦笑しつつ、メティスは水の器を退けた。……彼女にとって「水」はモニターのようなものだ。
四六時中監視しなければいけないものはもう、ほとんどなくなったのだから、暫く器は必要ない。
さて。
あとは――
――『……祈るしかない、か』――
勘。おぼろげな未来予知。一瞬後の未来。
……それが更新され、メティスは頭の中のその情景に呟く。
――『後は頼みましたよ、そちらの世界の時永くん』――




