第46話 「夏の終わりに」
まずい、波乗が気まぐれサーファーに気づいてしまった。
「あのニット帽だとかゴーグルって、なんだか家で見たような……」
わわわ、まずい。正解に近くなっている!
いや、待てよ。
これは波乗にとっては父親に会えるチャンスなのか?
とはいえこのままラジオデイズを終らせるのは惜しいぞ。
って何考えてるんだよ。波乗が幸せになることが大切じゃないか。
どうしよう。さっき以上に頭をめぐらせ、気まぐれサーファーの正体を知らせるべきか否か考える
う〜ん、う〜ん……よし、決めた。
「あ、あのな、波乗。こいつは気まぐれサーファーと言って、ここに住んでるただのリスナーだ」
ダメダメだぁ〜、僕は。
折角のチャンスだったのに誤魔化す様なマネをしてしまった。
これって僕がラジオデイズを望んでいるってことなのかな?
「この感じどこかで……あっ、わかった!」
しかし、波乗はそんなこと聞いていないようだ。
僕の体の横から顔を出して、気まぐれサーファ−に話しかける。
「待て波乗、違うんだコイツは――」
「お兄ちゃん、こんなところで何してるの?」
「久し振りだな澄音」
「そうそう、気まぐれサーファーはお兄ちゃ…って、え――――っ!!」
くそっ! ベタな乗りツッコミしてしまうぐらい驚いたじゃねぇか!!
っていうか波乗丈じゃなかったのな。昨日と今日で入れ替わったのか?
どうりでジョニーの放送が聴けたわけだ。
でも、波乗の兄貴って家出したんじゃなかったのかよ。
「結構すぐばれるものだな」
「わかるよ、兄妹だもん」
「だな」
おいおい、なんだか納得してるぞ。
これは僕にも納得しろと強要しているのか?
いずれにしろツッコんだら負けのような気がする。
だって波乗兄妹は普通に会話を続けているからな。
「いつ帰ってきたの?」
「最近な。だが、まだ家には帰れそうにもないな」
「そう、頑張ってね」
「おう」
久し振りの兄弟再会なのになんだこのあっさりとした会話は。
「波乗、いいのかよそれで!」
「いいよ」
波乗はこちらを見て微笑む。
ずいぶんスッキリとしたいい笑顔だな。ほっぺたをつねってやりたくなるぞ。
とはいえ、やっぱりお兄さんが戻ってきたほうがいいだろう。
「いや、でもな波乗――」
「私が良いって言ってるんだから良いじゃない」
「!?」
気がつかなかったが、いつの間にか波乗は僕の腕を掴んでいた。
「無事だってだけで私は納得できるんだから」
本当に波乗が納得できたかどうか。
それはだんだん力が込められていく僕の腕を握った波乗の手から伝わってきた。
「それに今は皆がいるんです」
「……了解。そうだよな一人じゃないし」
もういいや、どうでも。コイツがいいって言ってるんだから。
波乗の強がりの手助けを出来るぐらい、僕たちで何とかしてやればいいさ。
今なら味方もたくさんいるし。
それにしても久し振りに波乗の顔をこんなに近くで見た。
あれ? 化粧はもう落としたんだな。僕は素顔の方が好きだからいいけど。
「多記君、どうしたの?」
「え? いや、なんでもない」
とか言いながら、波乗の潤んだ大きな瞳に吸い込まれそうで、目を離すことはできない。
さらにぷっくりした唇もやわらかそうだ。
「でも、なんだか顔が近づいてきてるよ」
「え!? そ、そうかな?」
波乗、これは何の罠なんだ。お前の顔にもっと近づきたくなってる。
いや、むしろチュウしてもいいかな?
「多記君!? えっ、ちょっと待って、心の準備が……」
準備なんて後でもいいじゃん。
そんな邪な気持ちに反応してなのか、僕の背後から再び軽い発射音がした。
「いちゃいちゃ禁止〜〜っ!!」
「あだだだだだだだっ、背中痛っ!! リン、僕だけ狙い撃ちするんじゃねぇよ!!」
「お断リン♪」
「お前なぁ……」
楽しそうに乱射しやがって!!
