8.無茶振りにも程がある
……昨日、イツキは道中で見事に寝落ちした。イヌカイはそれを背負ってどうにかお宿にチェックインできたところまで覚えているのだが……
「…………うん」
とにかく体を休めようと横たわった途端、ものの見事に爆睡してしまったことを痛感した。……ああ、いつの間にか明るくなっている。イツキを笑っている場合でもなかったらしい。
というかやっぱり何だかんだではしゃいでいたのだ、自分たちは。今頃になって違和感と軋んだ感触に気付いたイヌカイはあくびをひとつ、かみ殺した。
「そりゃあそうだ、関節の位置とか、筋の使い方とか違うから……」
普段使っていない部位を使えばそりゃあ違和感も出るはずだった。むしろ変な痛め方をしていないのが奇跡だ。軽い筋肉痛程度で済んでいるのがそもそもおかしい。
「あとあれだな、今更思ったけど内臓とか消化器とかズレてない俺? 大丈夫?」
イヌカイの場合、3メートル近い大きさから180センチに縮んでいる。
体積からして変わるのでそもそもが質量保存の法則を軽く無視していた。体重計に乗ったら意外と重かった、とかそういう話なら別なのだが……ともかく外はきれいなもんでも、中身も正常かどうかは知らない。
「イツキ、イツキー、頼むから起きろー、起きてくださーい」
「……あと5分……」
「テンプレ言うな」
「……3分……」
「カップラーメンか」
「ほっといてよ……」
寝ぼけた声が布団から返った。
「……だってオレ、横になって寝てるのが奇跡だよー……?」
「お……? おう、じゃあ体起こすのも奇跡だな、あたっ」
スカポンッ! と頭の上に何か落ちてきたイヌカイは呻き声をあげた。頭の上をバウンドしたそれは布団越しにイツキの腹を直撃する。
「ぐえっ!!」
――『……起きましたか?』――
何というか……あんまりなモーニングコールだ。
普通に悶絶しているイツキはともかくとして、たった今「それ」が頭を直撃したはずのイヌカイの場合、この姿でも多少痛みには強い。
とはいえ、それでもビックリ感はあるわけで。
「お、おう、メティス……おは」
イヌカイはそこで気付く。……落ちてきた硬いものの正体に。
布に包まれていたらしき、棒状のそれ。めくれて、ちらりと見える反射光。
視覚情報だけでなくイヌカイの少し鈍った嗅覚がにおいを拾った。普通に金属の、刃物っぽいそれを。
イツキも寝ぼけつつ、うん? と薄目を開ける。
……見える。カーテンから漏れる日の光を反射して光る……
「よう……」
……地球だと立派に銃刀法違反しそうな、アーミーナイフが。
――『護身用です』――
「昨日のあれ受けて!?」
* * * *
「いや、あのさ? ……護身用って言われてもね?」
ようやく起きたイツキはあくびをしながら呟いた。
思っていた以上に寝起きが悪い。イヌカイが苦笑しながら返す。
「まあな。……こんなんあったところで昨日みたいなのがきたら、即終了だよな」
「相手プロだよ、プロ」
――『ないよりマシでしょう』――
「……イヌカイはどうにかしそう」
「さすがにナイフ経験はないわー」
そう言いつつも興味深々な様子で刃物を手にとって眺め始めるイヌカイ。
イツキはそれとなく距離を置いてまたぼやいた。
「……そもそも、刃物経験のないオレらにどうしろと?」
――『不安なら体でしっかり覚えてください。じゃないと命が危ないですから。ほら、一応2本あるし。使わないに越したことはないですが威嚇用にでも』――
「昨日はヒヤヒヤしましたからね……!」と、そんなふうにさらりと呟くメティスは相変わらずのクールっぷりというか、少し淡々としたいつもの言葉尻というか。
「だからって……ねえ。それにしたって無茶振りにもほどがあるって、普段そういう機会のほぼない地球人に」
……ごく普通の手ですら久々すぎて、きっと包丁ですら持つ手が危ないってのにさ。
