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1.本当の始まり

※ここから2部の開始です。1部はメインキャラクターの紹介も兼ねて主観が多かったわけですが、ここからはキャラクターも多くなってきますので一歩下がった三人称視点が多くなってきます。

「おい愁繕、ここが分かりづらいぞ!」逆に「おい、意外とここがよかったぞ!」という場合は感想やTwitterにて。

ご意見ご感想、こっそりとお待ちしております……




 ……あれから1年。


「ただいまー」


 ぱたんと玄関扉が閉まる。生活感のない殺風景な玄関には塵一つ落ちていない。

 靴は脱いで、シューズボックスへ。

 「ただいま」。以前まではそう呟いても、答えが返ってくることなど稀だった。


 ――だっていなかったんだもん。


 ミコトはこっそりと息を吐く。


 ――()()()()()()()()()しか。

 そして、彼に対して怯えた馬越さんしか。

 しかし今では。


「よっ、お帰り~」

「お帰りなさいませー」


 その顔がひょこりと二人分。廊下の角から顔だけ出すのを見て。

 ――ああ。ようやくほっと、ため息一つ。


「……」


 未だに思うのだ。「夢ではない」。

 「私の友達はそこにいる」。……喜んでいいかも分からない、そういう経緯ではあるのだけど。

 それでも確かに存在している。


 ――もしも彼らが「時永」という悪魔に騙されなければ。

 あの時イツキが家に誘われなかったら。

 あの時イヌカイがお酒を飲もうと誘わなかったら?

 そんないくつもあっただろう分岐点の中で、確かに彼らはこの道を選び、選ばされてこの家に来た。

 そうして私は「彼ら」に出会ったのだから……それはある種、幸運と思っていいんだろう。


 ミコトは大きく息を吸う。


 積み重ねた「過去」を乗り越えて。積み重ねた「物語」を足場にして。私と彼らは今、同じ景色を見ている――


「やっぱり……この家が一番だぁ」


 ――さっきの挨拶は馬越さんとイヌカイさん。……うん。()()()()()だ。


「……ふふっ」


 1人だけ、今は声が聞こえない人がいるけれど……それはいつものこと。

 彼はその場から動けないからまぁ、しかたないとして。それでもミコトは今、帰宅というものはこういうものかと思えていた。


 ……人に出迎えられる幸せ。挨拶が返ってくる幸せ。


 ミコトにとっていつも何もない場所だった。思い出らしき思い出も殆どなかった。そんな静けさのあるがらんとした「大きな家」でしかなかった時永邸。

 それに少しずつ流し込まれていくのは多分、愛着なんだろう。暖色系の……あたたかな、居心地の良いぬくもりだ。




   *  *  *  *




 ――あの後、「時永先生」の謎の失踪は学園内でかなりの話題を呼んだ。

 (くだん)の12年前と絡む、あの話……当初ミコトが噂話で聞いた「学園七不思議」のうちの失踪・行方不明系エピソードを知るオカルト好きの生徒たちは半ば興奮気味に語り合う。ひそひそと――いや、そのうち堂々と。

 ミコト当人が目の前にいるのにも関わらず。


 更にはそれを伝え聞いた、普段そんなことに興味はないはずの生徒にまで!

 そう、瞬く間に七不思議ブームは広まってしまっていて。

 ……そうした結果、時永の娘であるミコトも標的ならぬ「注目の的」になってしまったため。気がつけばミコトは少しずつ、クラスメートとの交流を着実に増やしていた。


 元々ミコトも別に好きで他人と距離を置いていたわけではない。気がつけばそうなっていただけのこと。

 その証拠に話しかけられれば普通に返すし、ジョークも通じる。

 ただ単に自分から飛び込んでいこうという積極性がないだけだ。


 そもそも、よくある「お喋りグループ」になんとなく加わったところで――ミコト自身の発言はかなり少ない。だって他人同士の会話を静かに聞いているだけでも、ミコト本人はけっこう楽しんでいる。

 「試しに自分の意見を出してみよう」とか、「話題を転換させてみよう」とか、そういうことは思わない。ほとんどの場合、聞いているだけで満足なのだ。


 ミコト自身、自分が話題提供をするタイプの人間ではないと思っているし、お喋りがうまい人間とも思っていない。なので「話の中心にあえて飛び込んでいく」なんてアクションは残念ながら、今までほとんどしなかった。

