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始まりの街②

 朝日がテントを透かし、那岐の意識を浮上させる。


「うぅ、いったたたた……」


 胡座をかいた体勢でひっくり返り、そのまま寝てしまったらしい。

 二度も意識を刈り取られたのは随分間抜けだが、野生動物などに襲われる事なく朝を迎える事が出来たのは僥倖だろう。


 もそもそとテントから這い出ると、水筒の水で顔を洗い口をすすぐ。

 用を足してテントに戻り、思考を巡らせた。


「とりあえず、……どうすればいいんだ?」


 昨日の魔法陣が描かれた本を……と鞄を探すが、何も手に触れる事はなかった。


「どういう事だ?」


 だが無いものは仕方ない。これからどうしようかと途方に暮れるが、まず人を探すべきだと思い至る。やはりあの集落を訪ねてみよう。

 すると、今いる場所の情報が引き出された。


 ここは南方の大陸で、フォレティスという国が近くにあるらしい。


 ここより半日程歩くと、街に出る。そこはフォレティスの中でも賑わっている街で、比較的多くの種族が暮らすのだとか。


「多くの種族?」


 思わず疑問を声に出してしまう。


 ──人族、獣人族、エルフ、ドワーフ等


 なるほど。親戚の子供が狂喜乱舞しそうだ。

 だがすぐそこにある集落は何なのだろうか?


 ───────廃村。


 廃村、ということは、人はいないという事か。


 結局あの魔法陣が何だったのかは分からずじまいだが、こういった情報を与えてくれる為のものだったんだろうと、無理矢理納得させた。

 昨日からの出来事を考えると、何か知りたい事がある時に記憶を探れば、その情報を引き出せるという事なのだろう。 


 ランタンやテントなどを仕舞い、地平線の向こうを目指して歩き始める。

 周りを見渡しても変わり映えしない景色に心が折れそうになるが、考える事は山ほどあるのだ。


 まず、虹を思わせるカラフルな魔法陣に、赤やオレンジなど単色の魔法陣、最後に一際輝いた白い魔法陣。


 単色の魔法陣は、赤・オレンジ・黄色・緑・青・濃い青・紫だった筈だ。

 最後に白。


 それぞれ意味があるのだと思うが、その意味が分からない。

 魔法だろうか? と思うが、それぞれの色と魔法属性を結びつけようとすると、オレンジの段階で躓いてしまう。黄色になるとさっぱりだ。

 元々そういったことに詳しくない。親戚の子供──那岐より2つ年下の裕介(ゆうすけ)という──の話しを、もっと真剣に聞いておけば良かったと後悔しても、もう遅い。


 と、つらつらと思いを巡らせていると、唐突に頭の中に押し寄せた情報により、あっさり解決する。


 赤橙黄緑青藍紫白せきとうおうりょくせいらんしはく


 赤は火

 橙は地

 黄は光

 緑は風

 青は水

 藍は空

 紫は闇

 白は時 



 では最初の虹色は何だったのかというと、この世界そのものの情報らしい。大陸の数、暮らしている種族、魔獣の種類、言語、貨幣価値などなど。鞄の中身の情報なども、何故か含まれているようだ。

 ここで暮らしていく上で必要になる情報だろう。ただ国や領地は頻繁に名や領域を変えるので、都度上書きが必要になるらしい。特に小さな村や集落は、どれだけ存在するのか分からないようだ。誰も知らない事は、教えてもらえない。規模は桁違いだが、辞書のようなものだろう。



 一気に引き出すと脳が破壊されるので、小出しにしているようだ。この魔法陣の意味も、魔法属性だろうかと思い至ったのが切っ掛けになり、それぞれの色と属性の答えが与えられたのだ。


 どこの誰かは知らないが、親切設計なのか大雑把なのか、よく分からない。


 そこでふと疑問に思う。


 最初に触れた魔法陣が言語などの補正なら、あの魔法陣が描かれた本を読む事が出来なかったのは何故か?

 藍が空間魔法なら、この鞄を最初から使えたのは何故か?


