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9.たぶん、確実に、じゃなかったらおかしい。



「いやぁ、やっぱり手伝いが多いと助かるわぁ」

「「………。」」


 現在2人がいるのは先ほど泊まった宿からはさほど離れていない、古びたパン屋だった。しかも何かメティスと個人的な繋がりのある店のようで。


「はいー、メティス様んところの紹介でしょお? いいよいいよお、働いちゃいなあー」


 ……とやたら間延びしたGOサインを言葉一個も交わしていない間から言われたので、イヌカイは思わず初対面の内から渋面をつくってしまった。


 ――おい、大丈夫かこれ。色々な意味で。


「住み込みで朝昼晩食事つき、給料はよくわからないけど高めらしい……そんで時折ボーナスもあるかもで……ええっと」


 いきなりのことで戸惑ったが確かに、動かないと始まらないということもある。

 いつまでこの世界にいるかすら分からないのだから、確かに現実的に考えて「金」は必要だ。

「制服あるんすか」「ないっす」という最早バイト感覚のやり取りを思いだしつつ、イヌカイはようやく言葉を発した。


「……あの、すんません……もしかして結構な好待遇じゃないっすか、随分……?」


 メティスがこそこそと囁くように返した。


――『……あのノリのよく分からない店主ね』――


「いやノリが分からんとか言うなよ、いきなり。あんたが分からんでどうすんだよ」


 知り合いみたいだったぞあれ? どう考えても。


――『昔からああなんで諦めてください。なんかこう、何考えてるか分からないふしがあるんで』――


 いや確かに分かりませんけども!


 イヌカイはちらちらとそっち側を見ながら思った。……さっきからノリが軽くてあらゆる反応が雑というか。緊張感も気迫もなさ過ぎて働いてるというよりその辺うろうろしてるようにしか見えないというか……

 パン生地っぽいもの作りだしたと思ってもなんか、すっごい雑に粉混ぜてて「あ、死ぬほど入ったわ。まあいいや」とか言ってるからすごいこう、色々不安になるというか!



「…………ほげー」



 ……ってかまず目がいっつも遠くを見てて現実社会を直視してないような雰囲気出てるんだけど、色々と大丈夫なのあの人!? この世界に生きてる!?


――『昔からそういう人なんですよ。変に浮世離れしてるというか人間かどうかも怪しいというか……』――


「えらい言われようだな、おい」


――『今回の話が通ったのもあの店主のいい加減な人柄のおかげですよ。何せシンキングタイムゼロ秒でしたから』――


「……ますます不安なんだけど何? 俺たちそんな考えなしの下で働かなきゃいけないの?」


 あと今窯に入れたの何だ。知らない間にダークマターが生成されてんだけど。クッソレインボーなんだけど何あれ。パンだとはとても思えない。


「いや、まあ実際いい加減だよね……」


 イツキがローラーをコロコロしながら呟いた。


「普通こういうのって私服でやらせないじゃん。急な話で用意も何もできてなかったとはいえ」


 そう、今更だが突っ込みたい。何これ。

 イヌカイは遠い目をした。目の前の光景にすっごい違和感がある。

 「せめて服の埃とかはたかせてよ」とイツキが言った瞬間に渡されたのがまさかの粘着ローラーだったのだ。


 ……あれだよあれ。絨毯とかのゴミとるやつ。


 「嘘だろ!」「よくあるー!」と2人して叫んでしまったのは言うまでもない。

 イツキも知っていたようなので聖山で行った工場見学でもそうだったらしいが、食品を扱うところでも場所によってはあのローラーを渡されることがある。

 それで外からゴミを中に持ち込んで商品に混ざらないように、軽く衣服表面のチリを取るわけだが……だがまさか異世界に来てまで埃取り粘着ローラーを見る羽目になると思わなかった。


 これがあれか、メティス曰くの「地球をパクッてる」の一端か! 便利なものはそのまま模倣した結果、絶対こんな珍妙なことになってんだよこれ!


