いざ冒険者ギルドへ①
「全く。
ぶつぶつ文句を言いつつ、しっかり使うんじゃないか……」
一人になった家で、昨日まであった筈の家具類を探しながら独り言ちる。
「うわ、昨夜作ったポトフ鍋ごと持って行ったのか!」
家の中は酷く殺風景になっていた。
本当に色々な物を鞄に詰め込んだらしい。
まぁ元々ノーラの持ち物なので那岐に異論はないが、せめて那岐の作った食事を、那岐の分だけでも残して行ってくれてもいいんじゃないかと思う。
ノーラと二人で使っていたダイニングテーブルに腰掛け、ふぅ、とため息を一つ。
テーブルの上はスッキリと片づけられ、そこにノーラのいた痕跡は全くと言っていい程ない。
「ん? なんだ?」
ふいにテーブルの上に魔法陣が現れた。
かすかにノーラの魔力を感じる。あの短い時間で、いつの間に仕込んでいたのか。
大皿程度の大きさの魔法陣が消えると、そこに残ったのはいつぞやの杖だった。
初めてノーラに出会った時に那岐が手に取った杖。
世界樹の枝で出来たという、あの杖だった。
「お師さん……」
貴重な物だと言っていた。
国に仕える魔導師だって、大金を積んで欲しがる物だと。
面と向かって渡さなかったのは、一度那岐が断ったという事もあるが、照れくさかったんだろう。
「お師さん……いや、ノーラらしいな」
苦笑をもらし、そっと杖を手に取る。
それはまるで待ちくたびれたとでもいうように淡く光り、那岐を自らの主だと認めるように、確かに那岐の手にスッと馴染んだ。
「冒険者か……」
ここへ来た時は、冒険者にも商人にもなる気はなかった。
だが結局、商人の真似事のような事をして生計を立てていたし、唯一の師には冒険者になれと命令された。
見た目は18歳から変わってはいないものの、もう68歳だ。
今更冒険者など……。
『あんたは孤独に慣れすぎてる』
孤独。
確かにそうかもしれない。
幼少期の記憶がそうさせるのか、いきなり異世界にいたという状況がそうさせるのかは定かではないが、深く関わる相手を作らなかったのは事実だ。
───作らなかったのか、作れなかったのか。
深く考えると落ち込みそうなので、軽く頭を振って思考を切り替える。
ノーラと共に、この森の中の家で長年暮らしてきて、薬草を見極める目や魔獣を狩る腕は磨いてきた。
とは言っても、剣を振り回したりと身体を使っての戦闘には自信がない。
もっぱら魔法での戦闘だ。
ノーラに教わって、弓ならば多少使えるようになってはいるが、現職の冒険者から見たら、おそらく失笑されるレベルのものだろう。
冒険者の中で、魔導師がどれ程求められるものなのかは分からないが──知識として後衛に回り、補助としての役目を担うものだという事は知っていた──、師匠の師匠としての最後の言葉だ。
それを全うするのが弟子の務めだろう。
「気は進まないが……ひとまずギルド登録といきますか」
☆★☆★
森の家の周りの結界を強化する。
元々魔獣などが来ないように、ノーラが結界を施していたが、しばらく留守にする予定だ。
今のまま保てるように、状態保存と認識阻害の魔法を上書きする。
これで小バエ一匹、この家に侵入する事は出来ない。
ザッと家の周りを見渡してみると、やはり大分ガタがきている。
ノーラも那岐も、そこまでこだわりが無かった為、たまに屋根の補修などはしていたが、全体的な経年劣化などは見過ごしていたようだ。
もちろんノーラによって、劣化を緩やかにする魔法はかけられていたが──エイミーが作ったという時の魔道具はいくつかあり、そのうちの1つを起動させていた──、なんせ築二千年超えだ。限界もあるだろう。
1度結界を全て解き、劣化した部分を修復する作業に入る。
木造の家なので、地の魔法と風の魔法を組み合わせ、更に水の魔法で……と考えるが、やはり面倒なので時の魔法で家の時間だけを巻き戻す事にした。
こういう所が、非常識だと言われる所以なのだろう。
魔法陣が消え家の状態を確認すると、その上から改めて状態保存と認識阻害の魔法をかけ直した。
ノーラは売るなり焼くなり、と言ったが、愛着もあるし、何より帰る場所が欲しかった。
それにエルフの寿命は長い。何となくノーラはまた戻って来る気がしたのだ。
動きやすい服装の上から、黒いローブを頭からすっぽりと被る。那岐の足首まであるそれは、酷く怪しげだが仕方がない。
これから魔の森を抜けるのだ。
このローブには魔獣から身を守る魔法が付与されている。
魔獣からの認識阻害、物理攻撃の無効化、魔法攻撃の無効化、更に身体強化など、さすがに那岐もちょっとやり過ぎたかと思うような出来栄えだ。
ノーラのローブにも、同じ魔法をかけてある。
余程の事がない限り、かすり傷一つ負わずにファダまで行く事が出来る筈だ。
普段着に付けることも考えたが、複数の付与を与えるには布の強度も面積も足りない。そちらには防臭・防汚の付与だけ施した。
成り行きとはいえ50年共に過ごした師との、別れの余韻に浸る間もないまま、那岐は街へ向かって足を進めた。
☆★☆★
足場の悪い道なき道を、迷う素振りもなく歩き続ける。
その足取りは、訓練された兵士であっても容易には追いつけない程軽やかだ。
伊達に50年も森の魔女の弟子をしていたわけではない。
森で暮らすうち、自然と身体は鍛えられたし、老いを知らない身体はその能力を高めるばかりだ。
途中、食糧になりそうな木の実や薬草、ポーションの材料になる素材の回収も怠らない。
この辺りには強い魔獣はあまり出ない為、特に警戒する事もなくひたすら歩く。道すがら出くわすホーンラビットを適当に狩り、今夜の夕食に。
ホーンラビットの肉は食用になるし、角は下級ポーションの材料になる。毛皮は装飾品になる為買い取って貰えるし、捨てる部位は少ない。
しかもホーンラビットはそう強い魔獣でもない為、駆け出しの冒険者には人気の討伐対象だ。
少し早いが、途中の湖の畔でテントを張り、夜営の準備をする。
家中の食糧をノーラが持ち出したので、那岐は那岐でまた準備をしなけらばならない。
携帯食はあるが、急ぐ旅でもないのだ。態々味気ない携帯食を摂らなくても、材料もスキルも時間もある。
明日の朝ここを経てば、日が落ちる前には街へ着くだろう。
那岐はテントから離れた場所で、ホーンラビットの解体を始めた。