第37話 「会ってやらない!」
夜とはいえ、さすが夏だ、暑い。
とはいえ、暑いのは夏のせいだけじゃない。
ラジオ一台を挟んでペンシル祭派と反ペンシル祭派で真っ二つに分かれて放送開始をじっと待つ。
室内が狭いし、熱気で暑いのかも。
始まる前から両者の緊張はかなりのものだ。
しかし、この室内で一番緊張してるのはこの僕だろ。
やばい、もうすぐ放送が始まってしまう!!
もう知らん、とか言いつつソワソワする自分がいたりして何だか腹がたつ。
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昨日、ゴーグル、マスクを外した気まぐれサーファーは僕の前にその正体を現した。
一つ一つ付属物を取るごとに現われるその姿。
ほんの少し、白髪が混じったりしているけど、こざっぱりした頭髪。
太っているわけでも痩せているわけでもない整った顔。
そして頬や眉間に刻まれたシワには年季を感じる。どうみてもオッサンだ。
でも、僕を見つめる目だけは大きく鋭い。
「どうした、この顔が珍しいか?」
そして、この顔と声には確かに覚えている。
「波乗……丈……」
「ジョニーと呼んでくれ」
目の前に立っているのはいつもラジオブース越しに見ていた波乗丈だった。
驚きでしばらく何も言えない。
外から聞こえる無視の音が室内を包む。
なんだこの沈黙は。
オヤジなのにイタズラっぽく笑う波乗丈。口を開けたまま何も出来ない僕。
「驚いた?」
波乗丈は頭をかきながら気休めにもならない言葉を発する。
それにつられて僕もようやく言葉が出た。
「んな……馬鹿なっ!!」
じゃあ、今までの苦労は何だったんだよっ!!
こんなに簡単に外へ出て来んな!!
「まぁ、落ち着け。ウーロン茶でも飲む?」
「飲まんっ!!」
波乗丈は勝手に室内に置いてあったウーロン茶のペットボトルを湯飲みに注いで、一気飲みをした。
「ぷはぁ〜、うめ〜」
このオッサン……メチャメチャ軽いぞ。
……っていうかすんげ〜ムカつくんですが。
そんな僕の視線に気付いたのか、波乗丈は湯飲みを床へ置き、僕へと顔を向ける。
「お前、どうせ『簡単に出てくんな』とか思ってるんだろ?」
少しふて腐れた顔で、僕の心を読むなっ!!
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んでもって今。
番組開始のカウントが心の中で始まる。
相変わらず気まぐれサーファーこと、波乗丈は涼しい顔をしている(マスクとゴーグルではっきりとは分からんが多分涼しい顔)。
放送が始まるにつれて周りは静まっていく。
3、2、1……あぁ、始まってしまうっ!!
『OK! ジョニーのラジオデイズ!!』
「なんでだよっ!!」
本人はここにいるのになぜ放送が出来るんだ!?
周りを見渡しても誰も驚いてないし……って
「……あっ」
ふと、視線が集まっている事に気付き我に返る。
当たり前だろ、皆は気まぐれサーファーの正体しらないんだから。
くそぉ、思わず立ち上がって叫んでいるじゃないか。
「おい、オープニングで突っ込むところは無いぞ」
後ろから冷静に突っ込みにツッコミを入れる気まぐれサーファーの声が。
「まったく、最終日だからとは言え、精神的には小学生並ね」
追い討ちをかけるようにさらに冷たいペンシル際の声が向かい側から届く。
……僕が悪いのかよ。
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またまた昨日の話。
波乗丈はオレの隣で胡坐をかいて茶を飲んでいる。
俺は居心地の悪さを感じながらも黙って座っていた。
二人が騒がなければ静かな室内はこんなに静なんだな。
そんな中、頃合を見計らって波乗丈は軽く笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「落ち着いたか?」
「まぁ、少しは」
すると波乗丈は表情を真面目に変え、話を続けた。
「しっかりしてくれよ明日は大事な使命があるんだから」
はぁ? 使命? 知るかっ、そんなもの。
僕の期待していた話とは違っていたので軌道修正する。
「そんなことより、なぜ波乗にあってあげないんですか?」
途端に目線を斜め上に動かし、波乗丈は顎に手を当て考え中みたいなジェスチャーをとる。
「波乗? 誰の事かな、私も波乗だが?」
「誤魔化さないでください、澄音さんのことですよ」
澄音という言葉を聴くと、少し表情を硬くした。
腕を組んで視線を下げると黙り込んでしまう。
再び静かになる。ドア越しからも物音は聞こえない。
ラジオ放送が終わって結構時間が経つから、すでに皆は寝静まったのかもしれない。
「会わない」
一言言うとそっぽを向いた。子供かよ。
「なぜです?」
「私の決心が崩れる」
僕が言葉の真意を汲み取れずに入ると、波乗丈は僕から顔を逸らしたまま話を続けた。
「待っているのだよ。あの子が私に会いに来る日を」
「わざわざそんな事しなくても……」
千尋の谷へ突き落とすライオン親子じゃないんだから。
僕が少し呆れていた。
そんな中、波乗丈はボツリと呟いた。
「それにね、嫉妬もしているのだよ……」
「はぁ?」
「今まではガラス越しに私を見る澄音の視線に安心していた。父親と娘のつながりを感じていたという事だろう。しかし……」
そこまで言うと波乗丈は少し間を置いた。
波乗丈にとっては言いにくいことなのかもしれない。
「……ここ数ヶ月の間にガラス越しから見る澄音はどんどん変わっていった」
数ヶ月? 宝条リンを始めた頃からだろうか?
心当たりがないか少し考えてみる。
「ラジオブース前にいても視線が私に向けられないのだよ」
「ん!?」
僕は刺す様な視線に気付いて隣を見ると、いつの間にか波乗丈はこちらに顔を向けていた。
なんで僕を睨むんだよ。
「だから会ってやらない! 会いたければ、お前達の力で私に会いに来ればいいじゃないか!!」
大の大人が頬を膨らましてすねるなよ。
これじゃあ波乗と同じじゃないか……って、親子か。
まさかとは思ったが波乗の視線や興味が自分から宝条リンに移って行った事が嫌なわけだ。
しかし、父親の嫉妬丸出しで僕達に対して挑戦状を突きつけてくるとはなぁ……
「さてと……」
と前置きを置いた波乗丈の表情はいつの間にか先ほどの膨れ面ではなかった。
恐らくこれが本題なのだろう、表情が真剣そのものだ。
「今度は私の話を聞いてもらう番だ」
波乗丈の声のトーンが一段下がった。
それだけでなんだか僕は覚悟を決めなくてはならない気持ちになった。




