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0.目覚めたものは神か悪魔か



 ……夢を見た。


 自分は無邪気な少年で……見慣れない服を纏い、綺麗な女性と談笑していた。

 女性の顔は殆ど覚えていないが、誰か知っている顔によく似ていた気がする。


 ……誰だったのか?


 僕は記憶の糸を引いたが……わからなかった。

 僕を起こすはずだった時計が、電子的で耳障りな音を立てる。

 ……あぁ、そんな時間か。



 時計を止めると気だるげにベッドから体を起こし、外出用の服に着替えながらあの「夢」をまた思い出す。


 そういえば、夢の中の自分の着ていたあの衣は……まるで神話の神が絵画の中で纏うようなものとよく似ていたな。

 ただ違うのは真っ白なあれと違い、色がついていたことだ……

 そう、確か鮮やかな青。


 絵画の中に描かれる神々は、大概が真っ白な衣を身に纏っている。夢の中で無邪気に笑っていた自分の笑い声を頭に浮かべ、僕はまた思案した。

 僕は彼のように笑ったことはないのかもしれない。

 ……作り笑いなら数え切れないほど経験している。

 だが、彼のように心から……無邪気に笑ったことは、たった一度も。

 僕は思う。


 もし、僕が……あの時に間違った選択をせずにいたのなら、彼のように笑う日もいずれは来たのだろうか。







 時をさかのぼること……いつの話だろう。もう数えることも億劫なほど前のことだ。


「ねぇ、どの子が良いかしら?」

「そうだな……あのやんちゃ坊主はどうだ?」


 自分には、物心付いた頃から親はなく、大きな“施設”で暮らしていた。

 親に捨てられたり、先立たれたりした子供が集められる意味のない箱庭だ。

 あぁ……そう、孤児院、と呼ぶ人もいる。


「やだ、手がかかりそう」

「じゃああの小娘は?」

「顔が気に入らないわ」


 養子がほしくて引き取る子を探しているらしい夫婦。……なんだか、ペットでも探しているようなそんな軽いやり取り。

 どちらも金持ちらしく、偉そうで……お高くとまった雰囲気がどうも気に食わない。

 それでもあの2人に引き取られた方が、今の親がいない生活よりはマシなのだという人も……まぁ、いるにはいるのだろう。

 そう思いながら、先ほどまで読んでいた子供向けに訳された本のページをめくる。

 と、その時のことだった。


「あら、あなた見てちょうだい」

「どうした、気に入った奴でもいたか?」

「あの子よ。……ほら、窓際で小難しい顔して分厚い本を読んでる、メガネのあの子」


 ……自分か?

 眼鏡なんて最近かけ始めたばかりなので反応が一瞬遅れたが、そういえば周りにはそういう子供は一切いない。


「……あんな根暗そうなもやしっ子がいいのか?」


 悪かったな、根暗もやしで。


「あら、それが良いのよ。本さえ買い与えとけば手がかからなそうじゃない」


 その件に関しては否定はしない。が、飽きっぽそうな2人のことだ……きっと自分よりも面白そうな子へとすぐに意識を向けるに違いない。

 そう思って本にまた目を落とそうとしたその時だった。


「お呼びでしょうか?」


 この施設の主任を呼びつけたようだ。


「あの子供はいくらする?」

「え? いくら……い、いや別に子供を売るわけじゃ……」

()()()()()、あの子供を引き取ると言ってるんだ。で……金についてだが……この施設、この間人づてで聞いたが大赤字なんだってな? スポンサーからも政府からも決まった分だけ金が回ってきてる。にも関わらず、よく食う子供のせいで金がまったく足りないとか……どうだ? あの子供と引き換えにいくらでも寄付してやる。良い話だろう?」


