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始まりの街③

 小腹を満たすと、宿でも探そうと思い立つ。


 那岐は、旅行の経験は修学旅行くらいしかなかったが、目的の街に着いたらホテルに荷物を置いて観光した記憶がある。

 こういう場所では、ホテルというより宿と言った方がしっくりくるな、などと思いながら、それらしい場所を探す。


 さすがに脳内の情報は、一つの街の宿屋には精通していないようだ。


 街並みを眺めながら、宿屋らしき建物を探すと、いくらもかからずに、それらしい看板を見つけた。


 ──跳ねる小熊亭──


 宿屋……だよな? 


 首を傾げ看板を見上げる。

 デフォルメされた二本足の小熊が、ジョッキを持ちステップを踏んでいるような不思議なデザインだが、小熊の横にベッドの絵があるので、多分宿屋なんだろう。


 意外と軽い感じなのだな、と思いながら扉を開ける。


「いらっしゃ……」


 宿のおかみらしき恰幅のいい中年女性が、不自然に言葉を切り那岐を凝視した。

 日本人が珍しいのだろうか? と不思議に思い、黒髪や人種が差別対象になるのは勘弁してもらいたいと、内心焦る。


「部屋をとりたいのですが」

「…………」


 どうやら自分に部屋を貸し与える気はないらしい。

 やはり差別対象なのだな、と落胆半分、憤り半分の複雑な気持ちだ。さっきの屋台では問題なく買い物出来たが、宿屋となると話は別なのだろう。


 他を当たるか、と踵を返すと、我に返ったおかみが慌てた様子で声をかける。


「ちょ、ちょいとお待ち兄さん! 宿泊だろう?」

「……いいのか?」


 急に態度を変えたおかみに、憮然と訊ねる。


「もちろんだ! うちは宿屋だよ!」

「反応がないから、断られたのかと……」

「いやぁ、悪かったねぇ。でもこんな男前が目の前に現れたらさ、びっくりしちゃうよ!」

「…………」


 びっくりしたのは那岐だ。日本では、どこか腫れ物に触るような扱いを受けてきた。那岐の境遇を慮っての事なのだろうと、あまり深く考える事はしなかったが。

 だが、そういえば那岐はここへ来てから鏡を見ていない。

 姿形が変化したのだろうか? と顎をさすり首を傾げた。


「何泊だい? 一泊三千リル、朝と夕の食事付きだと四千リルだよ」

「とりあえず三泊食事付きで」

「あいよ。じゃあ一万二千リルだね。あんた男前だから、特別に一万リルに負けといてやるよ」


 そう言うとおかみは、那岐にウィンクを投げて寄越した。


「ありがとう」


 軽く驚きつつも礼を言い微笑むと、銀貨一枚を支払った。


 浮ついた様子のおかみから、鍵を受け取り宿の説明を受け、早速部屋へ行く。

 部屋は二階で、食堂は一階、風呂は外の小屋で一回五百リルだそうだ。出掛ける時は鍵を預ける。その間に掃除をしてくれるらしい。触られたくない物は、クローゼットに入れておくように言われた。


 割り当てられた部屋は、ベッドと机と椅子があるだけのシンプルな部屋だった。


 寛ぐ前に、気になった事を済ませてしまおうと、鞄から鏡を取り出して見る。


「顔は変わってない、よな……? 彫りが深くなってる?」


 まぁ似ても似つかないまではいかないし、不細工に作り替えられた訳でもないので、どうでもいい。

 元々自分の顔は嫌いだ。那岐を捨てた母親を、否が応でも思い出してしまう。


 鏡から視線を引き剥がしベッドに腰をおろすと、鞄から分厚い本を取り出す。

 一番最初に取り出した本だ。あの時は読めなかったが、今は読めるようになっていた。


 パラパラと頁を捲る。どうやら魔法について書かれているようだ。後でじっくり読む事にして、机の上に本を置くと、他にも何かないかと鞄を探る。


 カサッと何か指先に触れた。取り出すと、折りたたまれた紙だった。開いてみると、B4程度の大きさがある。


 それは地図のようだった。

 大きな大陸が南北に二つ。その大陸の周りに、中小いくつかの島……というか大陸がある。

 今那岐のいる所は、確かフォレティスという国だったと思い、地図を見る。


「……何で光ってるんだ?」


 現在地は……と思い探していたら、地図の一部が白く光った。北の大陸の南方に位置するようだ。

 試しに、隣国は何という国なのかと目を移すと、フォレティスの右側、東方のパルラという国の場所が淡く光る。


 那岐が最初にいた丘から、東へ数日進むと、パルラの国境へ出たらしい。だが間には険しい山脈が聳えているので、たった一人で準備もなく向かうのは命取りになりそうだ。


 この地図も机の上に置き、更に鞄を探る。


 剣、弓、盾、次々に出てくる。杖、ローブ、防具、果てはアクセサリーまであった。


 冗談半分に、風呂はないかと手を入れる。すると、明らかに鞄の入り口より大きな置き型のバスタブが出てきた。


「…………」


 理解が追いつかず、固まってしまう。


 ──見なかった事にしよう。


 本以外の物を全てバスタブに突っ込み、そのまま鞄に仕舞った。


 気を取り直して、椅子に座り読書する事にする。


 那岐は本が好きだった。小学生の頃は、学校にいられるギリギリの時間まで図書室にこもっていたし、中学生になってからは図書委員になった。

 高校生になって家事やアルバイトをするようになると、さすがに図書室にいる時間は減ったが、暇を見つけては図書室や近所の図書館にも足を運んだ。


 なるべく家にいないようにする事で、世話になっている家の人間の気に障らないよう、無意識に本の中に逃げていたのかもしれない。


 外は段々と薄暗くなってきている。

 鞄の中からランタンを取り出し、机の上に置き読書に戻った。




 どれくらい集中していたのか、気づくともう夜だ。食堂で夕食をとる事にする。

 少し考えて鞄をクローゼットに仕舞い、部屋に鍵をかけ食堂へ向かった。


 食堂はなかなか混雑していた。中でも武器を身につけた男たちが目を引く。時おりドッと場が沸くのは、酒が入ったグループだろう。部屋にいた時は音は気にならなかったので、それだけ集中していたのだろう。


