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始まりの街

 気がついたら丘の上にいた。


 山という程急な傾斜もなく、草原といえる程平らでもない。

 それなりに樹木もあるが、森林と呼べる程生い茂ってはいない。

 眼下には一面の緑が広がっていた。視界の遠く右下には、家屋がいくつか見える。集落を作っているのだろう。


 何が起こったのか理解するのに時間がかかったが、説明してくれる者もなく、また取り乱すような性格でもないので、淡々と自分の置かれた状況を把握していく。


 今日は初めての給料日だった。

 初任給で両親にご馳走するのだという同僚を、羨ましいと思いつつ、どこか冷めた目で見ている自分がいた。

 そんな同僚を尻目に、好物の唐揚げを買って帰るかと、一人電車に乗り込み二駅先で下車、ホームを足早に歩いていた。



 多分近隣の女子高生だろう集団が、キャーキャー騒ぎながら後ろから走って来る音が聞こえた、と思う。

 面倒だと思いながら、先に行かせてしまおうと体を横にずらし、肩に衝撃を受け……あぁ、落ちたのか。

 そういえばふわっと体が浮く感覚と、背後から迫る電車の音、周囲の悲鳴をかき消す程の不快な警報音を聴いた記憶がある。


 しかしそれにしては痛む所もないし、夢だというにはこの状況はクリアすぎる。

 ということは、死んだのだな、と納得する。


 納得はしたが、この状況の説明にはなっていない。


 とりあえず全身を見おろしてみる。


 見覚えのない服に靴、斜め掛けの鞄。

 服はゆったりしたチュニックのような上着に、動きやすそうなズボン、靴は編上げのブーツのようだ。

 ベージュを基調にした、深緑の装飾がある服は、時代や国が違えばセンスがいいと言えるだろう。例えばゲームキャラとか……。


 と、そこまで考えて、親戚の子がハマっていた異世界転移だろうか? と考える。いや、死んだのだったら転生だろうか?


 しかし転生だとしたら、赤ん坊になっているはずだし、体の感覚からしてそう変化しているとも思えない。多少体が軽く感じるくらいか。


 だが那岐は、読書は好きだがゲームはしない。読書と言っても、親戚の家の子供が買ってきたマンガや、学校の図書室にある本しか読まないし、ゲームに至っては友人の家でプレイした事があるくらいだ。

 最近流行りだという異世界なんちゃらにしても、借りた本を読んだだけで、詳しい事は何も分からなかった。


 そもそも死んだのかどうかも分からない……か?



 それはともかく、何故駅のホームにいたはずの自分が、見知らぬ丘にいるのかと首を捻る。


 が、考えても分かる筈がないので、肩にかかる鞄の中身を確認しようと、その場に腰を下ろした。先程見た集落に人がいるのなら、助けを求めようかとも考えたが、こういった田舎町で余所者がどういう目で見られるか、混乱を思うと面倒だった。


 まず手に触れたのは、本だった。

 ハードカバーの分厚い本が出てくる。パラパラと捲ると見た事のない文字が綴られている。記号のようにも見えるが、全頁このような感じなので、文字なのだろうと推測する。


 しかし……。これだけの厚さの本が入っていたにしては、その重量を感じる事は無かった。


 釈然としない思いを抱きながらも、また鞄の中身を探る。次に手に触れたのは、皮の巾着袋だった。

 中を見ると、硬貨のようなものが沢山入っている。

 銅だろうか? くすんだ茶色っぽい色で、十円玉よりも分厚く感じた。

 同じ巾着袋があと2つあり、それぞれに銀貨と金貨らしき物が入っている。大きさは、銅貨と銀貨は2種類あるが、金貨の大きさは全て同じだ。いずれもずっしりと重さがある。


 ここが異世界で、これが硬貨だと仮定したら、かなりの金額になるのではないだろうか。


 まぁ物価もなにも分からないが。


 さて次は、と巾着袋を鞄に戻し中を探ると、また本が出てきた。

 先程の本よりは薄いが、やはり分厚い。


 同じようにパラパラと捲ると、ある頁に魔法陣のようなものが描かれていた。六芒星がぐるっと二重の円に囲まれていて、その円の中に文字のような記号のような物が緻密に描かれている。