 だからこそミコトの立ち位置は今まで、ずっと特殊だったと言える。


 ……いうなればそう、()()()()()()な女の子。

 カリスマ的な先生だった時永とはまた違った意味で、「見た目は可愛いんだけどとっつきづらい」。そんな女子生徒――それがミコトの立ち位置だった。


 積極的にグループに関わらず一人で文庫本を読んでいるか、他グループから聞こえてくる雑談に一人でじっと耳を澄ませているかのどちらか。

 「話しかければ返ってはくるが、深入りはしてこない」。

 そんなミコトのいつもの調子は……クラスメートから見ても、恐らくどうも絡みづらかったのだろう。


 それが時永の失踪で「がらり」と変わった。

 学園全体での人気者だった時永の姿が見えないことで、ミコトが事情を知っていると思い、聞きに行く女子生徒が増えだしたのがそもそもの発端なのだが……

 あいにくミコト自身、特に細かいことが言えるわけでもない。

 そもそも嘘をついたりするのは苦手な方だと自負していたし、当たり障りないことを言うのが精いっぱい。

 というかあんな非科学的なオチ、周囲に言いふらせるわけでもない。


 ……それでも一度、ミコトとまともに「喋ってみた」。一言でなく二言三言をやりとりしてみた。

 そんな人間が増えたのが、思えば大きな出来事だったのだろう。

 それで初めてミコトの人となりを理解した生徒が多かったのだ。

 幾人もの生徒がミコトを「あ、意外と話せる人間だった」と気付いた。


 ――だからこそ、今ではそこそこなじんでいる。

 そんな現状がミコトという16歳の現在の様子。

 あの事件の思わぬ副産物だ。


 イツキとイヌカイが前を向いた。馬越もミコトの後見人として世話役を続投。

 「あの人がいなくなってよかった」とも、ミコト当人としては言いづらいのだが……ひとまずは、多分そんなところだろうか。


 しかしどれだけクラスメートに溶け込もうと、我が家に住む大親友たちには敵うはずもない。

 ミコトはやはり今でも、学友との遊びもそこそこにできるだけ真っ直ぐ家へと帰るようにしていた。




   *  *  *  *




「……イヌカイさん、今日も大ハッスルしてるねぇ」

「ああ、元々体動かす方が性にあってる人間だからな……」


 開放感のあまり「怒られそうだけど鞄を放り投げたい!」そんな衝動にかられつつ、ミコトは誰に言われるでもなく床をせっせと拭き掃除していたらしいイヌカイに声をかけた。

 それまで集中していたらしい彼はふっと何か気になることでも耳にしたのか、ぴくっと耳を動かす。

 ここは廊下……まっすぐ伸びた通路は距離にして20メートル弱ぐらいだろうか? その途中にはどこから持ってきたのかタブレット端末がおいてあり、アプリケーションだろう、小さくラジオの音が聞こえていた。



『……ということで始まりましたー! 「タコパのパとコスパのパ」! このコーナーは無類のタコ大好き人間であるわたくし佐田秀彦が、近場の横浜港で水揚げされたタコをですね、いかにして吟味してお安く手に入れるかという真剣勝負の企画でございますー!』


「ぶっ」


『ってなわけでですねえ、えー、本日はアドバイザーとして横浜港で働く美人アルバイター、谷川ユキさんとお電話が繋がっておりまーす』


『はーい! みんな大好きゆっきーだよ~! しもしもーっ』



 どこかで聞いたような声。だが、名前はまったく覚えていないパーソナリティの底抜けに明るい声にミコトは耳を澄ませた。何故だろう、イヌカイが一瞬噴き出したような気がしたからだ。

 こういう様子は結構珍しい。が。


  ――「ぐへらっ……げっほげほげほ!!」



「あ? イツキどうした、咳き込んでるぞ」


 ……ミコトの耳には聞こえないが、イヌカイが反応を返す。どうもイツキが何か変な反応をしたらしい。


「イツキどうしたの?」

「いや、なんか唾が気管に入ったみたいな……いや、どうでもいいか」


 何にせよ平和な光景だなぁ、なんて。……ミコトはくすっと来ながらも、しみじみと思い返した。


 時永がいた頃はそもそも、イヌカイがこんな奥まったところまで来ることはなかった。というかドームはよく闊歩しているが、家の中でなんて見たためしがない。

 それにテレビやラジオなんて聞いているところも、まったく見なかったのだ。


 ところが今では時折こうしてラジオも普通に流すし、ミコトがリビングでテレビを見ていると時折、所在なさげにうろうろしにきては邪魔していったりする。

 ……前はもしかしたら、外の世界に気を向けるような気分にもなれなかったのかもしれない。

 いや、ひょっとしてあの人に騒音だと思われて文句でも言われたんだろうか? それとも顔を合わせたくなかった? いや全部か。


「まーとりあえず暇だから、何かやりたくてな……なんというか、体力が有り余ってるんだ。それに今は馬越さんの好意で置いてもらってる身だし……」


 やたらとにぎやかなラジオ放送を聞きながら、軽いながら作業だったらしいイヌカイは一旦その場で立ち上がると、結構楽しそうな顔でゴキュゴキュと関節を鳴らしながら答えた。


「昔、なんかスポーツやってたとか?」

「あぁ、少しバスケをな……」


 ミコトは少し考え……やがて「あ!」と納得した。

 そういえば七不思議の話を最初に聞いた時、そんなこと言ってたような。

 ――というか、すっかり忘れてた! この人もともと、バスケ部の先生だ!