「……神界ローラーどうよ」

「取れるね。……いやでも粘着ローラーだけで綺麗になりましたーっていうのもさ、なんかアレなんだけど」

「……イツキお前、もしかして意外と衛生感覚きっちりしてる方?」

「もしかしてって何イヌカイ」

「いや、汚れても割と平気なイメージがあるから」

「平気になったんだよ土に生えてるんだから」

「ああそうか」


 ため息をついたイツキは若干遠い目をし始めた。


「とりあえずじいちゃん家が一応、飲食店だったからさ」

「なるほど、それでそういうきっちりした感覚が身についたと?」

「ほとんど趣味みたいな話だったけどね」


 そのまま厨房入ったら怒られたもん。そう言ったイツキにイヌカイはぷっと笑った。


「なんだ、じゃあ意外と接客とかの経験もあったりすんのか?」

「しないよ、手伝いというよりかは店を遊び場にしてた単なる悪ガキだったもん。……そういうイヌカイは?」

「俺は残念ながらあるんだなー」


 へへっ、と得意げに笑いつつガッツポーズ。


「……こう見えて鉄板焼き屋でバイトしてたからねえ、大学時代!」

「うわっ、似合いそう。目の前でお好み焼きとか焼いてくれるやつだ!」

「そうそう。もんじゃとか焼きうどんのが得意だったけどな!」

「ええええ作ってよ! エプロンのサイズあるでしょ今なら!」

「いやエプロンどうこうよりまず鉄板……いや……」


 ……そもそもの話。


「お金ぇ……」


 イヌカイは呟いた。……今の状態では粉すらない。いや、小麦粉はあるだろうが売り物のそれを流用できるわけもない。


「そうだねー……」


――『……逆にいい加減でよかったでしょう?』――


 メティスの問いに、二人は頷いた。


 ……というかあくまでも地球基準の話だが、粉ものに使えそうな鉄板が家庭にある様なんてあまりない。庶民的な粘着ローラーが模倣されるような世界だ。神界でだってその辺りも同じかもしれないと考えれば、夢が潰えるのも無理はなかった。

 イヌカイの得意技を見られるのは少なくとも、随分先の話だ。



――『とにかくいくら私でも、2人分の宿代をずっと払い続けたら破産しますし、神様から人殺しを差し向けられるような人間が普通に働けるような場所はそうそうないし……野宿を繰り返してもやっぱり絶対お金は必要になりますし。資金難がそのうち確定することは分かり切ってますから、お金が入ってかつ宿代わりにもなるいいプランがないかと最初は相談したんです。現実的な一般庶民枠でここの店主に』――


「……あれが現実的な一般庶民なのかはよく分からんけどな」


 イヌカイの呆れた声を聞きつつ、「多分シンキングタイムゼロ秒だったのメティスのせいだよな」と思い至ったイツキは首をひねった。

 ……だっていくら深く考えないタイプだからって、こんな判断材料がゼロな人間にごく普通に敷居を跨がせるのは正直おかしい。自分で持ってる店だぞ……?


――『……相談したらもう一言でしたよね。「ウチくるぅ?」とアホみたいな顔をしながら任せろと親指立てられて』――


「……なあ、せめて何も考えてない顔って言ったら?」


 アホはさすがに直球すぎる。確かにこのパン屋店主、顔つきがひどい。ぎょろっとした大きな目がどこを見ているか分からないので無性に不安になるし、口調も声の調子もなんかすっごく気が抜けるのだ。


 と、そこに店主の間延びした声が聞こえた。


「あー……なんか、びみょーに焦げたわー……」

「「焦げたの!?」」

「ま、いいわーあ……」

「「いいのぉ!?」」


 どうみても個人経営の癖に、ぱっと見こだわりも何もあったもんじゃないのが残念過ぎる!!


「イツキ……真面目に思うけども、この世界ってあれで生きていけるんだな」

「なー……」


 更には売り物のパンに対するネーミングセンスがひどい。

 だって最初、初対面でいきなり賄いとして「朝ごはんやで」と口に突っ込まれたものが何だったと思う?


