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34.仲良しの中で 4年目・2月19日~3月3日



・2014年2月19日(水)


「そうですか、そういえば君たちもそろそろ卒業なんですねぇ」


 最近シフトの関係で、慎治さんはわたしと、帰りの時間が被ることが多い。なので、時々こっそり慎治さんにコーヒーやお茶を奢ってもらったりするのが楽しみの1つになっている。……いや、客観的に考えると、頻繁に警備員のおじさんとお茶する女子大生ってどうなのか。別に良いけれど。


「もう大変なんですよー、今までのまとめが全部出るんです。こうなったら散々な点数では絶対に終わりたくないし、頑張らないととか思いつつー」


 結局のところ、愚痴でも何でも……とにかく、「ちゃんと聞いてくれる」のが慎治さんの良いところだ。

 『ああ、自分は甘えてるなあ』なんて、最近は自覚してしまう。

 ……そりゃあ、時永くんも懐くってもの。

 だってどんな意見だろうが愚痴だろうが、バカにしないんだもの、この人。


 「違う」と思ったらちゃんとたしなめるし。「いい」と思ったら、それとなく同意してくれるし――そして、ちゃんと「押し付け」にならないし。


 うん、完璧か! ――どんな話題であれ、「聞き役」として、これ以上はないぐらいの適任だ。何をしゃべっても心地がいい。不快にならない。これってすごいことだと思う。


 我慢強いというのか、聞き上手というのか……

 とにかく、わたしのボキャブラリーではうまく表現できないくらいに包容力のある大人というのが正直な印象。


 以前も時永くんのことでお世話になったりしたけれど……どうも、わたしはこの人に対して、甘えすぎるきらいがあるらしい。


 と、その時。


「だーかーらーさぁー!」


 壁の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。……えっ。

 わたしは思わず、後ろを振り返った。

 慎治さんもビックリした表情をそっちに向ける。――ああ、やっぱり偶然か。


「自然の成り行きじゃない!? そう思ったなら、ハッキリ『そう思った』って言っちゃえばいいじゃないのー!」


 ……ああ。わたしは思わず遠い目をした。

 どうやらここにも、同様に甘えっぱなしの青年がいたらしい。

 栄子さんの急かすような声。

 それに対する、異様にしどろもどろな「いや」「あの」「あ、すみません水ください」……時永くんの声に、わたしは思わず慎治さんと顔を見合わせた。

 メティスが呆れたように言う。


  ――「……向こうも向こうで、同じようにお喋り中みたいね……」


 席を立ち、慎治さんはとんとんと栄子さんの肩を叩いた。


「何やってるの、栄子」

「あ……」


 栄子さんは慎治さんの顔を見、奥で会釈するわたしに一瞬遅れて気づいた。


「………。」


 時永くんは時永くんで、わたしを見て、何か固まっているのがわかる。


  ――「……何かヤバイ相談でもしてたのかね、この人たちは」


 メティスの言葉に、わたしは思わず首をすくめた。……うん、あり得そうだから困る。この組み合わせ。




  *   *   *   *




「まさか……栄子たちが壁一枚隔てたところにいたなんて、まったく気づかなかったよ」

「いやそれ、こっちの台詞」


 栄子さんはそうぶつくさといいながら紅茶をすすっている。


「……なんで同じ店チョイスすんのよ?」

「わざとやったわけじゃないよ……」


 ホントこの人、時永くんと何話してたんだろう。

 そう思いながら横を見ると、時永くんはひたすら満面の「ハナマル百点スマイル」を返してきた。


 ……うわぁ、超っ絶、怪しい。


「で、君たち、最近どうなんです?」

「うぶ!」


 笑顔の時永くんは思いっきり水をむせた。

 ねえどうしたの? 平常心のかけらもないよ?


