いざ冒険者ギルドへ②
パチパチと焚き火の爆ぜる音をBGMに、久しぶりの兎肉のスープに舌鼓を打つ。
日本にいた時は、兎を食用にするなど考えられなかったが、ここは異世界だし何よりこれは魔獣だ。
さして罪悪感も感じずにスープを食す。
余ったものは器に移して鞄に収納する。冷めない、劣化しないというのは本当に便利な機能だ。
ふと思いついて、味付けせず煮ただけの兎肉を少し離れた場所に置く。
ホーンラビットを仕留めた後から、つけられている気配を感じていた。
放置していたのは、殺気が無かった事に加え、その気配が小動物を思わせる小ささだったからだ。
恐らく親とはぐれた獣。
流石に種類までは分からないが、魔獣であれば問答無用で襲いかかってくるであろうし、この辺りに出る魔獣の強さでは、抑那岐の存在を認識出来ない。例え襲いかかって来たとしても、返り討ちにする位の腕はあると自負している。
もちろん魔法でだ。
それにほぼ完全防備に近いローブに、テントの周りには結界も張れる。伊達に50年も引きこもって研究していたわけではない。巷に出回っている魔道具よりも、より快適な空間になるような結界魔道具を作る事に成功していた。
気まぐれに人(ではないが)助けをしても、罰は当たらないだろう。
食器類を片付けるとやる事がなくなってしまった。日が完全に落ちるまでまだあるので、今のうちに薬草の仕分けをしてしまおうと、鞄から布を取り出し、その上に採取したものを広げていく。
葉や茎、根っこ、樹皮、果実、花、と仕分けしていく。
直接塗りこんだり煎じて飲んだりと、用途は様々だが、那岐は錬金術師ではないので、そこそこの効果の物しか作れない(と思い込んでいる)。
だが錬金術師の作る薬は高値であるし、抑錬金術師自体が少ない。現にこれから向かうキャビオの街にも、錬金術師はいないという話しだし、医療院はあるもののやはり庶民には高値である為、ちょっとの怪我や体調不良などは、治るまで放置する事が多い。駆け出しの冒険者や一般市民には、そうそう手が出ないのだ。
そうした相手に、那岐の作る薬は大層評判が良かった。
大雑把に仕分けると、それぞれ清潔な布で包んで鞄に仕舞う。
精製するのも野外だと面倒だし、素材のまま売ればいいかと結論づけ早々にテントに潜り込んだ。
毛布代わりのローブに包まり、浅い眠いについて早々、何者かが結界に触れる気配がして目を覚ます。
殺気がないので結界は侵入を許したのだろう。
テントの入り口をそっと持ち上げ様子を伺う。
辺りは暗くてよく見えないが、感知出来る気配は1つ。
──ああそうだ。そういえばつけられてたんだ。
それを見越して肉を置いておいたのに、眠気ですっかり忘れていた。
どんな生き物につけられていたのかと、鍋を置いたあたりにじっと目をこらす。
月明かりに浮かび上がるそれは、那岐の予想通り小さな動物だ。
野犬だろうか。
鍋に頭を突っ込んで夢中で肉を喰らうその背中は、子犬を思わせるふわふわな毛と、無意識にだろう、左右に揺れる尻尾がある。。
──可愛いな。
後ろ姿しか見えないが、夢中で食すその姿に、言いようのない可愛らしさと哀愁を感じる。
日本では居候の身でペットなど飼えなかったし、今もそう余裕がある訳では無い。
研究に夢中になると2、3日は平気で食事を抜いたし、睡眠もとらなかった。
こんな生活ではペットの方が逃げ出すだろう。
冷たいかも知れないが、連れて行く事は出来ない。
向こうも望んではいないだろう。
まだ小さいが、野犬であれば人に飼われるのは苦痛であるだろうし、これから冒険者になる身だ。連れて行けば危険が伴う。
なら何故、肉を置いたのだと言われれば、少しの好奇心とただの気まぐれだ。
この辺りは魔獣も少ないし、鼠や兎、蛇など餌になるような動物も多い。
せめて無事大人になれるよう、防御の魔法をかけてやる。
何か気配を感じたのか、野犬の子はきょろきょろと頭を動かす。敵がいないと分かって再び鍋に頭を突っ込んだ。
食べ終わったら人間を警戒して、どこかへ行くだろう。
少しの寂しさと罪悪感を覚えながらも、那岐は再び眠りについた。
☆★☆★
テントを透かす柔らかな朝日と、早起きな小鳥の囀りが優しく目覚めを誘う。
朝の冷たい空気に、頬に当たるふわふわな毛皮が心地好く、まだ微睡んでいたいと、甘えるように毛皮に頬をすりよせた。
──気持ちいいな……あったかい……。
初夏とはいえ、森の中の空気はまだ涼やかだ。特に森の中は街中よりも気温が低く、早朝ともなれば肌寒さを感じる程だ。
急ぐ旅でもないし、もうちょっと眠ろうとふわふわな毛玉を胸元に引き寄せようと手を、、
「……毛玉?」
一気に覚醒した。
気づけば那岐の顔と肩の間に、覚えのない小動物が丸まっている。
恐らく昨夜の野犬の子だろう。昨夜は暗くて良く見えなかったが、雪のような白銀の毛玉は、規則正しく上下している。余程深く眠っているのだろう。
「野生の本能はどうした……?」
突っ込みつつも、可愛らしい姿に自然と目が細くなる。
起こさないようにそっと丸まった背中を撫でてみた。ふわふわな見た目の割りには、その毛は汚れのせいか意外とゴワゴワしている。
背中に小さな突起が2つ。
まるで成長途中の羽根のようだ。
なんとなく違和感を感じ、久しぶりに脳内の情報を検索する。
【聖獣:ルプス(幼獣)】
なんともシンプルで不親切な情報が出てきた。ただの犬ではないという事か……。
しかし聖獣とは……。
那岐は50年間この森で暮らしてきたが、聖獣を見た事はないし、また噂にも聞いた事がなかった。
那岐が関わりを持つ人間は多くはないが、師であるノーラはどこから仕入れてくるのか意外と情報通だった。なので街での噂話などはノーラから聞いていたのだ。
それはともかく。
知らない事は調べればいいとして、この犬……ルプス? こいつをどうすればいいのか、寝起きで良く回らない頭を悩ませる。
とりあえずまだ子供のようだし、親を探すか?
だがこの広い森の中で、遭遇する確率はどれ程あるのか。
抑、聖獣に親がいるのか?
日本ではどうだったか……。
捨て犬を拾ったらまず獣医だろうが、この国では獣医という職自体が無い。
冒険者ギルドに着いたら、里親探しでもするか。
聖獣という位だから、引き取り手はあるだろう。
鞄の中からちょうど良さそうな大きさの巾着袋をだし、子犬……ではなく幼聖獣ルプスを入れ首から提げた。
「これで起きないって、危機感無さすぎ……。
本当に聖獣なのか?」
一抹の不安を感じながらも、手早く片付けを済ませ先を急いだ。
あれ? まだギルドに着かない。