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39.「君」にまかせるよ 8年目・7月ごろ


・2017年7月2日(日)


 ミコトはすくすくと成長していく。

 ……ただ、それに付随して、対比して。


「誠くん?」

「んだー?」


 ミコトも真似したみたいに声をかける。

 ……いつかと同じに暫く静止した彼は、目をしばしばさせた。


「……なんでも、ない」


 ……日に日にまた、ぼけっとする時間が多くなっていく誠くん。クロノス相手の時と同じように、わたしはそれを見るたびにでこピンを繰り出した。1回、2回、3回。

 それも今はなかなか効かない。

 現状復帰に時間がかかるみたいで……


「……時々、自分のいるところが分からなくなるんだ」


 彼はぽつりと言う。寝起きのようにぽやっとした表情で。


「記憶が抜けてる?」

「じゃなくて、うまく言えないけど……自分、が、遠いものになるというか……」


 要領を得ない、ふわふわした言葉。


「自他の境目が分からないというか、何かつかみどころのない『悪夢』を見ているような……」


 誠くんは少し不快そうに目をほそめた。


「……つかまるものが何もないまま宇宙空間をただよって、何もかも諦めて数日過ぎた夢をみた。そんな感覚」


 たぶんそれは『意識がない間』の話だろう。


「僕はどこにいて、自分は誰で、今何しようとしてたんだ、っていうのが――不意に遠くなる」


 メティスが口を挟んだ。


  ――「それ、自己認識の機能が完全にダメになってる瞬間があるってことよね?」


 誠くんはわたしの後ろをスッとみた。言葉が聞こえてるわけではない。でも、「わたしに何かが話しかけている雰囲気」はなんとなく分かると以前言っていたことを思い出す。


  ――「前もいったと思うけど、人に意識があるってことは、見えない臓器……魂が稼働してるの」


 誠くんがまっすぐわたしに目線を戻す。……それはたぶん、間の開き方だったり、わたしの僅かなリアクションを感じ取っているんだろうけど。


  ――「あれは体を動かす脳と直結して霊的なものや精神、心や人格を司る器官。だから……自分の心が『自分という生き物』をちゃんと認識・定義していないと、正しく機能できなくなる。どういう人間か、何を目指して生きているか――それが少しでも目に見えていないと、生き物は大抵自己が保てなくなるの」


 ……内緒話と同じだ、置いてけぼりは嫌だろう。

 わたしは後ろを指して、メティスと同じことを復唱した。誠くんは頷く。


  ――「私たちの考え方では、自他共に『そこに物体がある』と知的生命が考え、初めて『物体a』が出現する」


 うーん。

 なんか、急激に難しい話になったな……。


  ――「人に目が二つあるのと同じで、観測地点が二つないと正確な形が捉えられない。捉えたとして【奥行き】が分からない」


「……うん」


  ――「時永くんの場合は……おそらくだけど、美郷やミコトが他の地点で正しく時永くん――つまり『物体a』を観測できている。でも彼自身、当人はセンサーがエラーを吐き出していて、紐付けがうまくいかない」


「……」


  ――「たとえていうなら、『砂の海に放置されたボールを探せ』と言われたのに『ボール』がうまく聞き取れない・もしくはそもそも『ボール』を知らないようなイメージに近いかしら。丸いものだとまず想定できない、指示されても探せない。たとえセンサーが自分の方向を向いていてもね」


 確かに、探さなければいけないものが『丸いもの』だと分かってなければ、まず探しようがない。


  ――「目には映ってるのにとっかかりがない、何を探せばいいか分からない……だから当人からは時々、自己が見えなくなっている。視界に入っていても輪郭を捉えられない。当人内部からの観測ができずに、脳につながるはずの信号がエラーを吐き出している」


 『自分という生き物の定義がブレている』。どんなかたちかを見失っている。

 ……もしかしてそれは。

 わたしは自分を指差した。

 ここから先は【自分の発言】だと分かりやすくするために。


「……それは」


 誠くんがわたしを見据えた。――わたしが自分を知っているのと同じように、彼はわたしを知っている。それはブレないからだ。記憶が連続しないなんてことはなく、この場にいるのは自分一人だけだと知っている。わかっている。

 なら、誠くんとの違いは。


「……右手くんが、()()()()()()を持っているのと関係がある?」


 その【観測点】が、時により、まったくちがうものを内包していたら。


  ――「ああ……さすが。またなんか見た?」


「いや、何も」


 最初こそ「違和感がある」だけだった印象が、だんだんと大元である誠くんと乖離していったのは分かる。もしかして今、あの精神科に行ったら――評価はがらりと変わるんじゃないだろうか?



