38.ミコトの生まれた日 8年目・5月9日~6月4日
・2017年5月9日(火)
久しぶりにまた、“あの夢”を見た。
いつか来るかもしれない、未来の現実。
そうなぜか確信が持ててしまう……不思議なあの夢。
――目の前にあの、少女が立っている。
後ろで一つ結びの、長い髪。
あの以前、わたしと目があった――いや、目、ドコ? ――な剣を持って。
その子は何かちいさな「飛び道具」のようなものを、ひたすらに防ぎ続けていた。
……攻撃? そこはどこ?
――鈍い金属音。軽い音。
今にも消えてしまいそうな、砕け散りそうな。
『っ、……』
……そんな、盾になっている剣の音。
女の子の息が漏れる。
剣の音と同様、動きも鈍い。
余程疲れが溜まってるみたいな……いや。
わたしはようやくその子の表情に気づいた。
……泣きそうな顔だ。
飛び道具が、ふいに爆発する。
ついに少女は吹っ飛んだ。
かたい床に叩きつけられ、うなだれる。大きく息を吐く。
……少女は諦めかけているようだった。
……何を?
いや、何でもいい。
このままだとこの子は死んじゃう。それだけは確かだった。
『…………。』
心が折れている。
折れて、沈んで、くすぶっている。
――駄目。
今までどんな子だったのか。今までどんなことを考えて過ごしてきたのか。
……わたしは、そんなに知らない。
何度か不思議な「夢」を見た程度。
そう、あの空飛ぶ剣の夢以降も。鳥の夢以降も。
わたしは、幾度も何かの光景を見ている。
それは一瞬の時もある。数分のときもある。忘れているときもある。
それでも、眠ればまた、思い出せるような気がして。
――……。
そう、それだけだ。この子との関わりはほとんどない。
ポニーテールの女の子。誰かに似ている雰囲気の女の子。
でも……なんとなく、嫌だ。
この子がいない未来なんて、知りたくない。――誰が? ふわふわとした精神体であるわたしは、ふと思う。
この視点の主が?
分からない。わたしはたぶん、夢を見ている。
どこだか分からない未来の夢を。まるでわたしは過去の人だ。未来にタイムスリップしただけの、無力な時の旅人だ。
それでも――どこか他人とは思えない。
どこか誰かに似ている気がするこの子を、生き延びさせてあげたい。
――ぐったりとする少女に、わたしは黙ってみていることが出来ずに言った。
「――頑張れ」
女の子がハッと顔を上げる。
「――頑張れっ」
剣が唸る。何かの音がわたしの鼓膜を叩く。
……それは、わたしのことを知っているようだった。そこで声をかけること。そこにわたしがいることを。知っていて、
その剣はまた、『こちら』に意識を向けてくる。
敵意は感じない。ただ、それは。
――たすけてください。こえをかけてあげて。
……言葉ではなく、何かを感じ取った気がした。
――いるんですよね? きこえてるんですよね?
紛れもなく、その子の持つ鋼の剣はそう「言っている」。
わたしに、助けを求めている。
壊れた機械から、機構から……「それでもなぜか動いている」、そんな動力源から。何かの概念がひとつずつ、出力されているようだった。
音声がデータとして抜け落ちたそれが、テキストだけで伝わるような。
「――ほら、立って……! やられたくないでしょ!」
とどかない手を伸ばす。表情の分からない剣に頷く。……聞こえてる、ここにいる。言われなくても――こんなもの、声をかけてしまう。
『わかってる……』
……返事が返った。女の子の、言葉が返ってきた。
剣がぶるりと振動する。夢にしては本当にハッキリした声だった。鈴の鳴るみたいな可愛い声だった。
……ちいさな呟きが、わたしの鼓膜を叩く。
『頑張るから』
……少女は思いのほか、しっかりと足を踏みしめて立ち上がる。
『私は』
そしてさっきまでの鈍い動きでは考えられないような速さで……
……「 何か 」を、切った。
『……私は、ミコト』
少女は言う。
『……私、頑張るから。だから心配しないで』
一瞬の後、呼び声が静かに届く。
『……』
それは遠くなっていたけれど、わたしの耳には確かに届いた。
……そっか。ああ、そっか。
ぼやけていく視界。つたなく解ける何かのつながり。断続的にちぎれるそれをわたしは掴めない。でも。
