0.その刃は願いの証。
お待たせです。
……ゆっくりめですが、そろそろ本編を再開いたします!
ここから第7部、王国編!
……ねえ、今更なんだけどさ。
もしも……もしもだよ?
彼が「ああ」ならなかったなら。
クロノスの「操り糸」を、彼が自力で断ち切れる力を持っていたとしたならば……あなたの知っているあの【時永】は生まれなかっただろうし、イツキやイヌカイさんたちも普通に暮らしてたろうね?
彼の手に……自分の操り糸を切れる、はさみがあったなら。
ん、糸切り鋏かな? いや、刃ならなんだっていい。
例えば伝説の剣みたいな形をしていたって構わない。
その刃が……「力」というものが。もし彼か、もしくは助けるのが遅くなったとしても「あなた」の手にあったなら。……仮にも父親だった何かに「悪魔だ」なんて言わなくてすんだのかもしれないのにね。
……こらこら。
しっかりと言ったんでしょう、あなたは。あの決定的な離別を。決定的な定義づけを、あの人に言うことを選択した。
だってあなたには、感情を読み取る力があるから。
…………。
……あー、うーん。そうだねー。
じゃあいいかな? ミコト。……普通はね。世界を創るのは人の群体だと相場が決まっているの。
人の「想い」が、自らの居場所を創るの。
都合のいい幻想をもって、身の回りを整えて……完璧なものとは言わないにせよ、その幻想に近づけていく。
それがいわゆる「夢を見る」ということ。
「願望を持つ」ということ。
……世界を創るということ。
あなたはたぶん、あんまり理解していないし、そんな理論づけに興味もない。死ぬまで理解が及ばないだろうし……まあそれでも良いんだけど。
要するに、「ミコト」という存在はね……人であったとして、神であったとして、そして創造主であったとして。結局のところ変わりはしない。
どれにしたって周りに対してのみ、やたらと影響力がある生き物なんだよ。
生き物としての「境」が薄い。無視できる。……うーん、どういえばいいかな、垣根が「低い」の。垣根がないから、例えばあなたが誰かに【断定口調で暴言】を吐いたなら、普通に相手もそうだと思い込んでしまう。
「ミコトがいうんだから、そうだ」。そう思う。
多分、誰に言われるよりもグサっとくる。ああ、なんて見事なクリティカルヒット! ……そんな感じで意味のある言葉を突き立てられる。
だから、あの悪魔もあなたの言葉で容易に「心が折れた」んだと思う。
あなたに一個言い返されただけでぶちぎれた。
焦ってグレイブフィールを解き放った。……そうしてあなたを追いかけたのはそういうわけ。
……本来ならグレイブフィールは最後の手段だったし、見せる予定もなかったんじゃないかな。
そう思うんだけど、あなたはどう思う?
あれはあの人にとってサプライズゲストで、もうちょっと先の登場人物だったって。
ともかくあの男はものの一瞬であなたに負けた。
……心をへし折られて、「ミコトに敵わない」と本能で理解したんだ。
あなたのお母さんが死んだ日……あの人格が作られたのは、そもそもあなたを手のかからない年齢まで育ててクロノスのもとへ向かわせる為。
「クロノスのもとへ」……それが叶わないと理解した。あの人の存在意義はそこで強制終了した。当人の意思が関係なく、『生きている意味』がなくなった。
そういうことだと思うわけで。うん。多分、死ぬほどやけっぱちだったんだろうね。
で、あなたには垣根がない。境目がない。
ならつまり、逆も然りなんだよ。
影響「させる」だけでなく、「させられる」ということでもある。
……さっき「感情を読み取る」って言ったでしょう?
つまりね、ミコト。あなたにはいつも、誰かの気持ちが多分に流れ込んできているということなんだ。特に感情の昂ぶってる時なんかはね。
例えばあの【時永】を倒したときの話。あの時、あなたの他には誰がいた?
目の前にあの悪魔。直後に飛び込んできたのはイヌカイさん。いつもの場所で待っていたのはイツキ。それから、罠を張って準備してた馬越さん。
その場にいた人間が、最も多く持っていた感情はなんだったと思う?
