7.知らない場所での初戦闘
――『おかしい……』――
「確かに、妙だな」
ようやく到着した町の入り口で、イヌカイはそう言って辺りを見回した。
入り口から商店街のように連なっている民家や、店……
その全てが、いずれも開いていなかった。人の気配すらしない。
「皆家にこもってる、とか?」
「こんな日の暮れようとしてる時間帯に灯りもつけずにか? そりゃおかしいだろ」
さすがによく見ている。イツキが舌を巻いたその時、幼い声がした。
「あーあー、失敗したー」
「……何?」
子供でもどこかに残っていたのかもしれない。だが……
「確かにそーかぁ、灯りをつけるのを忘れたねー」
「うまくいってれば、もうちょっと中まで誘導できたんじゃないのー?」
「部屋の中を覗き込んでー」
「それを後ろからグサッとー」
「「惜しかったねー」」
……フリートークにしては内容がすこぶるおかしい。片方は恐らく声変わりもしていない男の子で、もう一人は同じぐらいの女の子だ。
仲良さげにころころと笑うその音は、まるでホラー映画の詰めに出てきそうな高い音域……
「……だいたいさー、タイオス。人払い[brahaiito]をこんな広範囲にかけたりするからゴーストタウンっぽい感じになっちゃうんだよー。詰めが甘いんじゃないのー?」
「ちょっ、なんでボクのせいなんだよ!? 最初に言い出したのアリスのほうだろ!」
「別にこんな広くやれなんて言ってないんですけどー! 町の東半分が意味なくすっごい混雑してるー! わー不自然―!」
「……誰?」
イツキは絞り出すように呟く。……子どもの声とはいえ、油断がならないのは丸わかりだった。だってなんて言った、「グサッと」?
イヌカイが眉を寄せながら硬い声で言った。
「……イツキ、今のうちにひっつけ。間に滑り込んできたら多分、両方やられる」
「! っ……」
慌てて背中をくっつける。イヌカイの体温がパンクしかけた脳みそを少しずつ落ち着かせていく。
……大丈夫だ。少なくとも2人で一緒にいれば。
「…………出てくるか、何か飛んでくる感じなら逃げるぞ」
「……うん」
とりあえずメティスのように声だけではなく、ちゃんと体が同じ空間内にある雰囲気だった。近くにいるのは間違いない。じゃないとこんなピリピリした空気になるはずもない。
「アハハハハハッ、気付かれちゃったねー」
「仕方ないねー」
そこにフワッと上から舞い降りてきた人影があった。声の印象よりは少し大きい……雰囲気の似た少女と少年の2人組。
それも銀髪だ。こんなところで異世界らしさは確認したくなかった。
少年の方はぶかっとした裾の大きなアームカバー。少女の方はぴちっとしたアクション映えしそうなタンクトップにホットパンツ。……両方ともグレーに青紫のラインの入った特徴的なもの。
……まるで何かの制服のようなそれに、メティスは口を開いた。
――『……あなたたち、クロノスの……』――
「え!?」
メティスがそんな言い方をする、ということは……目の前の2人は「ミコトをさらった神様の手のもの」ということだ。
イヌカイも怪訝そうな顔で動かない。変に仕掛けてくる様子は今のところなかった上に、どうも何か喋る気はあるらしかった。
じゃないとこんなゆったりとした登場の仕方はしない。
「えへ、はじめまして! アタシはアリスっ」
「んで、ボクはタイオス。……よろしく、腰抜け地球人っ」
腰抜け地球人という言葉に少しだけ体が反応したことにビックリする。
……力がかくっと抜けかけたのだ。
「……ははっ、言葉一つで腰が抜けかけたってか」
「一瞬だったけどね」
なるほど。……これが、リムトーキ。『願望を実現する力』。
「言霊」のごっつい版とメティスが言うだけある。これをこの世界の人たちは……そしてミコトは、やたらとたくさん持っているのだ。
アリスと名乗った少女、タイオスと名乗った少年はそれぞれ指を自分へ向けた。
「あっ、ちなみにアタシが姉ちゃんで」
「ボクが弟ね」
「「この世界には珍しい双子だから、どっちがどっちだってそう変わりはしないけど!!」」
