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第8話 「私……ヨゴレになる!」

 非常階段。オレの目の前で女二人がケンカしていた。

 原因はオレが二股をかけていたからなんだが、この二人はオレを責めずにお互いを罵り合っている。

 最初は見ていて面白かったけど時間が経つにつれてつまらなくなってきた。

 そろそろ終らせようと思う。

「お前達もう止めろよ。簡単な解決方法がある」

 オレへ顔を向ける二人。視線が集まったところで十分間を取ってから言葉を投げかける。

「……オレが悪いんだ。どっちかを選ぶ事なんか出来ない。だから、二人とも別れてくれ」

 みるみる顔色が変わる二人。

 オレはなるべく悲しい顔をして、振り向き、反論のチャンスを与える間もなく立ち去る事にした。

 残された二人は茫然とオレを見送る事しか出来ない。

 潔いとかそういうのではない。後で個別によりを戻していけばいいだけの話。

 そうすれば自分だけに戻ってきてくれたと勘違いするわけで……

 今からそれを思うと笑いがこみ上げてきた。


 教室に戻る途中、おずおずとオレの前に立つ男が一人。

「あの……川上くん……そろそろお金……返して欲しいんだ」

「あれ? オレ、佐藤に金借りてたっけ?」

「……」

 太ってガタイが大きいくせに気のの弱い所がある佐藤は黙り込んだ。

 オレが睨んでコイツが俯くといった状態が続く。

 しばらくするとようやく返事をした。

「……3万円……か……貸してる……」

「えーーーっ!? そうだっけ?」

 ただ黙って頷く佐藤。

「悪いな。今、手持ちが無いんだよ。今度バイト代が入るからその時な!!」

 何度も佐藤の背中を叩きながら、オレは大袈裟なリアクションを取った。

「う、うん……分かった……」

 すごすごと立ち去る佐藤。

 まだ覚えてやがったのか……ちなみに借りたのは半年前。

 全然親しくもないがアイツの気弱な性格を考えて金を借りたのだ。

 ちなみにオレはバイトなんかしていない。


 楽しければそれで良い。

 そのためだったらセコイ計算もどんどんするし、他人だって陥れる。

 こんなオレを非難する人間は少なくない。

 だが、そいつらは大抵、羨ましいんだ。

 自分が出来ない事をやれるオレに嫉妬してるだけ。

 そんなに羨ましいのだったらお前達もやれば良い。

 今日も出来ないやつの遠吠えが聞こえてきそうだ。

 オレの名前は川上直人。


*********************************************************************


『じゃあ、このコーナーのMVPは……P.N.(ペンネーム)宝条リンに決定!!』

「やったね!! 初MVPだよ!! これも佳代ちゃんのお陰ですっ!!」

「いやいや、結構時間掛かったけど何とか取れたわ」

「お前のネタならいつか取れるとは思ってたよ」

 三人、ラジオを聴きながら波乗の部屋で時間を過ごす。

 もちろんネタを書くために集まっているのだ。

「すべて多記君が佳代ちゃんと説得してくれたからだね」

 波乗は僕を覗き込むように満面の笑みを浮かべた。

 僕はそれを直視できずに横を向く。

 宝条リンは着々と常連達の間に割って入る存在になりつつあった。

 今月に入ってすでに三十枚は読まれた。

「この調子だと中間発表期待できるね!」

「いや、まだ喜ぶのは早い。半年のうちのまだ二ヶ月しか経ってないんだぞ」

 すると波乗は口を尖らせ、うー、うー、唸りだした。

 喜ぶのはホントに早い。

 相変らずペンシル祭は一枚の採用で各コーナーのMVPをとっていくことが多い。

 波乗が担当している普おた(普通のお便り)だってクックルドゥーのネタに苦戦している。

 僕だって自分のネタを書くのに精一杯。

 ただ、工藤佳代が加入した事でお笑いはほぼ目処が付いた。

 これは喜ばしい事だと思う。

 しかし、「ラジオデイズ」には他にもコーナーがある。

 さし当たっての問題は、あるコーナーに関して宝条リンは圧倒的に弱いことだった。


 案の定、3ヶ月目にはいる頃に恐れていた事が起こる。

 読まれるハガキが頭打ちになった。

 要するに一週間に読まれる枚数が限られてきたのだ。

「このままじゃあまずい……」

「枚数増やしてもなぁ……ネタのレベルが上がるわけやないから……採用枚数は変わらんし……」

「どーしよう、どーしよう。多記君! 多記大先生! 私達どうしたらいい?」

 波乗は目を潤ませている。その目で見られると辛い。

 実はこうなった原因は分かっている。

 元々、波乗達では限界があった。

 それは――

「波乗……オレ達には致命的な欠点がある」

「えぇ! なに? ナニ? 何? 教えてーっ!」

 僕は二人を交互に見る。

 二人も目をそらさない。

「お前達は下ネタが書けない!!」

「やっぱりなぁ……」

「ガーン」

 ちなみに今のガーンは波乗が自分で言ったものだ。

 自分のリアクションに気付き、波乗は顔を真っ赤にして、喋りだす。

「そ、そんな……○×○×や△△×なんて私書けないよーっ」

「いちいち口に出して言うなっ! 僕だって恥ずかしい!」


 「ラジオデイズ」のネタハガキのコーナーの中で軽いのを入れると下ネタのコーナーは三つある。

 この三つのコーナーなしで今まで善戦していたのが不思議なくらいだった。

 僕等は沈黙した。やはり女の子のハガキ職人では限界があるのか……

「それやったら多記、アンタが書いたらええやん」

「待てよ!! 僕だって他のネタも書いてるんだから無理だ」

「下ネタなんて男の想像力使えばチョチョイと書けるやろ?」

「工藤……お前、男の想像力をどう捉えてるんだ……」

 突然、波乗が僕の目の前に顔を近づけた。

「ねぇ、ねぇ、多記君も……そんな事、考えるんですか?」

「考えてるやんなぁ、男やし」

「くだらない事を聞くな!! と、とにかく僕も手が回らないし、第一、下ネタは苦手なんだよ」

「なんだ……」

「ガッカリやな……」

「お前等、何考えてるんだ?」


 これ以上はどうしようもなく黙る。そんな矢先、波乗は呟いた。

「私……ヨゴレになる」

「え? 澄音、何言っとるの?」

「本気か? つらいぞヨゴレは」

「はぁ? 多記まで何を――」

「でも、それをしないとNO.1になれないんでしょ? 私……綺麗なままではいられない! ヨゴレる! エロ姉さんになる!!」

 波乗は握りこぶしを握って力説した。

「姉さんかどうかは知らんが、僕に任せろ! なるべく最小限のヨゴレにするっ!」

「うん!!」

 なんかやたら「ヨゴレ」を連発する変な会話をする僕達。


 とはいえ下ネタ苦手同士が協力し合ったところでなんの成果があるのだろうか?

 答えは次の週にアッサリ出た。

 一枚もハガキが読まれない。

「ゴメン……私、エロ姉さんになれなかったよ……」

「いや、僕もたいしたアイデアが浮かばなくて悪かった」

「私は……なんもせんかったけど」

「やっぱりエロ姉さんじゃ駄目だったんだね。エロエロ姉さんじゃないと……」

「波乗、そこに何の意味もないぞ」

 やはり、ここは誰かを新しく加入させるしかない。

 そして、すでに目星をつけている人物は一人居る。

 ただ……なるべく関わりたくは無かった。

「実はもう一人、宝条リンに加入させようと思うんだ……」

「本当!?」

「誰や?」

「川上直人っていうんだけど……」

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