 不思議に思い指で触れると、魔法陣が何色にも光って浮かび上がり、そのまま那岐の指に吸い込まれていった。


「うぁっ……あ……ああっ!」


 とたんに、頭の中に膨大な量の情報がとめどなく流れてくる。


 その情報を処理しきれず、那岐は頭を抱え地面をのたうち回り、やがて意識を手放した。






 どれ位の時間、気を失っていたのか、気づくと辺りは薄暗くなっていた。

 肌寒さを感じて両腕をこする。


 ふと、外套が欲しいと思い、鞄にある、と記憶が告げる。


 鞄を探ると、黒くて長い外套が出てきた。

 立ち上がり外套を羽織る。完全に暗くなる前に寝床を確保しなければならない。水や食料も必要だし、トイレにも行きたい。

 トイレはその辺で済ませるとしても、水と食料は切実な問題だ。


 だがそれも、記憶が問題ないと告げている。


 何故? と疑問が浮かぶが、先程の魔法陣の影響だと思い至る。

 なかなか便利な機能だが、もう少し丁寧でも良かったんじゃないかと思わなくもない。


 木の影で用を足し、離れた場所に腰を下ろす。


 鞄を探ると、案の定水筒が出てきた。頭の中の情報によれば、この水は無くなる事はないらしい。中はどうなっているのかと疑問だが、そういうものなんだろうと割り切った。


 ここにいる時点で、既に那岐の理解の範疇を超えているのだ。

 今更疑問が一つ二つ増えた所で、どうという事はない。


 空腹を感じ更に鞄を探ると、大きな葉に包まれた四角いクラッカーが出てきた。

 保存食とか携帯食とかの類だろう。流石に調理済みの肉料理などはないか、と肩を落とし、少しずつ齧る。

 意外と腹に溜まると気づき、やはり旅の携帯食なんだろうな、と思った。


 暗くなる前に何かないかと、また鞄を探る。

 すると今度はテントが出てきた。テントなど組んだ事は無かったが、何故か迷う事なく組み立てる事が出来た。


 もう深く考える事は放棄して、中へと入る。


 中はそれ程広くはないが、人一人ならば脚を伸ばして寝る事が出来そうだ。

 ランタンを取り出し傍らに置くと、先程の魔法陣が描かれた本を取り出した。


 じっくりと読むつもりで、胡座をかいた脚の上に本を置き頁を捲るが、どこをどう読めばいいのか理解出来ない。

 数頁毎に魔法陣が描かれているようだが、どれがどういう効果を持つのか分からなかった。


 出鱈目に触れてまた先程のような目に遭うのは避けたいが、何となく今の所頼りになりそうなのはこの魔法陣だけだと、そう思った。


 幸い寝床は確保出来たし、興味の趣くまま触れてみようか……。

 しかし、意識のない時に、あの集落の人に気づかれたらどうしよう。人ならまだいい。野生の動物が襲ってきたらどうするか……。


 暫く逡巡した後、意識があったとしても戦える自信はないし、一度死んだ(かも知れない)身だ。今の状況よりは良くなるんじゃないかと、開き直り半分、好奇心半分で触れてみる事に決めた。


 まず始めの頁からだ。一番最初のはもう触れたので、その次の頁を捲り、恐る恐る指を這わせる。

 すると、思った通り魔法陣が光り浮かび上がった。今度はルビーを思わせる赤い光りだ。先程と同じように指先から吸い込まれていったが、覚悟したような衝撃は無かった。


 不思議に思い頁を捲り、次の魔法陣に触れる。すると今度はオレンジ色の光りが浮かび、また指先に吸い込まれていった。


次々に頁を捲り魔法陣に触れる事を繰り返し、とうとう最後の頁になる。同じように触れると、眩しい程に白く輝き、その光りが全て吸い込まれると、那岐は唐突に意識をなくした。



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