9.思いたくなんてない!
伸ばされた足。
それが届く直前に……イヌカイさんが動く。
「はい、ちょっと失礼っ!」
「えっちょ……おわぁっ!?」
考える間もなく体がふわりと浮く感覚がした。どさりという音。顔に風が当たり、いきなり消失する地面の感触。
「逃げるがっ――勝ちだ!」
……慌ててしまう私の目の前でぐるりと回転する視界。ズドン! とすぐ隣を重そうなグレイブフィールの足がかすめていった。あっこれ、まさか……!
「逃げるのっ? あれだけあおっておいて!?」
……私は叫んだ。
イヌカイさんもしかしてこれ、私を小脇に抱えて走ってるんじゃ……っ。
「い、いいっイヌカイさん!? ちょっ、はや、い……っ」
「ぐらぐら揺れても我慢しろ! 気持ち悪くなったら吐いていいぞ!」
「吐かないけど!!」
目の前で思いっきり扉が蹴り飛ばされたのが分かった。
後ろからはあの、グレイブフィールの苦しそうな呻き声が聞こえる。
「……あれって」
「あんま考えんな、俺だって気持ち悪いし怖い」
顎の下しか見えない。ここからだと表情の分からないイヌカイさんは走りながら言う。
「俺たち以外にもいたんだよ、色々と見えてるガワはそいつらの筋だし肉だし血管だ、失敗したやつは全員あいつの体になってるって話だぞ!」
「……意識は」
「俺が知ってるのはあくまでガワの話だ、そんなもんがあるかは知らんし余裕はな……っ」
――イヌカイさんがキッと口を閉じたと思ったらいきなりジャンプした。
「……っと!!」
大縄跳びのようにその下をすり抜けてばすんっ! と床を叩く、グレイブフィールの足。
表面にどくりと脈打つ血管。
……透けて見えた。
私たちと同じ、「赤い」血の色が。
「あ」
考えてしまう。
もし、その人が。そこにいたはずの人たちが。今の私と知り合いだったなら。
――小さく叫んだ声がした。その声が私を、現実に引きずり戻した。
「っ……正直、ごめんなさい、だ!」
荒っぽい声だったがイヌカイさんの本音だった。謝罪だった。本音だとすぐに分かった。「それが教え子だったとしてもミコトを守る」……知り合いだったとしても敵対する。そう彼は確かに口にした。勢いだったとしてもそう言った。
しかし冗談じゃない。
……彼だって平気なわけがない。あんなもの、本当なら相手にだってしたくはない。私でさえこうなんだから、絶対そうだろう。
私がイヌカイさんだったなら耐えられない。
本来、こうして顔すら合わせたくなかったはずだ。
だってそこにいるかもしれなかった。イヌカイさんだって一歩間違えれば……あそこにいたんだ。
イヌカイさんやイツキみたいにならなかった人たちの集合体……私はひとりでに震えてくる体を無理やり押さえつけた。
だからあんなおぞましさがあるし、悲しさがある……。
「……悲鳴みたいだね」
「そうだな」
苦しそうなグレイブフィールの声を覆い隠す、冷え切った同意の声。私は息を思いっきりお腹から吐き切ると、前を見た。……廊下の突き当たりが近い。それと同時に、にちゃにちゃにちゃにちゃ! という湿った音が聞こえる。
「ど、どこ……どこ行くの?!」
そういえばずっと走っている。逃げているというよりは誘導していると思った。だって、ほとんど曲がってない!