 カウンターに座り料理の説明を聞く。料理するのはおかみの亭主で、この店の主だというガタイのいい男性だった。


 夕食はパンと野菜スープ、それにメインに肉か魚を選べるようだ。

 夕方に屋台で肉を食ったので、夕食は魚を頼む。

 淡泊な白身魚の煮付けは、なかなか美味だ。ただ、フォークで魚は食べづらかった。


 食後に出されたお茶を飲んでいると、不意に膝の上に違和感を感じた。視線をやると、鞄がいつの間にか鎮座している。


 確かに部屋に置いて来たのに、と首を傾げると、その様子を目に入れた店主が声をかけた。


「どうしたお客さん。口に合わなかったか?」

「いや、……美味かった、です。このお茶も、独特の風味があって美味しいですね」

「そうだろ? 南国から仕入れた茶葉を、独自にブレンドしてんだ。このお茶はここでしか飲めねぇからな」

「そうですか……こだわってるんですね」


 店主にもう一度美味かったと告げ、早々に部屋に戻る。

 鍵がかかっている事を確認し、部屋に入るとしっかり鍵をかける。


「…………ない」


 クローゼットを開けると、鞄は無くなっていた。するとやはりこの鞄は、先程那岐が仕舞った鞄だ。

 他にどこか触ったような形跡もない。


「何で鞄がひとりでに移動するんだよ……」


 疲れたように呟き、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。



 何度が深呼吸すると、上体を起こし気を取り直して鞄を見つめる。


「……アーティファクト、だったっけ?」


 答えなど返る筈もないのに、つい声に出してしまう。じっと見ていると、また情報が頭の中に流れてきた。


【無限収納付き鞄

 創造神より龍野(たつの)那岐に付与された鞄

 持ち主から離れると、一定時間で持ち主の元へ戻る

 この世界に存在する、ほぼ全ての物が収納されている

 譲渡不可】


「……ありえない……」 


 想像したより、遥かに規格外な内容に頭を抱える。


 創造神!? 神が何で個人にこんな物渡すんだ!?

 この世界に存在する物全て!? それはどこからどこまでなんだ!?


 例えば家とか!?

 そういえばバスタブがあった!

 個人の持ち物はどうなる!?

 それは無いんですか、そうですか!


 静かに混乱していた。




 ひとしきり混乱が落ち着くと、与えられた情報を整理した。


 ほぼ全ての物、といっても、本当に全て入っている訳では無いらしい。

 例えば、ハンカチだったら、男物、女物、男児向け、女児向け、粗悪品、普通、良品、高級品、最高級品と様々だ。この鞄には全ての品質の中から、それぞれ五枚から十枚程のデザインの物がある。

 男物のハンカチ、と探すと良品程度の品質の物が出てくる。

 そこは普通じゃないのか、との突っ込みは無駄だろう。那岐にも理由は分からなかった。


 そしてハンカチを捨てたりしたら、勝手に補充される。


「……なんつー出鱈目な鞄なんだ……」


 この世界の創造神とやらは、随分ぶっ飛んだ神らしい。


 試しに、醤油を思い浮かべた。すると、瓶に入れられた醤油が出てきた。指につけて舐めてみると、確かに醤油だった。後味は微妙に癖がある気もするが、美味しいと思う。


 だが、ティッシュを探しても出てこなかった。

 トイレットペーパーもしかり。ボロ布が出て、これじゃない! と戻したら、次に大振りな葉っぱが出た時は笑ってしまった。


 同じように、テレビだとかDVDだとかの機器も出てこない。


 たが、音楽プレーヤーを思い浮かべると、掌サイズの木枠に宝石が嵌め込まれた物が出てきた。


 再生、とつぶやくと音楽が流れてくる。那岐の知らない音楽だ。楽器の種類も分からなかったが、弦楽器のようだ。


 那岐の思い浮かべたようなプレーヤーではなかったが、こちらの世界の音楽プレーヤーはこういう物なんだろう。


【高級な魔道具。一つ二十万リルは下らない】


 停止、とつぶやき鞄に戻した。


 とにかく分かった事は、本当にこの世界にある物が、粗悪品高級品問わずあるという事だ。

 那岐が知っている物とこの世界にある物とで齟齬がある場合、この世界にある似たような物が出てくるらしい。

 本当に便利な鞄だった。

 譲渡不可という事は、盗まれても戻って来るという事だろう。


 だいたい分かった所で、魔道具というのに興味を持った。


 魔道具。


 魔法を付与して作る道具らしい。媒介として魔石と呼ばれる石を使う事が多いが、魔法構築の仕方によっては、魔石が無くても発動する。

 使うには多少の魔力は必要だが、構築方法によって魔力がない者も使う事が出来る。


 勉強は嫌いじゃない。

 とりあえず詳しい事は明日調べるとして、風呂に入って今日はもう寝てしまうことにする。


 異世界二日目の夜は、無事ベッドの上で眠る事が出来た。



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