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10.どこかの城の中


「……アポロン」


 ……静かな声が響き、白い影は振り向いた。

 王子自らによる「居住区の夜の見回り」。いつもの日課だが、それを知っている者は意外と多くはない。だが別段やっていてもおかしくないというのが、城内に住まう誰もが思う彼の印象だ。


 「頑固で意地を張っている」。「プライドが高い」。そしてそれに見合うだけの「リムトーキ」も「体力」も、「座学的な情報処理能力」も「実力」もある。

 それも単純に()()()()のみで手に入れているときたものだ。才能云々でないというのは少し彼の性格を知っていればよくわかる。もっとも、その「地位」だけはただの偶然だが。

 ……彼の対外的なイメージなど、そんなもの。


 故に無茶をしても怒られない。それだけの地位はある。

 勝手をしても目を瞑られる。それだけの実力はある。

 ……だからこそ彼は自らの領域の手入れを怠らない。獣に例えていうならば、「縄張り」内での勝手を許さない性質。


「……」


 仮面を上にずらし、彼はこつりと音を立てた。……そもそも彼はこの王族の出身ではない。生まれた家系が特殊だったせいもあり、足音を立てるようには躾けられていないのだ。今の足音は、「ここにおりますよ」という合図だった。

 薄暗い廊下の突き当たりには、少し大きな広間が続いている。ゆらゆらと揺れる蝋燭の傍で椅子に座り手招きするのは高貴さと威厳、そして大らかさを感じさせるやせこけた老人だった。


「……何か、御用でしょうか?」


 アポロンは静かに問う。彼がこんな丁寧な物言いをするのは父以外を置いて他にはない。例外があるとすれば元来王位継承権が渡るはずだったあの「姫」ぐらいだろうが……アポロンは少なくとも15年以上、彼女と明確な言葉は交わしていないのだ。


「……わかっているだろうが、少し、いたずらが過ぎるのではないかね?」


 血のつながらないアポロンの父、ゼウス王はこめかみを少し叩きながら言った。……考えすぎで頭が痛い、というジェスチャーだ。

 はっ、とアポロンは苦笑いをした。


「……はて、何のことやら」

「すっとぼけるつもりか。ますますレトそっくりになってくるなお前は。頭が痛いよ」

「そっくりになっている自覚もないのですが……申し訳ありません」


 ……謝る気、さらさらないだろうお前は。

 ゼウスは息をついた。


「ともかく、話は1つだ。最近勝手に兵を使い、血眼になって来訪者を探しているそうだな」

「……ええ、来訪者を捕らえろと通達してきたのはあのクロノスですが、確かに来訪者相手に『予言』の力は通じません」


 話は本題に入ったらしい。アポロンは呼吸を整えつつ思い起こした。……アリスとタイオスが出てきてからはカウントしない。あれはもう分かり切っているので、問題はそれまでの足取りだ。


「……この国は古来より、預言師による『予言』と、西方の山裾に住むメティスの守りによってバランスを取ってきました。それがそのメティスもこの国ではなく、今はあの来訪者の側へ加担していると見ていいでしょう」

「……神は縛れないからな、仕方なかろう」


 そもそも神は自然災害のような立ち位置だ。国はおろか、人の手に置けるものでもない。


「……何を目的に来たのかは分かりませんが、このままではかき回されます」

「ほう」

「この国の運命が予定外の方向へ回される前に、どうにかしておこうかと思いまして」

「……レトのやる、『イレギュラー狩り』のようなことをしてまでかね?」


 タイオスたちに出会う以前。それまでの道中のイヌカイとイツキたちの行動、表情、その際の『風の向き』や『葉の舞い方』。あれは……そう、こちらが思ったことと沿っていない。予測がまったくもってつかない……


「何が運命だか……そういうのは動くまでもない。放って置け。この世界に害をなす存在だというのならまだしも、まだ敵か味方かすらわかっておらん連中に下手に手を出せば、余計ややこしいことになることもあろう。……頼むから、あまり勝手に動いてくれるな」

「ですが」

「……ですが、何かね?」


 ゼウスの目が、穏やかな色から少し冷たいイメージに変わる。


「向こうは異世界からの来訪者だ。いや、ただの人間が次元の壁を越えるのは、かなりのリスクがある行為だ。そう私はメティスその人から聞いて知っている」

「ああ、そういえば以前は深い仲だったとか」

「今でもだよ」


 ゼウスはふっと笑う。冷たいそれがかき消えた。


「……病が長引くと勘付いてふらりとこちらにやってくる。あの人は臆病な人だし、意地っ張りだ。外に出ること自体をあまり好まないというのに」

「……」

「ともかく、何がどうしてこの世界に来たのかは不明だが、そこまでするのは何か目的があるはずではあるし、肉体的にも精神的にもかなりの消耗をしているだろう。なに、目的を達成すればすぐに帰ってくれるだろうて」

「その“目的”が何かわかりません」


 アポロンは口を開いた。


「先ほどはレトの話もありましたし、まさかお忘れではないと思いますが、父上。私は先代預言師の血をひいております。そして現預言師、レトの血も。……私はもう一族に連なるわけではありませんが、幼少期にはこう教わりました。『見えているレールがあるのなら、外れることのないように目を見張れ』と」


 『潰せ』。昔にはそう教わった。

 ……見えた一寸先の未来にものにそぐわぬものは、全て消し去るべしと。


「……アポロン、お前はどうしてそう閉鎖的に考える? この世界の異分子は直ちに罰する、または抹殺せよ、と声高々に叫ぶ連中とは離して育てたはずだが?」

「勿論、父上の柔軟な考え方はレトのそれより正しいと私も思います。ですが昔からいる上、結局底の分かっているイレギュラーはともかくとして、来訪者はたちが違う。前例がない。……性質が見えないのです」