ばーん!! と効果音でも流れそうな合わせっぷりだった。
台詞があるかのような作り込まれっぷり。うん……絶対あれ、やり慣れてる。
「……ご丁寧に台詞あわせまでしてどうも。ところで名前は親切に教えてもらったんだが……お前ら」
……「何者だ」? そんな言葉は言わずとも伝わるだろう。
メティスはああいったが、一応駄目押しの一言がほしい。だって名を名乗るぐらいだ。所属ぐらい名乗ってくれたっておかしくない。
イヌカイの言葉と一緒に、イツキが不器用に身構えると……2人はころころと笑った。
「やだぁ、そーせかさなくてもいーじゃんね?」
「そうそう、どうせクロノス様の名前出すつもりだったし、グレイの名前も出すつもりだった」
「まぁ、その前に死んでた可能性もあったんだけどね!」
「!」
やっぱり、とイツキは体を硬くする。
イヌカイはただ答えた。
「クロノスはあんたらみたいな子供を雇ってるってことか?」
声の様子はもうちょっと幼かった気もするが、見た目だけで言うなら恐らく11歳。いや、12歳程度の年齢だろう。それぐらいの発育には見えた。
といってあくまでも、イヌカイやイツキから見た地球基準での話でしかないわけだが。
「……子供ぉ?」
アリスの眉がピクリと動き、ニヤッとした笑みが強くなった。
……そういえば野生動物が口角を上げるのは威嚇の合図だと聞いたことがある。笑顔は元をたどると、「威嚇」から生まれたのだと。
「まぁ……子供だからこそだよ」
タイオスもまたぴくりと眉を動かした。
「無邪気に見える子供だからこそ、相手は油断するんだ。ほら、バカにすると」
スパン!! と後ろの看板に穴が開く。
「……ああなるから、注意しなよね!」
「ふふふっ、こう見えてもアタシたち、結構凄腕なんだよ?」
チンピラと変わりねえじゃねえか、ちっちゃい割に!! ……冷や汗を垂らしながら内心、イヌカイは叫んだ。
とりあえずこの膠着状況、どうにかしねえと……!
「地球人は知らないだろーけどね、ボクらの本業は一応、殺し屋ってやつなんだよね。……クロノス様にとって邪魔になる存在を消すためにいる」
「子供だからすぐ死ぬとか、力がないとか……そんなことは……」
アリスは少し目を細め、もっと深く笑った。
「ずっと生き残ってきたアタシたちの前では、一言たりとも……ゼッタイに言わせないぞっ♪」
「からかって言うなら殺すよ? ……って、ことで」
「「めんどくさくなってきちゃったから、ご挨拶終了しちゃっていいよねッ」」
「ぬぉっ?!」
イヌカイが見えない何かにすっ飛ばされた。恐らく何かの飛び道具だ。アリスがイツキめがけてナイフを構える。
「イツキっ」
「!」
バランスを崩したイヌカイが叫ぶより先に、イツキは左腕をつるに変化させていた。……とにかく目についた少し遠くの看板へとつるを巻きつけ、ターザンの容量で思い切り跳ぶ!!
「ていっ」
「逃がすかっ」
「!! っ……」
本当は足がすくんで、がくがくと震えている。自分よりも体の小さい子に怯えるなんて考えたことはなかったけれど、この状況は非常にヤバい。
「もっ、と……っ」
もっと早く!! ……息が荒くなる。心臓がバクバク言って仕方がない。
効率的な体の使い方なんて知らないのだ。イヌカイと違って運動神経も中の下辺り、その分つるでカバーするしかない。走るより跳んだ方が早い。
「……ぐっ……」
つるが意外と伸び縮みすることに気付いた。……そうか、うまく伸縮させれば、移動がもっと早くなる!
「変な腕ぇー。どこまで逃げてられるかなあー?」
ちらりと振り返ってしまった。ふざけた口調とは違い、後ろから追いかけてくるアリスの表情は暗く冷徹で……さながら獲物を狙う鷹のよう。
「ぐっ、あぁっ……!」
とりあえずつるを使って10メートルほどの跳躍を繰り返しつつ逃げ続けるイツキだが、多分捕まったら絶命することは目に見えている。
「め、メティス……っ」
呼んではみるが、返事はない。というか思えば途中から、ほとんど会話にも入っていなかった。
……やめてやめて。もしかするともしかするんじゃないの? ちょっと待ってよ!