「そうそれー、聞きたかったんだよねー。楽しいお付き合いになってる?」

「……それは、もちろん」


 栄子さんの問いにわたしは頷いた。

 ……またなんか、意味深な雰囲気だったのは……ちょっと引っかかるけどね。


 一応、お互いに「恋愛感情」があることは十分すぎるほどわかっているし。

 意識はしているけれど、実際のところ、あまり想像していたような劇的な変化はない。なんなら、谷川さんから逆にドン引きされるくらいには、思いっきりプラトニックな関係だ。街中でいちゃこらして目立つ、アツアツのバカップルを模倣する気も起こらない。


 ……ふと気づくと隣にいるだけで安心する。心が満たされる。

 そんな関係性。


「ねえ……なんかいいなよ」

「ぶきゅ」


  ――「……さっきから動揺し過ぎよ、この子」


 時永くんを肘でつくと、今度はホットレモンティーがちいさく噴き出された。

 大丈夫? それ気管に入ってない?


「そ、そりゃ……なんと言いますか」


 時永くんはせき込みながら言った。


「その。すごく、優しいし……? 不満とか、まったくないんですよ。不思議なことに何もないんです、凪いでるんです。逆に、すごく落ち着くんですよ……自分の家に遊びに来るくらい仲良くなった人とか、はじめてだし。逆にどうしていいやらというか」

「あ、デートいくよりお家が多いんだ」


 わたしは答えた。


「まあ、お互いインドアなので」


 最初はゴマちゃんキッカケで上がり込んだんだけど、気づいたらその後はゲームしたり、お喋りしたり。なんだかんだで通っている。用もないのに。


  ――「ふーん、特に用もないのに、片道2時間かけて?」


 ……ま、まあ?

 時永くんは苦笑いしながら言った。


「お昼からせっかく来ても、外食ばかりですけどね。僕がさほどするほうじゃないので」


 栄子さんはチラッとわたしをみる。


「……ダメなんだっけ、お料理」

「掃除はしますけど。……死んだ母に鍋だけは握るなど」

「「そこまで駄目なの!?」」


 夫婦全力のツッコミに、わたしは大きく頷く。――だって事実だし。


「冗談抜きで、死体が生まれるので!」


  ――「うん、呼吸と鼓動が止まるので」


「脳の活動が停止して倒れるので!」


 さあひけ!

 ドンびけ! ひくがいい!


  ――「まあ、何度挑戦しても謎の事故が起こるのは、ある意味センスよ。誇りを持ちなさい」


 それは慰めてる? それともけなしてる!?