「……ミコト」
……その子は、ミコト。
誠くんとあの日に名前を決めた。誠くんが存在を、あんなに喜んでくれた。
今……わたしのお腹の中にいる、わたしの……。
* * * *
「!!」
……ハッと気づくと、あの子はいなかった。
「――メティス」
……頼りになる、寝坊助女神を開口一番に呼ぶ。
落ち着け。落ち着けわたし。
いつでも外に出られるよう、わたしは普段の寝室じゃなくって、リビングに敷いた布団に寝ている。キリキリとした痛み。
お腹が張っている――なんとなく、それが普通の痛みじゃないということは、わかる。
「誠くん」
いやでも、何か波がある。緊急度が分からない。……今が大丈夫なのかそうでないのか、境目がわからない。
「……どうかした?」
隣に布団を並べていた誠くんは、心配する間もなく異変に気づいたようで、半ば起き上がり灯をつける。寝ぼけてはいなかった。はっきりした様子の視線は、わたしのお腹を捉える。
――「んー……美郷……? お通じきた……?」
その直後、対照的なボケ倒しのメティスの声。……ごめん、色々言いたいけど、とりあえず人の子とか出産をトイレの便秘みたいにいうな。
「……病院、行きたい」
声をかけたら――彼は半ば予想していたみたいに、頷いた。
「まかせて」
ふと気づく。枕の隣、しれっとまとめられた荷物。
頼まなくても揃えられた一式……
「……君、いつも切羽詰まってから準備するタイプだろ。それじゃ間に合わない」
ハッと気づいて顔を上げた。
わたしはひとりじゃない。一人で戦ってるんじゃない。
あの子と一緒だ。
彼はおどけて言う。
「僕だって、お手本通りの父親になる覚悟くらいはあるんだぜ?」
……横にはちゃんと、この人がいる。
助けを呼んでくれる。
助けてくれる。
……そんなバディが、ちゃんといる。
* * * *
そこから移動中に破水したり。軽い調子の先生に「あ、もうほぼ全開だわ……初産でしょ? え? めっちゃスピーディーでは?」と困惑されたり。
まあ、色々あったわけだけど。
本当にこれが『スピーディな流れ』なのかはさておき。
時間感覚が思いっきり、バグるくらいに痛かったのは確かだ。
いきむ度、壁掛け時計を幾度も見て。
さっき見てからまだ数分も経っていないのを不思議に思って。
ああ、それでも。
……負けてられない。
そう、思った。
だってミコトはあの時、夢の中で、どう考えても逆境にいたのだから。
その中でわたしの声を聞いて……あんな表情をした。
……じゃあ駄目だ。
あんなちっこい女の子に負けちゃダメだ。
偉そうに言ったぶん、ここで這いつくばってるのなんてカッコ悪い。
……あの夢を見る理屈は、いまだに分からない。
本当に夢なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。でも、わたしはもう、「不思議な出来事」が現実によくありがちなことを知っている。
わたしはあの子の、数年前を歩いているんだ。
たぶん10年以上前を歩いているわたしが、あの夢を、未来だと思った。
――それも、素敵だと思った。
あの子のいる場所はどこだったろう。
空飛ぶ剣の夢では、あの子はどこか、広い平原を飛んでいなかったか。
慎治さんと話している夢では、今のお家にいなかったか。
それからさっきみた飛び道具の夢では、洞窟か、暗がりか……
ああ、どんな一生だ。あの子は途中から、どこまで遠くに行ったんだ。なにに巻き込まれて、何の冒険をして。
でも――不思議と全部が輝いていた。
わたしがみた世界より、あの子の周りはなんだか明るく見えた。
コントラスト。剣の光が拡散していく夜明けの空も。
よもぎとクローバー、優しい緑でいっぱいの庭も。そこで号泣していたミコトの手の雛も。洞窟の中で滴り落ちる、水の雫も。
……それは、ミコトがいつか見る風景。
ミコトがいつか、辿り着く光景。
わたしは、それを今から生みだす――あの子がみる世界を。そう、それを全部抱えて生きていく。
とっくの昔に母親なんだ。あの子にとっては何年も前から、わたしはあの子のお母さんなんだ。あんな状態の少女に声をかけて、発破をかけたわたしが、心折れてなるものか!