「ちょーっとぉおおおおっ! メティスーっ、メティスーっ! コレを打開する方法とかなんかあったら黙ってないで助けてーっ!!」
――これってまさか、オレ、死ぬほどピンチなんじゃないの!?
そう思っていた、時。
……バキィッ!!
「えっ」
つるが掴んでいった次の木枠が、ぼろっと崩れた。
* * * *
「――地割れ[erawji]!」
その頃……イツキを追っかけようと体を起こしたイヌカイはタイオスの声に気付いた。ハッとして飛びのくと地面がバックリ裂け……落とし穴のような穴ぼこが出現する。
「っ、おおっと、威力重視かなんか? 素人の俺でも避けれるとかヤバくね? 地球産ゲームみたいに素早さとかあげねぇの?」
一瞬の判断でイヌカイは相手を煽った。……今のに落っこちていたらの話だが、恐らく深さ的に見て這い上がるのはかなり遅れるはずだ。
あの落とし穴はたぶん時間稼ぎで、その間タイオスがアリスに追っつく手筈だったに違いない。
殺し屋さんの給料形態は知らないが、まさか月給制じゃあるまい? 出来高と考えたら無駄に体の大きいこっちより、確実に消せる弱そうなイツキを優先するだろう。その方が1人は確実に殺せる。
……ああ、そうと分かればこっちだって時間稼ぎするしかなかろうよ! もうなんか怖いのは慣れてるよ、時永で!
とにかくイツキの負担を減らしてあいつが生き残る確率を上げるしかないだろーがこれっ!
「あ……あんたが普通の人間より瞬発力が高いだけだって。これでも速さ上げてんのにっ!」
案の定顔を赤くしてまくし立てるタイオスに、イヌカイはプッと噴き出した。どうしよう、イツキはおろか時永よりちょろいぞこいつ。
「ほうほうほーう? あげてんのかそれで! 大した努力だなあー! もうちょっと効率のいい方法とか探してみたらー? ってか親とかいないのおチビさん、パパママどした? 俺さっぱり分かんねーけど普通年長者から教わるもんなんじゃないのそういう戦術、姉ちゃん教えてくれなかった? というか姉ちゃん同い年だっけ、そりゃ知識にそんな差はないか、ないよなあ!」
「ぐっ……親のあるなし関係ないだろ、アリスは術より体がメインだし!」
……今度は何も唱えてないにもかかわらず、ずばんっ、と小石が飛んできて破裂した。
「あっ、そう……ガキなりに考えてんのねお前」
イヌカイはまた冷や汗を垂らし始めた。
……あれえー、これ、ちょっとやりすぎたかもしれない。
これ、あれだわ。結構怒ってるわ。怒っててリムトーキやらが暴走してる感じだわ。あの変な呪文が聞こえなかったってことは、多分今のはやろうとしてやってない感じっていうか……あれえー、どうしよう、方向転換すべきかー?
「ま……まぁいいや。んで、クロノスさんとやらはウチの子さらって何しようっていうんだ?」
「知~らない。教えちゃくれないし興味もないっ……っと、喋ってる暇あったら周りに注意向けよっか?」
「は? ……ってオイまさか!!」
イヌカイは後ろから異様な熱気が迫ってくることに気づいた。
くるりと後ろを振り向くと、無数の火の玉がこっちへ向かって飛んでくるのが見える。……マジで。おい、ちょっと待て。
「……なんも唱えてなかったよな?」
「小石がはじけたの見てたでしょ」
タイオスはニコーっと笑った。
「……ボクはひとより持ってるのが強いから、できちゃうんだよねー」
暴走も、少し意識が入ったら「暴走」とはカウントできない。
……あー、つまり、なんだ。意識的に暴走させたと。
「おっ前のが人間業じゃねぇええええ!!!」
思わず叫んで足を踏み出した。……すまんイツキ! 逃げるわ俺! もうちょっと粘れるかと思ったけど無理だ!
「――突風[otpupu]!」
ふと、誰かの呟きと共に大風が吹き、火の玉が掻き消えた。
――えっ。
タイオスは驚いたようにイヌカイを見る。
「え、俺? ……いや、別に何も」
イヌカイが言うとタイオスはカッと目を見開き、やがて眉をひそめた。
「同じ目的? ……だったら邪魔なんだけど」
「……邪魔はこちらの台詞だ小僧、勝手に私の獲物に手を出さないでもらおうか」
――カチィン!!
