5.災いを呼ぶ者
……説明回ですが、長くなってしまった気がします。
……この世界がどういう世界なのか。
それをメティスは少しずつゆっくりと話し始めた。
――『ここはあなた方のいた地球とは対をなすもう1つの世界。この世界の住人には“神界”と呼ばれています』――
「……神界」
現在、メティスがコンパス代わりになりつつ。イツキとイヌカイは舗装もされていない田舎道をひたすら歩いていた。
アウトドア気質のイヌカイはともかく……ほぼインドア、休日も室内での遊びを好んでいたイツキからしてみると、正直あまり覚えのない経験だ。
家の周りは平地の住宅街といった様相だったし、こんな緑緑したところを歩いたことなんて正直、ほぼ学校遠足ぐらいなものだろう。
……考えてみたらそれだって近場の動物園だったりしたものだから、最低限コンクリで舗装はされていた。
それでも、とイツキは思う。
……確かに歩きにくい。
それでも、足の感触があるだけ「嬉しい」。
――『地球とこの神界は、生まれた当初から大きな理が互いに影響しあっていると言われ、このような世界を我々は兄弟世界や鏡のような世界と呼びます。いわゆる、パラレルワールドという感覚が近いでしょうか』――
「ふむふむ」
イヌカイは頷く――SFものの映画だったりでよく見る話だ。自分たちの知るそれとよく似た世界。よくある設定を例に出すなら、地球の歴史のどこかから分岐した、『もう一つの地球』。
――『コインに例えるなら、地球が表……光を浴びる面なら、神界は地面と接した光の当たらない影となる面です。勿論、その逆とも言えますが』――
身の回りを見渡し、どこかまだ夢見心地のイツキはほわほわと歩く。
……ふわっとした、踏み固められた土のそれ。周囲を背の高い緑の草に囲まれた、建物の見当たらないほぼ真っ直ぐの茶色い街道は……ちゃんと歩けば歩くだけ、少しずつ変わっていく。
勿論時折「荷車」らしき車輪の跡はついていても「乗用車」のそれとは明らかに違うし、「自転車」のそれとも凹凸が違う。それでも物珍しさがあるせいなのか、不思議と足は止まらない。
「……おい、こら」
「いてっ」
イヌカイが立ち止まり、イツキの背中を指でぐりっと押す。
「ちゃんとメティスの話聞いてるか? お前」
「あ、うん……? 聞いてる聞いてる」
イツキのふわっとした返答にイヌカイは苦笑した。
……まあ、「わかる」けども。足動くんだしお前。
あと確かこのイツキくん、時永とかならともかく俺の長話とか、ほぼ興味なくて全然聞かなかったの、ちょっとだけ知ってるけども。
「……疲れたら背負うからな」
「はいはい」
メティスは気づいたように指を鳴らす。
――『あっ、ちなみにですが、地球に少ない……そうですね、地球では超能力者と言われるような存在もこの世界では多く存在しますよ!』――
「あ、いるのそんなの?」
イツキがようやくメティスの話に反応した。ぶっ、とイヌカイは噴きだす。
……ああうん、そうだよな! 話してるとお前、そういう類の漫画とかラノベとか結構好きだもんな!
ようやく異世界らしいワードが出てきたことに対する食いつきっぷりが半端ないのが見て取れたのをきっかけに、メティスも興が乗ったようにすらすらと返答を返し始めた。
――『はい! 古来よりこの世界には時折、「予知能力」や「念力」、そして「自然の力」を自在に操るなど、様々な能力を持って生まれてくる者が多くいます』――
「そうなんだ!」
――『その中でもとりわけ予知能力を持つ者は誰しも例外なく、未来の物事を99%言い当てる力を持っていました』――
「……よく当たる占いみたいな感じ?」
――『ああ多分、占いよりはカチッとしてますね。……例えば本を読み解くように、もしくは映像を見るかのように。そんなふうに近未来を感じ取れる。そんな便利な人間がいるとすれば、それを利用する人間もおのずと出てきます。巧く利用した人間は、そして国家は……莫大な富を得ました』――
少し想像がおっつかないな。イツキは腕を組み、目を瞑った。
例えばこうして目を閉じて、そこに未来が見える人。触れずにものを動かす人。いかずちや雨、火を自在に操る人……ふっと気付いた。
それって、イメージ的に「超能力」っていうよりは「魔法」なんじゃ?