それにしても琴和リン、いつの間に僕の背後をとったんだ?
などと考えていると部屋の入り口から大声が聞こえ、数秒後、琴和家私設警備兵と共に見覚えのある二人が突入してくる。
「うおおおおっ、多記、助けに来た……ぞ?」
「あれ〜? 私らが一番乗りやと思っとったのに、なんやビリか」
「川上、工藤、お疲れさん」
「おわあっ! 多記がいる!」
「多記、ひさしぶりやなぁ」
確かに。二人の顔を見るのも久し振りだな。
なんだか大人っぽくなって〜って、何年ぶりかに会った親戚のような感想を持ってしまった。
「くそっ、多記死亡説は嘘だったのかよ」
川上、なぜそんなに悔しがっている。
っていうかなんでハガキ職人GP中間発表の時に着てた黒のタキシードにエアガン持ってんだよ。
「な? 言うたやろ? 死亡説がでた芸能人は絶対に死んでない法則発動やって」
工藤、一体どんな法則だ。
まさか僕が話題作りのために釣りに行って行方不明になったりしたっていうのかよ。
それより、なんでお前も中間発表に来てたパーティードレス着てエアガン持ってるんだよ。
まさか、僕の救出がパーティーとでも言いたいのか?
「多記君」
「はい?」
ことの成り行きをじっと見守っていたペンシル祭が僕に声をかけた。
下がっていたメガネを中指で上げると冷たい口調で僕に告げる。
「とっとと帰って」
「え!?」
「これ以上、うちの施設を壊されても嫌なの」
周りを見渡すと辺りはガラスをぶち破っての侵入のため、ガラス片が当たりに散らばっていた。
さらには琴和リンの乱射を受けて倒れた後、立つに立てなくなった人たちがいて、煙によって逃げ出した人たちは後から突入した川上、工藤組によってことごとく打ちのめされ、廊下がさしずめ野戦病院のようになっていた。
「本当に迷惑なの。帰って、ってか帰れ!」
「はい! ごめんなさい!」
こうして僕は施設の皆に頭を下げて帰った。
土下座外交ならぬ土下座脱出をしながら無事(?)波乗家に到着した。
波乗家の前には仁王立ちで待っていた井端環の姿があった。
僕らの姿を見つけると、すかさずコイツはノートパソコンへ何か打ち込み始めた。
「なるほどな、こんな馬鹿げたことを考えるのはお前しかいないと思ってたよ」
すると環はディスプレイから顔を上げ、勝ち誇ったような表情を僕に向けた。
「なにが馬鹿げたことだ。感動してちびっただろ?」
「誰がだ? あぁん?」
にらみ合う僕と環の間に波乗が割り込む。
「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いて。とりあえず多記君、そこへ座って」
「いや、ここ玄関前で、下は地面だし」
「じゃあ、心で座って」
全然意味がわからん。
って思って横見たら、川上が空気イスしてるし。工藤はなんだか拝んでるし。
心で座るってそういう意味なのか!?
そんな二人を見てうんうんと満足そうにうなずく波乗。それでいいのか!?
「多記君、環さんのお陰で私たち元の……ううん、違うね。新しい宝条リンになれたんだよ!」
波乗が褒めれば褒めるほど、環はエッヘンとか言いそうな勢いで胸を張った。
くそっ、ただでさえない胸を強調するな。
「どうせコイツがいらぬ入れ知恵をしたんだろうよ」
「おい、口を慎めよ。お前の個人情報なんかいつでもネット中にばら撒けるんだからな」
「お前の個人情報を知っている点では親戚である僕も変わらんだろ」
「果たしてそうかな?」
すると環は口の端だけ吊り上げるように笑うとなにやらパソコンを操作し始めた。
「自宅にあるPCの遠隔操作の用意は完了済みだ。つまり、お前のPCは私の手にあるのも同然だぞ。確かCドライブの資料ってフォルダの中に……」
「うわああっ! 止めろ、悪かった。ありがとう! さすが環様」
慌てる僕の態度を見て興味を持ったのか波乗が環の腕を掴んで尋ねる。
「なになに? なにがあるの?」
「どうせエロ画像やエロ動画やろ?」
「あぁ〜」
なんでそんなに波乗と工藤は目を細くして僕を見ているのだろうか。
そして微かに二人から漂う上からの視線は何なんだ?