「……アーティファクト?」


 喪われた古代魔法によって造られた、強力な魔道具の事らしい。

 一見普通のカーキ色の布鞄だが、かなり珍しい物のようだ。

 そんな貴重な物を身につけていた事に驚くが、これが無ければ水も食料もなく、どうなっていたか分からない。


 どこの誰とも分からない存在に、深く感謝した。が、訳も分からず放り出されたのだから、その感謝は無用だと思い直す。


 しかし本を読めなかった事に対する答えは、得る事が出来なかった。



 刻まれた情報を頼りに、ひたすら歩く。


 時折野生動物がたてるらしい物音を聞いたり、野うさぎのような小動物を見かけたり。なかなか長閑な所らしい。


 空を見上げると、太陽は中天にさしかかっていた。昼頃だろう。


 途中腰掛けるのに丁度いい岩場を見つけ、ここで一旦休憩をとることにする。水と味気ない携帯食で腹を満たし、深く息を吐き出した。


 とりあえず人里へと思い歩いてはいるが、人里へ出た後どうするか、何も考えが浮かばない。


 那岐は未成年者ではあるが、一月だけとはいえ社会人として暮らしていた。生活の基本は仕事だろうが、右も左も分からない場所で、一から始める自信などない。


 直前まで世話になっていた親戚たちは、金を受け取っていたとは言っても、人一人を養うのは大変だっただろう。

 愛情を与えられる事は無かったが、最低限の生活は保障してくれていた。


 両親に捨てられはしたが、一人で生きてきた、などとは言えないだろう。


 だが今、正真正銘一人ぼっちだ。

 不思議な鞄と基本的な情報を引き出す術は確保出来たが、ではその後どうすればいいのか。何も見えない。


 帰る事が出来るのだろうか。

 帰ったら、死ぬのだろうか。


 そもそも何故急にこんな場所にいるのか。

 あのまま死んでしまっても良かったのに。


 ここで生きていけるのだろうか。

 ここで生きなければならないのだろうか。


 ふぅ。と、もう一度息を吐く。


 ここにいるのが那岐ではなく、裕介なら喜んでいただろうか? いや、流石に裕介でもビビるだろう。それに裕介には愛すべき家族がいる。独りじゃない。

 それを思うと、やはりここに来たのは自分で良かったのだろうと思う。


 雇ってくれた会社に多大な迷惑をかけてしまうだろうし、表面上は那岐を気にかけてくれていた親戚たちにも、面倒をかけてしまうだろう。

 しかし、それも一時的なものだ。実の両親にすら捨てられたのだ。そんな自分を、誰がいつまでも心に留めるというのか。


 自嘲するように苦く笑い、暗くなりそうな思考を振り払うように、先を急いだ。



 二時間程歩いただろうか? ここまで来てやっと、道を見つけた。コンクリートなどではなく、獣道に毛が生えたようなものだが、道は道だ。


 道沿いに更に一時間程歩くと、視線の先に街が見えてくる。道中チラホラと人とすれ違うようになっていた。


 街は石造りの高い壁に囲まれている。城塞都市のようだ。何ヶ所かに人が行列を作っているところが見える。あれらが街への入り口なんだろう。


 身分証の類が必要なんだろうかと記憶を探ると、通行料を払うだけで良いと答えが出る。


 通行料は一万リル。銀貨一枚だ。


 この国の通貨は、


 銭貨一枚で十リル

 小銅貨一枚で百リル

 銅貨一枚で千リル

 半銀貨一枚で五千リル

 銀貨一枚で一万リル

 金貨一枚で十万リル


 となる。大体十五万リルあれば、一月暮らしていけるらしい。


 街へ入るのには銀貨一枚、一万リルでいいが、身分証はあった方が色々な街や国へ行くには便利らしい。

 身分証を発行して貰うには、役場へ行かなくてはならないのだろうか?

 ──冒険者ギルドや商人ギルドで発行してくれるのか。


 とりあえず冒険者にも商人にもなる気はないので、後回しにしよう。


 鞄を探り巾着袋を取り出すと、最後尾に並んだ。何故かチラチラと視線を感じたが、悪意ではなさそうなので特に気にとめる事はしなかった。


 門は二重になっているようだ。手前の門で名前と滞在の目的を聞かれている。『依頼で来た』『依頼を探しに』『旅の途中に寄った』『知人を訪ねに』『商売に』等々答えているのが聞こえる。


 言葉が分かる事に安堵し、さてどう答えるべきかと思案する。


 結局、無難に『ナギ、観光に来た』と答え通行料を払い、水晶のようなものに触れ街の中へ入った。これで犯罪歴などが見れるらしい。


 中は思ったより賑わっていた。時刻は夕方に差し掛かるというところだろう。

 木造二階建ての建物が多く、広い道の両端には食べ物の屋台が複数ある。

 街で何をするか、結局考えが浮かばなかったが、とりあえず何か携帯食以外の物を食べたいと思い、財布片手に屋台を覗く。


「いらっしゃい!」

「……これは何の肉?」

「ホロニアスのもも肉だ!」

「……一本ください」

「まいど! 200リルだ!」


 やけに威勢のいい屋台の親父に、小銅貨2枚を渡す。


 ホロニアスが何かは、名前を聞いた時に情報として入ってきていた。

 鶏に似た魔物、らしい。


 魔物……食えるのか? と疑問だが、この世界の魔物は食用になるものが多いらしい。


 本当は唐揚げが食いたかった、と思いながらも、このホロニアスもなかなかの美味しさだ。

 本当に鶏に似ているのだな、と妙な感心を覚えた。




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