「!!」
高い金属音と一緒に目の前に突如現れたのは男だった。
……白い、マント。そして同じく白と銀を基調とした服に、顔を隠すためなのか仮面を顔につけた男。言ったら悪いかもしれないが、かなり怪しい雰囲気だ。
その男はタイオスに向かって刃を向けている。……対するタイオスはまるで、見えない武器でそれを受け止めたような形になっていた。
ギリギリと歯を食いしばり、男を睨んでいる。
「……いや、助けてもらったのは別に良いんだが、獲物って何だ獲物って……」
そうぼやくイヌカイを無視し、男はタイオスに向かって話を進める。
「連れの娘は帰ったようだが? ……姉といっていたか。お前は追いかけなくて良いのか?」
「……アリスを……負かしたのかっ?」
「全体的に詰めが甘いが、あの素早さは感嘆に値する。……お前は素早さがない分頭が回るらしいが……2人揃えばなるほど。お互い足りない部分が補えるというわけだ。『凄腕』もまんざら嘘ではないようだな。弱い子供の割には」
こいつ、最初から話を……? イヌカイがそう思ったときだった。
「……くそぉ!!」
タイオスが吼えると同時にバチリと火花が散った。
――「もう、我慢がならないわ」
突如聞こえたぼんやりとした声に……ぴくり、と男が動いた。
――「何年もそう……家は燃やされ、耕した畑は荒らされて……あの子たちがいるだけで……あの子たちの親というだけで虐げられるのは、もう嫌!!」
「これは、貴様の記憶か……小僧」
「……る、さい……」
――「そうだな。あの2人はやっぱり捨てに行こう。まだほんの子供だから、きっと2人だけで生き伸びるなんてことはないだろう。……勝手に死んでくれるさ」
「うる、さぁああああああい!!!!!」
「ッ!!」
……仮面の男は眉を寄せ、力任せに刃を押し戻した。
「ぐはッ……!!」
……べき、と音を立ててその手が見えない何かをつかむのを止めた。
まるで砕け散ったような音だ。仮面の男は腕を揉みながら言う。
「……無意識下での記憶の再生……リムトーキの暴発だな。やはり貴様、『イレギュラー』か。術で制御していない生のリムトーキで刃を受け止めるなんて芸当はそうそう出来るはずがあるまい」
タイオスは悔しげに舌を鳴らした。
「それも……相当に苛烈な経験をしているな、姉と共に。リムトーキは『思い』の塊だ。生で使えばその分の思いや経験、心がその場に流れることもある。」
「……何度も言うけど、うるさい。黙れ」
タイオスはそう言って息をついた。
「もう、帰る……なんか、この状態でアリスを負かしたあんたと正面切って渡り合えるなんて思わないし」
「待て」
背を向けるタイオスにまたもや厳しい声で男が声をかけた。
「なんだよ、もう負け確定なんだろ。まだ何かあるっていうの?」
「……町の術を解いて行け。後片付けはするもんだ」
「……本当にうるさいな、おまえ」
タイオスはこぼした。
「誰がボクらを縛れるかよ。……親じゃ、あるまいし」
タイオスは何事か呟くと……空気に溶けるように掻き消えた。
男がぽつねんと言うのが聞こえる。
「親じゃ、あるまいし、か……」
どこかで見たような背中の印象だった。
イヌカイはふと呟く。
「……なぁ、あんたってどこかで……」
……ハッと気付く。言葉を全部言ったような記憶はない。
一瞬、ぼうっとしてしまったような心地だった。
町には僅かばかりの活気が戻ってきていて、人の声も聞こえ始める。
……次々についていく、街灯り。
「…………。」
男もいつの間にか消えていて、イヌカイは言う。
「なんだったんだ一体……」
「おーいイヌカイぃ~」
振り向くと、イツキがようやくへとへとになったようすでやってきていた。
「おぉ、イツキ……どこまで行ってたんだ?」
「この付近2周はしたよ……途中でなんか仮面の人が間に入ってきて助かったけど」
仮面の男。
イヌカイはふと男の言ったことを思い出す。
“勝手に私の獲物に手を出さないでもらおうか”……
「……あぁ、俺のところにもきた」
「何だったんだろう、あの人」
まさかとは思うが、あの男も俺たちを狙っているのだろうか。
――『えー……ポンポンー……聞こえますかー』――
「あ、メティス何やってたんだよ!? さっきあれほど呼びかけたのに!」
イツキが抗議するとメティスはしゅんとなった。
――『すみません……タイオスが結界を張っていたので』――
