第40話 「勝手にしなさい」
勝負はあっさりと決着がついた。
僕は負けてしまったのだ。
がっくりと両手を床に突いてゆっくりと息を吐いた。
手のひら伝わる床の感触は固く、少しひんやりしてた。
それにしても伝説のハガキ職人相手に良くやったと思う。
しばらくはここから出られそうにもないが、新生宝条リンのネタを見る限り、大丈夫そうだ。
一息つくと大騒ぎするペンシル祭陣営に目をやった。
まるで自分たちの勝利であるかのように大喜びする彼ら。
ペンシル祭って嫌われてた割には支持者は多いんだななんて思う。
「あーあ、これでマッチョ派は一週間畑仕事かぁ」
「やっぱりペンシル祭側についておけば良かったよ……」
なんて言葉が聞こえてくる。
……そういうわけかよ。
いつのまにか賭けの対象となっていたとは。
少し馬鹿馬鹿しくなり、少し余裕が出る。
しょうがない、勝利者の顔でも拝んでやるか。
と、自分に言い聞かせてペンシル祭へ目をやる。
しかし、彼女はまったく喜びの輪に加わっていない。
それどころか正座のままピクリとも動かない。
じっとこっちを見つめていた。
どこかうつろな表情で。
明らかに様子がおかしい。
――まさか!
一瞬のうちに敗北感が吹き飛んだ。
「ペンシル祭、無事か!?」
僕は勢いのまま立ち上がりペンシル祭へ駆け寄る。
すでに由部にやられたんじゃないだろうな!
ペンシル祭の目の前で立ち止まる。
彼女は僕が近づいたのに反応しない。
心配が的中か? という気持ちを抑えて、とりあえずしゃがみこみ、体の周りをチェックする。
ぺたぺたと手で確認しているとペンシル祭はわずかに肩を震わせた。
調べた結果、特に異常はなかった。
ふうっと安堵するとペンシル祭の顔が間近にあることに気づく。
なんだか急に照れくさくなって頬が熱くなる。
同時にペンシル祭の目も大きく開いた。
「た、多記透! ち、近づかないで!!」
「これは違うんだよ、わわ、押すな!」
ペンシル祭に押されて俺はしりもちをついてしまう。
「僕はお前を心配して……」
「心配? 私を? 何で?」
自分を抱くように両腕で上半身を隠すペンシル際。
くそっ、無駄な心配だったようだ。
「なんだか、勝利したのに喜んでなかったからだよ。もう、いい!」
「私が勝利?」
「なんだよ僕の口から言わせたいのか? アンタの勝ちだよ。さすが元プロだな。まいったよ」
「……」
ペンシル祭は何も答えず、憮然とした表情のまま僕を睨んでいる。
まったく勝利者の顔ではない。
もっと差がつくとでも思っていたのか?
まぁとにかく、ペンシル祭が無事なのだからここは引き下がろう。
「じゃあな、仲間と喜び合えばいいだろ。たまにはそういう隙を見せた方がいいぜ」
ペンシル祭に背を向けると僕はトボトボと歩き出す。
なんだか急に敗北感が蘇ってきた。
「あっ、あの……ちょっと待って」
背後からペンシル祭の声が聞こえる。
少し、自信なさげな声だが、どうせ自慢話でもするつもりだろう。
僕は無視して歩き続けた。
「あれ? だから、ちょっと待ってって言ってるのに」
それでも無視して歩き続ける。
すると足音が背後から聞こえる。
少ししてペンシル祭は僕へ歩み寄って肩を掴んだ。
「ちょっと待ちなさいって言ってるのに!」
「なんなんだよ! そんなに僕のへこんだ顔が見たいのかよ!」
「そんな顔、べつに見たくもない」
なんか冷静に突っ込まれた。
確かに、ペンシル祭の顔は勝利に浮かれているような表情ではなかった。
「じゃあ、何だよ」
「あの……その……あれよ……」
「焦らしてなんの嫌がらせだよ」
ペンシル祭らしくなく、モジモジしてなかなか続きを言わない。
正直気味が悪い。メガネの奥の瞳がウロウロしている。
「違うの。その……私の負け」
「はぁ?」
僕はよく聞こえなかったから聞き返しただけなのだが、それが気に食わなかったらしい。
わずかに頬を膨らませ、目つきに力がこもる。
さらに肩を掴んだ手がギュっと握られ爪が食い込む。
「痛っ!! 爪、詰め!」
「私の負けだって言ってるの!」
「はぁ!?」
「ぐっ!」
ってまた肩に爪が食い込む〜!
痛い痛い痛い痛い!
っていうか何言ってんだコイツは私の負けだなんて。
まさか、勝負に勝ったけど心で負けたわなんてアホらしいセリフをいうんじゃないだろうな。
「わかったから、理由を言えよ」
「後半に読まれた私のハガキ。半分は自分が書いたものじゃないの」
突然の告白に僕は狐につままれた状態でペンシル祭の顔をマジマジと見つめる。
ペンシル祭のメガネの奥の瞳は少し潤んでいるように見えた。
感情的になっているのだろうか?
「でも、誰が書いたの?」
「後ろで喜んでる奴ら」
ペンシル祭は目を瞑り後ろを指差す。
自分の仲間なのに奴ら扱いはどうだろう? って言ってる場合じゃない。
「ということは……」
「一枚差でアンタの勝ちよ」
ペンシル祭はぷいっと横を向いて、ぶっきらぼうに答える。
僕の勝ちだって?
う〜ん、なかなか素直に喜べない。
「でも、一人で書かなくちゃいけないなんて決めなかったし」
「これはアナタと私の勝負。言わなくても一対一でしょうに」
「ほほう、ってことは喜んでいいんだよな?」
するとペンシル祭はあからさまに口を尖らせ、つぶやいた。
「勝手にしなさい」
「やった〜、ご都合主義バンザ〜イ」
見事な予定調和だ。まさしく正義は勝つってね。
でも、ペンシル祭の向こうじゃあ馬鹿みたいに喜んでる人たちがいますよ?
しばらくこのまま生暖かく見物しますかな。




