??.理想郷~①~
「ねぇねぇ、ミコト~!」
「ん~?」
……帰り道、バスで一緒になった2人が隣にいる。
「こないだ駅前にできたケーキ屋さんさ~」
「あー知ってる!」
「今から行ってみようよ!おいしいかもよ?」
後ろに見えているのは夕焼け。
日もほとんど沈みかけてるっていうのに、まだまだテンションの高いクラスメイト、アイコちゃんが私を寄り道に誘って笑いかけてきた。
仲良さげに肩を組んでくるのはアヤちゃんだ。
……そうだね、寄り道して。
お小遣いの入ったお財布をひっくりかえして。
甘いもの食べて。そんな一日。
ああ、なんでもない。
ごく普通の帰り道だ。
でも、こんなんだったかな?
……なんでだか、新鮮な気がする……そう思っているといきなり
「……コラ、学生諸君」
いきなり、現実に引き戻された。
……ため息といっしょに、スクール鞄が横からぐいっと掴まれて。
「うわぁっ!」
「ちょっと何すんのおっさん! ミコトつんのめったじゃ……げぇっ!!」
「……君たちねぇ」
……そこにいたのは、お父さん。
たぶん、すれ違いざまに私の鞄を掴んだんだ。
「こんな所で何やってるんだ。寄り道は駄目だって学校でも先生方が言ってるだろう、ちゃんとまっすぐ帰りなさい」
「だってぇー」
「……特にミコト? 君の担任の先生は誰だっけ?」
びくっとしてしまった。
「た、橘先生……」
というか、私に聞かなくても皆一緒、同じクラスだ。
それが分からないお父さんでもないだろう。
なのになんで私に聞くの? そう思って固まっていると……
「……だったよね? そう、しっかりものの橘先生だ。けっこう口酸っぱく言うよ?」
そう、優しい声がした。
……えっ?
私はお父さんに奇妙な違和感を感じて、目を瞬く。
あのお父さんが、人を褒めている。
……いや、普通……普通か? 普通だったよね。
むしろ褒めるタイプの人だったもん。……うん。きっとそう。
そう思っているとアヤちゃんとアイコちゃんがお父さんに噛みつき始めた。
「なんで時永先生がこんなところにいんのよ、ついてない!」
「そうだー、帰れー! 私たちはショートケーキを食うのだー!」
ぽかぽかとお父さんに向かって軽いパンチを入れ始めたアイコちゃんに、お父さんは困惑顔で……
「……帰れって。ちょっと傷つくなあ。というか僕を見てすぐ『げぇっ』はないだろ、『げぇっ』は……」
呆れた声色。……怒るのが苦手そうな、優しいそれ。
それが何故か、聞きなれない響きに聞こえた。
「とにかくだ……早い時間ならまだ道草食うのも目をつぶるけどね、もう暗くなってきている時にケーキ屋さんはないだろうに」
「はいはい、ごめんなさーい」
今の感じならふざけても大丈夫そうだ。
棒読みで謝ってみせると、またお父さんはそれをみてため息をついた。
「ねー、そういえば先生こそ何やってるんですかー?」
「ん? いや、その……」
お父さんは理由を探すみたいに「よそ見」をした。
「久しぶりに残業なしで帰ろうと思って……」
「へ、へえ、お仕事早かったんだ」
あれ? ……何で、だろう?
お父さんの仕事が早く終わったと言うことは、私と過ごす時間が増えると言うこと。
すごく嬉しいはずなのに、何で?
「家に帰っても楽しくないかも」……そんな気持ちがあるのに、いまさら気付いた私がいた。……ああ、そっか。だから私……まだ、帰りたくなかったんだ。
でもなんでかな? お父さんがいるなら、いつも通り……普通に楽しいはずなのに。
おかしいなぁ。何かが足りない気がする……
「……はは、気の抜けたような返事で拍子抜けだなぁ、どうしたんだミコト。いつもなら大喜びするくせに」
「……嬉しいよ?」
なんなんだろう、この気持ち。私は思わず黙り込んでしまった。
……お父さんが、何かを思うような目でこちらを見ているのにも気づかずに。
「……友達とケーキ屋さんの方が良かった? 僕と晩御飯より?」
「い、いやいやいやいや! そんなことないよ!」
私が慌てて言うと、アイコちゃんとアヤちゃんがはやし立てた。
「あーっ、ミコト! もしかしてファザコンってやつだ!」
「ちっ、ちがうよ! 違うってば!」
「じゃあミコト、先生のこと『大嫌い』って言える?」
「あ、あたし言える! っつかこの間パパに言った!」
「君ら、自分のお父さんに対する思いやりは持とうよ……」
苦笑いしながら言うお父さんを前に。
「だい、っ……」
言えないわけがない! そう思って。
――
何かがよぎった。
「っ……すきですっ」
「…… へ?」
お父さんがきょとんとした顔をした。
「大っ、好きっ、ですっ!」
「…… え ……」
……やっぱ言えないや。この人には。そう思って照れ笑いした。
それに一度、言ってみたかったし。
「時永先生?」
「……あ、やばい、目が泳いでる。意外と言われたことなかったんだこの人」
「マジかー、ミコトのことだから結構言ってると思ってたー」
……あの。
ちょっと、お父さん? そんな……固まるようなことだった?
「……あれだよね、この時永先生のことだから、きっとミコトのこと大好きすぎて子離れできないんだよ。だから家だと冷たい対応されてるんだよ」
お父さんは茫然と呟いた。
「……なんだその、キャラクター付け……」
いやいやいやいや!! 私は苦笑しながら言った。
「べ、別に冷たい対応とかしてるわけじゃ……」
だって。
「……本当に好きだもん」
カシャ。
「えっ、なんでセルフィーしてんの」
「何意味なく眼鏡拭きまくってんの」
「……え、何ボロボロ泣いてんの」
ハッ、とお父さんが我にかえるのは思ったよりも遅かった。
「……いや、その。何? ……前にめちゃくちゃ……喧嘩? 喧嘩でいいのかな? ……喧嘩した時に『悪魔だッ』とは言われたみたいなんだけど、そういうこと言われるの、その……初めてで……なんか、混乱した……」
「えっ、いつ!? 私いつそんな我を忘れるような喧嘩したっけ!?」
嘘だ! だって記憶にないよそんなの!?
「すげー鬼だねミコト……こんな優しい先生に悪魔呼ばわりとか……」
「っていうか温厚なミコトがそこまで言うなんて、いったい何やられたのよミコト……」
アヤちゃんがいつの間にかジト目をしている!
私はショックを受けた。
……そんな、勝手に人の父親を悪者に仕立て上げないでほしい!
「たっ、たぶん録画したテレビ番組を消されたんだよ! 時々やるからこのお父さん!」
「や、やったっけ……!? ……いや、ミコト、僕、そんなレベルの悪事じゃなかったような……っていうかそれは」
もしかしてうっかりやらかした馬越さんを怒ってた僕の話じゃないのそれ、と聞こえた気がした。
……馬越さん? それって……えっと。
あれ?
誰、だったっけ……
「……あ、駄目だ。この子本当に忘れてる……」
お父さんの途方に暮れたような呟きが聞こえた気がした。
忘れてる? ……なにを?