「ああ、イレギュラーってそこにいるだけで神様の力を弱めるんだっけか。あれ未来予知だけじゃないんだな」
――『というか正確には、私という存在をほぼ無視していたことが通信の遮断に繋がったのかと。……彼がそこにいただけ、というのではさすがにああはなりませんよ。私を認識する気があればブツっと行くことはなかったと思いますし。要は願望と思い込みです。私を邪魔だと思ったから声が届かなくなった』――
「あいつ自身に聞こえないならわかるけど俺たちまで影響食うのかよ」
――『そうですね。まあ色々理屈はあるんですが……毎回複雑に考えるのも疲れるので、今回は運悪く地下鉄で携帯が使えなかったのと同じと思ってください』――
「何その例え……」
イツキのいつもどおりのツッコミが、混乱した頭をようやくクールダウンさせる。っていうか地下鉄のない世界の人に言われたくない。
――『とにかく、あの男ですが……声と背格好からして、結構な大物ですよ』――
「大物?」
――『あなたたちがいる、この町の属している国……コンセンテ国の王子、アポロンです』――
「アポロン……?」
「説話の授業は聞きかじりだが、アポロンって確か、ギリシャ神話の太陽神かなんかにいなかったか?」
「えっ、イヌカイって時永せッ……」
「……」
「せん……ゲフッ、セルフィッシュクソ眼鏡の授業聞いたことあるの!!」
昔の癖を慌てて回避するイツキ。イヌカイはニヤついた。
……ああ、あれをもう先生言いたくないよな、分かる分かる。あいつはもうセルフィッシュ時永だ。そういう名前の貧弱プロレスラーとでも思っておこう。
きっとファンは誰もいない。悪役をこじらせすぎたんだきっと。更にはめっちゃ弱かったから廃業したんだ。ケッ、妄想上の時永め、ざまあみろ。
「いや、あまりに授業の評判がいいから参考程度に……いやあ、悔しかったけど話だけは巧かったよな。うん、セルフィッシュ・クソヤバタンの授業!!」
――『魚要素ありましたっけ、あの悪堕ちライダーみたいな時永くん……』――
「セル・フィッシュじゃねえからね、セルフィッシュよ」
さすがに博識のメティスでも英語は苦手だったらしい。わがままとか自己中とかそういう意味だけどあれ。
――『で、アポロンなんですが、イツキは地球の神話に詳しいですよね? 説話で一時期学年1位だったって聞きましたけど』――
「マジか、そこまでだったのかお前……」
「いや、怖いんだけど、誰が情報リークしてるの?」
本当にメティスの知識の出所が分からない。確かに1位だったが……ここまでくると博識とかいうレベルではなくて、こう……何か密告者っぽいにおいがする。
「……まぁ、この世界のアポロンは知らないけど、神話のアポロンなら解説できるよ? よく太陽神の設定で小説とかゲームに使われるような気がするけど、本来は予言とか音楽、牧畜の神様……あ、それと思い出した!」
イツキがぽんと手を叩く。
「そうだ、確かクロノスも同じくギリシャ神話にいた! というか何でこんなものの見事に古代ギリシャ系の名前しかないんだよ、確かあれ、思い出してみたらメティスだっているし……」
ちなみにメティスは「知恵」、「助言」、「神託」を司る女神だ。
ギリシャ神話の最高神クロノスは話の中で、自分の息子に高い地位を脅かされるんじゃないかと常に怯えていたのだが、そこで名案とばかりに生まれた息子を片っ端から丸呑みしようとする。一応末っ子だけ助け出されたのだが、その後末っ子と一緒にメティスが登場、「飲み物をお持ちしましたー」とクロノスはメティスにお手製の毒薬を盛られ、気持ち悪くなって全部吐き出すのだ。
……あとはゲロから出てきた他の息子たちと一緒に完膚なきまで相手をコテンパンにしたら一旦そのエピソードはおしまいである。
あんた本当、クロノスに何の恨みがあったっていうんだ……
――『ああ……言ったでしょう?』――
メティスはため息をついた。
――『リムトーキ、昔は使える人がいたって。地球人にだって昔は中途半端にこっちのことが見えたんです。でも出力が安定していないからイレギュラーみたく半ば暴走気味に……時間の概念とか割と関係なしに現在・過去・未来が割とごちゃまぜになってたりするわけで』――
「あ、あれ?」
――『更には現実味のない夢を通してビジョンが見えたりするから、変に信託と勘違いされたりした挙句に地球の実在の人間にもあやかった同名がつけられたりして』――
「……うん、ちょっと待って?」
つまり何?