「へへー! いつもんトコだ! 大体あんなとこじゃあ俺の体格じゃ暴れらんないだろうが! それに一泡ふかせてやるのは今しかないだろ?」
ようやくイヌカイさんの声が笑った。……無理やり笑っているように感じなくもないのが少し悲しい。多分、私を安心させようとしている。
「イヌカイさん」
「何だミコト、言っとくがな、無茶すんじゃねえぞ」
……先に言われた。というか、先回りされたという印象だった。
確かに精神的にはお互いギリギリだ。でも、イヌカイさんのこの調子……どうも何か考えがあるらしくって……
「しっかしだな!」
「何!?」
すっかりいつも通りに戻った明るいイヌカイさんの声。……彼が今飛び込んだのは私の知らない、入ったことのない部屋だった。
ああ、そういえば突き当たりの左の部屋にはいつも鍵がかかっていたっけな……何度か入ってみようと試みて、それでも駄目だったんだ。
コンクリート剥き出しの打ちっぱなし。毛布だけ畳んでおいてある、殺風景で寒そうな部屋……
「なんつーかこりゃ、相当スケールのデカイ親子喧嘩っていうかなんというかだな!」
「……今更、親子って感覚は殆どないけどね!」
そんなコンクリート部屋の奥に、不自然な縦穴があった。
地下通路!? ……ストンっと慣れたように通路を落ちて着地する彼の様子に、私はハッとした。
これ、もしかしてイヌカイさんがいつも使ってる抜け道なんじゃ……! ということはあの、ずっと入ったことのなかったコンクリートの部屋はイヌカイさんの寝泊まりしてる部屋だったことになる!
あ、あんなところに、12年間も……っ。
「おおおっ? 親子だって感覚がないなら好都合じゃねえの! 俺があのクソ眼鏡の悪口言っても怒らないってことだっ!」
「怒るわけないでしょ! 私だってあんなの……っ」
暗い地下通路の中、嗅ぎなれた土のにおいがして、私は前を見た。これ……イツキのところに……植物ドームに繋がってる!
私は思わず言い放った。
「……イヌカイさんの言う通り、『クソ眼鏡』だと思ってるよ、今は!」
「おーおー、ひっでぇの。よーしドサに紛れてもっと言ってやるか! あの馬鹿のことだ、意味なんかわかんねぇだろ……ほれ、バーカバーカ!」
後ろを追っかけてきているはずのグレイブフィール。私は振り返った。……暗くてよく見えない。それでも……音は、反響して響いている。
「……っ……」
何故だろうか……こんな状況なのに。私の心は。
「……ばあああっか、あっかんべー!!」
「よく言った!」
ひどく、ぽかぽかとしていた。
……あたたかく感じたんだ。
悪口を言って褒められるなんてあんまりない状況だと思った。でも……でも、口からそれは止まらなかった。
イヌカイさんと一緒に、言ったこともなかった悪口をノリ良く叫ぶ。そうだね、こんなの言いたくなるよ。
つらかったよね。あんな部屋、寒かったよね。寂しかったよね。それでも……
……私を、助けに来てくれた。助けようとしてくれたんだ。
「陰険クソ野郎―!」
「脳みそゴミおじさあああん!!」
「ここまでおいでええええ!!」
目の前の人狼はなんだかあの父親よりもずっと人間らしくて、あたたかくて。またぽろっと涙が出た。
考えてみる。
……人の姿はしているが、人を信じることもせず、見下して玩具としてしか扱わない父と、人からかけ離れた姿をしているにもかかわらず優しさを忘れず、見下すこともしないイヌカイさんたち。
どちらが人間らしいのだろうか。……どちらが、人として正しいのだろうか。
イヌカイさんはまた扉を強引に蹴り倒すと、遠くにあのお馴染みの木の姿が見えた。向こうも気づいたらしく小さく枝を動かす。
ずざざっと音を立て、ホームベースに滑り込むがごとく急ブレーキをかけると、イヌカイさんは私を地面へと下ろした。
「……もうちょい必要だろ? あいつぶん殴ってくるわ。ミコトを頼む」
目をぱちくりとさせ少しばかり緊張している様子で答えるイツキ。
「……わかった。一応オレからも言うけどね」
「何だ」
「……無茶しないでよ?」
あっ。
「……ぜってぇお前の方が地獄耳だと思うんだよな」
「どっこいだよ、少なくとも今は」
「オイそれどういう意味だコラ」