 ……商品名、「謎のパン」ですよ。


「こ……これなんすか……」

「……謎のパン」

「謎のパン!? ……すんませんもう一回いっすか!?」

「謎のパン」


 そんなやり取りを経てここにいる自分たちの行く末を考えながら、イツキは遠い目をした。……オレたちいったい、何を食べさせられたんだろう……


「というか、何を売るんだろうオレたち……」


 だっておかしい。見た目はあれだ。見た目はあれなのにめちゃくちゃ美味しいのだ。

 『何が入ってるのか分からないのにめっさおいしい』という妙な感触を誰か一人でもいいから味わってみてほしい。すごい不安になるよ。

 だってこの「謎のパン」、色もおかしいから。すっごいなんか、岩絵の具みたいな灰色してるから。


「ヤバいもんじゃないと思いたいな……」

「というかイヌカイの場合はさっき調理場に手招きされてたし、分かりそうなもんなんだけど?」

「いや分からん……既に灰色だった。結局あれなんのパンなんだよ……」

「ゴマかな……」

「ゴマと思いたい……」

「メティスの見解は?」


 メティスの返答に期待を寄せる2人だったが、当のメティスでさえ。


――『……よ、よく、分からないですね……?』――


 困惑した声色でこんな感じである。……現実なんてそんなもんなのかもしれない。巧くいくわけがないのだ。そうに違いない。

 ちなみに横に積んであるパンも何か色がおかしい。緑色とオレンジだ。そしてその奥にようやく「普通の色」をしたパンが見えるのだが……あれはあれで逆に意味ありげに見えて恐ろしい。


「……店長、あの蛍光グリーンとオレンジと普通の丸いの、あれなんていうパンなんすか」

「えー……『たぶんパン』、『確実にパン』、『パンじゃなかったらおかしい』」

「もう嫌なんだけど。不安煽りまくってんだけど」


 この世界のパン屋はもしかしてこれが普通なんだろうか。というかなんでこんな地獄みたいなパン屋ができちゃったんだよ、本当にパン屋なのかなここ……?


「……ちなみにですねイツキくんや」

「何ですかイヌカイさんや」

「さっき焼きあがったのがちらりと見えたんだけどさ、普通のフランスパンがあるんだわ」

「いや最初っからそれ出してよ店長。怖すぎるだろ。結局何食べたんだよオレたち!」


 店主が遠くを見つめたような表情でようやく答えるのが聞こえた。


「ゴマだよ」

「あ、やっぱゴマだったの」

「死ぬほど入ってーよ」

「致死量みたいな連想するから止めてその言い方」


 ゴマの食べ過ぎで死ぬとか絶対嫌だ。


「というか本当何やったのメティス……なんでこんなお店と変なつながりがあるの」


――『パイプですよパイプ。特に外が怖すぎて出ない私にとっては昔のつながりがものを言います。もうブルンブルン言います』――


「何がブルンブルン言ってんだよ……というかあんた、引きこもりみたいなこと言ってんじゃねえよ今更」


 こんなアグレッシブな引きこもりがいてたまるか! そうイヌカイが言った途端、店に客が近づいてくるのが見えた。思わずびくつきながら挨拶をすませる。


「! い、いらっしゃいませー」

「……? あれ、いつもの主人は……?」


 客の不思議そうな声に、イヌカイはおや、と客を見た。……マントのフードを深く被り、男のような格好をした客。

 しかしよく見ると体つきは華奢で、声も落ち着いてはいるが高く……どうやら女性のようだった。


「あぁっ」


 店の奥に引っ込んでいた店主はちょうど良いタイミングにひょっこりと顔を出した。


「いーらっしゃーい!」

「「うわ」」


 イツキとイヌカイは呟いた。ぎょろ目の店主、基本は真顔なのだが、この客を見た瞬間にすっごい笑顔になったのだ。……差が激しい。

 営業スマイルなのかもしれないが、ちょっと雰囲気が違う。どうしよう、あの店主が読めない。っていうかどういう人間性と取っていいのか分からない。


「久しぶりだねぇー、元気にしとったかなーあ」

「ああ店主! すまない。最近風邪をひいてしまってな、暫く外に出られなかったんだ……」


 フードを被った女性は少しホッとしたような声を出した。


「えーよー、気にせんとお大事にー。ウチで働いてるわけじゃなしに、お客さんだしなー。……そうそう働くといえば来ないうちにほらあ!」


 気の抜けた喋り方の店主はこれまた力の抜けまくった手で、スカッとイヌカイの背を叩いた。


「お手伝いしてくれる若いのをやとったのよ。ほーらノッポのほう、挨拶挨拶」

「ノッポのほうって……ああ、はい、どうも」

「あぁ……それで」


 どうやら常連の一人らしい女性は戸惑いつつ頭を下げる。


「そう、このノッポとー」


 ……イツキが何かに気付いたように表に出る。手には長箒。


「どした? イツキ」

「うん、ちょっと……」

「今店の前に掃除道具持って出てって、背中に哀愁漂わせてるチビ助小僧と、2人」

「背中に哀愁!!」


 なんかちょっと可哀想な言われ方してる!


