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第29話 「sunlit」

「だって私じゃあ何も出来ないんだよ? 皆が来るまでハガキだって全然読まれないし……」

 何を言っても環さんの表情は変わりませんでした。

 ありったけの言い訳を言い終え、私が黙ってしまうと彼女はそれを待っていたかのように口を開きます。

「お前の覚悟とはそんなものなのか?」

「えっ?」

「ここはお前にとっての戦場じゃないのか?」

「そうだけど……」

「お前の戦いだろ? だったらハガキを書け。動け!! 行動しろ!! 今、お前に必要なのは多記透でも誰かの助けでもない。自分自身で戦い抜く力だ!!」

「え……」

 ハッキリ言われるとやっぱりショックです。

 多記君は以前、『ハガキのネタの事はオレ達に任せろ』と言ってくれました。

 私もそれを頼りに頑張ってきたのです。

 それなのに環さんは私に自分自身で戦えと言います。

 どちらが正しいのでしょう?


 ……と、考えることはないです。

 結局、今私は一人で……皆が帰ってくる保証も無くて……ふさぎ込んでいるだけなんだから……

 まとまらない気持ちがどんどん一つに集約されていきます。

 そして言葉に出しました。

「……私、やる」

「おぉ!! その意気だ!!」

 環さんは私の肩をたたきながら言いました。

「よし、今ここで宣言しろ『多記透なんて必要ない』と」

「そんなこと出来ないよぉ……」

 彼女は少し困ったような表情を浮かべ、考え込みます。

「嘘で構わん」

「え?」

「今は嘘でもいい。あとから本当に変われば問題なしだ」

「それも困る……」

「まぁ、生まれ変わる儀式だと思ってやってみろ……ってゆーか、言え!!」

「うぅ、分かったよう……多記君なんて必要な〜い」

「声が小さい。これぐらい声を出せ『立浪裕人なんて死んじまえ〜〜〜!!!!!』」

「誰なんですかそれ?」

「声を出す大きさの例なのだから気にするな」

「……多記君なんて必要な〜いっ!!」

「『君』をとれ」

「え〜〜〜〜〜っ、嫌だよ〜」

 大きな声を出して少し元気になりました。

 今はこの嘘にしがみついて頑張ろうと思います。



 夜、私は久しぶりにラジオを聴きました。

 数日聴いてないだけなのにかなり時間が流れている気がします。

「何にもしないのに、なぜここに居るんですか?」

「気にするな。暇つぶしだ……ふんっ、こんなレスで私が釣られるとでも? と言いつつ釣られてみるか……」

 環さんは机にノートパソコンを置き、ディスプレイと格闘しています。

 ブツブツ言いながらなので少し怖いです。

「あの……いつもノートパソコン持ってるんですか?」

「んなこと言って暇があるなら、ハガキを書け!! 存在感を出すのだ!!」

「え? う……うん」

「そしてネタを示せ!! 読まれるように!!」

「はい!!」

「それがハガキ職人の誇りだ!! ……っと1さんも言っておられる」

「お〜っ!! ……って1さんって誰ですか?」

 彼女の言うことはたまに意味不明です。

 その原因はいつも眺めているノートパソコンにあるようですが、細かい突っ込みはしません。


 お父さんは今日もテンション高めの放送です。

 私も負けないようラジオを聴きます。

『今日は夏休み企画としてFAXの一発ネタ募集だ!! 今からスタート!!』