――『そういう人間たちは様々な場において重宝され……人々はいつしかそんな能力を持つ者たちの中で、より強力な者を「頂点」とし、度重なる国同士や部族同士の戦を生き抜いた。またはそうした戦がなくとも、幾人もの能力者の中からとりわけ強い力を持つその対象を、「神」と崇めた。そうしてついには崇拝対象となる者も出現しました』――
「まあ……超能力はともかくとして、そういう社会構造はあり得るだろうな」
イヌカイは頷く。
……例えば地球でいうのなら、「ジャンヌ・ダルク」等の逸話がまさにそういうことだ。イヌカイのような地球産の現代的な無神論者が普通に考えたなら、あれはきっと何か特別な精神疾患があったに違いないと考える。
だからなんの変哲もない「ただの田舎」を写した少女の視界の真ん中に、神々しい天使と聖人を幻視したにすぎないのだ、と。
それから啓示を賜った。助言を賜った。何をすべきか教えてもらえた。
……そんなものに信憑性なんてものは、イヌカイ目線で言うとないのだが、一部の人々は信じたし、それと少しの偶然が重なって徐々にではあるが、それを信じる者は増えていった。
恐らくこの、「増えていった」で終わるのが神界なのだろう。
「奇跡の力」がそこにあるのだと人々は錯覚した。
そして偶然が続かなくなれば見捨てていった。そんな結末にはならない。
少なくとも「そういうやつがいる」という噂話があって、それを受け取る側に……イヌカイのような現代地球人がこの世界にはいないと仮定すると。
そしてトリックでも疾患でもなく、「それがどうやら裏打ちのあるマジだった」とすると……更に言えば、「普通に『そういうやつがいる』というのが常識として成り立っている世界」であれば、完全に話は成り立つ。
地球のジャンヌのように、ほら話だと思われてバッドエンドではなく、バランスが整いハッピーエンドとして成立してしまうわけだ。
――『まあ、こういう特殊能力には人が例外なく誰しも持っているといわれる「魂」の力が関係しているのですが……それはおいおい、語ることにしましょう』――
「おう」
――『ともかくそんな文化と常識と風習により、この世界では「神」や「能力者」の預言は絶対的であり、神の言葉・行為には一切の疑問を抱いてはならないという掟が定着してしまった……神と呼ばれる者たちは絶対の地位と引き換えに不用意な発言ができなくなってしまいました』――
神がマジで「いる」世界……それで神界か?
イヌカイは心の内でそう思いながらも黙って聞いていたが、イツキの方は……また聞いているのかいないのか、手足の感覚をまだ確かめているようで手を回したり足をのばしたりとまったく落ち着きがない。
うん、相変わらず集中力がないなお前!
――『また……この世界の人間は大概、他の世界……えっと、そうですね。説明は難しいのですが、あなたたちがいた「地球」などを舞台にした夢をよく見るんです』――
「うん?」
イツキの手遊びがピタッとおさまる。……そりゃおさまるわ。
だって今なんて言った?
