第33話 「好きになれない」
私は番組が終わった後、本部を出る。
辺りは夜なのに月明かりによって見通しはかなり良い。
反対に私の心は見通しが悪く、言い知れない焦燥感に襲われていた。
周りを歩く者も私の気持ちが伝染したかのように押し黙っている。
しばらくして、100g98円がおずおずと私に話しかけた。
「ペンシル祭さん……」
しかし、呼びかけを無視をする。今は誰とも話したくないからだ。
私が答えないので彼は再び黙ったが、やがて意を決したのか話を続けた。
「どうしたのですか? いくら宝条リンが復活したからって5枚は少なすぎる」
「!!」
「宝条リンとネタが被りやすいのはマッチョ石松の方じゃ……」
「黙りなさい」
「はい……」
変だ。いつもと違う。それは一番自分が良く分かっている。
原因は……必要以上に意識しているせいだ。
分かっていてもアイツを意識してしまう。
『何が楽しくてハガキを書いてるんだ?』
くだらない。本当にくだらない。
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数年前、私は高校を卒業してすぐ放送作家としてデビューした。
投稿していた番組へ放送作家になりたいという趣旨のハガキを送ったところ、番組のプロデューサーさんがいくつか仕事を紹介したくれたのが最初だった。
大学へいくという選択肢は無かった。
勉強ができないだとかお金に困っている等の理由ではない。
ただ、4年間無駄に過してしまいそうなのが嫌だった。
実際にそういう学生を何人も見て、その思いは固くなったのだ。
ハガキを書き始めたのは……強いて理由を挙げるなら番組の狙った傾向にハガキを書いて投稿するという戦略性が自分としては面白かったのだと思う。
放送作家を選んだのもハガキ職人の延長線上にあったからという理由からだ。
最初は見習いからだが、徐々に私の出す企画書が採用されるようになり、1年経つとラジオ・テレビ問わず週に10を超える番組を掛け持ちしていた。
番組を視聴する年齢層、狙い、それに加えて今の流行や番組を見ている人の好みなどを自分の中でデータベース化し番組へ反映させる。
私にとってはハガキを書いたり、番組の構成を考えることは自分の好き嫌いに関わらず、機械的に決まるものだった。
実際に高確率で良い数字(視聴率、聴取率)を取れる番組ができる。
そんな時に出会ったのが由部渡という男だった。
いつものようにラジオ番組の打ち合わせに行くとプロデューサーから彼を紹介された。
大学を出たばかりの見習い放送作家だという。
「コバちゃん、コイツ見習いなんだけさぁ面倒見てやってよ」
コバちゃんとは私の本名が古林涼だかららしい。
「……と言われても、私だってまだ1年目の駆け出しですし」
「またまた謙遜しちゃって、一体レギュラー何本持ってるだよ。ね、この番組だけで良いからさぁ〜。意気込みは凄い奴なんだよ」
「……分かりました」
安請け合いしたことを今でも後悔している。プロデューサーに促され私に前に立ち由部渡と紹介された男は開口一番こういった。
「これからのラジオは僕が変えますから」
「はぁ?」
「とにかくお願いしますっ!!」
「はぁ……」
とりあえず、彼が書いた企画書をいくつか読んでみた……典型的な独りよがりの企画書だ。
私はとりあえずもう少し客観性をもったものを書いたほうが良いという趣旨を伝えると彼はこう答えた。
「大事なのはまず自分がその企画を好きかどうかだと思います」
「……言いたい事は分かりますが、番組というのは見てくれる人がいないと意味がないんですよ」
「大丈夫」
「は?」
「まず僕がこの企画が好きで実際、番組で存在しても観ると思うし、『好き』って言う気持ちは必ず聞いてる人に伝わる。少なくとも僕はそう信じてます」
さらに呆れる私を置いて、自分がいかにラジオのことが好きかを話しだし、最後には影響を受けた番組について語りだした。
正直、ウンザリだった。
その後も終始そんな感じで彼と私は対立した。
「古林さんの言いたい事は分かりました。それで、この番組に対する貴方のこだわりは何ですか?」
「もちろん人気がでることです。結果が重要ですから」
「そうじゃなくて、古林さんの譲れない部分や核になる部分ですよ」
「この企画に私の意見は特に入っていません。もちろんアイデアは自分のものですが、今の傾向を加味して考え出されたものです」
自分で言うのも偉そうな気もするけど、私は世の中の流れや特徴を捉えて反映させるのが上手いほうだと思う。
それが自分の武器であると思っていた。
だけど……
「それじゃあ駄目ですよ。もっと自分の気持ちをぶつけなきゃあ」
「……そうですか」
由部渡という人物はいとも簡単に私の考えを否定する。
「好き」という気持ちがないだけで。
それに私のほうが一年先輩だけど彼のほうが年上なので、あまり彼自体も遠慮なく話しかけてくるのだ。
別の日。
「この企画なんですけど……これじゃあ、あまりにも今までの方向性と反対じゃないですか?」
「……リサーチでもこっちのほうが需要あるし、番組なんだからこれで良いとおもいますけど」
「古林さんには誇りがないんですか?」
「えっ?」
「好きじゃなくても人気があればそっちに移るんですか?」
「ええ」
「……一体、古林さんは何が楽しくて企画書いてるんですか?」
「楽しい……?」
「僕は自分が本当に好きなものしか書きません。それは譲れない」
「……そうですか。頑張ってください。楽しみにしています」
大抵は私が彼の口論をいなして終わる。
正直、彼のことは好きになれない。ハッキリとした嫌悪感を覚えた。
……前からずっと不安になっていた事がある。
確かに私は特徴を捉ええるのが上手いので、ある程度の企画なら出来る。
だが、その番組や企画に愛着はない。
今は通用しているけど……もし、本当にこの世界のことが好きな人と私が真剣勝負したら……負けてしまうかもしれない。
負ける……私が一番恐れている事。
「自分が本当に好きなものしか書きません」と彼は言った。
私を少し不安にさせるには十分だった。
しかし、何度やっても彼の企画が通ることは無かった。
いくつかは試しにやってみようと始めたコーナーがあったが人気が無くてすぐに終わってしまう。
当たり前だ。自分の好みばかり押し付ける番組など誰も聞きたくない。
それ以前に彼の好きだった番組の企画そのものをこの番組に持ち込もうとしたこともあった。
自分の企画が通らず落ち込んでいる彼を私は冷ややか目で見ていた。
『「好き」って言う気持ちは必ず聞いてる人に伝わる』ですって? ……笑わせないで。
それじゃあまるで『思ってさえいれば夢は叶う』とか歌って悦に浸ってる三流ミュージシャンと同じじゃない。
方法論を無視して気持ちだけ進むことがどれだけバカなことかこれで思い知ったでしょ?
心の中で私は蔑み笑う。
結局、私の「負ける」という不安は杞憂に終わった。
そうしている間にパーソナリティーの結婚による引退に伴い、番組自体が終了になってしまった。
よって彼の接点は消滅。
私は他の仕事があり、忙しく過していたし他の番組でも会う事が無かったので、彼のことはすぐに忘れたはずだった。




