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1.人気講師に憧れて


「おーい、皆、聞いてるのかい?」


 夏らしくない、激しさなんてまったくない……むしろ心地の良い穏やかな陽気の日だった。皆どこかしらトロンとしており、先生が何も言わないのを良いことに堂々と眠りこけてしまっている人までいる。


「……まぁいい、とりあえず続きを話そう」


 彼らにはカツカツというチョークの音が心地よいリズムに聞こえているのだろうか? 今もまた数人、机に向かって倒れこんだようだ。

 なんだか授業を真面目に聞いているのは自分ひとりなのではないか……なんていう錯覚を一瞬覚えてしまうけども、きっとそんなことはないだろうとすぐに思いなおした。現にこの講堂には数え切れないほどの生徒たちが集まっている。

 この授業は選択授業、とろうと思わなければとらなくても良い。なのに人が集まってくると言うことは何かしら皆、自分と同じで興味があるんだ。


 この授業で話される……たくさんの神話や伝承。

 ファンタジックな「世界」を面白く解説するこの授業に。


「……時間だ。今までの話で何か質問がある人は気楽に研究室に来なさい。ではこれにて」


 講師……時永先生はそう言って去り際にニコッと笑った。途端に前列に群がるように座っていた女子達から「キャー!」という黄色い声があがる。さっきまで眠っていた男子共もいつの間にやらメキョメキョッと起きて、何やら大きく「モテる秘訣」という文字をノートに書き始めた。


 ……ああ。オレは思わずズッコケる。


 訂正訂正、もしかしたらこいつらが興味あるのは先生のルックスだけなのかもしれない。確かに時永先生は人をひきつけるようなイケメンではあった。

 ああ、あえて強調しよう。細身のイケメンだ。

 フツメンのオレたちがバカバカしいぐらいに。その上お金持ちであるらしいし、玉の輿を狙う女子からの人気はなおさらだろう。

 だがそれ以上に彼は有名人だ。テレビでも一時期は進学校のイケメン名物先生としてよく取り上げられ、かくいう自分もそういう番組でこんな神話などの世界に興味を持ったクチである。


 彼は話が巧かった。それはもう異常なほどに。


 彼の語る話にはいつも不思議と興味をそそられた、それに話を聞いて損をしたということはまずない。

 それどころか得られるものが非常に多くありがたい存在であるのだ……というか、まぁその、はっきり言って個人的にではあるけど、オレにとってはもはや仏様に等しいかもしれない。

 もうこの際宗教化して崇めたっていいと半ば本気で思ったりもする。


 ……自分で言ってて重症だ。うん、帰って来い自分。


 オレはそんなことを考えながら荷物をまとめ、足早に教室を飛び出す。


「時永先生!」


 オレは後ろから先生に声をかけた。


「あぁ、こんにちは植苗くん」


 先生は相変わらず爽やかに挨拶してくる。……ああ、いい天気だ。そう口に出したいぐらいの爽やかさだったけれど、あいにく外を見たら空は陰ってきているところだった。


 空気を読んでほしい。雲。


「相変わらず君は熱心だね。……今日も寝ずに聞いてくれたみたいだけど」

「だって先生のお話って毎回ホントに面白いんですって! 聞かないやつらには勿体無いとしかいいようがないですよ!」


 寝てるやつらは地獄に落ちやがれ! と内心ぼやいてみる。

 先生は面白そうにオレをみた後、からかうように笑った。


「僕にとっては、逆に君が面白い生徒なんだがね?」


 その答えがちょっと腑に落ちずに聞く。


「あ、あの、僕のどこが……?」

「どこがって言われてもねぇ。とにかく、面白いことこの上ないよ。……で、今度は何かな、質問とか例に漏れず色々あるんだろう? お聞かせ願おうか」


 彼は眼鏡をちょん、と指であげながら言った。

 するとどうだろう。


「キャー!」 「見て見てー」 「おおおおお」

「ああ……! ああ!」

「あれぞ……まさしく伝説の……伝説のメガネズラシ……!」


 途端にまたどこからか声が聞こえる。……お前らさ、どこから沸いて出て来るんだよ。昔のアニメでよくイケメン男子に群がってる親衛隊かお前らは。

 そういえば……知り合いの女子生徒から聞いた事があるけれど、この「眼鏡を上げる」仕草が大変お気に入りだという子が多いそうだ。


 まったく……モテる仕草とか最早オレにはどうでもいいのに。


 っていうかまず、普通学校には勉強しに来ているわけであって、授業を受けに来ているわけで……

 先生が居るからにはまず授業を聞けと思うのはオレだけなんだろうか。

 オレは気を取り直して言った。


「次回提出の自由課題についてなんですけど……ドリュアスについて書きたいんです」

「あぁ……ドリアード、とも呼ばれる木の精霊のことか」

「はい。それで、図書館やネットなどで調べてみたんですが、あまりわかりやすい資料が見つからなくて困っていて……何かいい書籍って……ない、ですかね……」


 途中で思わず声がフェードアウトしてしまった。……とりあえず先生に話しかけたくて言ったのがモロバレだ。先生に聞く話じゃ決してない。

 といっても、困っているのも事実だった。

 この間図書館に行った時はその系統は全て貸し出し中と言われたし、ネットに関しては曖昧な資料しか引っかからなかった。


 ……アホらしい。

 まったく持ってアホらしいよ自分。

 どうしてこういうときばかりついてないんだろう。


「なのでよろしければドリュアスについて、何か良い資料などがあれば、是非貸していただきたいんですけど……」


 なるほどね、と時永先生は顎に手を当て思案顔になった。うわ、すごい絵になるポーズだ。


「きゃあああああ!!」「すっげーあのポーズかっけぇ!」

「あ、くそ! メモ帳のページがっ」

「なるほど、あぁやっとけば女子のハートを……グギギギギギ」   


 ――でもさあああ!! 顎に手を当てただけでおまえらうるせぇええええええ!!!!!