――『つまりですね、自分が全く別の世界で“他の人物”として生活する夢を見ることがあるんです。むしろそれが「普通」なんですよ。だから地球人側からしてみれば神界のことを全く知らなくとも、神界人は地球のことをよく知っています』――
連続ドラマを見ているような感覚ですね、とメティスは言った。
――『例えばほら、「地球の人々が何を見て喜ぶか」とか、「何を感じて泣くか」とか』――
地球人が、何に幸福を感じるか。
――『流行りの遊びは何か、何が噂になっているか。人気の芸能人はどういう人物か』――
なるほど、テレビや雑誌まで把握している。
――『そんな日常生活の機微まで知っているし、目に見えている。……それが何故なのか、詳しいことはわかっていませんが、この世界は地球との精神的な繋がりが深い世界だからだと言われています』――
「……そこんとこ、分かってるだけ詳しく」
イヌカイが口を開いた。さっきまでとは変わって真面目なトーン。
「そこに至るまでの理屈が知りたい」
……ああ、いつもの性分だ。
だってわからないことは聞いておかないと気がすまない。
――『……まあ、先ほどの魂の話が関係してくるのですが、私たち人間が体の中に、形のないものとして内包しているものがあります。それが「魂」です。魂という物体は、只人には認識されないだけで実在しています。目に見えない内臓のようなものです』――
「内臓……」
――『それが大体の場合は、「欠片」のような……破片のような。ともかく不完全な形で存在している。不完全な形の臓器と言ったほうがいいでしょうか?』――
メティスはスラスラと続けた。
――『全ての人間の中にある「魂」は元々もう少し大きな「かたまり」であり、それを人智を超えた誰か、もしくは何かはいくつかに切り分け、私たち人間にひと欠片ずつ与えている……そういう、昔から伝わるおとぎばなしのような言い伝えがありまして』――
人智を超えた何か。神や創造主……いや、この場合は「神」が違うものを指すので、「創造主」か。イツキは時永の言っていた言葉をふっと思い出した。
――「神様って居ると思うかい?」
「いたらこんな世界にはなっていない」。……確かそう、イツキは答えた。
説話の授業がなければ多分知らない語句だったろうが、「インテリジェント・デザイン」。人間よりも高度な知性体が自分たちを管理し、生み出している。そういう考え方だ。
――『言い伝え、というのが一般的な考え方ですが……実際、それっぽいのは事実なんですよ。先ほど言ったように魂は通常では見えないのですが、ある程度のスキルがあれば「見え」はするので』――
「そうなのか」
つまり、メティスには「見える」と。つまり裏打ちがある。
少し含みのある言い方なのが気にはなるが。
――『私たちが異世界の夢を見るのも、違う世界にて存在する、元々自分と同じだった魂の欠片に無意識につながってしまう、つまり「リンク」してしまうせいだと言うのが通説です。そのリンクしている対象の地球人を、私たちは「影」と呼びます。違う世界に自らの影法師が落ちているようなものだと捉えて』――
「……なるほどな」
イヌカイはとりあえず頷いた。……通説というのなら仕方がない。これを地球の価値観に持ち込んでしまえばかなりオカルトチックに思える話だ。しかし、そういう考え方がこの世界では一般的というならそれまで。
……まとめてみよう。
別の世界に、自分の持つ「内臓」と同じ型のものを持つ人間がいる。
その意識と一時的にリンクする。
だからこの世界の人間は「夢」を見る。それも何故だか「地球」の夢を。
イヌカイは続けて聞く。
「……それなら、どうして俺たちは逆にこういう世界を知らないんだ? この世界の人間には地球のことを知っているやつがいるってわけだろう? 普通は逆も然りじゃないのか?」
――『先ほども言ったように、人間の通常持っている「魂」は私たちの理解し得ない場所にて分割され、元々同じだったものが別の世界に存在しています。他の世界に接続できる理由はただひとつ、“自分のものとそっくり同じ魂”がその世界にあるから』――
地球育ちにはピンと来ないでしょうが、とメティスは前置きして「答え」を言った。
――『「魂」というのは私たちこの世界の人間にとっては特殊な器官です。ざっくりいうと自意識。自らを「自ら」であると認識する為の見えないセンサー。自分を取り巻く「世界」「国」「空間」を実感するために必要な部位。そして……「とある能力」をつかさどる部位です。それが先ほど言ったような「特殊能力」』――
「……?」
――『……うん、ピンときませんか? あなたたちの知っていそうな言葉ならそうですね。「言霊」ってわかります?』――
「……聞いたことはあるんだけど、なんだっけ。日本神話とかそこら辺なんだけど記憶がさらっとしてて」
「ああ、その辺心理学にも引っかかるから言うけどな」
イヌカイは苦笑して言った。
「……偶然、自分の言ったことが本当になってしまう現象のことだ。ほら、嘘から出た誠とか言うだろ?」