私はさっきのイヌカイさんの言葉を思い出した。……確かに言った。
私に、「無茶すんなよ」と。
つまり、イツキもあれを聞いていたことになる。
……私からしたらどっちも耳がいいってレベルじゃない……。けど。
「確かにイヌカイさんの場合、最初っからそういうイメージある……」
「オオオイ!? ミコトこらあ!?」
「で、返事は?」
「お前なんでそんなクールなの、ちょっと傷つくんだけど!?」
「真面目にっ!!」
イツキが珍しく口を荒げた。……イヌカイさんはため息をつく。
「あー……はいはーい。わーってるよ、大丈夫」
「……え、マジで。その言い方大丈夫? 信用していい?」
『ぜってーなんかやる気だ!』、そんなことを言いそうなイツキに、イヌカイさんはハッと笑う。
「勝手にしな」
『俺も勝手にすっからよ!』、こちらもそんなことを言外に込めて。
どこかツー・カーのような2人の会話を聞いて、ふと思い出す。そういえば……いつかぼそっと「2人って仲良いよね」と私が漏らした事があった。
すると、こんなやり取りが帰ってきたんだ。
――「まぁね! ……思えば昔はそうでもなかったけどね、イヌカイ?」
――「そうそう、昔はそんなに仲良いっていうか、たまーに顔あわせるくらいでろくに喋ったこともないような感じってか……そんな感じだったんだけども。……でもこのとおり、ココって何もないだろ?」
――「そうだったよねー、まったく面白いもん無くってね、ここ」
――「やることねえからってお互い妙なノリで話してるうちにいつの間にかな……お互い呼び捨て、タメで話すような感じになっちまったんだよなぁ。別に今のこの状況が嫌いってわけじゃないんだが、今思ってみるとつくづく人との付き合い方とか、縁って不思議だなぁと思うわけよ」
あの話、そして噂のとおりならば……2人はここに来る前は生徒と教師の間柄だったことになる。
生徒と教師がタメ口で喋り、お互いを呼び捨てで呼ぶようになるというのは普通なら無い状況だ。何がそこまで2人の距離を近づけさせたのか。
……それはきっと、他に同じ境遇のいない寂しさだったんだろう。
あの男の話が本当ならば、その他同じ境遇になる可能性のあった人たちはグレイブフィールに処理……たぶん食べられてしまって、イヌカイさんのいうところの『ガワ』、つまり体になった。だから。
「……本当に気をつけなよ?」
イヌカイさんはイツキのその声に答え、笑う。
「……心配性だな、お前は」
そういうとすぐ、イヌカイさんは後ろを振り返った。耳がピンっと立っている。抜け道をぬめった体でどうにか抜けてきたグレイブフィールが、すぐそこまで追いかけてきていた。
* * * *
……ぬめった触手。浮き出た血管。脂肪。
それを見ながら思い返していた。ここまで来るまでの話を。
そもそもの、発端を。
――「……どさくさに紛れて仕返しとか、したくないですか?」
――「仕返し?」
――「ええ。やられる前にやり返せば良いんじゃないかと」
――「……つまり?」
――「つまり」
……つまるところ、俺たちの知っている時永は一般的なそれから見て、極めて異常な人格を持つ人間であり、気の短いサイコパスだという話だ。
『この世のすべては自分の思い通りになってしかるべき事柄』で、シナリオ通りに動かない駒の方が悪い。使えないと判断したら普通に「消し」にかかる。
――「というわけでこのままだと『ミコトちゃん』は殺されるわけですが」
――「普通に言ってる場合?」
――「場合じゃありません」
――「だよな!」
思えば馬越さんもそろそろ限界に近付いていたに違いない。
――「さすがに黙ってみているわけにもいきません。というわけで考えてみたのですが、殺されるその前に『自分たちで彼を仕返し交えて殺してしまえば』、問題は無いのでは……と。まぁ、自分の考えにしては少々過激ですが」
じゃないとそんなヤケクソめいた発言出てこない。俺たちだって実際、一度痛い目にあったからここにいるのだ。
……ここで、ずっと過ごしてきた。
来る日も来る日も暇を持て余して、毎日を過ごしていた。
歯向かえば殺される。いや、殺されるぐらいならまだマシか。もっとヤバいことが起こるかもしれない。
