2 ゴリラ、朝食を作る
朝、目を覚ますと、ゴリラが朝食を作っているのが見えた。なんて良いゴリラなんだ! と感動しかけたところで、ゴリラの正体が㤗成であることを思い出した。
こちらに背を向けている㤗成は、わたしが目覚めたことにも気づかず、片手で卵を割っている。綺麗に割れた卵は、そのままボウルに落下した。
卵が箸で溶かれていく様子をなんとなしに見ていると、そこでようやく㤗成が、こちらを振り返った。
「起きたのか」
「起きた。……なに作ってるの?」
「オムレツだ。きっかの好物だろう。どうせろくすっぽ食べてないだろうから、しばらく俺がメシを作る。泊めてもらう礼だから気にするな。――ところで冷蔵庫、ほんとになにも入ってないな」
びっくりしたぞ、と言いながら、㤗成は視線を元に戻した。
――昨日突然家にやってきた㤗成は、どうやら本気で夏休みの間中、ここにとどまるつもりらしかった。
わたしも㤗成も、大学四年生。㤗成のほうはかなり早い段階で就職が決まったというから、きっとヒマを持てあましているのだろう。
わたしがアパート暮らしをしていたなら「場所がない」という理由で追い返すこともできたのだろうが、生憎と、わたしが住んでいるのはそこそこ大きな一軒家だった。もともと伯父が住んでいたのだが、伯父が急死してしまい、空き家になってしまったので、ここに住まわせてもらっている。
そんなこんなで部屋数はたっぷりあって――だから㤗成も、どういう意図かは知らないが、強引に泊まりにきたのだろう。同じ部屋に寝なくてはならない状況に陥ったら、たとえ真夜中でも㤗成は帰る。変なところで、㤗成は紳士な男だった。わたしはそれをよく知っている。
「朝食を食べたら食料の調達に行くからつきあえよ。だから呆けてないで支度しろ」
「……ひとりで行けばいいじゃん」
そう言うと㤗成は、身体を半分だけこちらにねじって、あっさりとした調子で「道がわからん」と答えた。
確かに㤗成は、このあたりの地理に疎い。わたしたちの実家はこの町から遠く離れているし、㤗成の通う大学は、わたしの大学と真反対の位置にある。線分であらわすなら、実家を中点として、ちょうど端と端の関係である。
「スマホとか使えば」
「俺はああいう機械の類は好きじゃない。それにきっかと行ったほうが早いし楽しいだろう」
――㤗成はもう、わたしのほうを見ていなかった。
やだなぁ、と声には出さず、下を向く。
こんな不安定な精神状態のときに、㤗成にあいたくなかった。なんでこんなときに、㤗成はわたしにあいにきたんだろう。
……ほんとうはしっている。
わたしがこんなに不安定だから、㤗成はわたしにあいにきたのだ。わたしがSOSを発しなくとも、㤗成はわたしの変化に、とてもするどいから。
バーカバーカ㤗成のバカ。
どうしてそんなにやさしくするの。