 ……栄子さんはやれやれ、といったようすで聞く。


「ちなみに『さほどしない』って言ったけど、誠クンはやろうとすれば、できるのかなー?」

「……まあ、できるっていったらできるんですけど」


 時永くんは目をそらした。


「実は僕も、あまりうまく……」

「いやいやいや! わたしよりは絶対マシだと思うけど!」


 ……実はの話だ。わたし、時永くんの料理を一度だけ食べたことがある。

 でもこっちからしたらおいしいのに、時永くん本人は「全然おいしくない……」なんて言うのが、わたしには、ちょっと理解できなかった。

 いや、確かに少し焦がしたり、慣れない感はあるんだけど……調理本通りにはそこそこいくのだ。わたしとは大違い。

 「食べられ」はする。

 が、当人曰く……「歯車が全部ずれてるような味がする」。

 そんな感じに、しっくりこないらしい。


 メティスは乾いた笑いを発しながら言った。


  ――「これもまた才能ね」


 やっかましいわ。息をつくと栄子さんは言った。


「だからって外食ばかりだと偏るよね?」

「……なんでしたら」


 半笑いで、多少本気の色が混じった声で言う慎治さん。


「『お家デート』のつど、自分が出かけていって、何か作りましょうか?」

「ぷ」


 時永くんはまた噴き出した。

 わたしも慌てて言う。


「悪いですよ!?」

「えー、いいじゃん。どうせならちゃんと使ってよぉ……元無職という名の家政夫だから、この人」


 本人の代わりにニヤついた栄子さんが答える。

 慎治さんは得意げに頷き、大笑いしながら茶化した。


「はっはっは! なんなりとお任せくださいませ、旦那様!」

「ぶぼびゃ!!」


 ……また紅茶を飲みかけていた時永くんはその一言で、結局、思いっきりむせかえる羽目になった。


「……た、タイミング考えるべきでしたか?」

「え? なに、大丈夫誠クン? 紅茶で溺れた?」


 ……どうみても再起不能だ。

 何か言おうとするたびに咳き込んでいる。


「あ、すみません、水もう一杯くださーい」

「あ、あの、で、すね」


 咳をしすぎてカスッカスになった時永くんは――次の瞬間、かろうじて口を開いた。


「――馬越さん、いまの、似合いすぎて、死にそうなんですが」

「ん?」


 それを聞き取った瞬間、慎治さんはふざけたように笑った。


「ふふ……これは冗談でもなく、マジ話、なのですが」

「は、はい?」

「こう見えて、そういうバイト経験があるとしたら――どうします?」


 え? 執事喫茶の?


「!! ぶ、ふぉっ」


 ゲホゲホ、ゲホゲホ!!


  ――「あのー、この時永くん……エンドレスにウケて、咳が止まらなくなってるわよ?」


 ……もうやめてあげて。

 わたしはわたしで、プルプル震えながら思った。

 これ以上この人を笑わしたら、たぶん死んじゃう。

 いろんな意味で。




  *    *   *   *




・2014年3月3日(月)


 ……で。だ。


「何、この重い空気」


 大学最後の定期考査はこの日を持って、無事に終了した。

 ……合流した瞬間の2人のどよーんとした感じ。何だろうか、この、清々しさの中にぽつんとある重たさは……。


「さみしい」


 噛み締めるように谷川さんが呟いた。ああ、なるほど。


「……僕も、無性に」


 時永くんもテンションが低い! そうか、そりゃあこんな空気にもなるかぁ、現場の3分の2が凹んでるからなあ!


  ――「……いや、私も含めたら4分の3が凹んでるわ」


 いや、何でこの場にいないメティスまで大学生活が惜しくなってるの!?


「ああああー! なんか、思えばあっという間だった気がするー! 思い残したこととかないー!? ないよねー!?」

「僕ありますー!」


 谷川さんの言葉に、時永くんがノリよく半泣きで返した。


「隣の大学の図書館、文学コーナー、まだ読破してません!!」

「……逆にいうと読破したんだね、うちのは?」


 わたしは静かに突っ込んだ。

 ……恐ろしいよ。何しに大学に来てたの、この人。


「いやーそれは奇遇だね、時永くん! あたし隣の大学の1年生、まだ顔全員覚えてないや!!」

「……谷川さんは谷川さんで、何を目標に生きてきたの」

「んー!」


 わたしのツッコミをよそに、谷川さんは伸びをしつつ残念そうな声を出した。

 うん……よくよく考えてみれば、去年の今頃はまだショートカットだった髪も、随分のびている。わたしは思わず笑ってしまった。……考えてみれば、これって、貴重なものなのかもしれない。


 普通に、笑って話せる2人。

 片思い「されていた」時永くんと、片思い「していた」谷川さんのコンビ。


 この1年……いや、この4年。

 短いようで、結構経ったんだなあ。


「……ねぇ、卒業したら皆、どこ行くの?」


 わたしの問いに真っ先に答えたのは、意外なことに右手に何も持たず、フリーにしたままの時永くんだった。

 ……彼曰く、しばらく様子見も兼ねつつ、好きにさせておいてあげよう……ということらしい。


「僕は一応、仕事しつつ進学っていう形で考えてるよ」


 ――曰く、「右手から動き出すんだから、僕が既に右で何かやってたら、邪魔じゃないかな?」「懐いてた犬を殺さなかったくらいだから、僕の延長線上の何かなんだろう。クロノスじゃない限り構わない」と。


  ――「うん……少し意外だったんだけどね」


 メティスはぽそっと呟いた。


  ――「自分の中の一部分に、『憐れみ』や『気遣い』を持てるなんて。なかなか稀有な精神バランスよね」


 ……変な感じしそう。

 でも時永くん――本当にそれで、大丈夫なのかな?