「アルバイトというやつだったのだな……えっと」

「あぁ、俺は犬飼元です。向こうのは植苗……って」


 ぶん! ぶん!……風を切る音がして全員、また店の外を見た。

 イツキの様子がいつも以上におかしい。長箒を振り回したり叩いたりと随分な暴れっぷりを見せている。


「何やってんだあいつ……」

「……ああ、ありゃ……」


 ……よく見ると何か黄色いものが飛んでいるが、あれは……


「ハチだろ、店のまん前に巣をつくっとー」

「は?」


 店の前に、蜂の巣?

 平然と言ってのける店主にイヌカイは思わず聞き返した。


「えっと……何、ハチ? 虫の?」

「うん、虫の」

「しかもこれ、スズメバチってやつね!」


 イツキが半ギレ状態で長箒を振り回しながら答える。


「かつてオレのほっぺたに止まった瞬間、誰も近寄らなくなった思い出のバイオレンス昆虫だね!」

「いやすまんイツキ、そのせつはすまん! ……っていうか撤去しましょうよ何やってんの!? 客がアナフィラキシーショック起こすぞ!」


 イヌカイが言うと、店主が苦笑する。


「いや、なんというか相手するのもめんどくさくてなー。もうそのまんまでもいいやー……」

「よく、ないからッ!」

「ああ、あれがハチというのか……長年通ってて気づきもしなかった」

「鈍感ですねお客さん?!」


――『……言い忘れていましたがその店主、いい加減通り越して超のつく面倒臭がりでもありますから、やりなれた仕事以外はあまり自発的にやろうとはしません』――


 い、言い忘れるな――!!? イヌカイは心の中で短く叫んだ。というかそれでよく客商売が成り立つもんだな、おい。

 こそこそと耳元で囁くようなメティスの言葉に、もはや返す言葉は見つからない。


「……えっと、ちょっと失礼」


 呆れっぱなしだったイヌカイはようやく動き出すと、カウンターから店先へ出てずっと箒を振りっぱなしのイツキに手でメガホンを作った。


「あー……こちら店内担当、こちら店内担当、申し訳ないがイツキさん、蜂を追い払うだけじゃなくてもうなんか、どうにかして巣を潰してくれないですかね? オーバー」

「なんで無線風なのでしょうかー。あとイヌカイ、オレを助けようという気はないんだね?」

「……うん」


 ……微塵も。イヌカイは指を立てた。


「……任せたァ……」

「なんッッでどや顔!? いっそ清々しいよ! はいはい、了解っ!!」


 イツキは辺りに誰もいないかどうかを確認したのち……箒を大きく振りかぶる。


 ――ぐさっ!

 どすっ!

 ……しゅおぉんッ!……


「はい、終わったよ!」

「早いなオイ。効果音3つで終わったぞ……」


 遠くにはぺちゃんこになった挙句にすっ飛ばされた蜂の巣が見えた。


「ああいうのって巣を全面的に叩き潰して女王蜂をやっつければ、あとは自然に蜂の巣の中で社会崩壊するからさ。後は巣の残骸を路地裏かなんかに放っておいて暫く近づかなければ安心できるよ」