 ただの人間ではないことは明白だ。……そもそもアポロンとて『夢』は見ている。否、見ていた。13年前のその時もぞっとして起き上がったほどだ。

 イヌカイたちのバックボーンは知っている。だからこそ彼らがこの世界にやってきたと気付いたときは体が動いていたのだ。

 攻撃されてもほぼ無傷、自分より大きな何かをボールのように蹴っ飛ばす……あんな常識外のものは。というより、常識を蹴っ飛ばしたかのような代物は、もし本気で暴れられたら手が付けられなくなるのはもう見ただけで分かった。


「……不確定要素は、排除すべきかと」

「ほう、それは知りもしなかったなぁ……アポロン、お前は未来に怯えると言うのか?」


 ぴくり、とようやくアポロンの眉が動いた。


「未来が見えないことなど、預言の能力を持たない人間にとっては至極当たり前のことだ。……無論、この私ですらそうなのだよ。ひとつ先の未来が、とても怖い」

「っ……」


 ゼウスはアポロンの頭に手を置いた。


「この城の中、預言の能力を持つのは『預言師の血筋』から来たお前と、問題まみれの本物の預言師のみだ。しかしお前は未来が見えなくとも恐れはしない、勇敢な人間だと思っていたのだが」

「あの、それは……」

「つまりだ。来訪者もイレギュラーも、預言の能力を持たない人間にしてみれば何の害もない。差などありはせん」

「…………。」

「……さぁ、彼らと我らのどこが違うというのかね?」

「…………。」


 アポロンは答えない。ゼウスは少し笑った。目に穏やかさが少し戻る。


「……皆、たった1つの種族だ。来訪者も人の形をしておるのだろう? イレギュラーも一般人も、そして神であろうと、所詮は人間だ。育むし争う。来訪者も変わりはないよ、妙なことをしたら動く。それでいいだろう」


 アポロンは答えない。

 ゼウスは椅子からゆっくりと腰を上げる。


「お前が動くのは敵味方ハッキリしてからでも遅くはない。……私が今話したいことはこれだけだ。自室に帰って、今日はもう寝なさい」

「……わかりました」


 アポロンは淡々と答えると、その部屋を後にした。

 こつ、と足音が少しだけ響いて……それから消える。

 静寂。薄暗闇。その向こうをしばらく見て……ゼウスは少し、咳き込んだ。


「やれやれ」


 ――ひとつ、大きく息をつく。

 「血のつながりがあろうとなかろうと、あまり関係のあることではないな」。そう思えるぐらいには「愛着」を持っていた。

 アポロンは頑なだが馬鹿ではない。打てばどう響くかは分からないが、何かしら響く。そういう男だ。


 だからこそ、一応はたくさん「力」は尽くしてきたつもりだった。


 男親としてどう振舞えば正解かなど、ゼウスは知らない。

 覚えているのは遊び惚けていた先代の……子供っぽいにもほどがあるクロノスの姿のみだ。母なら一応は知っているが、自らにできることではない。


「……まったく。私の息ももう長くないことなど、とうにその『能力』で知っていように。いつまで心配させる気なのかね、あの猪突猛進息子は」


 だからとにかく「できること」をしてきた。ひとつの国の王として、そして一人の父親として、できることを。

 ……そしてアポロンもそれに応えようとしたことも何となくわかっている。彼なりに応えようと、努力してきたことは。

 ゼウスは椅子の近くに残された水の入った杯を飲み干すと、ぽつりと呟いた。


「あれもあれで根は悪くないはずだが……あれが跡継ぎとは、どうも頼りが無い……」


 若い頃の自らも大概だったが、あれの空回りっぷりも相当なものだというのは何となく予想はつく。しかも多分あれは……ごく普通には、絶対治らない。


「心配で夜も眠れんとは、こういうことをいうのだろうなぁ」



    *   *   *   *



「……父上には申し訳ないが」


 アポロンは城の中を歩きながら、静かに呟いた。


「私には、どうしてもやらねばならない事がある……己の運命を変えるために」


 ……その為にはどうしても来訪者の犠牲が必要だった。いや、あの植苗という少年は特にいらないが。ただ、「彼」の命を奪えたならば、もしかしたら。


  ――コツコツコツ。


「……ん?」


 窓の外を見ると、純白の鳥がしきりに窓を叩いている。

 こんな夜更けに活動できる鳥など、フクロウぐらいしかいないはずだが……


「どうした?」


 アポロンは窓を開けると当たり前のように鳥を中に招き入れた。

 そう……これはアポロンが日常的に使っている「特殊能力」の類だ。生き物ではないのだから、夜目なんてどうとでもなる。


 アポロンは鳥に触れると、言葉を発した。



「……これは」




【(現時点での)キャラクター紹介】



・アポロン


 イツキとイヌカイのやってきた世界「神界」にある人間の国の一つ、コンセンテの跡取り王子。

 現在の王様であるゼウスとは血のつながりはなく、「未来を断片的に見る」という能力を持つ「預言師」の血筋から養子に入っている。トレードマークとして白いマントを羽織っており、顔には仮面。


 「預言師」はそもそもコンセンテ国に危機が迫る前段階で未然に対策を取る為に特化された能力を持つため、いわば王に伝える専属アドバイザーのような立ち位置……そこからいきなり跡取りに選び取られて王子にランクアップした彼の幼少期のシビアさは推して知るべし。多分えらい反発があったと思われる。


 イヌカイと同じ「魂の型」を持つ。

 その為、彼の過去については熟知している(夢で見ている)のだが……なぜか現在、イヌカイを殺戮対象としてロックオン済。

 その下の顔は、魂由来なのかイヌカイに似ているようだ。

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