 ごまかしてはいるけど、たまに少し混乱するみたいだし。


「ああ、ここの大学院の通信課行くつもりなんだ?」


 谷川さんの言葉に、わたしは呟いた。


「っていうか、通信でも大学院って行けるもんなんだ」

「あ、豊田さん知らなかった?」

「知らないー」

「そういうのって、基本的に社会人向けだからね」

「谷川さんはどうするの?」

「あー、親を手伝うんだー。ウチ、一応小さい会社やってるからさ」


 ……なるほど。谷川さんらしいといえば、らしいかもしれない。


「で、そういう豊田さんは卒業後ぉー?」


 わたしは首をすくめる。……実は、特に決まってない。


「……どーしよっかなあ。就活も途中で飽きちゃったしねえ……」


 あきれた、と谷川さんは笑った。


「『飽きた』の一言で辞める大学生も、今時、絶滅危惧種じゃない?」


 時永くんも頷く。


「うん、トキより珍しい気もする」


 メティスは言った。


  ――「それだとほぼいないのだけど」


「まあ……もしかしたら、暫くフリーターか何かやって、フラフラしてるかも? やることないし」

「……それ、凄く豊田さんらしいなぁ」

「どういう意味?」


 ……暫く3人で笑う。

 うん、こんな空気も、もう最後かもしれないんだなあ……。


「ところでさっき『仕事しつつ勉強する』って言ってたけど。時永くん、何のお仕事するの?」


 何かごそごそしてたのは知ってるけど、あまり干渉したらまずい気がして……やめておいたんだよね。それになんか。


「――秘密。でも就職活動は一応、誰かさんと違ってきちんとやってたからね。ちゃんと勤め先は決まってるんだ」


 ……心配、要らなそうだったし。


 教室に呼びに行った時に見た、明るく笑って後輩に指導する姿も。

 校外で何かやってたみたいで、帰り道だけわたしに合流してきた、その表情も。

 なんだか、晴れ晴れとしていた。


 非の打ち所がなく、幸せそうに思えた。


 出会った頃の、誰しもに「壁」があったそれじゃない。

 ……最近の時永くんは人当たりがいい。

 余裕があって、生き生きとしていて、落ち着いている。


「……でもこの分だと皆、卒業後はバラバラかぁ」

「だねえ」

「あ、でも2人はまだまだ関係長引きそうだ!?」


 茶化した様子の谷川さん。

 時永くんは苦笑いしながら混ぜっかえす。


「その辺は焦らずとも、そのうち進展しますよ。……両方マイペースだけど」

「うん、残念ながら!」

「認めんなし。マイペースを。……ま、その方がらしいっちゃらしいか!」


 谷川さんはからからっと笑う。


「付き合っても名字で呼び合ってるような、変な関係だからね! 線はギリギリまで引くっていうか。べたつきはしないんだけど、一心同体に見えるってーの? 妙な一体感だけはある!」

「変なのは人のこと言えないでしょ?」


 わたしは苦笑しながら言った。


「何が楽しくて、こんな進展もないカップルの相手してんの! すっごいお世話になってるのは確かだけど」

「あは、マジだ」


 ……男友達には、相変わらず事欠かない。そんな谷川さん。……あれから、時永くんのあと。次の人は見つかったんだろうか?