 ……金、ね。自分は思わず眉を寄せた。世の中の大人は皆そうなのだろうか。

 皆が皆、金、金、金……あぁ、汚い。

 いっそのこと、この世界がおとぎ話のようなメルヘンチックな世界になれば良いのに。


 主任はどうも話に乗せられたようで、最初こそ自分たちを気遣ってか首を振っていたが、最終的には大きな封筒をつかまされていた。


 ……まったく、バカバカしいったらありゃしない。


「それで、引き取るにあたって聞いておこうか。……一応、呼び名がついているんだろう? あの子供の名はなんと言うんだ」

「まこと、といいます。誠実の誠で『誠』と」


 ……名前通りには成長しなかった自覚のある自分はため息をついた。

 紛れもなく自分の名前が紹介されている……どうやら決まってしまったようだ。


「誠くん、こっちへ来なさい」


 主任に呼ばれ、自分はため息をつき――素直に本を閉じた。

 ……そうするしか、きっとほかに道はないのだから。


「今からこの人たちが、君のお父さん、お母さんだよ」







 ――引き取られた後の数日間。

 自分はずっと2人の汚い大人に振り回され続けた。

 やれ新しい服を買ってやるだの、ご馳走を食べさせてやるだの、映画は見たことあるか? なんて言われて映画館に連れて行かれたり。


 服を選ぶよりも、映画を見るよりも、内心はずっと本を読んでいたかった。


 馴染みもない、どこの料理かわからない……自分の舌に合わないようなものを腹に詰め込むよりも、大赤字な孤児院にいた頃のようにさっさと少量の質素な食事を胃に流し込んで、現実のつまらない日常から逃げてまったく違う非日常に浸っている方がよっぽど性に合っていた。


 そのうち「両親」も他のことに興味を持たない自分に飽き始めたらしく、一週間もすれば自分はまた1人になった。

 正確にいえば「父親」がまだ自分に固執(こしつ)していたが、彼もまた、仕事を理由に自分を放っておくことが多くなった。

 ほーら、思った通り。まったく飽きっぽい夫婦だ。


 そんな形で自分は、金儲けや散財にかまけて帰ってこない両親の持つ大豪邸の中で……1人静かに本を読み、静かに幼年期を過ごした。

 しかし、そのうちインターネットが普及し始め、自分はようやく読書だらけの生活から脱することになる。





 ――久しぶりに帰ってきた父親が家に持ち帰った、古いパソコン。

 思えば画面は大きいブラウン管で、本体は小さいが起動するとブォンブォンやらキリキリキリと騒々しい機械音を鳴らすヤツで。

 こんな古いもの、今更仕事で使えるか!……とは養父の言葉だった。


 自分はなんとなく養父に了承を得ると興味本位で自分の部屋に持ち帰った。

 そして説明書を読みつつ自力で接続したインターネット。

 ……はじめて少しだけ楽しい気分になったのを覚えている。

 求める情報が即座に手に入る、手元に集まる。本の他に何も興味を持たなかったはずの自分はその利便さに柄にもなく酷く興奮した。

 あぁ……思えばそれは仕組まれたものだったのかもしれない。


 ……誰に? さぁ。わからない。知ろうとも思わない。


 そして……自分はその後自分の運命からは切っても切れない代物と出会うことになった。


 ――それは、「究極の人の苦しませ方」。


 なんてバカバカしいタイトルだか。それはネット通販で、興味本位で買った自称魔術本だった。

 どうやって儲けているのか怪しいくらいアクセス数の少ない、通販サイト。そこで売りに出されていた明らかに胡散臭い代物をどうして買う気になったのか、さっぱり自分でもわからない。

 ただそれが本物だったとか、そんなこと……「両親で試すまでは本当に知らなかったんだ」……とだけ言っておこう。


 え? 試した両親がその後どうなったのかって? ……今の自分には両親がいない、と言ったらわかってくれると思う。


 そう……

 それが、人の道を踏み外した最初の記憶。





 きっとそれは、ずっと続く悲劇の始まりだったんだろう。だけど、もう理性の吹っ飛んだこの頭では何も感じられない。

 この僕がその有様だから、それはきっと僕が死ぬまで……いや。僕が()()()()、きっと終わらないのかもしれない。この馬鹿げた茶番劇は。


 ……そこまで考えて。



「……あの、そろそろ」


 ふと気がつくと、使用人が呼んでいる。――僕は回想をやめて席を立った。


 夏らしからぬ、激しくない穏やかなちょうど良い陽気。今日は居眠りをする生徒が多数出そうだ。

 ……まぁ、そんな不真面目で使いようのない馬鹿は放っておくに限るが。


 僕は鞄を持つと、思えばあの頃とまったく変わらない豪邸をそろそろ後にすることにした。――とてつもなく空虚で、無機質で、立派なだけの洋館。しかし一部和風に改造された応接間と、無駄にいくつかある玄関口。今となっては自分のものとなったそれを見ながら、


「送ってくれ、馬越」

「かしこまりました」



 現在、僕の名前は時永 誠。

 とある私立校の授業を請け負う、特別講師だ。……表向きだけのプロフィールを述べるならそれくらいが妥当だと言えよう。



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