「ああ……」
「確証バイアスが云々、っていうの言ってなかったか俺?」
人間一度「こうだ」と思い込むと、何を見たところで――その思い込みを裏打ちする状況証拠にしか見えなくなってくる。それがイヌカイのいう『バイアス』という言葉の意味だ。
時永なんかがいい例だろう。皆が「カッコいい」「好きな先生」とはやし立てるし懐くから、誰も彼が悪い人間だなんて思わない。
少しぐらいボロを出したとしても、彼に「良い人だというバイアス」がかかっている限り「悪い面」は誰の目にも映らない。……つまり、誰にとっても「本当にいい人」になってしまうのだ。
「……覚えてないし興味もない」
「枕元で講義するぞこの野郎」
ともかくイツキはようやく納得したらしい。
――『その言霊の「すごい」バージョンが先ほど言った「神の特殊能力」だと思ってください』――
「『誰かや自分の言ったこと、思ったことが実現する』、イコール、『未来が予言できる』っつーことか?」
――『ニアイコールの方がいいですね、必ずしも実現するとは限らないけど高確率で実現する。更にはさっき「自らを認識する」という言い方をしましたが、ざっくりとした言い方をするとこうなるんですよ』――
メティスは一拍間をあけて呟いた。
――『自らの見ている世界を、勝手に解釈して「そういうもの」だと認識することで、半無意識的に身の回りの世界を創っていく。構築していく。これが神の能力の正体です』
「……つまり」
極論を言えば、この世界は元々白紙のようなもので。
「――最初からそこにある現実を眺めているのではなくて、自分の見たもの、感じたものが現実に反映されていく?」
――『そう。例えばある人がこう「言う」としましょう。あそこに猫がいる。すると、その言葉は他人に影響を与える。他人の目にも猫が見える』――
そうして幾人もの人々が「共通認識」を持っていれば、その猫は「現実」だと見做される。たまに伝達エラーが起こったりもするが、するとその猫は途端に幻扱いになるわけだ。一部の人にしか見えない猫。これが妖怪やら幽霊やらのはじまりになる。
――『つまり、言霊のように必ずしも口に出すことだけでなくただぽんっと思ったこと、無意識ながらも深層心理に眠る願いなど、そういうものをある程度まで現実化できる。物事をいいように引き寄せる能力が、私たち含めた人間という生き物の魂には備わっているのです。……それも神界・地球の隔たりなく、誰にだって。人間か、それに準ずる類の「生き物」であるならば、必ずしも持っている』――
「……つまりあんたがさっき特殊能力といったものは、元をただせば人に最初から備わっている力だと?」
「オレにも?」
――『そういうことですね。勿論ありますよイツキ。そのつるに変化する腕とかも、私があなたのそういう「力」をスムーズに使えるようにいじった結果ですし、あと前の姿で得ていた回復能力とかもそうですね。イヌカイならその馬鹿力とか、思いっきり殴られてもなかなかケガしなかったりとか』――
「どっかで俺を監視してたろあんた……」
グレイブフィールに思いっきり顔面パンチされたことを思い出しつつ、イヌカイは鼻を少し抑えた。
――『とにかくその能力、もしくはエネルギーを私たちは仮に「リムトーキ」と呼称していますが、このリムトーキは所有している魂の欠片が “大きい人物”ほど効力が高いと。つまり、発揮できる力が強いと言われているのです』――
イツキはメティスの話を無理やり頭の中でまとめながら聞いた。
「……つまり、魂の大きさは必ずしも皆同じじゃないってこと?」
――『そう! ちなみに、地球の人々の所有する魂は全体的に小さく分かれたものが多いと言われます。リムトーキの能力は簡単に超常現象を引き起こしてしまいますが、地球ではそうそう「簡単に説明のつかないこと」は起こらないでしょう?』――
俺たちの身には起こったけどな、とイヌカイはこっそり心の中で呟いた。
……こっそりと言いつつ顔には思いっきり出ているのだが。
――『それが先ほどイヌカイの聞いた、「神界の人間は地球という異世界を認知できるのに、地球からはどうして神界を認知できないのか」の答えです。……夢を見るのにもリムトーキの力がかなり働きますからね。地球と遠くはなれた神界にまで、「その力」が及ばなければ、脳内を整理するための無難な夢しか日常的には見ることがないでしょう』――
便利だなリムトーキ。イツキとイヌカイの頭の中の感想は奇麗にダブった。
だって制限があるとはいえ離れた場所を見れるなら、上手いこと使えたら監視カメラいらないじゃん。
メティスは首をすくめたように声をゆがませる。
――『さて、話を本筋に戻しましょうか。この世界の人々は基本、地球などの異世界を「夢」を通して観察し、時折それを真似たり、それに手を加えたりすることによって文化を発達させてきました。……何故なら、そうすることが「もっとも効率の良い方法」だったからです』
「?」
……最も効率がいい?