「えっ、なんだ、知ってたのかミコト」


 イヌカイの意外そうな言葉に、ミコトは頷く。


「そういえば学校の他の子から聞いたことあったなぁ、と……消えたバスケ部顧問の謎」

「なんだそりゃ……出来損ないの推理小説みたいな言い方だなおい」



  ――「あーそれちょっと読んでみたいかも。絶対予算削られまくったB級映画みたいな感じだよ!」



「グゥァルルルル……!!」

「イーツーキー? どさくさにまぎれて何言ったのかわからないけどイヌカイさん耳いいから聞こえてるってー! ってか牙むいて怒ってるよー?」


 ミコトにとっては本気を出しても何にしても、イツキだけ一人だけ遠くで発言している状態なので本当に聞こえない。が、地獄耳のイヌカイにとっては違うらしい。

 あとやはり時永のときもそうだったのだが、イツキもどういうわけだかこちらの会話が聞き取れている。

 曰く「耳というよりは地面を介して振動で聞こえる感覚」だそうだ。


「あぅ?! ……あ、いや、怒ってないぞ? ……たかがガキのいうことだ、本気にゃーしないって……ふっふっふ、後でつるでも噛み切るか……!」

「いやいやいや! お酒に酔ってる人が『酔ってない』っていうのと似たようなもんだよ、それ! ……というかイツキ、実年齢はたぶん成人済みでしょ」

「実年齢ねぇ……そういえばあれから何年もたってるんだよな……」


  ――「あ、お酒飲める年齢だよねオレ。そういえば」



 イツキがどうも茶々入れたらしい、とミコトはイヌカイの表情から判断した。



「……イツキくーん、そうやって変な大人とお酒飲んだら余計人生変わるからやめとけー? 狼さん泣いちゃうからー」


  ――「冗談、これ以上そういう毛が生えたらカオスだから止めとく。でも考えてみたらそんな歳なんだねー」


 苦笑しながらボソッと言うイヌカイ。


「俺たちにとっては……あのときから時間、止まってるからな」


 と、その時だった。


「      」


「え?」


 ミコトの頭の中に何かが聞こえた。

 叫び声にもすすり泣きにも、歌声にも笑い声にも聞こえる何かの……曖昧な声。


「どうした?」


「     ろ 」


「!イヌカイさんラジオ消して」

「あ、ああ」


 端末をミュート。ついでに電源も落とすとラジオが沈黙した。何が聞こえるはずもない。

 だが。


「また聞こえた……」

「ミコト?」

「イヌカイさん、なんか聞こえない? なんというか……小さい、ボソボソッとした人の声」

「……いや、まったく。イツキは?」


  ――「いや、何も……」


 何だそのホラー。そう思いながらイヌカイは廊下突き当たりの方でモップ掛けしている馬越さんを手招きして呼びつけた。


「イツキも『聞こえない』だと」

「馬越さんは?」

「いや……こちらも何も」



「い   に    う」


 耳のいいイヌカイどころか、イツキにすら聞こえない不思議な声にミコトは混乱しながら耳を澄ます。


「ミコト、なんだ? 何が聞こえてる?」



「   しょ     を  」


「わからな……あ」


 段々鮮明に聞こえてくる。


「い しょに あ  しいせか をつ ろう」


「一緒に、新しい世界を、つくろう……?」


 心なしかそう聞こえた次の瞬間だった。

 ミコトの足元が白く光りだすのに気づいたイヌカイが声をあげた。

 あれは……この間、時永のときに見た()()とそっくりだ!


「――ミコトっ!」


 ……床が抜ける。


「えっ……」


 落ちる! ……思ったその時、腕がつかまれた。

 イヌカイと馬越が腕を引き上げようと……いや実際、引っ張っている。


「おい、イツキ! つる持って来いつる!」


  ――「ロープみたいに言うなよ!? それに無理だっ、限界まで伸ばしてるけどミコトの部屋までしかいかない!」


「ドサに紛れて勝手に開けると殺されるぞ!?」


  ――「こんな時に誰がそんな自殺行為するかバカぁあああああ!!!?」


 床にあいた光の穴にミコトを引っ張っているのは、引力だけではない。

 内外に気圧差でもあるのだろうか、突風すらもミコトを追い立てるように吹き込んでいて……


「ミコト、離すなよ! 絶っ対……離すなよ!」

「……は、なしたくない、け、どっ……」


 ミコトが心の中で「無理かも……」と続けた瞬間――その手はするりとイヌカイの指をすり抜けた。


「ミコトぉっ!!」


 耳に残る風の音。その緊迫した音のみが、ミコトを追いかけていった。

 ……一瞬の出来事だったに違いない。


 ミコトの伸ばした手が見えた。

 なぜか、()()()()()()ような顔が見えた。


 光の中にずぶりと飲み込まれて消えていく、そのうるんだ目が――たった一瞬だけ、見えた。


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