あなた自身の驚きを乗り越えて。
あの男の焦りと苛立ちを乗り越えて。
イヌカイさんもイツキも、馬越さんですら持っていた強烈な感情。
……答えは、怒り。
憤怒。憎しみ。憤り。負けてはならないという気負い。
……仲間を守らなきゃという、強い決意。
あなたも思ったでしょう、まるで鏡写しみたいに。「イツキやイヌカイさんを守らなきゃ」。これ以上可哀想な目に遭わせる前に目の前の男を止めるんだって。
それはあなた自身が思ったのが先じゃなくてね、ミコト。
……あの3人に影響されたんだよ。
あれは、あなた自身の言葉というよりは3人の言葉だった。
「お前は創造主ではない。人ですらない。単なる悪魔だ」と。
……あなたはいわば固定砲台。エネルギーを取り込んで、取り溜めて。
最終的に打ち出すことを決断した想いのまとめ役。
でも後悔したんだね。しちゃったんだよね。
あの日記を見てしまった。あの日記を知ってしまった。
思いもしなかったバックボーンに戸惑ってしまった。
だったらあんな別れ方しなくたって、すんだんじゃないか。
もっと違うやり方があったんじゃないか。
……元通りとはいかないまでも目を覚ましてもらえたんじゃないか。
あなたはそういう後悔からあの世界を作った。あなたの知る誰もが平穏に暮らせる場所を。
理想の世界を。箱庭を。……理想の過去や未来もくっつけて!
そうして「彼」をその、想像の箱庭に放したんだ。
まだ奇跡的に生き残っていた「時永 誠」の一部分を。
……うん。
まあそれはね。「正しい願い」ではあったと思うんだ。
みんな、楽しそうだったでしょ?
イツキも、イヌカイさんも、あの人も。
橘先生も、佐田さんも、谷川さんも、みんな。
でもね。それじゃ駄目だった。
所詮は16年しか生きてない女の子の夢だった。
……誰も救えなかったね。
むしろ数えきれないぐらい迷惑をかけた。
イツキもイヌカイさんも、結局そうで――彼らには、前のミコトが必要だった。
あなたと一緒に帰りたいって叫んでた。
……ねえ、ミコト。聴こえてたよね。あなたは聞いてなかったふりをしていたけれど、私にはちゃんと聞こえたよ。
あなたのお父さんも、前を向くことを選択したんだから。消えたっていい。満足だって言ったんだから。
……だから、この世界は。もうこのお話は、おしまい。
「私」の役目も、もう終わり。
……ははっ、悲しくはないよ。
あんまり感情的だと私は「仕事」が出来なかったから。
ただ、ちょっと寂しいかな。明日から私は何もしなくていい。
ミコトの中で多分、死ぬまで眠るだけ。
……ねぇ、ミコト。きっと誰しも願うでしょう?
もしもあの時ああだったら。もしも私が、普通の人だったら。
…………ねぇ、ミコト。
あなたは、できるだけ「普通の子供」になりたかったんだよね。
あの理想の箱庭で。
だから私を切り離したんだ。
今喋っている私は、あなたから生まれた「創造主」。
あなたが持っていた生来のスキルが意識を持ったもの。
“あの世界の管理人をやっていた、一人の女の子”。
明日の天気を作って、明日の水害を作って、過去と未来の人の営みを作り、設定する。そのくせクロノスからゴーレムを借りて、痛む心を持てあましながら……世界を壊そうとするイツキや、イヌカイさん、あの心優しい父親を牽制し続けた、創作世界のあるじ。
……もうどこにも見当たらない、あなたの見た夢の残滓。
ねぇ、本体のミコトさん?
こんなことを言ってもどうせ夢の中だから、目覚めれば忘れてしまうだろうけれど、ひとつだけ最後に承認してほしい。
最後にひとつだけ、私は「モノ」を作っていいかな?
あなたの描いた夢は、「正しかった」と私は言った。
だってあの世界がだよ? そのままなくなっちゃうなんて残酷かつ、一番最悪な状態だと思わない?
一人の女の子が想像しただけで現れた、ひとつの人類史。……それらがこんなあっさりなくなるなんて、私の作った住人たちも報われない。
――だからね、せめて。
せめて、確かにそこにあったっていう「証拠」がほしいんだ。
あるかもしれなかった世界。少なくとも数ヶ月は「存在」した世界の話を、私はなかったことになんて、絶対したくないから。
うん? むちゃくちゃだ? 笑止。だって私は「ミコト」だよ? あなたの一部。
あんな途方もない悪党だったところで、あんな悪魔みたいな男に「悪魔と言って悪かった」なんて後悔する女の子だから。
……そこにあった、彼曰く張りぼてかもしれなかった。
それでも実在したんだよ。幾人もの人の営みとかね。
喜怒哀楽とか。想い。無念。形にならない、当てはまらない、もやもやしたゴースト的な感情。
それらがちゃんと……そこにありましたよって証を。
最後に、あなたの生きる現実世界に、爪痕としてのこしてあげたいんだ。
……確かにそこにあった夢の証。
あなたが抱いた、「正しい願い」の破片。
あの時、自らの意思で「意図」を結び未来を手にした人を軸として。
……許してくれる?
うん。じゃあ、そうだね、ありがとう。
これで私も眠ってられる。
……作成を開始します。
「願いの象徴」を。
……人の心を縛るもの、「操り糸」を斬る、夜明けを拓く刃の形で。
――。
――じゃあ、おやすみミコト。
そしておはようミコト。楽しい旅を。