 そう心の中で叫ぶオレに、先生はなんでもないように言う。


「残念ながら学校には持ってきてないんだけど……僕の家には確かあったはずだよ?」

「あ……ほ、本当ですか?では次回の授業の時にでも……」


 オレは拳を震わせながら、できるだけ笑って返事した。……落ち着け、自分。

 このままでは怒りの矛先が違う方向に……


「いや、善は急げというだろう? 知りたいと思った情報はすぐに取り込まなければ脳に定着しないという話もきくじゃないか。だから……ええと、そうだな……」


 時永先生はポン、と手を打って聞いた。


「……植苗くん、今日何か予定はあるかい?」

「え? ……今日、ですか?」


 頷かれる。

 ……いや、まぁ特にない。

 強制参加の行事もないし、後は帰るだけだ。


「あ、あれってまさか……デートのお誘いってやつ?」 「どういうことなの……」

「植苗のやつ、とうとう抜け駆けしやがった……」

「まさかのBLフラグだな……ふぅ、いただきまーす」


 ――お前ら皆死んでしまええええい!!!


 っていうかデートとかBLとかいった奴……後で覚えてろ。屋上だ屋上。



「……と、特、には……!」


 誰かオレの代わりにあいつらを殴れば良いと思う。今ならきっと報酬にピンピンの五千円札まではポンっと出せる気がするんだ。

 時永先生は言う。


「なら、僕の家に遊びに来ないかい? 僕もちょうど午後の予定はあいているし」


「「「キタ――(゜∀゜)――!!!」」」「ひぇえええあふううううう」

「植苗死っねぇええええええ!!!」「いや、私ならコロス!絶対コロス!!!」

「ごごごごご馳走様でした!」「なぁ、そこな文芸部よ……いったいどっちが攻めだと思う……?」

「ハァ、ハァ! 重要なイベントが発生したようだ……!」


 何か……何か歓声やら怨念やら腐った女子の香りやらギャルゲー脳の雑念を感じるが!!

 いやまぁそれはさておき、怒りも吹っ飛んだ。()()()()だって!?


「い、いいんですか?」



 ……すっごく面白そうだ!



「もちろん、植苗くんには是非来てもらいたいね。あぁそうそう。一度家に帰らなくても平気?」


 オレは思わずガクガクと首を振っていった。


「大丈夫です、平気です!」


 その答えを聞いた時永先生は満足そうに笑ってオレの背中を叩き、職員室へと向かった。


「お持ち帰りですねわかりまーっす!」 「くそがぁあああああ」

「植苗なんかのどこが良いんだよ! ちんちくりんじゃねーか!」

「氏ねチビ」   「金魚のフン太郎!」 「ばーか!」


 ……うわぁ、色々と聞き捨てならねぇ。


「ちょっと荷物をとってくるから、君も荷物をまとめたら、昇降口に来てくれる?」

「あ、はい!」


 オレは手を振る先生に手を振りかえし、慌てて教室へと舞い戻……ろうとして、やはりまたアホの集団に囲まれた。


「植苗くん、ちょっとこのタッパーに先生の家の庭の土取ってきて!」


 先生の家甲子園かよ!?


「先生に手ぇだしたら承知しないからね!」


 どういう意味!? お前も腐ってるの!?


「植苗、後で僕にレポート100枚提出な。楽しんでこいよ。」


 提出するかアホ!


「頑張ってお前はイケメンになる極意を持ち帰るんだ!俺たちの青春はお前にかかっ……」

「お前らいい加減にしろよ!!」


 ああああ……

 まったく、大変なことになったな……先生の家にいけるのは嬉しいけど……これ、絶対卒業まで。いや卒業してから後もずーっとネタにされ続けるネタだぞ。こまったなぁ。

 そう思いながら若干ニヤけて頭をかく。

 このときオレは、実を言うとちょっとだけ得意になっていた。








 ……そう、このときはまだ。

 自分はただ、遊びに行くだけなんだと……そう、思っていた。

 それだけならどんなにか良かっただろう。

 ……あの人がもし、あの頃自分の思い描いたとおりの人だったなら。

 自分が、あの頃の自分のままでいられたなら。

 どんなにか、楽だっただろう?


 今となってはそう思うし。

 勿論……今更そう思わないような気も、確かにするんだ。



【(現時点での)キャラクター紹介】


・植苗イツキ


高校3年生。18歳。

身長は男子にしてはかなり小柄の155cm。

聖山学園で「説話」を教えている講師・時永の大ファン。

ただ、学園内によくいる「人気者のイケメン教師」が好きな生徒というわけではなく、見た目やふるまいよりも彼の授業の純粋な『分かりやすさ』や『面白さ』に心を奪われ深く納得した末、尊敬を通り越してもはや心酔の域に達している模様。

将来あんな大人になりたいなー! とは漠然と思っているが、時永の裏の顔はまだ知らない。

好きなことにはとことん打ち込み、嫌いなことはとことん身の入らない性質。

……ある種、とても純粋。今は。

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