 これはチャンスです。

 今ハガキを書いても読まれるのは何日か後ですが、FAXなら今すぐ読まれます。

「早速、おあつらえ向きな企画じゃないか。とっととネタを考えろ」

「うん」

 私がネタを書こうと紙に向かうと環さんは立ち上がりました。

「どこ行くの?」

「……どこ行こうが私の勝手だ。お前はまだ誰かに助けて欲しいのか?」

 それだけ言い残すと部屋を出て行きました。

 静かになった部屋で黙々とハガキを書きます。

 この部屋に一人いるとやっぱり淋しいです。でも……

『お前の戦いだろ?』

 と環さんは言いました。その通りです。これは私の戦い。

 私は周りを見渡し、誰もいないことを改めて確認すると白い紙へペンを走らせました。

 前に多記君がFAXは前半勝負だと言っていました。

 だとすると、ここである程度の数を書いてコンビニへ持っていく方法しかありません。

 とか考えていると机に置いてあった携帯電話が鳴ります。

 表示を見ると見たことない電話番号でした。

 恐る恐る電話に出ると、聞き覚えのある声が聞こえます。


「よし、思いついたネタを言え」

「環さん? なぜ電話を?」

「さっき確かめたのだが、お前のうちはFAX無いだろ? だから、近くのコンビニへ行ってネタを送るしか方法がないと判断したのだ」

「それは分かりますが……」

 私が聞きたいのは『なんで電話番号を知っているのか』ということなんですけど……

「ネタはそこでお前が考えればいい。番組の流れとか考えてネタを携帯で伝えろ。そして私がFAXを送る。完璧な作戦ではないか」

 電話番号のことはさておき、環さんの優しさに私は少し泣きそうになってしまいました。

 手伝わないと言っておいて、ちゃんと手を差し伸べてくれる。環さんはいい人です。

 でも、ここで泣いたら彼女は怒るに違いありません。

「環さん……」

「何だ?」

「あの……ありがとう」

「気にするな好きでやったこと。それにお前は私の友人に似ているからついつい肩入れしてしまうのだ」

「……うん。わかったよ……じゃあネタ言うね」

「おう!!」


 私は今思いついた、とっておきのネタを叫びました。

「ジャガいもん!!」

「は……?」

 すると環さんは少しの間黙っていました。

 きっと用紙にネタを書いているに違いありません。

「あの……一つ聞いて言いか?」

「うん!!」

「それは……『ドラ●もん』と『じゃがいも』をかけているのだな?」

「うん、そうだけど……面白いでしょ?」

「いや……まぁ……お笑いの基準は人それぞれだからな……」

 さっきと比べて話すトーンが下がった気がするのは気のせいでしょうか?

 とにかく私は一生懸命にネタを作るだけ。

 頑張ればきっとなんとかなるはずです。

 努力はきっと報われるはず……


 一時間後……まったく読まれません。

 多記君のFAXネタの法則から行けばもう時間がありません。

 でも、ネタが読まれない理由が良く分からないです。

 ……書き方が悪いのかなぁ……と考えていると環さんから電話がかかってきました。

「なぁ、もう少し他の奴らの書き方を参考にしたら?」

「え? ……うん」

 他の人と私の違いって何だろう?

 確か……佳代ちゃんは……芸人さん達のネタを上手く使ってたよね……そうだ!!

 最初に教えてもらった前田なんとかさんのネタを書こう!!