「さすがだねお前は。暇を持て余して目の前に止まってたセミの観察を死ぬまでやってただけあるわ」

「好きで観察してなかったけどね!!」


 その場からずっと動けない生活が13年間も続けば、そりゃあ闖入者の観察が趣味になるに決まっている。


「……あ、ところで刺されなかったか?」

「今更心配するとか何なのこの人……!? ま、まあ、今のところは」


 まあ、さされる怖さが微塵もなかったイツキもイツキでおかしかったのだが。


「終わったかー?」


 のほほんと店主が近づいてくる。

 そしてその後から客がいきなりずばばっと追いかけてきた。


「き、君、凄い早さだったな!!」

「えっ」

「ハチってあれだろう! 刺されたら痛いのだろうっ? 本で読んだぞ! そんな相手に臆さず果敢に挑むとは、まさに勇敢としかいいようがないぞっ?」

「え? あ……ええー。いや、その……」


 何故か興奮している客の言葉に照れるイツキを放置し、イヌカイがため息をつきながら聞いた。


「……まあ、ハチ云々はさておきまして。営業妨害の種も無くなったことで話を戻しましょう。何をお買い上げになられますか?」


 店の中に入りながら面倒臭そうに聞くイヌカイに、客はなぜかクスッと笑った。


「そうだな……じゃあ『ながいの』をひとつ」

「長いの?」

「はいはーい、いつものね。ほいきたどうぞーっ」

「あっ、さっきのフランスパン……っておいコラー!!」


 店主がまさかの、パンをやり投げのごとく客に放ってよこす暴挙。

 ……っておい、やっぱ雑すぎないか!


「ああっと、はい、確かに。……それじゃあお金を……」


 相手も相手で慣れたもんだな!? 普通にキャッチしやがった!!


「店長!? 今のはマジでおかしいからな!?」

「えー」

「年下でバイトの分際で言える状況じゃないかと思ったが、さすがに説教かますぞおっさん! お客さんに商品投げるって何事ですかね!」


 店主はへらりと笑った。


「だーって客まで歩いた分の体力もったいないー」

「ものぐさにもほどがあるだろ! 手渡せ頼むから!」

「たとえばだねー、今いきなり火事になったらとしたらだねー」

「いや今関係ねえですそれ!」

「逃げる体力が一番ある奴が生き残るんよー」

「話を聞け頼むからっ」


「――あっ!」

「ん?」


 ガチャン!チャリリ……

 店長のどうでもいい話を耳に入れつつ財布を出していたら手が滑ったらしく、口が開きかけの財布が床に叩きつけられ小銭が散乱した。慌ててしゃがむ客のフードが空気をうけてふわりと上へあがる。


「大丈夫で……」


 イヌカイが一拍遅れてしゃがみ、小銭を拾おうとしてふと客の顔が目に入った。


「…………すか」


「…………。」


「うああ! すまない、病み上がりだからかぼうっとしていて……本当に申し訳ない」

「あっ……えっ、あっ、いやいや……謝ることは……えっ、あの! これ、どうぞ!」


 ハッと気がつき慌てて小銭を渡す。


「……ありがとう。優しいな」


 パッ、と笑うその笑顔。綺麗な丸い、青色の瞳。


「え、ええ……?」


 ……なんつー、美人だろうか。

 一度意識し始めるとにこりと穏やかに微笑む客が妙に艶っぽく見えて、イヌカイは思わず目を閉じて首をブンブンと振った。

 落ち着け自分、今は曲がりなりにも仕事中だ。

 客はそんなイヌカイに代金を手渡すと、おもむろに立ち上がりフードを目深にしっかりと被りなおした。


 顔がまた隠される。


「では、また来る。……2人とも、また」


 客はそう2人に向かってまた微笑みかけると、ゆっくりと店を出て去っていった。


――『あの客……?』――


「ん、どうしたのさメティス?」


 イツキが聞くと、メティスは暫く考え込むような空白を開けて……ようやく言った。


――『いや、なんでもないですよ。気にするほどのことでもない』――


 ……さて、これからどうなるのかがますますわからなくなってきたな。

 メティスは心の中で呟き、ため息をついた。


 この2人だけでも未来が見えないのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて……ぼそっとメティスは呟いた。



――『……どうなることやら』――



「い、イヌカイ、とりあえず今掃き集めたゴミ捨てたいんだけどどこ置くか知らない……イヌカイ?」

「………」

「は、鼻血出てるぞイヌカイー? 何―? 何想像したー? 戻ってきてー、おーい、とりあえず鼻血ぬぐったらー?」


 店主が真顔でしみじみと言う。


「……青春だぬぇー」

「ぬぇーって何ですかてんちょぉー……!?」


「……あ」


 ぼけっとしたまま微動だにしなかったイヌカイが、ようやくぴくりとふるえて息を吹き返した。


「あっようやくイヌカイが我に返った」

「えっ、あれ、鉄の味がする……おあーっ、何で血―っ?」


――『店主、否、店長』――


 メティスはため息をつきながら言った。


「ほいほいー」


――『ティッシュ持ってきて』――


「ティッシュもあるのこの世界!?」


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