……しっかりするんだ。
今日から、誠くんだけじゃない。ミコトだっている。ミコトはわたしが守る。誠くんだって守りたい。「右手くん」とだって話してみたい。ちゃんと向き合って、どうしていくかって考えたい。
……神様なんて、どうだっていい。
クロノスなんか、どうだっていい。
そう思えるぐらいに、強くなりたい。
強い人になりたい。
あの夢にいたミコトよりも、ずっと、ずっと強くなりたい。
* * * *
「……つらそうにはみえたよ」
全部が終わった後、わたしの枕元にきた誠くんはぽつりと口を開いた。
「でも、目を見張るほどの迫力があっても。緊迫感があっても。君、あまり声をあげないんだもの。……僕の方が泣くじゃないか」
わたしはようやくハッとして顔を上げた。
メティスがかつて言ったこと。
――『どんなルートを辿っても、当の赤ちゃんより容易に猛スピードで泣きっ面を晒すもの。カッコ悪いったらないわ』
目が少し、腫れている。
鼻が赤い。
「……誠くん。ボロ泣きだったでしょ」
「……助産師さんに爆笑されるくらいには」
――「前が見えないレベルでグチャグチャだったわよ、彼」
メティスの呆れ半分な報告に思わず笑いそうになった。
――「……美郷は余裕なかったから認識してなかったみたいだけど、あなたの目には映ってたし耳にもオエオエ聞こえたからね」
……泣きすぎて咽せてませんか、君。
「ほら、誠くん」
わたしは枕の横に寝そべるちいさな体に目をやった。……ちいさな赤い手の、握りこぶし。
この子とはりあったんだ。別に、わたしが強かったわけじゃない。
意地で声をあげなかっただけだ。
今日見た夢に、ミコトに負けたくないから、平気なふりをしていただけだ。
腰を下ろした彼は、ミコトに近づく。
わたしは生まれたばかりのその子を触った。……息をしている、動いている、泣いている。それを見て……彼に出会ってから今までの7年間が無駄じゃなかったと、そう肯定されたような気がした。
「ほら見て」
そのちいさな赤いてのひらが、ゆっくり彼の左手をにぎりしめた。それも、親指を。
「……最初から仲良しだね」
――彼は、ふるえた音で大きく呼吸をした。
天井を見上げて、指を少し握り返して――
「――ああ」
フニャフニャした手を、少しだけ持て余して。
「……はじめまして、ミコトちゃん」
彼は、泣きそうに笑って口を開いた。
* * * *
・2017年6月4日(日)
……ミコトが生まれて。すぐ。
誠くんはあの子にべったりになった。
出会った頃、それから初めてわたしがこの家で過ごしたクリスマスの頃。あれだけ、孤独感にあふれていたのが嘘みたいに――それは自然な姿だった。
何かが噛み合ったに違いない。
――『彼にとって、「その子」がなんだかわかる?』
昔々……覚えてもいない記憶の、捨てられた子供の顔。
それに、少し似ていたのかもしれないミコト。
――『彼はそうやって理解の淵に至る。通常の人間が人生で一番最初に出会うものに、今更ながら辿り着く』
メティスが海水浴の日、予言したことは確かに正しい。
たとえていうなら『糸の切れた凧』が――『地上から迷子になった風船』が、もう一度誰かの手に収まるのを。
わたしはあの時……みたのかもしれない。
わたしという他人が最初はつかまえようとして。代わりにはなるけれど、ちょっと違って。でもミコトが、今度はそれをつかんでくれた。
危なっかしいふわふわの青年を、やっとその子は、この地球につかまえてくれた。
「♪ むすんで、ひらいて、てをうって――」
……遠くから童謡が聞こえる。彼が歌いながらミコトをあやすと、少しぐずってもすぐに機嫌がよくなるから。
――あの日、ミコトが生まれて数時間後。メティスはわたしを通じてミコトを観察した。どうも、目の奥を見ているようなのが分かった。
――「一番中身がわかりやすいのが、そこだからね?」
それから「確かに」と言葉は続く。……この子は確かに、メティスの世界の神様を凌ぐ力を持っている。
普通に生まれたのが不思議なくらいだ、と。
――「本当はね、どんなふうにでも生まれることができる子なのよ、彼女」
「どんなふうにでも?」
それはやっぱり、クロノスが狙っている力で――クロノスが見たがっていたもの。
メティスはいつかわたしにこう言った。
……『クロノスに関わると、ろくな目にあわない』。
それでもわたしは結局、あの子の夢を見た。
そして、あの子に夢を見た。
ミコトを抱き続けることを選択した。
何があっても放さない。だってこの子は――
――『……興味なかったんだよ』
雛鳥を持って泣いていたあの子は。「お父さん」が自分に興味がないのだと。見捨てられているのだと。慎治さんに泣きついていたあの子は。
……誠くんに、とても似ている。
「メティス」
――「何? 美郷」
「わたし、夢を見るでしょ?」
メティスには何度も話している。
ここではない夢の話を。……頭の中を覗けるはずのメティスが、なぜか観測できない夢。
「……そこにわたし、いないんだよね」
――「…………。」
「探しても、探しても、いないんだよね」
ミコトの夢は時間軸がばらばらだ。主に小さい時のものが多いけれど、時々、あの剣を持った中高生くらいのミコトの光景も見えたりする。
……その頃のミコトの表情は、喜怒哀楽が特に激しい。
泣き虫さんの幼い頃よりは明るいけれど、でも誠くんの存在が見当たらない。わたしにいたっては、「いたという痕跡」すら見当たらない。
「……夢で見たあの子も、きっと、わたしと同じだね。さみしがりやさんだ。でもいつから一人で大きくなるんだろう」
誠くんが、ミコトに興味がないとは……思えない。
……今はとっても仲良しのあの父子は、いつから離れるんだろう。
病気? それとも、わたしみたいに事故?