そうぶつぶつ言うイツキにメティスは言う。
――『まあ、あなたなら大丈夫ですよ、腕のつるだってすぐに実戦で使えてたじゃないですか』――
「いや、つる経験は一応あるんだけど」
ってかつる経験ってなんだよ。
――『でも一応、相当いじってあるので……勝手は多少違うでしょう? 使ってるときの感覚とか』――
「まぁ、それは……」
イツキはため息をついた。……いじってあるとか普通に言うな。
というかそもそも時永にしろメティスにしろ、人の見た目なんてちょいと頑張れば変えられるものでしかないのかもしれない。
いや、一応これ「仮」らしいけど。完全に元には戻らないようだけども。
ぐるぐると頭の中で反論しようとするも、するだけの能力がないイツキは抵抗もむなしく結局言いくるめられたような形になりつつあった。
……何となくその頭の中が見えた気がしたイヌカイはニヤつきながら目をそらす。
――『で、そっち……早くも適当に振り回してるあなたは持ち前の運動神経でなんとかなるとは思うし』――
「えええ、俺に関しては一言で片付けやがったわ、この女神……」
確かに実際、試しではあったが……ポーズだけではあってもそれっぽい動きは出来ていた。「なんでそんな慣れてんの……」と引き気味のイツキに得意げにイヌカイは言う。
「イツキ、一応ヒントいうとあれだ……」
「どれよ」
「……小中で掃除当番すっぽかして箒でチャンバラやってたタイプのバカならどうにかなるかもしれん」
ああ……イツキは納得した。
つまり、あんたは昔、そういうバカだったと。
「……ごめんイヌカイ、申し訳ないけどもオレ、そういうバカは真っ先に叱り飛ばす方だった」
「ああー、ギャーギャー言いそうー……ってかな! だったらだったで別にいいんだよ、でもその真面目さを他のところに向けような、お前!」
「オレに理数系教科を勉強させるの自体がそもそも間違ってる」
なんの話なのかをすぐに察したイツキは真面目な顔で返した。
……若干胸が反る。後ろに。
「いや、誇るなー!?」
……まぁ、うだうだ言っててもしょうがない。割り切ろう。
「……とりあえずだよイツキくんや。色々この先不安はあれど、それはひとまず置いておくとして」
「うん。ふざけるのはともかく話を進めようか……メティス、オレ達はこれからどうすればいいのさ?」
――『あー……とりあえず今は』――
メティスは頭を抱えた。……そう、当面の予定。まずはそこだ。現在ミコトに繋がりそうな情報はおろか、クロノス絡みの情報ですらほとんどない。
――『……昨日の段階で、クロノスの手下には接触しましたよね? 私たち』――
「したな」
イレギュラーのタイオス。それからその姉のアリスだったか。
――『本来、私自身が彼らとやり取りできていれば、ミコトの居場所が掴めていたかもしれない。そんな予定でした』――
「うん」
イツキは頷く。
「予定」と今言ったが……うん、そうだった。ある程度の未来予測はできるんだった、この神様は。
――『私があなたたちの後ろで普通にバックアップができていて、かつタイオスたちと普通にやり取りができていたなら。今日、
明日にでも本来ならそこに行く手筈だったんですよ』――
だがタイオスはそもそもメティスと喋る気は一切なく、何より神様の力をある程度無効化する性質だった。だから……
――『今日は、正直動きようがありません』――
「あ、そーね」
「ミコトの居場所が分からないわけだしね」
――『いや、実をいうと居場所自体は分かっているんですよ』――
「分かってんのかい!」
イヌカイががばっと身を乗り出した。だったら話は早くないか!?
……そう言いたげなイヌカイにメティスは言う。
――『いや、分かってるんですが……この場合、どう言いましょうか。つまり、「鍵」や「座標」がないんです。今は』――
「鍵と座標がない……」
……つまり?