  ――『初めて()()にもならずに、好きな子に接してみたんだ』



 ……本気になれる人。いつも「告白されて」ばかりの谷川さんが、「自分から告白しよう」って思える人。

 時永くんのときと同じに、元カレくんのときと同じに、自分らしくあれる人。


「でもそっか……あたしもなんだかんだ、居心地良かったのかも」


 谷川さんは言う。


「豊田さんと時永くんっていう、二人の前が」


 時永くんは半分、鼻で笑った。


「そういうものでしょう、友達なんて」

「……それ、1年のとき友達皆無だった時永くんが言う台詞~ぅ?」


 わたしの返しに、時永くんはニッと笑った。

 いたずらっ子のような表情。


「今はいるけど~? たくさん。もちろん女友達もね」

「おっと、やべーな時永くん! 問題発言だ!」

「なにをー」


 わたしは軽く笑った。


「まっ……嫉妬なんてしないけどね。今更だし」


 ……確かに。


 そう、わたしは思う。


 ……ずっと近くには、いてほしい。

 見捨てないでほしい。

 でもそれ以上に、今更――ああ、本当に今更。

 生き生きしている彼を見て、ふと思う。


「……だって、仕方ないじゃん! こんなに魅力的な男の人だったら、そりゃあ誰もがきっと、好きになるから!」


「!」


 ……偶然、わたしは最初からそれに気づいただけだ。

 たまたまそれを彼が、自分で、気づいていなかっただけだ。

 愛情だろうが友情だろうが、結局は好かれていてほしい。愛されていてほしい。だってその方が彼は――いい顔で、笑う。


 わたしは、結局。

 ――この人の、「楽しそうな顔」が好きなんだ。


 谷川さんはニヤッとした。


「いーねえ、いきなりストレートじゃん! んでもって、そういうことを言えるってことは、自信満々なんだなー、豊田さんは!?」

「おうよっ」

「たくさんのライバルがいても捨てられない自信がある! 強いぜ!」


 ふっふー! そうだそうだ、もっと言え!


「いやー、褒めても何も出ないよー?」

「よっ、強い女! 調子こきやがって! 爆発したまえ!」


  ――「そうだそうだ!」


「余裕しゃくしゃくなのがいらいらする! よし、今すぐ錯乱して点火したダイナマイトを飲み込み、自爆してはぜるのだ!」


  ――「打ち上げ花火でもいいわね!」


「ちょっと待って、褒めるより先に貶されてない!?」

「…………」

「時永くん?」


 ちらっと時永くんを見ると、どうも静かだった。


「あれれー? 時永くん、もしかして照れてない?」

「ニヤついてるんだよ、あれ」


 別に、意識を失っているわけではなさそうだった。……口をモニョモニョさせながら、ごまかすように左手で携帯電話を開いた彼は――少し間があって、ちいさく呟いた。――あ。右手が動いている。


 その手は。


「……どっちもその通りだけど、何か?」


 左手を、引き留めるように『()()()()』いた。


「……ん?」


 わたしの携帯がぶるぶると震える。――それは、いつかの光景と同じ。


  ――「お?」


 メティスが一瞬、興味深々といった声を発した。

 時永くんはさりげなく首を振る。

 ……“後で見て”。

 そう言われたような気がして、わたしは渋々手を引っ込めた。


「でもホントさ、いろんなことあったよねぇ」

「あ、そだね」


 気づいてない様子の谷川さんに、わたしはあわてて返した。


「豊田さんとあたしが会ったのって、確か入学式だっけ?」

「そうそう。ちょうど席が近くで……挨拶して……って言っても2つ前か。でも喋りだしたのは次の日からだったね」

「ね! 入学式なんかろくに話すような余裕ないもん」

「……ああ、そういえば全員名字がタ行だなぁ」


 時永くんはそう言って笑った。


「名前順だったもんね。時永くんもそういう感じでわたしの隣だったはず。こっちは説明会」

「あ、その話覚えてるー、鉛筆忘れたんだー」

「そう、返しに行ったんだ」


 時永くんは楽しそうに笑いながら言う。


「それで名前を知って、話して……」


 ……結局。

 その場では、メールの内容が読めなくて。


 内容を見て飛び上がった時には、わたしはもう、既に帰りのバスの中にいた。

 嘘だ。

 件名を三度くらい見返して、わたしは思った。


 ……待って。早くない?


 もうちょっと後じゃ駄目?



  ――「むしろちょっと、()()()()んじゃないの?」



 メティスは何でもないように口に出した。



  ――「適齢がだんだん遅くなっていくのって、地球ならではよね」


「……」


  ――「神界だったら()()()()とか、とっくの昔にすましてる時期だと思うけど?」

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