 ――『いわゆる多重人格というのは、蓋を開けてみると構造はそう複雑ではありません』



 以前、あのおじいちゃん先生は言った。



 ――『何かしらの【精神的なショック】を、()()()()()()という認識を持って吸収する盾役と、守られる役があることがほとんどなのです』



 大抵、守られる本体は主人格だと。

 多重人格は――主人格を守るための盾役が被さった状態なのだと。



 ――『盾役は、防衛本能の一種が具現化したような存在です。()()()()()()()()()()()()()。言いたいことはズバズバ言うかもしれませんし、感情豊かで自由なのが必ず一人はいます』



 そうして、うまく自己表現のできないがんじがらめの状態から抜け出そうとするのだと――トカゲの尻尾を切るように、最悪なくなっても構わない部分をつくる。自分を引きちぎって囮を作り出す。


 囮を盾にする。


 その『囮』が――元々は、右手くんの役割だったんじゃないだろうか。


 要らない箇所を見捨てる本体。全部の傷をもう一人の自分に押し付けて――本体自身は無傷のまま前に進もうとする。生き残ろうとする。


 当人に捨てられた、心の一部。だから彼はあんなに冷たい目をしているし、きっとお仕事の笑顔も飾りなのだ。


 最初から彼の笑顔を追いかけていたわたしには、なんとなくわかる。

 あれはたとえば、あのままわたしと出会わなくって……いつか本心で笑わなくなった。そんな彼に近しい存在なのだと。

 出会った頃の……他人に怯えて足の震えていたそれの、延長線上。

 いつの間にか今の誠くんが忘れてしまった、かつて弱かった自分自身。



 ――『時永さんの場合、あまり内向的な性格には思えませんから。勿論、かといってハチャメチャな性格でもない。何と言いますか……『特徴的な記号』がないんです』



 あのときそういった先生は、今の彼をどうみるだろう。

 誰から見ても違う人への接し方……評価のくだし方。

 ……つまり、今の誠くん自身は、完全に自分の中でも二分化されている。

 誠くんがぼーっとするのは、「自分」がどういう人間か、分からなくなる……無意識に、混乱する瞬間があるんじゃないだろうか。

 右手くんと感覚が混線するというか。意識が一瞬混ざるというか。


「……僕でない時間が、少しずつ増えてる。そういうことだね」


 静かに誠くんは言った。……相変わらず冷静だ。というか『冷静』には見える。

 本当にそうであるかはともかくとして。


  ――「……まあ、一応……彼だって」


 メティスはぽつりという。


  ――「ふとした瞬間に、ヤケクソになるときはあると思うわ」


「……」


 言われたそれをわたしが伝えると、ふっと笑って彼はわたしの右後ろを見た。


  ――「……ここ数年、自分の状態を一番理解して、自覚しているのは彼よ。どこからどこまでが自分の領域だったかを彼は恐らく、かなりハッキリと覚えている。記憶の途切れた瞬間、復帰した時間。それを彼はいちいち覚えているのだもの。そして毎度それ相応、相当の覚悟をしながら目を開き、周囲を確認する……」


 元々「自分の記憶」の有る無しにはさんざん振り回されてきた彼だ。

 ふとした瞬間に時計を確認したり、空の色を確認するのは慣れている。唐突に我にかえり、目が覚めるのはいつだって怖いはずだ。

 ……知らない間にまた、()()()()()()()()らどうしよう。

 ()()()()()()らどうしよう?

 そのプレッシャーに何年もの間、そうしてさらされてきたんだ。

 人生の約半分を、そうやって気付けば過ごしてきたんだ。


  ――「……『人のかたちをした天災(かみさま)』相手だもの」


 メティスはわたしの右後ろ。

 いつも声の聞こえる定位置でぽつりと呟いた。


  ――「彼にできることなんてきっと、まったくもって少ないわ。喚くのも泣くのも子供の頃にさんざんやってきたでしょう」


 昔、大学で――キャンパスの片隅で見かけた彼を思い出す。

 クロノスに対して罵る彼。詰め寄るような声。

 確かにあれは、喚いていた。以降あんな弱々しい様子を見かけることはなかったけれど。いつの間にか動じない、落ち着いた人のイメージになっていたけれど。


  ――「『落ち着いた』わけじゃない。ただ、美郷の存在に救われてるだけよ彼は。いくら覚悟しても、いくらあなたの生存を危ぶんでも。生きて動いてるあなたが視界に見えたら安心するだけ。ミコトがいたら、安堵するだけ……落ち着いて気が抜けるだけ」