心変わり……。それは、ないと思いたい。
「……争うような夢もみた気がするの。でもそれはすごく朧げで、何か喋ってるんだけど、聞こえてくる言葉がはっきりしない。まるで水の中で裸眼を開けてるみたいにピントも合わないんだよね」
メティスがようやく口を開いた。
――「それ、私が視るものに似てるわね」
「メティスが?」
――「ええ、『未来のようなものが直感的に分かる』と言ったことがあるでしょう? 現状から確定されている――【絶対に起こるような未来の光景】がスッと頭の隅をよくよぎるのだけど。……ごく稀にあるのよ。不確定要素の多い情報が、解像度の低い映像みたいに再生されるのが」
「そうなんだ」
……それは意外だった。
ということは、わたしの見ている夢は、メティスの視点に近いことになる。
――「『夢で何か見る』っていうのは――私の世界でも一番手軽な術だし、私もそれを応用して、今美郷に話しかけてるんだけど。美郷の中でそれが開花したんだとすれば、嫌な能力ね。何を見るか分からないじゃない」
「メティス?」
――「……はあ。地球人なら地球人らしくあればいいのに。未来なんてものが見れないから、人間は頑張ることができるんでしょう?」
……わたしはようやくメティスの今の表情を察した。顔は知らないけど、声で分かる。
あのメティスが、子供のように拗ねている。
「……そうだね」
――「人はいつか死ぬわ」
遠くを見るような声で。さみしそうな響きで。
――「何をどうあがいても土に還るなら、極論言って、頑張る理由はどこにもないわよ」
「うん」
メティスは少し早口で言う。
――「人は死を忘れる為にはなんでもする。死を忘れることができたなら、結局何にだって挑戦できる。そこが人間の強み。特に、超常とは縁のない地球の人の強み。私とは全くの逆だから、その辺りとてもコンプレックスなのだけど」
「……何、強気に生きれないってこと?」
神様の見ている世界は、少しスケールが違う。
特にメティスは異世界の神様だ。言いたいことはあんまりピンとこないけど、たぶん、今の情報だけでメティスには何か分かったんだ。――あの、ピントの合わない夢……「嫌なもの」を見たんだろうな、わたし。
「というか、なんでそんな自信ないの」
わたしはくつくつ笑う。
「……メティスに、できないことなんてあった?」
――「……ありすぎるわよ。昔から」
吐き出すようにメティスは言う。
それは何か、疲れたような響きだった。
――「美郷」
「なに?」
――「逆に聞くけれど、その夢。聞き取れた言葉はある?」
わたしは思い返す。水の中のどろどろとした光。ミコトのものらしい声。張り詰めた空気。
「……『思い上がるのもいい加減にして』、だったかな」
メティスが一瞬、驚いたように口をつぐんだ。
……ん?
「メティス?」
――「いや、頭の中でようやく【未来パズル】がハマっただけ。あと、なかなか――ふふふ、うん。いい気味だと思ったわ」
メティスには今、もしかして「わたしの夢」と同じものが見えたんだろうか。……いや、ちょっと待って?
わたしは少しの違和感に首を傾げた。
もしかして――今、わたしが喋ったから、確定した?