この、「オレが知識として知っているギリシャ神話」ってやつは……
――『……地球人の見た「夢」のストーリーと現実の出来事とが入り混じって、下手な伝言ゲームをされた結果ああなった可能性が大……』――
「……オレがあれだけ必死こいて教わったものって一体何だったのー!?」
あまりにもあんまりな『真実』に、イツキの割とショックな叫び声が響いた。
――『つまり地球のクロノスげろっぱさせた挙句、末っ子くんと一緒に集団リンチした地球のメティスがいた可能性があるんですよ。……面白いですね!!』――
「いや面白くないよ!? 何大笑いで言ってるんだよ。というかそれ、地球人も大概ヤバいやつしかいなかった可能性が浮上してくるんだけど!?」
ギリシャ神話はぶっちゃけ、ファンタジーなどろんこ昼ドラだ。あいつとあいつが不倫して本妻が怒り狂うだの、ホモにストーカーされた美少年が自殺しただのといった逸話ばっかりである。
……つまり現実の出来事が混じってああなっているのなら、史実の古代ギリシャがまずどろんこ昼ドラ状態だった可能性がある。人間関係が闇にまみれすぎなのだ。ろくな間柄のやつがいない。
「……イツキ、今更現実に綺麗さを求めてどうするんだ……」
「いや求めるだろイヌカイ、二次元だからこそいいんだろ、ああいうドロドロドラマは!」
イヌカイは悟りきったような表情で呟いた。
「……もはや俺らの存在自体がドロドロドラマじゃねえか」
「それオレたちがドロドロドラマなんじゃなくて時永邸がドロドロドラマなだけだからぁああ!!」
明らかに何か妙な過去とか闇とかかかえて仕事をしていた馬越さんも含め!
あの時永邸がドロドロなだけだから……!!
――『ちなみにイツキ、地球の神話だとクロノスとアポロンはどういう関係性で語られていますか?』――
「……アポロンはゼウスの息子。クロノスはゼウスの父親、ってことだったと思うけど」
――『この世界のアポロンとクロノスも同じ関係です』――
「え?」
――『……書類上だけのことではありますが』――
「あ、うん……ってことはちょっと待てよ、じゃあクロノスとアポロンって祖父と孫の関係ってことだろ?」
イヌカイはそう言いつつ先ほどまでの情景を思い出す。
クロノスの部下? らしき、タイオスとアポロン。
両者の間には冷たい目線と言葉しかかわされることは無かった。
「なら……なんであいつ、じいちゃんの下の人間と仲悪いんだ?」
イヌカイが聞くと、メティスは答える。
――『地球の神話ではアポロンはクロノスの実の孫ですが、この世界ではそもそもクロノスとアポロン双方に血の繋がりはありません。元々クロノスは暇つぶしで国のトップに立ったんですよ』――
「いや、何それ……暇つぶしで立つなよ……」
――『仕方ないじゃないですか、神様に逆らえる人間がいないんですもん。大方、王様ごっこでもしたかったんでしょう……』――
「俺の頭の中のクロノスが王様ゲームし始めたんだが、多分認識がズレてきてんだな」
イヌカイの途方にくれたような言葉に、メティスは真面目な調子で言う。
――『いやイメージ的には合ってるんじゃないですかね。ノリというか』――
「会ったことないクロノスのイメージがどんどん不思議なことになっていくんだけどぉ!?」
――『……で、遊びに飽きたときに国を捨てて雲隠れしたんですが、その際残されたのが当時まだ幼かった嫡男のゼウスくんでした』――
「あ、子供いたのね」
ちなみにゼウスもゼウスでイツキの知識には登場する。クロノス集団リンチの主犯格、末っ子だ。
――『ただそれから結構時間が経って、ゼウスくんはもう結構いい歳なんですよ今。なのに跡継ぎがいないわけです。だから側近の家から養子にやってきたのがアポロンでした』――
「ああー……」
――『なので祖父と孫というよりかは他人でしょうね。そもそもその前の代から血縁上の関係は冷え切ってるわけですし』――
「い、色々複雑な家庭事情がおありのようで……。」
イヌカイはそう答えてから少し思考する。
クロノスと仲が悪いやら他人やらってことは、クロノスから出た命令に従って俺たちを消そうとする理由はないんじゃないか?