 だからこそ、今の主人格である彼は強い。

 守るものがあるから、守れなくとも、大事なものを知っているから。――姿を見て、声を聞いて、安心できる何かを()っている。


「……そうだね。僕の手と足と、耳と目。その前でどんなことが起こったって、結局僕自身の意識がなければおしまいだ」


 誠くんは少し目をこすって、こちらをみた。


「それでも――君が、黙って『僕』にやられるはずはない。そうだろう?」


 わたしの後ろには、ちゃんとメティスがいて。わたしという強情な人間も、彼の近くにいて。

 彼はそれを理解している。信頼している。

 ……だからこそ彼は、恐怖心こそあれ平然としていられるんだ。

 慣れもある。諦めも、妥協も。


 それでも――【それでも】と言える。


 たぶんこれ右手くんだ。そう感じる一瞬の「それ」を見かけることはすごく増えている。会話こそないけれど、大晦日の掃除、ミコトから目を離していた一瞬の空白。仕事から帰ってきて、なぜか暫く玄関前で入らない扉越しの人影。


「……もしも、とは思うんだけど」


 誠くんは少しだけ寂しそうに笑う。


「今、君と話している僕がいなくなっていたらどうする? ある日違うやつが、僕みたいな顔をしてここにいるんだ」


 ……そんな気はないだろうに。彼だって、黙ってその体を明け渡す気はなさそうだ。だけれどそれだけ、冗談じゃなかった。

 誠くんの持つ「異常」は確実に進行している。

 水面下ではあるけれど。

 ふと思う。

 ――ねえ、それってもしかして、ミコトが生まれたから?

 思わず両手のこぶしを握る――握り込む。


  ――「……美郷?」


 わたしの脳裏に浮かぶ想像は具体的だ。

 誠くんは当初、人付き合いが苦手だった。そしてそもそも――誰かと一緒に、子供を持つような性格ではなかった。でも誠くんに接触したクロノスの目的は、最初からたぶんミコトで……ミコトに会うためで。

 だからわたしと仲良くなるように、『滑り止めの大学』に誘導したんじゃないだろうか。――だって彼は、『()()()()()()()()()()()()()()』と言っていた。


「…………。」


 神様はある程度、未来を見通せるから。そして万が一、一緒になる可能性があるのが、わたししかいなかったのだとしたら。……今の誠くんは、わたしと引っ付くためだけに存在している。


「……メティス」


 わたしは口を開く。


「誠くんが最近転ぶのって、『あれ』の逆だったりしないよね?」


  ――「あれって?」


「右手くん、最初、右手だけしか動かなかったでしょ」


 元々、意識を失うことが多かった誠くん。

 以前、メティスは確かに口にした。それは【魂に異常があるサイン】だと。――魂は人格と精神を司る場所。脳はそれを体に伝える場所。誠くんにもう一度現れた意識の消失、メティス曰くの認識の消失。一時的な混濁。それは――


 ……パズルが嫌な感じにはまっていく。

 思えば、夢のミコトの周囲にほとんど姿を見せない誠くん。

 そしてさっきの、誠くん自身の発言……


「ん? ……どうしたの」


 ミコトが誠くんの服をひっぱりだして、暇をうったえる。彼は笑ってミコトを窓辺に連れて行った。――遠くに浮かぶ白い雲。風鈴の音。


「ああ、ほら、窓辺にバッタがいるよミコト。ラッキーだね」


 ……もしかして、誠くん自身も薄々分かっているんじゃないだろうか。

 分かっていて、恐怖を噛み殺しているんじゃないだろうか。


「ぶわー」

「うん、ぶわーだね。飛んでいったね、どこにいくのかな?」


 ――そう。意識の混濁、消失。

 それはもしかして、【誠くんの主人格】自体の消失を意味するのでは。


  ――「……どうかしら」


 メティスはぽつりと言葉を発した。あえてにごらせた言葉遣い。否定も肯定もしないそれは、逆に……


「……そっか」


 逆に、最悪の答えのように感じた。




  *   *   *   *




・2017年7月31日(月)



「……こんばんは、クロノス!」



 入眠からの、唐突な音声。

 わたしは目を瞬いた。ここはどこ?

