第41話 「認めるということ」
すぐに僕らの陣営にペンシル祭の不正を伝えると、皆は一斉に立ち上がり喜んだ。
だけど、ペンシル祭側のぬか喜びを観察してたのもあって、少しの間、この部屋中の人が皆喜んでいる奇妙な現象が起こる。
もちろん、後で半分の人間が落ち込むことになるのだ。
よし、こうなったらあからさまに喜んでやろうと、ペンシル祭へと振り返る。
しかし、ペンシル祭の姿が見えなかった。
辺りを見回すと部屋の出入り口へと姿を消すペンシル際を見つけた。
「待てよ、ペンシル祭!」
僕は逃すものかとペンシル祭を追いかけ肩を掴む。
「離しなさい!」
「逃げるつもりか、ペンシル祭」
ペンシル祭は僕の問いに耐えることなく、ただ一言呟くように吐き出した。
「離しなさいよ……」
今まで散々馬鹿にされてきたから少しはからかってやろう、と思っていた。
でも、そんな気はすっかりどこかへ消えてしまった。
いつのまにかペンシル祭はメガネを取り手で顔を覆っている。もしかして泣いているのか?
本気に落ち込んでいるかよ…
「ペンシル祭……」
ここで声をかけるのは良くないのかなと思いつつ、彼女へさらに近づいた。
すると、僕が近づいたことを察知したのか、ペンシル祭は急にその場にしゃがみこんでしまった。
ひざを抱え顔をうずめた。肩がわずかに震えている。
僕から見て大人だったペンシル祭がただ泣いている。
むしろ、この光景は僕がコイツを一泡ふかせようと望んだものだったのかもしれない。
でも、何かが違っていた。実際に泣いているペンシル祭はすごく痛々しく、脆かった。
勝つことが大切だと言っていた彼女。負けることが許されないこの状況に怯えていたのかもしれない。
そして初めての敗北……いや、実際には二度目の敗北。
とうとう彼女は自分の負けを認めてしまったのだ。
大げさかもしれないが、ペンシル祭は存在意義を失ってしまったのだ。
僕はペンシル祭の前にしゃがみこみ声をかける。
これも気まぐれサーファーから言われていた事の一つだ。
『負けることの大切さを教えてやって欲しい』
ホントにあのおっさんはなんでも僕に任せようとするからうんざりだ。
僕はゆっくりペンシル祭の正面へ回り込む。
ひざに顔をうずめていたペンシル祭の頭が少し揺れた。
「あのさ、ペンシル祭」
「……」
ペンシル祭は僕の声が聞こえないかのように無言を通す。
しかし、わずかに肩を震わせ反応するところをみると、聞こえているのだろう。
「そんなに負けたことを認めたくない?」
かなりストレートな問いかけ。というより、中途半端な慰めはペンシル祭に失礼だと思ったからだ。
でも、相変わらず返事はなし。その代わりにペンシル祭はグッと力を込めてひざへ顔をうずめた。
もしかして、もっと追い詰めてしまったのか?
だけどここで怯むわけには行かない。
「勝負にこだわるのは構わないけどさ。他の人を巻き込むなよ。『ラジオデイズ』のせいでバラバラになった家族もいるんだぜ」
これはもちろん波乗のことだ。
このことに関しても言いたいことはあるがここは我慢をする。
「それにここへは皆、勝つためにいるんじゃない。楽しく暮らしたいからここにいるんだろ?」
わずかに彼女の足の周りを掴んでいた手を緩む。少しは伝わっているのだろうか?
「あんただって放送作家を始めたときはそうだったろ? 楽しかったよな?」
「……」
頭がわずかに動く。
あと少しだ。
「楽しいって気持ちを大切に……」
「それだけでやっていけるわけないでしょ」
ペンシル祭はヒザと顔にわずかな隙間を作り、僕の言葉をさえぎった。
ふう、やっと答えてくれたな。
「勝つための戦略がなくちゃあプロでは生きていけないの。ただ、楽しむだけ、好きなだけの夢見る馬鹿はアマチュアでネタハガキでも書いていればいいのよ」
「キツイお言葉だこと」
ペンシル祭の手に持っていたメガネが強く握り締められる。
「高校生のアンタの尺度じゃあ測れないものは沢山あるの」
「さいですか」
今度は黙っていた反動か急に饒舌になったな。まぁ悪い傾向ではないだろう。
しかし、その後、ペンシル祭は急に黙り込んでしまった。
どうしたのかとヒザと顔の隙間を覗き込みながら話しかける。
「ど、どうした?」
「……馬鹿みたい」
「なに?」
小さな声だったので、前半は聞こえなかったが、後半の『馬鹿』はハッキリ聞こえた。
僕の覗き込んでる行為が馬鹿みたいって事か?