――『だって当たり前じゃないですか。ちょっとしたことですら「リムトーキ」に頼ればどうにかなる神界人より、地球人などの「リムトーキが少なく願望が実現しづらい」人々の方が、どちらかといえば文明・文化的には優れていましたからね?』――
「えっ、そうなのか?」
――『そうですよ? 確かに私達と比べて地球の人々は遙かにリムトーキの強さの面では劣っています。でもその分だけ「不便」を解消しようとする力……「新しいもの」を作り出そうとする。つまり自力で進化するだけのエネルギー、ガッツは私達より地球人の方がまさっていたんですから』――
メティスはさらりと呟いた。
――『……例えば、海の底に潜りたくて潜水艦を作る』――
「普通だな」
――『海を渡りたくて大船を作る』――
「もっと普通だね」
――『空を飛びたくて飛行機を作る。早く目的地に着きたくて車を作る』――
「……まさか」
――『体験してみますか? この世界、全部ありません。移動手段は神様並みに能力がつかえて転移術。お金を持ってて、家畜にひかせた馬車や牛車。一般庶民は徒歩でどうにか。海に潜るのは浅瀬の海女さんだけ。大陸の外に何があるかなんて知ったこっちゃありませんし興味もない。……そういうことですよ。やる気がない。ほっといても誰かができそうだからほうってあって、実際は誰もできていない。よっぽど困らなきゃ動かない』――
「…………。」
何とも言いづらい世界観だ。
――『リムトーキに頼りっきりの私達には、地球人のようなガッツはわきません。だって一見不可能がないからです。……誰かができる。できそうな気がする。「今なんとかできないの? ならいいや」、もしくは「じゃあ誰かできる人にやってもらおう」……そんなお気楽な感じですよ。できる人を待たずに自分でもできるようにしよう、なんて考える発明家も技術者もほとんど出てきません』
……誰かがやってくれる、ってなってるのは地球も同じなんだけどなあ。
いや、本当に真面目にいないのかもしれないけど。その誰かが。
そう思いつつイヌカイは何となく冷や汗をかいた。
――『だからこそ私達はリムトーキに頼ることの難しい問題や、料理等のそれに関しては地球人に感謝と尊敬の念を抱きつつ、普通にパクっています』――
「うわ、ナチュラルにパクり宣言された……」
確かに相手は「地球のことが観測できる異世界人」だ。
……つまりそういうことも普通に起こり得るのだろうが、それにしたって複雑極まりない。
――『だから、「地球の夢を見る」というのは、私達にとっては重要な生活の一部なのです』――
「アイデアをパクるためにか……」
――『しかし何事にも「例外」というものは存在します。それは、地球の人たちのように「他の世界の夢」をまったく見ない人々がいるということなのですが』――
「ああ、じゃあオレたちと同じような人もいるってことだ」
さっきメティスは「この世界の人間は大概」という言い方をしていた。
やはり例外はあったらしい。
――『とは言っても、結局は別物なんですよ?』――
「というと?」
――『コレの場合、魂が小さすぎて夢を見れないのではなく……容量を超えるほど持ってしまって不都合が起きているのですよ。根本的に違う。そういう人たちのことは「影のない異端者」もしくは“イレギュラー”と呼ばれます。この世界ではとてつもなく少数派です』――
メティスの声が落ちた。
――『そう、少数派。だから疎まれていますし、理解されづらい。この世界の枠組みからは完全に逸脱している』――
「?」
――『だって先ほど言ったように地球の人々は、“リムトーキが少ないから”異世界の夢を見ない。しかし、イレギュラーと呼ばれる人間たちは“別の世界に魂を分けたものがいないから見ない”のです。これは、私たちにとっては決定的な違いとなります』――
……メティスのいう「魂」は要するに、「器」のようなものなのかもしれない。器を作る為の土の配分がうっかり狂うと、大きな器ができる。大きな器なら、中身も当然多くなる。つまり。
――『彼らは他に「分割」されずに生まれてきたもの。当然、その分だけリムトーキ……特殊能力のもとを多く持ちすぎています。人や神とはバランスが全然違う』――