「勝手に内容を決めるなよ……」
「なんでそんなに弱気な反論なん?」
「えっ、いや、なんでもない」
「当分このネタ使えるわ〜」
くそっ、何であんなに簡単なフォルダに入れてしまったんだ!
次からはパスワードを……って無駄だ。環にかかればすぐばれる。
僕らのやり取りを眺めていた環は顎に手を当て満足そうにした。
「さぁ、宴は今日で終わりだ」
「なんだよ急に」
「明日から新学期だからな。私は帰る」
そうか、こいつは夏休みだからって直子さんの家に遊びに来ていただけだったな。
「ええ〜っ、タマちゃん帰っちゃうの?」
すると、どこから沸いたのか琴和リンが環へと飛びつく。
というより、リンの方がかなり身長が高いので、襲い掛かっているようにしか思えない。
しかし、そんな不意打ちにも環はスルリと体を移動させ回避した。
行き場を失ったリンはそのまま地面へ倒れるように寝転ぶ。
「私にも帰る場所があるのだ。わかるだろ?」
仰向けになって地面に寝転んだまま少し考えるリン。
「うん、わかった。バイバイ〜」
本当に考えるの少しだけだな。
「琴和リン、お前のそういうあっさりとした所が私は好きだぞ」
「リンちゃんもねー、タマちゃんの捻じ曲がった性格が大好きだよ」
どうやらリンは飛びつきを交わされて少しムッとしているらしい。
だが、環はそれが褒め言葉であるかのように微笑み、フッと鼻で笑った。
そうか、もう夏休みは終わりか。なんだか長い休みだったな。
――ん、まてよ?
何か忘れている気がする。
夏休みの終わりといえば恒例の……
「やばい」
それを見て全てを見透かしたような余裕の笑みを浮かべ環は僕に言った。
「まさか宿題やり忘れたなんてベタなオチはないよな」
「馬鹿野郎! 僕は一週間以上、監禁されていたんだぞ!」
「多記君、私の見る?」
「波乗、ありがとう!」
「却下だ、自力でやれ」
「環、お前が言うな! お前のことだ本当はもっと前に僕の居場所を気づいてただろう」
環は僕の言葉に小さく舌を出すと、視線を逸らし遠くを見た。
「さぁな。ただ、私の役目は面白くないことを面白くすることだ」
「単に騒ぎたいだけだろ」
「そうとも言う」
「お前って奴は……」
「とにかく今日は宿題やろ?」
「じゃあ、宿題をやる人間も増えたことだし、今夜は宝条リン組で徹夜だな」
「なっ……」
隣を見ると参考書数冊抱えた工藤が立っていた。
さらにその隣にはコンタクトを付けているにもかかわらず、丸いメガネを上げ下げしている川上がいる。
「まさかお前たち、宿題やる人数を増やしたくて僕を助けに来たのか!!」
「多記、落ち着け。それだけじゃあない。宿題してたら皆飽きてきて、それでだ」
「暇つぶしかっ!」
「いいやんか、助けてもらったんやし」
「じゃあね、リンちゃん皆が寝ないように見張ってあげる!」
再び軽い発射音が聞える。
「あだだだだだだだっ!! リン、むやみに撃つんじゃねぇよ!!」
「お断リン♪」
「お前本当に楽しそうだな」
「うん!!」
ともあれ、僕はここへ戻ってきた。
宝条リンのメンバーも元通りだし、後はサーファーキングを獲得するだけだな。
背中にBB弾の痛みを感じながら僕はそんなことを考えていた。




