第35話 「知りたくない?」
ペンシル祭達が去り、室内は静かになった。
電気を消して僕は寝転び、二日目を振り返った。
読まれた枚数は互角。一見、ペンシル祭と僕の実力が拮抗しているように見える。
しかし、僕の思いは違う。ペンシル祭りが手加減をしているように思えたのだ。
でも、今回は手を抜く理由もないと思う。
窓からの月明かりが室内を照らす。室内がぼんやり明るい。
僕の考えもぼんやりしてきた。それは考えても考えても答えが出ないからだ。
ペンシル祭の情報が少なすぎる。
……自然に独り言も出てしまう。
「ペンシル祭……一体、どうしてここにいるんだ?」
「教えてやろうか?」
「あぁ、教えてくれよ……って、誰だ!!」
飛び起きた僕は声の方向とは反対に退き、様子を伺った。
すると薄暗い部屋の隅から見たことがある人物が現れる。
ニット帽をかぶり、スキーのゴーグル、白いマスクをして、服装は半そでにジーパンというわけの分からないいでたちの男……
「気まぐれサーファー?」
「……その顔は覚えてくれていたみたいだな」
「んな格好じゃあ望んでなくても覚えてしまうよ」
気まぐれサーファーはその場に胡坐をかいて座った。
意外に図々しい奴だなと思いつつ、僕も座ることにした。
「ペンシル祭は2年間で5期連続でサーファーキングだ」
「何だよいきなり……でも、それは聞いたことがあるぞ」
確か波乗が最初の頃そんなことを言っていた気がする。
「では、それ以前はどうしていたか知ってるか?」
「それ以前?」
「彼女はここに居なかった。いや、正確にはこの施設には居なかった」
「?」
「いいか、よく聞け……」
*********************************************************************
「古林さん、大丈夫? はい、花とフルーツの盛り籠」
「はぁ……ありがとうございます……」
あれから一週間。救急車で運ばれ、緊急手術。幸い命には別状は無く傷を縫合してもらった。
しかし、三週間入院することになり、現在私は病室でたくさんの花に囲まれている。
この花々はお見舞いに来てくれた人達がくれたもので、それだけ私が色々な人と仕事をしてきた証だろう。
少ししてノックの音が聞こえたので返事をすると、ゆっくりドアが開く。
申し訳なさそうに入って来たのはこの前のプロデューサーだった。
「この度は僕のせいでこんなことになって……」
「……」
花を私に渡そうとするが無視をした。
彼はしばらく渡したままの姿勢でいたが、諦めたのか隣にあった机へ花束を置く。
「ホント……あいつはバカだよ」
「……」
由部渡の悪口を言えば謝罪になるとでも思っているのだろうか?
私の気持ちは曇っていった。
「諦めなければ必ずチャンスはやってくるというのに……」
「……それをモノに出来るかは本人次第ですけどね」
「あいかわらずキツイことを言うなぁ……コバちゃんは」
「私を刺した男に同情は必要ありません」
「……」
横目で伺うと『お前が原因だろ』、プロデューサーの顔はそう言っていた。
「ホントにいい企画だったんだ」
入院している私に言うセリフではないだろうと言いたかった。
しかし、この人の精一杯の抗議だと思い、聞いてやることにした。
「コバちゃんはこの企画見たかい?」
「いいえ。他人の企画を盗み見する趣味はないですから」
「まぁ、アイツが捕まった今、この企画はお蔵入りだからね……だからコバちゃんにあげるよ」
プロデューサーはカバンから封筒を取り出し、私へ差し出す。
「いりません」
「そんなこと言わないで……」
「……」
「知りたくない?」
「何がですか?」
「君が負けた理由」
「!!」
思わず振り向いて目があうと、彼は薄笑いを浮かべていた。
挑発に乗ってしまったと感じた私は慌てて視線を逸らす。
「……私は負けた覚えはないですが」
「そう……でも、僕自身はもう要らないからここへ置いておくよ。それじゃあ、お大事に」
彼は私の話を無視するように封筒を机の上に置いていった。
よほどこの企画が潰れたのが悔しかったのだろう。
それから一週間経過した。
入院生活は暇だ。相部屋なら話し相手がいるかも知れないが、ここは個室。
放送局側が自分達の局の前で起こった作家同士の事件なので、体面を考えて個室に入れたのだ。
二週間たったことで、見舞いに来る人達も尽きた。
皆、それぞれの仕事に忙しくて私に構っている暇はない。私なんかいなくても仕事は回る。
しかし、そんなことは分かりきったこと。私も負けないように次の企画の準備をしようと思う。
ノートを広げ、ラジオを付けながらペンを走らせた。私は『ながら作業』というのはラジオがとても合うと個人的には思っている。
…
……
………
…………
それにしてもつまらない放送だ。煽りだけが良くて、内容はくだらない。
やたら騒がしいだけのパーソナリティーだな。この番組の作家はどうしているだろうか?
プロデューサーは何をやっているんだ? 私ならどうするだろう?
