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住人

私は、この世界の住人だ


 眩しい光が目に直接当たって痛い。コンソメスープと焼きたてのパンの匂い。猫が何かを急かすように鳴いている。清々しくも、なんとも落ち着きのない朝。起き上がると、頬を何かがつたう…。手で触れてみるとそれは小さな滴であった。少し驚いて、指についた滴をただ見つめて考えていたら、


 「何ぼーっとしているのよ。早く起きなさい。朝ごはんできてるわよ。」

何も言わずに言われた通りにテーブルの前に座る。


 「あんたはいきなり来るからびっくりするわよ。起きたらソファーに人がいるんだもの。心臓がいくらあっても足りないわ、全く。あき、ご飯よ。おいで。」

 「人が侵入しても全く起きない姉さんがおかしいんだわ。」

 

 姉さんである椿は、27歳の独身。家族は猫のあき一匹。ここ最近は男っ気が全くなく、お酒を飲みながら猫と戯れるのが好きらしい。料理は得意で、今日のコンソメスープも余りもので手早くおいしく作ったりする。他の料理もなかなか美味しい。見た目は綺麗系で、仕事ができる女という感じで、性格はサバサバとしていている。愛想があるかと言われると微妙だが、モテないというほどでもなく…。妹の私が言うのも変だが、なぜ彼氏がいないのかわからない。強いて言うなら、姉自体が作る気のないように感じる。なぜなら、どことなく姉はそういった話題を避けているからだ。


 「何?そんな難しい顔して。さっきの夢のことでも考えてるの?」

 「夢?」

 「あんたさっき起きたとき様子が変だったから。何か怖い夢でも見たのかなって」


 怖い夢か…。確かにそうなのだろうか。あまり覚えていないけれど、気持ちのいい夢でなかったのは確かだ。その証拠になんだか変な汗をかいていた。


 「わからないけど、今日仕事でいつもの常連くる日だからかな(笑)」

 

 朝ごはんを済ませて、シャワーを浴びる。姉さんは早々に仕事に出かけて行った。あきと私は日向ぼっこをしながらくつろぐ。小説を読んでいると、ゴロゴロと隣で気持ちよさそうなあきの声がする。

 小説のテーマは「恋愛」。一人の悲惨な人生を歩む女とただのサラリーマンである男が出会い、恋に落ちるどこにでもある恋愛小説。お互いが愛し合うけれど二人は最後に離ればなれになるという悲恋。普通の恋愛。でも、誰もが「切なくていい話だったね」と絶賛する。「別れちゃうなんて寂しい。両想いだからどうにかならないのかな。」と話し出す。確かに一般論はそうであろう。だけれど、私はこの手の話は大嫌いだ。終わり方がパッピーエンドだろうとバットエンドだろうと私は共感できない。嫌いとは違うか…理解ができないというのが正確かもしれない。

 なぜ人は恋愛が好きなのだろう。私からすればお互い両想いになることも、それだけ好きになってもらえることも、好きになることすら奇跡だと思うのに。「恋愛はタイミング」なんてよく言いうけれど、それはもう「好き」という感情とは違うのではないのか?例えば、2人の男が同じ女性を好きでアプローチをする。彼女はどちらが好きかわからない時に、ピンチになって男性Aが助けたらAを好きになるのだろうか?Bへの想いが多少大きくても、その一瞬のタイミングが勝敗を決めるのであろうか。でも、実際はそれが起きるのだ。その一瞬が彼女にとって大きなものであったならば、その可能性は大きくなる。これは、本当に「恋」なのか?これは運命だよと、曖昧なもので片づけるのだろうか。いや、そもそも「恋愛」や「愛」なんてものは曖昧なのだろうな。曖昧であるからして、人は人を恋愛の中で脆く、壊れやすい。だから、私は「恋愛」なんてものは嫌いだ。恋愛を理論づけようとするなと今まで何人かに言われてきたけれど、理論づけているつもりはなくても感情だけで動くことはできない。感情こそ一時のもので、なんて曖昧。その先に待っているものが必ずしも良い結果とは限らず、良くないことの方が多いのを私は知っている。




そんなことを考えていたらいつのまにか眠りについていた。

また、真っ白な空間に私はいる。またここなのかと呆れると、1人の少女がまた現れた。


「また、来たのね。欠陥品さん。」


あなたは誰?


「いつかわかるわ。」



そして、また彼女は消える。大量の水が突如浮き上がり私を包み込む。なぜだろう。苦しくない。上を見上げれば光が差し込んでとても綺麗なのに、私はその世界とは反対に沈んで行く。どんどん沈むのになぜ苦しくならないのだろう。ただ何も感じない。




....あたりは暗くなり私もそろそろ仕事の時間。準備をして家を出る。


新宿駅の東口を出て、まっすぐ進む。靖国通りを渡るとそこには夜だけ騒がしい通り、歌舞伎町。キャッチの人たちがそこら中に溢れ、社会人の男女は奥の道に進み目当ての店で自分の欲望のために金を捨て、大学生たちは騒ぎ立てて酒を飲み、挙げ句の果てには床に寝だす場所。私はそこの住人で、そんな奴らを客とした立派な従業員だ。


今日も髪を巻き、メイクをして、派手すぎない黄色のドレスを着る。今日のドレスは首まであるハイネックで、背中は大胆に開いた上品なフレアドレス。ネックレスをつけたら、最後に口紅を塗り完成。


「ユリ~!準備できた?」

「ママ。はい、出来ました。今日もよろしくお願いします。」

「あと一時間もしたらあの方くると思うからよろしくお願いね!」


あの方とはうちの常連の方だ。とても陽気な方で気前もいい良く店的にとてもよいお客様なのだが…私はあまり好きになれない。彼は既婚者でとても素敵な奥様がいてお子さんも優秀で文句のつけどころがないらしい。そんな素敵な話をこんな夜の店で週に何回も夜遅くまで飲んで帰っている。早く帰って家族団らんの時間をとった方がいいのではないかと前に一度だけきいたことがある。


「なにをいっているんだ笑 自分の時間が一番大事なんだから、自分のためだけに時間もお金も使うべきだよ笑 あいつらは金をやってるんだから好きにしているさ!!笑 男をあいつが作ったとして育児を放棄しなければいい。それよりユリちゃんこのあと…どうだい?」


それから気にすることをやめた。夜の世界に訪れる人間はみんな何かしらの欲がないと来ない。表の世界で満たされていない人の集まりだ。もちろん、私のその一人。同じなのだと悲しくも安心する。人はお金では満足できず、まやかしの恋をまとい少しでも満たされようとする。なんて虚しいのかしら。


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