そんな雰囲気があったからこそ、いつまでもこんなところでうだうだしていた。……だって、さすがに殺されたくはない。いくら暇でも気が狂いそうでも、命があるだけまだマシだ。そう思って様子をうかがっていた。
だがそれもここで……多分、終わる。
――「そりゃあ……確かに馬越さんらしくねぇ。というか少々と言わずともかなり過激だな」
……自分たちが今、こうしているキッカケとなったやり取り。それを思い出しながら俺は走り始めた。飛ぶように打ち付けてくる触手をかいくぐり、どうにか反対側へ。どうにか、違う方向へ。
――「いや、まぁ……一応私達も彼も人ですから、殺す、とダイレクトに言うのはアレでしたけれども。自分としても恨みは多々あるので」
――「そりゃ……馬越さんの使いっぷりは凄かったからな。本人も嫌々だし」
――「いや、嫌々なのは当然でしょう、というかそもそも自分はオカルトは創作の中だけで充分な人間ですし?」
……でっすよねー。
――「うん、まともだわ馬越さん。ここぞとばかりに際立つ主従の差。でも、殺す……ってなると、かなり覚悟がいるぞ。何、殺人罪?」
――「……覚悟的なものがいるにしても……このままだと、あいつ、またやらかすよ?」
そうだな、イツキ。
……あいつ、きっとやらかすよな。
――「もしかしてイヌカイ、第二第三の犠牲者を出したい?」
――「滅相もねぇ! っていうかお前も今日キャラ違うぞどうした?」
――「殺人罪とか言ってももう人間卒業しちゃってるオレ達には関係ないだろ。人間の法律なんて。……だからさ、やってみよう」
――「えー……お前、正気か……?」
……限界に近付いていたのは馬越さんだけではなくイツキもそうだった。そりゃあそうだろう。俺はともかくあいつはまだ子供だ。申し訳ないけども一介の高校生にしたってちょっと若い。だからこそあいつはよく踏ん張った、ともいえるのだが。
――「ねぇイヌカイ、時永がいなくなったらさ。何したい?」
――「は? 何したいって……」
――「オレたちさ、その気になれば何でも出来る気がしない?」
駄目だ、こいつ何とかしないと。そこまではそう思っていた。だけど。
――「そりゃ、今まで失ったものは多いけど、気力っていうか……そういうのは失ってないだろ? そろそろ前を向いてさ、こういう悲劇の連鎖みたいなのは誰かが断ち切るしかないと思うんだ」
……諦めていたんだ、と思った。そこで初めて、理由をつけていたんだと気付いた。……消されたくないから? 違う。死にたくないから? だったらもっと前に進もうとした方がよかった。完全に支配されたこの環境下から脱出しようと、あがいた方がよかった。じゃないと、未来なんてどこにもない。
外に出たところで俺たちに確かにいいことなんか一つもないだろう。元の生活にも元の体にも戻れないだろう。でも、俺に未来がないからって、他に未来がないわけじゃない。
――「オレたちはまだ守れるよ、少なくともまだ毒牙にかかってないオレたちの友達……ミコト1人くらいは」
……イツキの言う通りだと思ってしまった。しり込みしてちゃ始まらなかった。だって普通の女の子1人ぐらい守れなくてどうする。
一応はまともな大人が、少なくともまだここに一人はいるっていうのに。
「……俺が、いるだろ……」
馬越さんが疲弊してようが、まだ。イツキがガキだろうが、まだ。
俺がいる。まだ、踏ん張れる俺がいる。
諦めるわけにはいかない。このまま腐っているわけには……いかない。
見たところ、時永もあの化物も……どうやらちょうど馬越さんが狙った範囲内にいるらしい。そこから動かさないように、そしてそこに仕掛けがあることに気づかせないように動いて時間を稼がなきゃいけないわけだが。
……そう思いつつ俺は大きく踏み込む。ハイキックだ。足が肉塊の顔面を薙ぐように打ち付ける。
「ァアオォ!!!」
肉塊が呻き声を上げて転がりかけるがすぐ踏ん張る。どうやらさっきの……ミコトのときに割り込んだ不意打ちで学習したらしい。すっ飛ぶギリギリで衝撃を受け流したのがわかった。
「グ! ギャア! アアアアア!!!」
「な、あ、うおっ」
お返しとばかりにトン!タン!タン!と連続でこちら側に叩きつけられるそれに気を取られていたら、別口の触手が見えた。……げ、やっべっ!
