1 ゴリラ、お宅訪問をする
ピーンポーンという、無機質なインターホンの音がした。
暑い暑い夏の日だった。ちょうど、夏休みに入ったばかりの。
台所で今まさにアイスを食べようとしていたわたしは、一瞬ためらって、棒つきアイスを口に入れた。つまり、インターホンの主を無視することに決めた。
――しかし、相手は諦めなかった。居留守を使っていることを読んでいるかのように、インターホンの音はやまない。最初の響きからして十分ふてぶてしかったが、次第に間隔をあけぬ連打になり、ついにはドアが直接ノックされた。
うっとうしいを通り越して恐怖さえ感じはじめたところで、声がかけられた。ドアの向こうから、明確に、わたしに向かって。
「おいきっか。――いるんだろう?」
懐かしい声だった。怒っているわけでも懇願するでも許しを請うような情けない声でもなく、いつも通りの落ち着いた、どこか淡々として聞こえる声。知り合い以上友達未満で、具体的には三年半ほど顔を合わせていない男の声に、思わず身体が反射的に動いた。
わたしはアイスを素早く食べつくして、玄関の、ドアを開けた。
――ゴリラがいた。
そこには筋骨隆々の、ゴリラがいた。もちろん、本物のゴリラではない。
ゴリラの名前は宮地㤗成。中学生のときに親の再婚で「きょうだい」になった、同い年の義理の兄。ついでに言うならやつとは幼稚園の頃から一緒で、家族になる前のほうが仲が良かった。
わたしが㤗成を「ゴリラ」と称するのは昔からだったが、ドアを開けてゴリラがいる、と真っ先に思ったのは、記憶の中の㤗成よりも、幾分色の黒いマッチョになっていたからだ。
……筋骨隆々のゴリラ、もとい恭成は、Tシャツに短パンというラフな格好で、旅行用のカバンをひとつ、手にさげていた。それはずいぶんと重そうで、いったい何がはいっているのだろうと、疑問に思う。
眼光鋭く㤗成は――基本的な顔の造形がとてもよく整っている+表情があまり動かないせいで余計にそう見える――いやに重々しく「きっか」とわたしの名前を呼んだ。
宮地吉嘉。それがわたしの名前だった。
「夏休みが終わるまででいいから、おまえの家に泊めてくれ」
㤗成の口から飛び出した、あまりに非常識な内容に、わたしはすぐさま難色を示した。
「は? なんで? ヤなんだけど」
「いいから。俺のことはそこらへんにいるゴリラだと思ってくれてかまわないから。じゃあ、ひと夏よろしくな」
そう言って㤗成は、「家主からの許可は得た」と言わんばかりの堂々たる態度で靴を脱ぎ(ちゃんと揃えてあがるところが忌々しい)我が家へあがりこんだ。
「そこらへんにいるゴリラ」という、すさまじい攻撃力をもった言葉に気を取られ、しばらく脳の整理が追いつかなかったわたしがようやく現状を把握して、
「いや、かまうわ!」
と叫んだとき、㤗成はうちわ片手に茶の間ですでにくつろぎの体勢に入っていた。