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第30話 「永遠シェルター」

 一週間以上前。

 まぶたを閉じていても伝わってくる光。

 日の出が差し込んでくることで僕は目が覚めた。

 まず見えたのは木で出来た床。ゆっくり起き上がる。

 やたら後頭部が痛い。頭をさすりながら周りを見渡す。

 何もない。

 出入り口を見るとやたら頑丈なドアがついていた。

 覗き窓があって、ガラスではなく鉄格子になっている。

 なんだか……これじゃあ牢屋みたいだな……

「なっ!?」

 何だここは!?

 僕は必死に一番新しい記憶を探る。

 確か、波乗と喧嘩して――

「波乗……」

 今はそのことについて深く考えるのは止めよう。

 それから玄関を出たところで玲子さんに会って……ペンシル祭に殴られた。

 すごく間が端折られているが気にしてはいけない。

 とりあえず立ち上がることにした。

 手足を何度か軽く振り、体が動くことを確認するとドアへ向かって一直線に走る。

 そのまま体ごとぶつかった。

 ドアは何のダメージも受けずに僕は派手に跳ね返った。

 何回ぶつかっても結果は同じ。

 とりあえず諦めた僕は床に寝転んだ。


 携帯も財布も抜き取られてる。とにかく、誰かがここへ来るまで待つしかないだろう。

 どれぐらい時間が経ったか分からない。僕は微かに足音が近づいてくるのを感じた。

 ドア付近に身を潜める。ドアが開いた瞬間に飛び出す作戦だ。

 ドア側の壁に張り付いていると覗き窓から誰かの視線を感じる。

 緊張状態が続く中、ドアの向こうから聞き覚えがある声が聞こえた。

「多記君、そんなことをしても無駄。早くドアから離れなさい」

「その声は玲子さん……こんなところへ連れて来てどういうつもりだ!!」

「理由を話すためにここへきたの……それにお腹空いてるでしょ?」

 言われてみればすごくお腹が空いている。

 とりあえずドアから離れることにした。

 けっしてお腹が空いていたからじゃない、今の状況を把握するためだ。


 ドアを開けて入って来た玲子は僕に微笑みかけるように近づいてくる。

 僕は玲子さんをじっと睨みつける……いや、玲子さんだけじゃない。

 彼女の隣にはペンシル祭がいたのだ。

「多記君、お腹空いたでしょ? これ食べて」

 差し出されたのはおにぎり三個と大根の漬物。

 食べたいのは山々だけど我慢して横を向く。

 それをみてペンシル祭がため息をついた。

「無理しないでくれる? 貴方の涎など見たくもない」

 僕は慌てて、口元をぬぐう。

「んなこと、お前に言われたくないっ!! 人の頭をおもいっきり殴りやがってっ!! っていうか何でお前がここに居るんだよ!!」

「言葉遣いに気をつけなさい。貴方の命運は私が握っているんだから」

「じゃあ、やってみろよ!! お前ぐらい道連れにしてやる!!」

「ふ、二人とも喧嘩は止めて。多記君も無理しないで……ね、おねがい」

「ふん……」

「……やれやれ」

 僕は返事をせずにおにぎりへ手をつける。

 玲子さんはニッコリしてペンシル祭はそっぽを向いた。

 お腹が空いていたこともあって、すぐに全部食べた。

 食べ終えた僕を見て玲子さんは優しく話しかけた。

「美味しいでしょ? それね、ここで作られた無農薬野菜なんだよ」

「ここで作られた? どういうことですか?」

「では、ついて来てもらおうか」

 ペンシル祭が僕と玲子さんの会話を打ち切り、合図すると数人の男が入ってきた。

 男達は僕の腕を掴むと手錠をはめ、体には紐をくくり付け逃亡できないようにする。

 僕も抵抗はしたけれど、数人に押さえつけられれば身動きは取れない。


 状況がつかめないまま外へ連れて行かれる。

 ドアを出ると、ここが大きな建物の一部だという事が分かった。

 大きな建物とはいえ、作りはかなり粗末なプレハブ建築。

 ドアに体当たりするより壁に体当たりしたほうが簡単に脱出できたのかもしれない。

 大きな建物を出ると、ここが周りを木に囲まれた森の中だということが分かった。

 皆、黙ったまま淡々と進む。とりあえず、玲子さんに尋ねてみた。

「一体、ここはどこなんですか?」

「波乗家の敷地内よ」

「……え?」

 人工的に作られた小道を進むと少し開けた場所に出た。

 そこにはテレビなんかでよく見た、災害時に建てられる粗末なプレハブの仮設住宅と呼ばれるような建物がたくさん建てられていた。

 僕らはそれを横目にどんどん進んでいく。

「何なんだよここは……」

「……楽園」

 今まで黙っていたペンシル祭がポツリとつぶやいた。

 それに呼応するかのように男達も頷く。

 玲子さんも心なしか微笑んだ気がする。


 しばらくするとまた開けた場所に出た。さっきよりも広い場所だ。

 辺りを見渡すと一面の野菜畑だった。数人の男女がせっせと畑仕事に精を出している。

 この光景に呆然としていると玲子さんが僕に話しかけてきた。