「うっえええっ……」
にちゃっとした足……というより触手のが近いか……が腕に絡みついてきた。吐き気がする。軟体動物のようなぬるぬるとした感触がすごく不快だ。
ふと見ると向かいっ側のイツキの方にも同じように触手が絡み付いていたが、
そっちに気をとられている余裕は残念ながらない。
「だあっ、もう!!」
悪いがそっちについてはイツキ本人に任せるしか無いだろう。大丈夫、あいつだってどうにかできる。……できてくれなきゃ困る。
「クソッ、離せ、ってんだ、コンチクショウが……っ!」
「ギィ!!」
「ぎぃじゃねえ……っ痛いのは俺だっつの!」
「グエー!!」
自重でつぶれたような呻き声を出す肉塊に、俺はまた蹴りを入れた。……ずぶりと足がその組織を、細胞を思い切り潰していく。
自分のものとは思えない馬鹿力を見つつ、色々な意味で心が軋んだ。
* * * *
あーあ、これどうするかな……。
オレは心の中で思わず、ため息をついた。攻撃をガードしようとしてのばしておいた蔓には、あの化物の足……というか、触手のようなものがくるくると巻き付いている。
「い……イツキ、それ、大丈夫……?」
ビビっているような雰囲気のミコトに……うん、聞かれても困る。
この触手、見た目はぶよぶよぬめぬめとしていてナメクジのようなんだけど、視覚ではいくら気持ち悪くてもこの体になってからと言うもの、肌の触覚が鈍いというか殆ど機能していないせいで……困ったことにあまり気持ち悪さというものを感じない。
でもこれはきっと普通だったらものすごーく気持ち悪く感じるだろうし、振り落したい衝動に駆られるだろう……だろう、けども。
――グチュグチュグチュ……
聞こえてくる音は気持ち悪い、のだが。……うーん、なんだろうこのもやもや感は。見た目の気持ち悪さと、実際にはまったく気持ち悪がっていない自分がミスマッチで納得いかない。
「……えい!」
――ブチッ!
オレは少し苛立って、にゅるにゅると伸びてきた触手にそのストレスをぶつけるがごとくブチッと切った。
――ぶちっ。
「……は?」
「えぇっ!」
予想と違い、ぜんぜん違うところからの音。ミコトの声が聞こえた瞬間……オレは状況を把握するのに数秒を要した。
えっと……これって、あれか? 仕返しされたってヤツか?
というか……え。
腕代わりに使っていた組織がぶっ壊れたのに気付くのに数秒遅れ、気付くと同時に体の芯が冷えたような感覚を覚える。肝が冷えた、というよりかはやっぱり……怒りの方が強かった。
……だってこれがなきゃどうやって物を持てっていうんだ。指はほとんど光合成で忙しいんですよオレ?
ここまで怒りたくなったのは、人生(?)2度目かもしれない。そう思いながら事態を飲み込み怒り心頭していると、目の前で蔓がピクピクと痙攣しすぐ元通りの長さに伸びた。
……ああ、うん。なるほど。イヌカイと同じくそういう……人間というより最早生き物離れした能力は付加されてるわけか。
イヌカイの場合、身体能力みたいだけどこっちは……言うなれば、自然治癒力? 再生力? どっちだろ。
しかしつるは戻っても怒りがおさまったわけでは決してない。むしろ増幅した。八つ当たりだ。だってこんなの、まるで。……まるで……。
「……あはは、さて、仕返しに行きますかー」
「あの、イツキ……声は笑ってるけど目が据わってるよ……?」
……分かってるよ。手遅れだよ。それでもさ。
「……ミコト、できるだけオレに引っ付いてて」
「う、うん」
もうちょっとだけでもいいからオレ、自分のこと……モンスターみたいだ、なんて思いたくないんだよ。
「――ああ、決めた。あいつの足……全部ブチ切ってやる……」
「い、イツキがキレた――っ!!」
ぷ、と声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
「く、はははっ……プハハハハハッ!!!」
……何がおかしい。
オレは思い切りそれを睨みつけた。見つけたんだ。
あの、かつて憧れた背中を。
あの……もう、輝いては見えない外道を。
――グレイブフィールの、背の上に。