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第43話 「あきらめない」

 ペンシル祭は由部に一言二言話しかけると、ゆっくり彼の半身を起こした。

 さらにポケットからハンカチを取り出すと、丁寧に鼻血をふき取る。

 由部は抵抗せず、どこを見るというわけでもないまま呆然としている。

 ほとんどの人が状況を把握できないままにその状況を見守った。

「あの……」

 由部は無言でペンシル祭へと顔を向ける。

 すると、ペンシル祭は立ち上がり、頭を下げた。

「ごめんなさい」

 しっかりと直角に腰を曲げた丁寧な謝罪。

 静まり返った室内が由部の反応を待つ。

 由部はペンシル祭のハンカチを鼻に当て、しばらくペンシル祭の姿を上から下へじっくり観察するように見つめた。

 ペンシル祭は頭を下げたまま動こうとはしない。

 やがて、すっかり落ち着いた様子の由部はゆっくりと答える。


「そんなことで償えたとでも思っているのか?」

 わずかにペンシル祭の肩がピクリと反応する。

 おそらくこういった言葉が出ると思っていたが、いざそう言われると返答に困るものだ。

 彼女はどう答えるのだろうか?

 そして少し間を空け、ペンシル祭は答えた。

「まぁ、そこまでは思ってないけどね」

 なんだぁ? 返答軽いなぁ、開き直りか?

 ペンシル祭の答えに由部の動きが一瞬止まる。

「俺は絶対に許さないぞ」

「それでいいよ」

「冗談じゃないぞ」

「わかってる」

 明らかなペンシル祭の開き直ったような態度に腹が立ったのか、由部はすばやく立ち上がって、床に転がるナイフを手に取る。

「おい、また暴れようとしてるじゃないか! どうするんだよ気まぐれサーファー!」

「あぁ、すっかりナイフのこと忘れてたな」

 気楽に言うな!

 由部はじりじりとペンシル祭との間を詰める。

「さぁ、さっさと警察に通報しろよ。じゃないとアンタの身の安全は保障できないぜ」

 由部の一言に室内に緊張が走る。

 コイツ、やっぱりまだ暴れる気なんだな。


「由部君、周りを見なさい」

 由部が目だけを動かし辺りを探る。

 周りの男どもは緊張した面持ちで徐々に由部を取り囲もうとしていた。

「なんだ、脅しのつもりか? 俺に近づいたら誰だろうと刺してやるぜ」

 由部の脅しに僅かに包囲網が広がる。

 まぁ、たしかにビビる気持ちもわかるがな。

「脅しなんかじゃない。周りの人間はアナタの味方だよ」

「馬鹿馬鹿しい」

 僕も由部と同じ事を思ったが、口にするのはやめた。

 ペンシル祭は臆する様子もなく話を続ける。

「だって、この人たちはラジオデイズに賛同して集まった仲間だもの」

「なっ!?」

 由部は目を大きく開き、ナイフを握っていた手が僅かに緩む。

 その言葉は確かにコイツに伝わったのだろう。

「騙されないぞ……」

「私の負け。アナタのラジオデイズに負けました」

 再びペンシル祭は頭を下げた。

 その行為に由部は一歩、わずかに後退をする。

「アナタに足りなかったのは勝つこと。私に足りなかったのは負けること。そのどちらもラジオデイズが与えてくれた」

「でも、俺は……」

 上手く言葉が繋がらない由部。

 それに対し、ペンシル祭は頭を上げると気持ちの良い笑顔で答える。

「それでいいじゃない」

「っ……」

「お互い、0からのスタートっていうことで」

「か、勝手に決めるな!」

 突然の敗北宣言に由部は明らかに動揺していた。

 無理もない。自分の企画が知らないうちに進行し、いつの間にか勝利者になっていらのだから。

 それにしてもペンシル祭はさっきの敗北でここまで開き直れる人間になったというのか?

 人っていうのは意外にたくましいな。


 その時、部屋の隅で誰かが通報するために室内を出ようとする影が目に入る。

 気づいたペンシル祭は頭を上げて、声をかけた。

「ちょっと待って、通報は止めて!」

 ペンシル祭の言葉に由部は自分の使命を思い出したように再びナイフを握り締め、彼女へと刃先を向けた。

 僕はペンシル祭の前へ思わず身を乗り出す。

 口を出すなと言われたけど、ペンシル祭の身の危険がある以上、もう黙っているわけには行かない。

「通報しないなんてペンシル祭、お前を狙ってるんだぞ」

「構わない」

「はぁ? また刺されてもいいって言うのかよ」

 するとペンシル祭は由部へと目をむけ、ゆっくりと答える。

「彼はもうしないよ」

「何言ってるんだ。現に今……」

「だって、刑務所に戻ったら、企画を考えてる暇がなくなるもの」

 すっきりとした笑顔でペンシル祭はこともなげに言った。

 由部はわずかに顔をゆがませ、ペンシル祭から視線を逸らす。

「そんな事で俺に恩を売ったつもりか?」

「別にそんなつもりはないわ」

 わずかな沈黙が二人にあった。

 お互い何か考えることがあったのかもしれない。


「俺はあきらめないからな」

「お前、まだペンシル祭を狙う気か!」

「勘違いするな。あきらめないのは放送作家をだよ」

「えっ!?」

 そう言い放つと同時に持っていたナイフを床へ投げ捨てる。

 僕はもう、危険な目に会うのは嫌なので、すぐにナイフを拾った。

 ナイフの柄の部分がかなり湿っている。

 きっと大量の汗をかきながら握っていたに違いない。

「必ず、復帰してみせる。そしてアンタを超える放送作家になるんだ」

 由部の周りを男たちが囲むが、彼は抵抗することなく大人しくしていた。

 よく分からない展開だがこれで良かったんだよな。

 ペンシル祭は男たちをどかせ、由部へ歩み寄る。

「ええ、待ってる」

「ちっ、余裕だな」

 自然に両者から手を差し出す。

 なんだかよくあるような仲直りのシーンだ。

 こんなことで簡単に解消されるものなのか? と思いつつ、この状況を微笑ましく見守った。

 まぁ、いいじゃないか二人がそれで納得していれば。

 自然と室内が拍手に包まれていった。状況もわからないが、この雪解けムードはわかったようだ。

 そしてお互いの手が触れようとした瞬間――


 大きな音を立てて入り口のドアが空けられる。

 同時に皆の視線が集まった。

 入り口に立っていたのはここの住人らしき男。倒れこむように室内に入る。

 荒れる息を整えると皆に聞こえるよう、大声で叫んだ。

「たっ、大変です!! 敵が、敵が攻めてきました!!」

「はぁ!!!?」

 なんですと!?

 敵だって?

 おいおい、お前たち今まで何と戦ってたんだよ。

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