 意識がふわついた中で響く、朗々としたメティスの声。

 水に映った景色のように少しだけ揺れる視界の向こうで、どこか孤独な雰囲気を持つ少年が顔を上げる。


 どこかの遺跡か、廃墟。そこの玉座に堂々と座る小さい身体――色素の薄い肌。鮮やかな髪の色。鋭い目つきの男の子。


 ……この少年がクロノス?


 わたしは驚きながらも妙に納得した。夢だ。また、未来の夢。そういえばこの雰囲気……出会った頃の誠くんによく似ている。

 メティスは以前、確かに言っていた。

 誠くんとクロノスは『根っこ』が似ている――同じ魂の型を持っている。



  ――『あぁこんばんは! ご機嫌いかがかな? メティス。……まぁそうだな、聞くまでもなく機嫌が良いようだが!』――



 ……だから地球に干渉するときは、誠くんを通じたほうが手っ取り早い……まるでメティスがわたしを通じて地球に関わるように。

 人に対して壁を作ったような、近寄りがたい雰囲気は懐かしい。

 それは誠くんがいつの間にか捨て去ったものだし、忘れたものだ。


 メティスと暫く「テンポのいい」会話が続く。

 内容はよくわからないけれど、やはり幼馴染というだけあって通じるものは多そうだ。ああいえばこういう――そんな感じ。

 ただ、それにもかかわらず……不思議と両方、お互いに気を許しているようには見えない。



「で、どういうつもりなの?」


  ――『何がだ?』――



 クロノスしか視界には映っていないけれど……声が少し遠い。



「「時永 誠」よ。……彼、本来死んでるのよ?」



 突拍子もない話にわたしは驚いた。……死んでいる? それだけ未来の話なのか、それとも……



「また何か彼使って企んでるんじゃないでしょうね?」


  ――『ふ』――



 クロノスの眉はぴくりと動いた。



  ――『誤解しないでもらいたいな。あれは我も予想外だった。……まさかあんな形で復活するとは』――



 何の話だろうか。わたしは話を頭の中で整理しようとした。……とりあえず、誠くんは一度「死んだ」らしい。それが何らかの形で復活したってこと?



「……わざとじゃないなら、あなたの支配下からうまい具合に抜けたわね」



 右後ろからは聞こえないメティスの声に、不思議な気持ちになる。少し方角が違う。なんというか……もっと近くだ。



「……だって彼、イヌカイたちには自分のことを『ミコトが創った偽物』だって触れ回ってるけど、本物の時永くんでしょう?」



 ……意味は分からないけれど、聞いておく必要はあると思った。

 懸命に頭に叩き込む。覚える。



『では、■■■■((未確定の名詞))に堕とされたあの時永が偽物だとでも? ――は、ははははは! どちらも本物だが?」




 大きなあぶく――この世界が生み出した、同じくらいに大きな泡の話。

 神様と同じ「思ったことが実現してしまう」幸運の能力がカウント不能の世界の子。「その力」がミコトによって使われることがあったのかもしれない。


 そう今、書いていて思う。整理しながら、文字にしながら。


 以前メティスに話せば、メティスですら見えていなかった道筋が突然見え出した現象をふっと思い返す。


 もし――もし、だ。

 これを書いたことで確定する事象があるなら。

 わたしは書いてよかったんだろうか、書き起こしてよかったんだろうか……

 いや、それでも。

 きっと『見て見ぬ振り』は避けるべきだ。


 この日記が物語の形をとる以上――わたしは無意識にだって、『誰かにそれを伝えようとしている』。途中でやめたってよかったのに。やめるタイミングは、いくらだってあったのに。