だからそれは大概の場合、「暴走」気味になる。
ちらっとでも想像したことがそのまま目の前に再現されたり、神が予言したはずの未来も、その強すぎるリムトーキの能力によって全く当たらなくなってしまう。
――『……なので、そこに「いる」だけで神に反逆する行為と言われてしまうことが多いんです。いるだけで、神様の言葉が当たらなくなる』――
存在そのものが「反逆行為」。なるほど。部外者だから言えるのかもしれないが……絵にかいたような理不尽だ。
――『結果、「イレギュラー」たちは生きているだけで迫害の対象となってしまい、そう生まれたというだけで殺されてしまったり、外界から隔離されたり。大概は過酷な運命を背負って生きていきます』――
「……そういう、世界か」
――『ええ、そういう世界です』――
……シビアだ。思っていたより。
浮かれているという場合でもなかったかもしれない。ここは、確かにリアルな世界だった。
日向もあれば影もある。つまり、色々あるのだ。
道が、少し下り坂になった。……そうか、今まで歩いていたのは高台か。
ふもとを見下ろし、イツキとイヌカイは頷く。……目の前には、美しい光景があった。草原の中をぽつぽつと点在する林や森。
日の光に照らされて森の木々が、そして遠くの水田や泉が輝いているのを見ながらイヌカイはポツリと呟く。
「ここから見てると、俺たちの世界とは少しばかり違って、本当に綺麗な世界だと思うのにな。……どこに行っても問題はあるもんだ」
さきほどイツキが歩きづらそうにしていたのはなんとなく見ていたし、イヌカイだって普段こんなところは歩かない。
……ある程度整備された町。大都会というわけでもないけれど、どこにいっても空は狭くて地面は固い。そういうところで二人は育ってきた。
イヌカイにとって地球というのは「こういう自然のあまりない場所」だ。
だって幼い頃から「人間ってお馬鹿ですよ」という自虐的な教育をされてきた自分たちである。自然を忘れたように生活して、環境を汚してきたのだと。
今になって慌ててます、もう遅いっす。いや、間に合うかもしれないので頑張ります。……そんな呆けたことを言っている「生き物」が自分たちだと、なんとなく認識してきた。
それに比べ、この世界には見たこともないような大きな木々がたくさんある。
……まるで数千年も前から、何万年も前から。さも当然のように根を張っているような気がするのだ。
思えば、さっきメティスが言ったことが関係しているのかもしれない。
……ガッツがない。技術発展をしない。車も船も走っていない。だって誰かがやってくれると思っているから。
そのせいなのか、道も土のままで……草も木々も、生き生きしている。遠くに見える川は護岸工事をされていない。自然は静かに息づいていて、人は今でも自然と共に暮らし続けている……自分の立っている山道を見て、そう感じられた。
多分、全然違うのだ。
「空気」が、「質感」が……何とも言えない「感覚」が。
だからどこか絵空事のようなリアリティのない世界で。でも、今の話を聞いて気づく。この世界もまた、「本物」なのだろう。地球と同じく裏表があって、立体感がある。
この世界にもまた、まったく別の闇があって、光がある。
それは地球でも、そのコインの裏……「影」とも言えるこの神界でも、きっと変わらないのかもしれない。
「……まあ、そんなもんでしょ」
イツキはなんとなく口を開いた。
「所詮人間は人間で、変わらないってことだよ。住む世界が違っても……神様がいる世界でも」
――『ええ、「見た限り地球と変わらない」……さっきあなたたちの言葉に納得したのも、そういう理由です。確かにあなたたちの言うとおり、この世界もあの地球も……根本的なところは変わらない。人間の愚かさも欲深さも、マイノリティを排除するような生き方も』――
「……欲深さ、ね」
そんなイヌカイの呟きに、イツキは茶化して返した。
「欲深さと言えば、『フロイト心理学』だっけ」
「……ん……? ああ、もしかして無意識と自我の話か? 根本的には人間って欲で動いてるっていう」
……もしかしてこいつ、意外と授業聞いていたのでは?