じゃあ、アポロンが俺たちを狙う理由はなんなんだ? どこにある?
「イツキ、アポロンのことだが……どう思ってる?」
「どうって……まぁ助けてもらったしさ。無愛想な気はするけど、いい奴なのかなーとはちょっと考えてる。」
「……!」
人に対して不安を抱きやすいイツキが好印象を抱いている。
ということは……
「……うーん」
イヌカイは考え込んだ。
あいつは、自分たちを狙っているような発言は一切イツキに対してはしなかった。
そういうことか。
「でもいきなり現れてアリスと戦いだしたのはびっくりしたなぁ」
「!」
「しかもすぐに勝負ついちゃうし。で、アリスが逃げた後、『怪我はないか?』って聞いてきて、ないって答えたら『そうか』って頷いてどっかいっちゃってさー、カッコいいのなんの。なんだろ、一昔前のヒーロー的な雰囲気だった」
「……じゃあ、俺たちを狙うような発言は一切なかったのか?」
イヌカイが聞くと、イツキが不思議そうに言った。
「いや、ないけど……どうしてさ?」
やっぱりか。イツキに対してはなかった……となるとイツキはターゲットではないということか? なら、獲物といっていたのは……えっ。
もしかして、俺だけ?
「イヌカイ、どうしたの?」
イツキに聞かれて咄嗟に答える。
「いんや、なんでもない。……早いトコ宿行ってメシにすっか。疲れたろ?」
「あーうん、疲れた。……そういえばオレたち何時間食べてないのかな?」
「さぁな? それくらい自分で計算しろ」
……今考えても仕方がないか。イヌカイはため息をつく。
あの時自分のことを獲物といった以上、いずれアポロンはまた接触してくるはずだ。気になる答えはその時に聞くとしよう。
「いやぁ、でも異世界だよ、神界だよ。……晩御飯、何が出てくるかなぁ!」
えー、何だお前。
イツキのそんなのんきな発言に、イヌカイは思わずぷすっと噴き出した。
「……残念な話なんで一応言っとくけどな、そんなに過度な期待を込めない方がいいぞ」
「どうしてさ?」
「お前、自分がどれだけ疲れてるか気付いてないだろ、食卓に着いた途端眠たくなるに決まってる」
「就学前の子供じゃあるまいし、そんなわけが……」
ぐう。いきなりイツキが立ったまま寝始めた。……ああ。そうか。こいつ立ったまま寝るのすっごい慣れてるわそういや。
「……ご飯行くまでもなかったな」
*その後のオマケ*
「(イツキおんぶしながら)……で、メティスさんやい」
――『何でしょう?』――
「この世界の人ってなんか、人の名前だけがアレな気がするんだが、今俺たち日本語喋ってんだよな? あんたに変ないじられ方してない限り」
――『そうですね……名づけとかは多分名残なんですよね。私たちの公用語は地球の影の言語体系に依存するので、大昔は大陸東が古代ギリシャ語、大陸西がラテン語、南がエジプト語だったのが……』――
「が?」
――『ここ数百年はなぜか人口の5.5割が日本の夢を見るので、途中から徐々に言語が統一されて日本語が公用語に……』――
「っておい、つまりはあれか、この世界の人間ほとんどが夜間ベッドで日本在住してんのか」
――『そういうことになりますね』――
……ちょい待て。おかしいだろ。
現代の日本人に何があるっていうんだ。どうしてそうなった。
『……まさかあれか? ミコトがいるからとか言わねーだろうな?」
――『えっ』――
「だってリムトーキが爆発物並に多いんだろ」
――『……』――
「なんだ、どうした」
――『……今考えてみたら……あり得るから困るんですよね……』――
「あり得るの!?」
――『つまり、この大陸はミコトが言語で困ることがないように数百年前からテコ入れされていた……?』――
「怖えよ!何してんだよミコト!?」