「馬鹿」
「何なんだよ一体」
今度は結構力強い言葉で僕へ投げかける。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、アホ」
「はぁ!? なんなんだよ、お前は子供か」
「子供で悪かったわね」
「今度は開き直りかよ」
もう、わけが分からん。
僕が困惑しているとペンシル祭は再びヒザへ顔を埋めた。
少し開いていた足も閉じられ、腕がしっかりとその周りを抱いている。
そしてわずかに聞こえる彼女の声。
「多記君……」
「もう、何だよ!」
「ごめん」
「急に謝られても意味わからん」
「さっきの言葉撤回する。自分を賭けてやるんだもの、好きな事でありたいよね」
「……だろうな」
「負けを認めなきゃ、もう、前進できないや」
「ペンシル祭!? お前……」
とうとう聞きたかった言葉が彼女の口から漏れ聞こえる。
するとペンシル祭は膝から顔を上げた。
「負けを認めるわ。多記透」
涙で目の周りを赤く晴らせた顔。なのに目を細め、口はわずかだが笑っている。
これをきっと笑顔というんだろう。
憑き物が落ちたようなさわやかな表情に見えたのは気のせいだろうか?
「それにしても結構あっさりと負けを認めたものだな」
「まあね、実は昨日から覚悟してたの。そして今日一日中考えて……本当は今日の放送始まる前から結論は出てたのかもしれない」
ペンシル祭は照れくさいのか、僕から少し目線を逸らして話し続ける。
ここでの僕は聞き役に回ることが役割だろうと思った。
「昔、まがい物の私が本物に負ける日を迎えることが怖かった」
だから必要以上に勝負にこだわったのだろう。結果だけを見て安心してるような日々。
「でも、考えてみたら本物に負けないよう、私も本物になればいいのよ」
必要以上に自分を卑下することはないことに気づけば多少は人間強くなれるものだ。
僕は世話になっている直子さんと初めて会ってしばらくしてから言ってくれた事を思い出した、
身寄りがなく、直子さんにしか頼れなくなった俺は彼女に気に入られようと心にもないことをよく言ったものだ。
しかし。直子さんにはすぐにばれてしまい、キツク怒られてしまった。
「私にはお世辞遣うな。ガキはくそ生意気なぐらいが丁度いい」
僕は思わず泣き出してポカポカと直子さんと叩いたと記憶している。
その後、直子さんはニヤリと笑って「私もガキだけどね」と付け加える。なんだか目つきが怖かった。
――って僕の思い出なんてどうでもいいんだよ。
この後、直子さんにしこたま殴られたなんてのはどうでもいいんだよ。
昔の思い出に浸っているところへペンシル際が話しかけてくる。
「多記君、なんだか息が上がってるみたいだけど大丈夫?」
「あはは、大丈夫、大丈夫」
とにかくペンシル祭は虚像の自分から等身大の自分へと変わった。
これでひと段落に違いない。
勝負に勝ったのだからこれでこの部屋からも出られるようだしな。
「まぁ、まずはアンタの後ろでぬか喜びしている馬鹿どもを静にさせないとな」
「そうね」
「一応確認しておくが、ペンシル祭、これで僕は自由でいいんだよな」
「……ええ」
「なんで『……』が入るんだよ。認めないって言うのか」
「……」
なぜだかペンシル祭は答えない。視線はこっちを見てるというのに。
「ん? どうした、ペンシル祭」
よく見るとペンシル祭の視線がわずかに僕から外れていることに気づく。
不思議に思い、その視線をたどって、振り返る。
するとそこには見覚えのある人物が立っていた。
「あれ? アナタは確か……」
この人は確か最初に僕へ自分のネタハガキを見て欲しいって頼んできた人じゃないか。
なんだペンシル祭はこの人を見てたのか。
「あぁ、ペンシル祭、この人はな……」
僕が説明しようとするとペンシル祭の口からわずかに声が漏れる。
「……由部くん?」
「えっ!?」
この人が由部!?
ペンシル祭のいった言葉が信じられずにもう一度良く確かめる。
そこで僕は納得してしまう。
なんで顔も知らないのに納得したのか?
その理由とは彼の手にナイフが握られていたからだ。