「さっきのバイアスの話じゃないけどさ……やっぱたまには先生らしく講義でもしてみる? 生徒は1人だけど」
いや、絶対あとで後悔するだろお前……
寝るとか寝るとか寝るとかするでしょお前……もしくは睡眠、もしくは居眠り、もしくは読書、落書き。その他諸々。……覚えてるからなお前の授業態度。
「お前、俺の心理学真面目に受けてた事ないだろ?」
「……ええー、バレてましたー?」
「バレるとかいう問題じゃなかったわ。選択で俺の心理学取ってる割に、ずっと説話のノートとにらめっこだったじゃねーか。真面目に聞いてくれるんならまだしもやる気でないってんだよ。……まあ、ちょっと懐かしいけども」
「あ、やっぱ授業やりたいんだ」
「興味持ってくれる人相手だったらそれこそ何時間でも語りたいよ俺は。……元々そういうのが嫌いじゃないからああいう仕事やってたわけだし」
イヌカイはそう苦笑しながら返すと、メティスに聞いた。
「……まぁ、話を戻すとして。さっきの話で薄々感づいたんだがな、あんたの姿がまったく見えない理由が。つまりはまあ、あんたも特殊な能力を持ってる“神様”で、ここじゃないどこかから話しかけている」
――『まあ、そうですね』――
メティスが同意した。確定、こいつは「神様」だ。
「……姿を見せないのは主にさっき言った『交通機関が発達していないせい』で、かつ、さっきチラッと言ってた神様レベルで使える魔法だか特殊能力だか、とにかく移動に使えるそれが何らかの理由で使いたくない、もしくは使えない……違うか?」
――『正解です。基本的に神は外を出歩かないと思って大丈夫と思いますよ。人間と関わると泡噴いてぶっ倒れたりするので怖いし』――
「え、何、存在自体が猛毒とか?」
イツキがビビる。何の想像をしてるんだろうこいつ……。
――『いえ、あれです。崇拝対象が目の前に現れたら、主に信心深い爺さんばあさんがぶっ倒れるんです』――
アイドル目の前にしたアキバ系かよ。確かに怖いわ。
――『まぁ同じ神様でも……クロノスと違って鼻にかけるようなことは、断じてしませんが』――
「ああ、うん……なるほど」
「味方についているのも神様なら敵も神様ってワケね」
……というか何で強調した? 相手と同カテゴリでくるめられるの、そんなに嫌?
――『くわえて、あなたたちは予言がきかない特殊な人間です。相手がどうあがこうと、そうそう思うようには行かないでしょう』――
ふふん、と何故か得意そうなそれに、イヌカイが反応した。
“予言が聞かない特殊な人間”……
「そうなのか?」
――『ええ、この世界の人間より、地球の人間には予言が若干ききにくいというのはよく聞く話です。確かに先ほどから私のあなたたちに対する勘は外れてばかりですし。こういう質問が来そうだ、とか、こういう茶々が入ってくる、なんていうのは完全に外れています』――
ああ、そういう意味で。
なーんだ、人外だからとかそういうのは抜きで……
――『まぁ、あなたたちが“特殊”な人間であるのも理由かもしれませんがね』――
……じゃなかったー!!
イヌカイは恐る恐る呟く。
「……狼男だから?」
――『かもです』
「ドリュアスだから?」
――『かもです』
イツキまで撃沈する羽目になり、思わず発言が被る。
「「……落ち込むんだけど?」」
――『ま、まあ、逆に考えましょう、プラスです。これはメリット!』――
さも愉快そうに語るメティスに、イツキはふと思った。……もしかしたら、メティスは今まで人間の未来を読めなかったことは皆無で、自分たちと触れ合う事を新鮮で面白いものとしてとらえているんじゃないんだろうか。
そして自分たちの未来が神に見えないということは、今の話に登場した“イレギュラー”の人間たちと自分たちの立場はよく似ているというわけで……
イヌカイもそこに気づいたようで、ため息をつきつつ呟いた。
「俺たちも“神に反逆する存在”……か。」
と、その時……
――『! ……隠れて!』――
「ッしょっ」
イヌカイがその言葉にいち早く反応し、イツキを藪に引っ張り込んだ。
遠くから複数の足音が近づいてくる。
「どこだ? 何もいないぞ」
「預言師の言葉通りならこの辺りに……」
「予言を覆すイレギュラーのような奴なのかもしれん。他をあたるぞ」
そう会話をしながら、複数の足音は段々と遠くへ向かっていった。
――『……もう動いてもいいでしょう』――
メティスの言葉に、イツキはそうっと周りを見回した。
「預言師……?」
――『普通の人間よりは強く、神と呼ぶにも半端な力の持ち主が国家に雇われた状態を指す言葉です。やはり主に未来を予言する能力を使いますね』――
「……ってか、全く気づかなかったんだけども?」
イヌカイは冷や汗をたらしながら足音の方向を見た。まさかあんな近くに人が近づいてきていたなんて。
イツキもため息をついた。だってそれはお互い様だ。……思えば、人間に近いこの体に戻ってから感覚が鈍い。
木の姿だった頃は、まるで地面をつたって神経が張り巡らされているかのようにどこに人がいるか、何を話しているのかを感じ取れていたのに。
どうやら嗅覚や聴覚が優れていたイヌカイも同様のようだ。
――『感覚強化の類はそのベルトで効果が薄れています。わからないのも仕方のないことでしょう』――
「化け物になろうと人間になろうと、結局は不便さを感じるんだな……俺たちはどっちにもなりきれないってことか」
イヌカイは複雑そうな表情でベルトをさすりつつぽつりと呟く。
イツキはその呟きに、なんだかやるせない気分になり俯いた。
確かにメティスのベルトに押さえてもらう前は、人間とは呼べない容姿をしていた。けれど、その心が欲するのは「まっとうな生物」として……「人」としての自分だ。
……慣れてしまったけども。
人ではない状態に「慣れた」のと、人ではない状態に「成った」のでは意味が違う。多分、自分たちはまだ、成っていない。
なら自分は……自分たちは、今。いったい何者なんだ?