「さっきの大根の漬物もここで作られたんだよ」

「そうなんですか……」

「驚いた?」

「ここ本当に波乗家の敷地なんですよね? こんな場所があったなんて……」

 僕と玲子さんの会話をペンシル祭も加わる。

「波乗家の敷地のほとんどが木々に囲まれているからな」

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?」

 玲子さんは頷き、僕の問いに答えてくれた。

「えぇ、私達は貴方に分かって欲しくて、閉じ込めたというのも理由の一つだから。まず、この場所は波乗家の敷地内。広い敷地を利用して、こうした家(というより小屋)がいくつもあるの。そこで皆、野菜なんかを作って自給自足してるの」

「皆?」

「そう、『ラジオデイズ』のリスナー達」

「はぁ!?」


 今まで木々が邪魔をして見えなかったけど、この敷地内にはリスナーが生活していたのか……どうりで電波が敷地以上に飛ばなくても皆ハガキを出せるわけだ。

 でも……

「何のためにそんな事を?」

 僕の問いに答えようとする玲子さんを制するようにペンシル祭が僕の前に立つ。

「終わらないラジオのため」

「終わらないラジオ?」

 ペンシル祭はうなずく。

「ラジオにしろテレビにしろ、聴取率や視聴率、スポンサーの意向なんかの外の圧力にいつも泣かされてきた。良い内容なのに終わる番組があとを絶たない。結局、残るのは大衆に媚びた最大公約数的な低脳で下品な番組ばかり」

「……」

「波乗丈も自分のスタイルを貫いたためにそうした流れに乗り切れず、落ちぶれていくラジオパーソナリティーの一人だった。普通ならそのまま消えて終わり。何処かの地方で細々と仕事をこなすだけだったかもしれない。でも、波乗丈は諦めなかった。彼の番組は人気は無かったが、熱狂的な信者によって支えられていたのだ。彼らがお金を出し合い、ラジオ局を作ろうと提案したのだ」


 にわかに信じられない話だ。そこまですることに何の意味がある?

「リスナーはこうやって野菜を作って売ったり、この町でアルバイトをしたりして運営費を稼ぐ。そして、波乗丈……ジョニーは我々に最高の放送をする……永遠に……」

「え……永遠……」

 ここで『永遠はあるよ』とか言ってはいけない。

 そもそも永遠の定義が違うようだ。

「どう? すばらしいでしょ?」

「……これじゃあ……まるで新興宗教だな」

 僕はかなり皮肉を込めていったつもりだった。

 しかし、ペンシル祭はまんざらでもない顔をする。

「そうね、近いかも。ジョニーが教祖で私達は信者とでも言えば良い?」

「マジかよ……」

 玲子さんは僕の表情が変わっていくのを敏感に察知したのか、慌てて話しに加わる。

「勘違いしないで。ここの人たちは本当に丈さんのラジオが本当に好きなの。彼が普通の放送局で番組をやってた時代、このラジオだけが唯一の楽しみで辛い仕事や環境に耐えてた人達なの」

「……」

「丈さんは読まれないハガキにも目を通して、返信の必要がある人にはきちんと返事を書いて励ましていた……ホントにすごい人。だから、これからも守っていきたい。大切な時間を私達の手で……」


 それは所謂シェルターだ。

 現実の流れから身を守る場所。

 その中に入れば変わらないものが存在する。

 ラジオを続けたい波乗丈と番組が終わって欲しくないリスナー達。

 両者の意見は合致したわけだ。

 確かに、僕も玲子さんの番組が終わったとき夢見た『終わらない時間』。

 なくならない拠り所。それは、甘美で温かい誘惑。

 ――でも。

「波乗澄音は関係ないだろ! アンタ達の勝手な現実逃避に巻き込まれる筋合いはない!」

「そうね。でも……澄音ちゃんには悪いけど、これは譲れない。そのためには手段を選ばない。多記君なら分かってもらえると思ったんだけど……」

 玲子さんは下唇をかんで僕を睨みつける。

 このやり取りを見たペンシル祭は玲子さんに冷たく言った。

「もういいでしょう。これ以上、リスナー部門に口出しするのは止めてもらいましょうか?」

「……」

「製作部はジョニーを中心としたリスナーを喜ばせる番組作りをすればいいのです」

「……わかった」

 玲子さんはそれ以上は何も言わずに立ち去っていった。

 組織作りはある程度出来ているらしい。

 ますます怪しい宗教だ。


「わかっただろ? 君達が優勝して波乗丈と会うことによって『番組を止める』なんて言い出せば、私達の生活が根底から覆される。私達にとって波乗丈の言葉は絶対なんだ」

「……だったら尚更止められないな。僕がいなくなったぐらいで宝条リンの勢いが止まるとでも思ったか?」

「多記君……貴方、本当に自分の重要性がわかっていないようね」

「……」

 ペンシル祭の顔が薄笑いに変わった。

 僕は信じてる。波乗は一人でも上手くやっていけるはずだ。

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