 ……そう、だから、()()()()()()()がある。



「――よく笑えるわね。異世界の自分を壊しておきながら」



 メティスの言葉は熱い。愛と情にあふれた女神様の言葉だ。

 クロノスの言葉は温度を感じない。それは愛を知らない――世界に取り残された、神様の言葉だ。


 ああ、だから。

 わたしの目線で君に伝えるべき言葉は、ここまでだ。わたしの感想は暫く控える。あとはメモだけ残しておく。




  ―― ――



「……。」


 紙のあった残滓をなぞる。

 ……ここから先、数ページが破けている。解読不能だ。

 そこまでの会話に聞き覚えのあった()()()は、ふと気づいた。

 この数ページを破ったのはおそらくあの子だ。今までの読み手で「癇癪持ち」など、自分を除けばミコトしかいない。


 ……あの子は全部読んだ結果、黙ってビリッといったのだろう。


 感情表現のヘタなあの子は、静かに物に当たるのが悪い癖だ。

 ()()()()()なことに――誰もその事実を指摘してやらないのだけれど。



 その後、読み取れる日記はシーンが飛び、ちょうどメモ書き部分が終わったところからのスタートとなった。


 ……ああ、もう彼女は起きている。

 7月31日の彼女は眠りから覚めて、そのまま8月1日の朝を迎えようとしていた。




  ―― ――




 ……朝日を待つ。

 今日はもう、二度寝ができそうにない。こんな夢は初めてだ。

 こんなに、核心に迫った未来は初めてだ。


 それから――夢の中で、一度も出てこなかった彼の気配がしたのも。


 ふっと気づくと頭上で物音がした。誠くんかな――それとも――そう思いつつ、これを書く。

 メティスも今はまだ眠っている。

 だから、わたしが今語りかけるのは、文字の向こうの君だけに。


 ねえ、君、考えてほしい。


 どうか。未来の君。他の誰か。

 わたしの言葉はさておいて――あなたが接した誰かの真実を、心のどこかに留めてほしい。

 少なくともわたしは、足りないパズルを推測で補って納得した。

 ノイズや水の中のぼやけた音の混ざったそれを、今しがた君のみた文字に起こして、一つ一つ頭の中で補完していった。

 どうせわたしの記憶することだ。間違いもあるかもしれない。

 でも、大体はあってると思う。


 誠くんがどうして今の状況に陥ったのか。右手くんはなぜ――物騒なことを言ったり、煙にまいたり、無闇矢鱈に目立ったりしたのか。


 わたしに出会って丸くなった――いや、あえてこう言おう、『平和ボケした主人格』。それに抑え付けられた「受け止めない、跳ね返す」――そんな「盾の加虐性」が右手くんなのだとして。


 彼は元々主人格を守る、盾の部分だったはず。

 幼少期の「実母実父にこだわり、他人に心を開かない彼」がベースとなって、他人からの愛を感じない、好意を察せない。そうなっているのであれば――彼にはきっと、世界がゆがんで見えた。


 だというのに右手くんは、それでもまだ「人と関わろうとする一面」を持っている。どこかで諦めが悪いのは主人格と同じだ。自身の空虚を自覚している。自分が理想の人格と程遠いのを、どこかで必ず「知っている」。


 だけれど――いや、なればこそ。


 彼はきっと、「探し続ける」ことになる。


 駄々をこねる子供のように、()()()()()があるとどこかで願っている。


 その付近を遊ぶ子供のように……その子が大きくなった大人のように。

 心の空虚さが、いつか満たされるのを待っている。自分を愛してくれる誰かがいるはずだと願っている。


 だというのに――彼は、「だからこそ」人からの愛を認識できない。自分が他人に向けたものだってそうだ、自覚も知覚もできない。


 ……感じないものなら、それはなかったのと同じだ。


 元々彼は【他人】を容認しないものとして生まれた。

 選ばれた誰かにしか、心を開くことができない。


 ――きっと彼の見た世界は、ひどくいびつだろう。

 誰からも理解されないように感じるのだ。

 認めてもらえないように感じるのだ。愛してもらえないように感じるのだ。

 愛がないのに、近づく誰かに見えるのだ。


 ――世界が『大マジの嘘だらけ』で、茶番だらけで、汚いものに見えるのだ。



 それにわたしは結局「納得」してしまったし、気づいてしまった。

 ああ、これじゃあきっと最後に――わたしの言葉は届かない。だってわたしは誠くんを愛している。「右手くん」を含めたって嫌いになれないでいる。

 それでも、「右手くん」にとってのわたしはただ、理解できない何かに違いない。


 ……うん。


 彼のもう一つの側面をここでようやく理解した。

 それでもわたしは彼を好きであり続けたのだと思う。それでいいと思って。


 ……わたしは確かに今日、夢をみた。

 悲しすぎる夢をみたけれど、それでも君に、それが「善い」とも「悪い」とも言わない。わたしは、君から見た「時永 誠」を知らない。


 ……それでもね。

 うん。


 これをみている君の、「想像の余地」は――残しておくよ。



――『よく笑えるわね』――


 メティスは途方に暮れたように呟いた。


――『()()()()()()を壊しておきながら』――



(抜粋:第3部.結託編「15.神々の幕間・後」)

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