というようなことをつらつら思いながら番組は終盤を迎える。
『番組の最後に本番組放送作家古林さん、元気になってくださいね〜♪ それではこの辺で。さようなら』
「!!」
愕然とした。
自分の番組を分からなかったなんて……さまざまな思いが次々と浮かぶ。
パーソナリティーのことなんて気にもしなかった。
実際一緒に働くが、あの人たちと適当に話をして合わせていただけだった。
パーソナリティーが誰でも私の台本どうりに進めれば面白いものが出来ると思ってたし、後で自分の放送を聴くことも無かった。
だって……数字だって結果も悪く無かったし、リスナーのハガキにだって批判めいたことは書いてなかった。
でも……
それでも……
私はつまらないと思っているっ!!
「くっ……」
手が震えて止まらない。背中に冷たいものが走る、冷や汗か?
俯きながらふと視界に入る一つの封筒。
その存在はだんだん大きくなっていった。
『知りたくない?』
『何がですか?』
『君が負けた理由』
「……知りたい」
自分でも気付かないうちに言葉に出てしまった。
一度思ってしまえば、もう止まらない。
私は飛びつくように封筒を手に取ると企画書を読み出した。
「これは……」
第一印象は”突飛”だった。
企画書の最初に書かれた文字は『商業スポンサーを一切排除する』だった。
商業主義の観点から言えば大きく外れている。まず、CMが入らない。レコード会社とも関わりを持たず、かける曲も自分達の好きなものをかける。
では、番組の運営費は誰が出すのか?
それはリスナーだ。スポンサーの意向で行う番組ではなく、番組を好きでいてくれる人たちのための放送をしようという試みだ。
国営放送と違うのは聴きたい番組に投資する点。つまらない放送をすれば金を出す人も少なくなり、予算不足によって番組単位で潰れるというのだ。
由部渡は何を目指していたのだろうか?
「……楽園」
番組が好きな人たちと番組が好きで放送する人達。
両者の関係を企画書には「楽園」と明記されていた。
ラジオ好きなアイツらしい……
「はっ……ははは……」
笑いがこみ上げてきた。
せこせこと流行を追っていた私には到底発想できない……負けたの?
「っ!!」
思わず壁に拳を打ちつけた。
何度も何度も……激しい動きに腹部の傷口が開きそうに痛いが気にしない。
これを止めたら……止めたら……私は泣いてしまうかもしれない。
くそっ、くそっ、くそっ!!
なぜ!?
私にはできない!?
……これがどうにも埋められない差なのか?
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」
数分後、私は床へ倒れた。もの凄く体は熱く、湯気が出ている。
自分とは対照的に床は冷たく、気持ちいい。
視界がぼやけてくる。それが涙だと分かるのに時間はかからなかった。
病院の個室で独り床に倒れながら声を殺して泣いた。
一通り泣き終わると、黙って立ち上がる。企画書を手に持ち、引き裂こうとした。
「……」
しかし、どうしても破ることができない。
破って、何食わぬ顔して、この時のことも忘れて、私は逃げるのか……
違う!!
逃げるわけにはいかない。
じゃあどうすれば……
「!!」
ふとした思い付き。
それは大した閃きではないが、確実に私の心をとらえていた。
アイツに勝つ方法……この企画を私が実現すればいい。
由部渡がやりたくても出来ないことを私が成し遂げる。
それどころか全体を取り仕切り、自分のものにしてしまうのだ。
出来る、私には出来る……いや、やらなきゃ負けじゃないか。
しかし、業界内では無理だ。企画の話を知っている人間がいる。
とすれば、地方の放送局か海賊放送か……それに人を集められるパーソナリティーも必要だ。
いつの間にか私はノートを取り出していた。
由部渡を……ラジオ好きな人達を……私がコントロールするんだ。
番組名は――そう、『ラジオデイズ』だ。
あんた達リスナーの日々は所詮、作られたラジオの番組内での日々でしかない。
せいぜい私の手のひらで空騒ぎをすればいい。
10年ほど前の話。
*********************************************************************
気まぐれサーファーはひとしきり話し終わった後、ポツリと呟いた。
「……彼女は波乗家にいたのだよ」
「マジかよ!?」
「あぁ。『ラジオデイズ』の放送作家をしていたのだ」
「でも、波乗は……あの家に住むジョニーの娘は彼女を見ても知らなかったぞ」
「ペンシル祭はブースから出ることはなかったから彼女は気付かなかったんだろう。二年経って髪も伸びたし、眼鏡もしてたし」
納得できるのかできないのか良く分からない話を聞いて僕は一つの疑問に至った。
「というかお前は何でそこまで知ってるんだ?」
「……」
今まで誰も教えてくれなかったようなことをなぜこの男は知っているんだ。
「……調べた。そう言っても信じてもらえないかな」
「どうやって?」
「色々とな」
「その姿といいアンタちょっと謎が多すぎるぞ」
「確かに怪しい格好ではあるな……」
すると、気まぐれサーファーはマスクやゴーグルを取り外し、僕の目の前で素顔を晒した。
「これで少しは謎が解けたか?」
「……お前は!!」