――『順を追って話しましょう。そもそもミコトは最初はこの神界に来ました。しかし、あなた達が地球から跳んだ直後ぐらい
には既にどうも、別の場所にいたようなんですよ』――
「……っていうと、ここにきたオレたち骨折り損?」
――『いや、出入り口としてはこちら側のどこかに開いてるはずなので、ギリギリ骨折りではないんですが』――
「どっちにしてもミコトはもうここにはいない、と」
――『はい。この神界を中継してもう一つ跳んだ……別の空間に行った形跡がある。あなたたちが地球を出発し、神界に来て目覚めるまでの間は実をいうと少し、タイムラグがあります。その、ちょっとしたラグの間……つまり、ミコトが地球から落っこちて神界を経由し、向こうについた当初の頃ならその空間を偵察もできましたし、声ぐらいなら届けられました』――
「えっ、そうなの!? ミコトの声は聞いたっ!?」
今度はイツキががばっと食いついた。――うん。イヌカイは薄々思っていたことを確信に変えた。こいつミコトに、完全に依存してやがる。いや、人のことを言えた義理ではないが。
“オレはこういう人間だ、生き物だ”――そんな自己のアイデンティティが崩れたなら、人は必ずどこかによっかかってバランスを取る。
時永邸で長らく引きこもっていた人狼が、自己より弱いイツキの存在を軸に正気を保っていたように。「こいつのためにも」としっかり者のふりをし続けたように。――心理的な、防衛機構の一端だ。
しかしこうなってくると、最早まるで後出しじゃんけんだ。
「先のことがある程度読める」という神様ならではの考えがあるのかもしれないが、そうと分かっていれば色々聞いていた。
……「ミコトの場所も分かっていたなら、言ってくれればよかったのに!」。
そう言いたげなイツキに、メティスは少し申し訳なさそうに言う。
――『こちらから姿ぐらいは確認できましたが、やりとりはできませんでしたね』――
「そ、そう……元気そうだった?」
――『どうでしょう……そのものズバリを見たのは、少しだけでしたから』――
「……」
――『……そういう反応になるというのが「見えた」から言わなかったんです』――
「ああ、そういう……」
ようやくイヌカイはこのやりとりに納得した。言おうにも情報が足りなかったから、小出しにはしたくなかったと。特にイツキががっかりするのが分かりきっていたから。――成程、神様も大変だ。人より「何か」が見える分、変なところで気を遣う羽目になるのかもしれない。
――『……ともかく、前は少しだけなら中身を見れた』――
「だがその言い方だとすぐに見れなくなったと?」
イヌカイの問いかけにメティスが頷く。
――『ええ。あなたたちが神界に到着するのと入れ替わりぐらいのタイミングで、濃いフィルターのようなものがかかりました。今、この段階では神界からのそれがシャットアウトされている』――
「……どうあがいても様子はうかがえない」
――『ええ、私の力をもってしても。……一応、私の目線ではミコトは、確かにここ、神界を経由しているはずなんです。だからこの世界側に「入口」のようなものは、絶対にある。
そのはずなのですが……そのシャットをこじ開けるための「もの」がない。ミコトの現在地は漠然と分かっても、その現在地の座標までの道筋を確かに「拓く」ためのルートも見当たらなければ、道具もないというわけです』――
「ああ、なるほど……だから、鍵がないってのか。居場所は何となくわかるけど行く方法が見当たらない。……全部分かったとは言い難いが、状況的にはかなりキツイな」
――『なので、とりあえずですが』――
メティスはいつものごとく、さらりと普通に言った。
――『何も情報がないので、働き口を探しておきました。当面の生活費の為に資金集めをして下さい』――
「「……はい?」」
2人分の声が綺麗に重なった。
せい……かつ、ひ?
ぽん。
イヌカイの手が叩かれる。
……ここ13年、時永邸でただ飯食らいをしていたイツキとイヌカイは目を見合わせた。
確かに、要るかもしれない。
生活費。――そして、活動費。
「……メティス」
――『なんでしょう?』――
「オレたち、ご飯食べなきゃ死ぬよね?」
――『……。まあ、死ぬでしょうね』――
さも、当たり前のように言われてとりあえず発覚した。確かに自分たちはメティスに都合よく見た目を変えられはしたのだが。
「「都合のいい改造までは、してくれなかった……!」」
――『したら怒るでしょうに』――
「……いや、まあ……うん」
……そう、なのだが……。
……。
うん……。
――『なんでそんな複雑そうな顔してるんです?』――
「……いや、俺ら……我ながらふと思うけど、かなり面倒臭いメンタルしてんなというか」
「効率と自意識の狭間に落っこちた感じというか」
「……ね」
【(現時点での)キャラクター紹介】
・メティス
イツキとイヌカイのやってきた世界、「神界」に住む女神。
「信者が卒倒するから」という言い訳で現状は声のみでのバックアップだが、イヌカイの頭上からナイフを落とすなんてこともしている上、そもそもイヌカイたちを神界に呼んだのはこの人なので、物体を長距離移動させたり物質的に物事に介入することも一応できる模様。
地の文で「淡々としている」と書かれる程度にはクールっぽい声をしている。
神界に住まう「神」の特性上勘が異常に鋭かったり、特殊能力が何でもありレベルに使えたりと普通の人間に対しては敵なしなのだが、イレギュラーと呼ばれる「魂の欠片が大きい人間」の意思の力や妨害行為に突発的にぶち当たった場合、途端に弱くなる性質を持つ。