イヌカイはそんなイツキの様子に気づくと、慌てて「すまん」と声をかけ頭をくしゃっとなでる。
……何を、今更。
イヌカイは心の中でそう呟くと、気を取り直した様子でメティスに言った。
「あー、そうだ。さっきここを通ったあいつら、預言がどうとか言ってたよな……まさか、クロノスとかいう奴も、もう手を回してるってことか?」
――『どうもそうらしいですね。全国各地のそういう能力を持つ者たちに情報を流し、捜索させているようです。通常の能力者からしたら神様なんて上位互換に過ぎませんし、さっき言ったようにこの世界、「神のいうことは絶対」なので、恐らく無視できません』――
「なるほど」
――『クロノス自身は特定の国に身を置かないタイプの神なので、見つけたら一報を、とまでは言いませんが……似たようなことはしている。どこかの動きを掴んだりしたらすぐ普通に首を突っ込んでくるでしょう。で……』――
メティスが少しだけ間を置いた。
――『少し遅れて今、私のところにも連絡が来ていますが……「異界より2人の客人現る……その2人は災いを呼びし者。見つけた場合直ちに捕獲、もしくはその場で手をかけろ」……』
「わー、手をかけろ……」
「災いって……」
イレギュラーとかいうのと同等、もしくはそれ以上に敵視されていると言うことか?
「……向こうは、あんたが俺たちの側にいるということを知らないのか?」
疑問に思ったイヌカイが聞くと、メティスは言った。
――『いや、これだけ大きなことをしてはカンづいていない方がおかしいでしょう。あれは性格の悪い疫病神ですから、私の反応を楽しんでいるのではないでしょうか』――
「……よっほど嫌いなんだなあんた……」
――『それにですが、別口のものも。こちらは損得や「神に言われた」関係なしに動いているようですね。これは単純に……イレギュラーに匹敵する者を文字通り抹殺すべく嗅ぎまわっているような雰囲気です』――
「……何それ超怖いんですが」
冷や汗を垂らすイヌカイだったが、それを遠くから見つめる男が、1人いた。
「……そうだな、魂が同じなら顔もどことなく似るという」
――男は呟く。声の印象は少し若い。
「最近『夢』を見ていないが間違いあるまい、あの顔だ」
ちらりと男はイツキの方も見たが、どちらかというとイヌカイの方しか見ていない。それから、手元には何かを持っている。
液体の張った……小さな器だろうか?
「この反応は、メティスか……? この世界で2番目の実力を持つ女神……そんな存在がついているとは……正直、厄介だな……」
男は目を凝らすのを止めた。
……白いマントを翻し、くるりと2人へ背を向ける。
遠くから、不安がる親友を励まそうと苦心している様子の底抜けな笑い声を微かに聞き、男は口を真一文字につぐむと歩き出した。
「今日は分が悪い。止めだ。だがいつかは始末せねばなるまい……」
……拳を握る。
迷いはない。何故なら一方的に知っているだけ。
「“犬飼 元”……地球の……」
……体格のいい背中。どこか大型犬を思い起こす、その印象。
イヌカイよりもいくらか冷めた表情のそれは、仮面をかぶり直しながら呟いた。
「……私の『影』を」