――「今まで私、その一瞬にピントがどうしても合わなかったの。不思議、美郷の方がかたちを掴むの、きっと早かったのね。こんなの初めてよ。……そう。それ、ミコトが言ったの?」
「たぶん」
ミコトがそれを口にした相手は、誰だったんだろう。
笑い声のような音。歪んだ音は誰かに似ていたような――
「……美郷さん!」
――ハッと気づく。
「オムツのかえの新しいやつ、どこにありましたっけ!?」
誠くんがミコトをかかえて乱入してきた。
うん、メティスとの会話は、ちょっと中断……。
「階段の横」
「取ってきまっ、あいた!」
とすん! とすっ転ぶ誠くん……ああ、そういえば最近多いな。
大丈夫だろうか。
「気をつけなよー」
「……ごめん、最近よく足がもつれて」
ミコトは「階段の横」の発言のときにわたしが受け取っている。……抱えてるときに転ばなくてよかった。
「あぅー」
「……よかったねえ、ミコトちゃん」
確かにお尻があったかい。水を吸っているようなタポタポ感だ。
ミコトは誠くんといると大体ご機嫌なので、ぐずることが少ない……もよおしてもなかなか判断がつかないのだけど、誠くんはすぐ気付く。
「……パパ、オムツがダメなのに気づくの、めちゃくちゃ早いねえ」
「と、当然です、パパですから!」
「んばっ」
立ち上がって「ねー」と目を合わす誠くんに、ミコトが何か言った。……うん。
「なんか、幸せだねえ」
ベビーベッドに降ろしながらミコトに声をかける。……絶対この子、生まれてから一か月も経ってないイメージじゃない。この週齢で、月齢で――ここまで感情表現がちゃんとできる子、たぶんあまりいないんじゃないかな。
――「……そうね」
「メティス?」
――「……あのミコトは、とても勇ましかったわ」
メティスがボソッと呟く。
それはたぶん今のミコトの話じゃなくて、【言い争っていた未来】のミコトの話だろう。
――「勇ましくて、なのに寂しがりやさんで。……今は、こんなにちっちゃい子が。たとえ何も知らなかったとしても、ちゃんとあなたと同じ息をしている」
「わたしと同じ?」
なんだか意味深な言葉だ。
――「……シチュエーションは省くわ。でもたぶんあなた、同じ状況に放り込まれたら全く同じこと言うわよ。ああ、可愛い。ちいさい頃の美郷をこんなところで思い起こすなんて。こんな状況で……癒されるなんて」
メティスは大きく息を吐く。
まるで安心したように。満足げに。
――「……『あなたは神様じゃない』、か……」
「メティス?」
――「あなたの言った台詞の続きよ。『思い上がるのもいい加減にして』。なんだか私には、クロノスを前にした美郷が言ってるようにも聞こえたわ。違いない。あなた、その場所にいなくても、ミコトに無意識の下で覚えられてるのよ」
「そうかなあ」
――「ええ、つながってるの」
メティスは言う。
――「最終的に一人だったとしても、ミコトはきっと大丈夫。あなたと同じ、芯の強い子だから」
「……強い子かあ」
わたしが、そんなに強かった試しはないんだけれど。
自覚もないんだけれど。それでも、メティスがいうならそれは、ある意味で正しいんだろう。
「頑張るって言ったから……大丈夫よね?」
わたしは呟いてみた。彼女は夢の中とはいえ、そう言ってくれた。『心配しないで』と。夢の中のあの子は立ち上がって見せた……
「うりゃあ」
「あーぅ!」
「こら、あまりほっぺたつぶさないでください。せっかく可愛いのに」
ミコトのほっぺたをむにむにしていると、誠くんが戻ってきた。
「だって、おもちみたいじゃない?」
「おもちと見たら潰すんですか、大悪党ですね、君のお母さんは」
「……!」
――きらきらとした目が、こちらを見る。
「ミコト『もういっかい』みたいな顔してるよ?」
「……なんで変顔にされて喜んでるの、君は」
手早くオムツをかえて、今度は誠くんがほっぺたを両側からぷにっとつぶした。
「……」
「どう?」
「確かにおもちだ、これ」
「……ふんー」
……ミコトがこころなしか満足そうなのが、すっごい笑える。
わたしはその光景を、なんとなく目に焼き付けた。
「……誠くん」
「ん?」
「今度……ミコトと写真、撮ろっか」