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第42話 「老体に鞭打ってよく頑張った」

 ぱっと見特に変わった様子もない、こいつが由部渡なのか……

 背丈は僕と変わらない175あるかないか、特に太っているわけでもない。

 顔だって、多少不精ヒゲはあるものの特徴がある人相でもない。

 ゆっくりだが確実に手に持ったナイフが蛍光灯に照らされて鈍い光を放ち揺らめきながら、近づいてきている。

「ペンシル祭。な、なんだよ、あの手に持っているのは」

「ナイフでしょうね」

「……見りゃわかるって」


 ペンシル祭と実りのない会話を続けているうちに由部とおぼしき人物は無言でさらにこちらへ近づいてくる。

 僕の背中に冷たいものが走る。きっと冷や汗だろう。

 じりじりと高まる緊張感、いつの間にか周りの喧騒が良く分からなくなる。

 すると彼の口がわずかに開いた。

「やっと……負けを認めたな」

 さっきは普通の人に見えたけど、よく見れば、目は血走ってて、薄笑いなんか浮かべてやがる。

 やっぱりおかしいよ、コイツ。

 つていうか、やべぇ! 本気でピンチだ。

 誰か助けをと思い、周りを見渡すがまだ馬鹿騒ぎしている。

 それにしても今までなにもしなかったのに、なんで今回に限って襲って来るんだよ。

 ってどんどん近づいてくるし。


「多記君、そこをどきなさい」

 僕の腕を掴んで、体勢を入れ替えようとするペンシル祭に気づく。

 力強く引っ張るが僕の体が腕以外動くことはない。

「いや、それは無理」

「どうして? 狙いはきっと私なのよ」

 知ってるよ。アンタと由部の因縁はな。

 でも、ここを動くことは出来ないんだ。

「あぁ、きっとアンタ狙いだろうな」

「だったらどうして!?」

 それはなぁ……

 理由は二つある。

 まず一つは波乗丈との約束があるから。

「どうしても無理」

 二つ目の理由は――

「そんな……」

 怖くて動けねぇんだよ!

 分かってくれよ!

 そして僕の二の腕がギュッと握られる感覚がした。

「多記君、ありがとう……」

 うわっ、なにしおらしくなってんだよ!

 わわわっ、近づいてくる〜!!!

 僕はいつのまにか、とがった先から目が離せなくなっていた。

 くそぉ〜、刃物が近づくと動けなくなるって本当だな。

 あ〜っ、もう、こうなったら自棄だ!


「てめぇ、いつまでもくだらねぇ、言いがかりつけてんじゃねぇよ!」

「多記君!? アナタ何を!?」

「ホントに自分のやりたいことやりたかったら、自分で動けよ! すくなくとも、この人は自分で動いて『ラジオデイズ』を作ったんだぞ!」

 おおっ、なんだかわからんが相手の動きが止まったぞ。

 無茶でも言ってみるもんだなぁ!

「あの時もこの人に企画書を渡さず、自分で持っていけばよかったんだ! 頭下げてでも読んでもらえばよかったんだよ!」

 こうなったら説き伏せるしかない。

 見ろよ、奴の肩が震えて感動して……

「うるさい! 俺の気持ちがわかるかっ!!」

 って逆効果!!

 ナイフ握り直してこっちへダッシュしてきたしっ!!

 目が本気だ! 本当に刺すつもりだ!


「くううぅぅぅっ!」

 僕は来るべき痛みと衝撃に備えて目を瞑り、身を硬くした。

 痛いんだろうな、きっと痛んだ。

 あああっ!

 っていうか腕が痛い!

 痛い痛い痛い!

 メチャクチャ痛え!

 ペンシル祭、そんなに爪を食い込ませるなよ!

「くっ……」

 ……って、あれ?

 いつまでたっても衝撃が来ないそ。

 しかも腕が痛いのは薄目開けて確認したらペンシル祭が腕を掴んでいた痛みだったし。

 一瞬「?」が僕の頭を埋め尽くす――


 次の瞬間、何かが強烈に壁にぶつかる衝撃音がした。

「きやあぁぁぁぁぁっ!」

 さらに誰かの悲鳴が室内に響く。

 反射的に衝撃音がした方向へと顔を向ける。

 この部屋の壁側に人が二人重なるように倒れていた。

 その一人は由部渡、そしてもう一人は……

「波乗……じゃなくて気まぐれサーファー!」


 先ほどの喧騒はなくなり、すっかり静まり返った室内では時折気づいたように小さな悲鳴が上がる。

 その原因は床に転がっている血がついたナイフによるものだった。

 状況から見て気まぐれサーファーが由部に体当たりを食らわせたのだ。

 急いで僕は立ち上がり倒れている二人へと近づく。

 その後にペンシル祭も駆け足でついてくる。

 とりあえず、由部は放っておいて気まぐれサーファーからだ。

 ぐったり横になって倒れている、肩を掴んで仰向けにさせる。

「おい死ぬな、しっかりしろ!」

「……大丈夫だ。こんなことで死ぬか」

 案外、あっさりと目を開けむっくりと上半身を上げる。

 見た感じ無傷のようだ。

 とりあえず感謝の言葉を言わなくては。


「ありがとう、老体に鞭打ってよく頑張った」

「誰が老体だ。あんな親父と一緒にするな」

「親父? アンタ、波乗丈じゃあ……」

「シーッ! 静かにしろ、周りに聞こえるだろ」

 確かに良く見ると昨日の姿よりガッシリしてる気がする。

 じゃあ、お前誰なんだよ。

「昨日から体鍛えた?」

「そんなにすぐ効果は出ないだろう」

「そうだよなぁ」

「多記君、なにに納得してるか私には分からないんだけど……」

 ペンシル祭がかがみこんで僕たちをじっと見ていることに気づいた。

 なんだ、この人は気まぐれサーファーの正体を知らないのか。

 僕がどう答えていいかわからずあたふたしていると気まぐれサーファーが返答してくれた。


「心配するな、体当たりの瞬間、奴の鼻を思いっきり殴ってぶつかって行ったから、由部の鼻血がナイフについただけだ」

「そうなの?」

 あらためてペンシル祭は倒れている由部を見つめる。

 倒れているが鼻血でもぬぐっているのだろうか、わずかに体が震えている。

 そんな姿を見ていたペンシル際は拳を軽く口に当て、何か思案しているようで、眼鏡越しの視線はどこか悲しそうだった。

「由部君……」

 ペンシル祭はゆっくりと由部へ歩み寄る。

「ちょっと待て、ペンシル祭」

 ペンシル祭の身の危険を案じ、呼びかけようとしたが、気まぐれサーファーが僕の肩を掴んだ。

「なにするんだよ」

「いいから、見てろ。皆がいるんだ、もう由部は何も出来ないさ」

 本当にそんな楽観的でいいのだろうか?

 という不安を抱えつつ、ペンシル祭と由部の行くえを見守った。


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