 えぇ〜と、前田何さんだっけ……

 この芸人さんの名前を思い出すのに少し時間がかかってしまいました。

 でも、これで一つネタが書けました。

 そのネタを元にいくつか作って早速、電話して伝えます。

「……なんでお前が前田●郎を知ってるんだ?」

「えぇ!! 環さん知ってたの?」

「基本だ」

 環さんは侮れません。


 次に川上君のネタを思い出します。

 ……下ネタですが一人でやっていくためには書かねばなりません。

 確か……『下ネタで重要なのはダブルミーニングだ!一つの言葉で二つの意味を持たせる』とか言っていたような……少し難しいですが考えます。

 なんと言うかエッチなネタを書いていると言うよりは、言葉遊びをしている気分です

 こうしてその人たちのネタをやってみると、ただ外で見ているのと実情は違うのだと分かりました。

 いくつか書くことができたで電話します。

 少し恥ずかしいです。

「……どう?」

「お前、古い下ネタテクニック使ってるなぁ。直接書けばいいと思ってるバカよりはましだな。実際、私が紙に書くわけだし。よし、送ってみる」

 環さんにも良い印象を与えたみたいです。


 最後に多記君は確か……

『まずはネタにさりげなく八十年代のネタを入れろ。お前の父さんに「懐かしい」とか「こんなの聞いて分かるヤツはいるのか?」とか言わせれば成功だ』

 と言っていた気がします。

 早速、前に買った80年代特集の雑誌を開きネタを考えます。

 こうして考えると皆に教えられたことは大きいです。

 自分でやると言っても結局は自分の力でない気がします。

 そのことを環さんに電話で、ネタを伝えるついでに話してしまいました。

「人は一人では何も出来ない。本やテレビ、周りの人間等から影響されたモノを自分の力に変え、大きくなる。これをなんと言うか知ってるか?」

「え? 何だろう?」

「それを人は成長と言うんだ」

「……成長」

「成長して独り立ちをしていく。振り向けば、いろいろな人を通り過ぎたことを実感する」

「環さん……すごいです」

「気にするな。ただの受け売りだ。これで一枚でも読まれれば成功と言えるだろう」

「うん」


 その後も二時間半の間、ネタを書き続けました。

 しかし、読まれることはありませんでした。

 とうとうFAX受付が締め切られます。

 残りも後30分、お決まりのコーナーがあるだけ。

 電話でFAXが終了したことを伝えます。

「そうか……残念だったな。今からそっちに戻る」

「うん」

「諦めるな。この放送が最後の放送ではないのだから」

「……ありがとう」

 電話を切ると私は脱力して、大の字に寝転びました。

 今でも、どんどん番組は進んでいます。

 それを耳にしながら、涙が出てきました。

 凄く悔しい……次はもっと良いネタ書いてやる……

 これまでは読まれなくて悲しいとか皆と比べて悔しいとかはありました。

 でも、今は素直に誰のせいでもなく、落ち込むことも無く……自分の中で何かがくすぶっています。

 きっとこの悔しさがあればまた明日も書ける……いや、今からでも書ける……

 そう思うと居てもたってもいられなくなりました。再び起き上がり私は机に向かいます。

「私はまだ負けないっ!!」

 番組はエンディングに差し掛かりました。

 しかし、私はハガキを書くことを止めません!!

 その時でした。

『番組最後にお別れの一ネタを……ペンネームは……』


*********************************************************************


 私は突然訪ねた波乗澄音という子の家に戻ることにした。

 それにしても……何でこう私は人がいいのだろう?

 放っておけばいいのにかまってしまう。きっと、藍子のせいだ。

 そうだ、アイツのせいにしておこう。

 ゆっくりと波乗家の坂道を登りきり、家の玄関に向かうと怪しい人影が三人うごめいていた。

 そんなことを恐れる必要もないので私はドンドン突き進む。

 すると奴らは私に関わらず何かを喜んでいるみたいだった。

「やったやん!! 最後の最後で読まれたしっ!!」

「おおおおおおっ!! 澄音ちゃん、アンタすげえよ!!」

「あ〜あ、リンちゃんも参加したかったぁ〜。二人ともリンちゃんが迎えに行って、ここまで来たのに、なんで玄関に入らなかったの?」

「……それを言うなよ……ってお前も入らなかっただろ!!」

「何にしても勇気が要るなぁ……」

 私はこいつらに一言言ってやることにした。

「お前等、揃いも揃ってバカかっ!!」


********************************************************************


 奇跡でした。最後の最後に宝条リンのネタが読まれたのです!!

 私は立ち上がり飛び跳ねて喜ぼうとしました。

 でも、飛び跳ねるのは止め、静に拳を握り、ジッとそれを見て実感を噛み締めます。

 もう私は一人なのです。手放しでは喜びません。

 その時、ノックの後、部屋のドアが開けられます。

 入ってきたのは環さんでした。

「あっ、環さん。ありがとうございました」

「ふん、私は何もしていない。どうだ? 一人で成し遂げた気分は」

「なんと言うか……嬉しいです。でも、まだこれからだって思うとワクワクします」

「一人でやって行けそうか?」

「はいっ!!」

 すると環さんは不敵な笑みを浮かべ、後ろを向きました。

「おい、お前らはもう要らないってさ!!」

「え!? 環さん、今なんて言ったんですか?」

 環さんは何も言わずにドアを開けました。

「――あっ!!」

 そこには佳代ちゃん、川上さん、琴和さんが立っていました。

「も、申し訳ございません!!」

 真っ先に川上さんが私の前で土下座を始めました。

 さらに後ろから佳代ちゃんが恥ずかしそうに私へ話しかけます。

「あっ、あのな……澄音――」

「わ〜〜〜〜〜んっ!! は〜〜ちゃん、ごめんね〜〜〜〜〜!!」

 佳代ちゃんが何か言う前に琴和さんが私に飛びついてきました。

 いきなりのことで私も何がなんだか分かりません。

 少なくとも確かなのは良いことが起こったのだということです。


 何と言うか……一人でもやれるぞと決心した途端、皆が戻ってきてくれました。

 私にとっては奇跡だと思いますが、環さんは必然だと言います。

 理由はわかりませんが、そういう事にしておこうと思いました。

 次の日からは再び琴和リンの開始です。

 佳代ちゃんが元気良く気合を入れます。

「よしっ!! 夏休みも残り少ないけど頑張るで!!」

「……で、何でこいつは居るんだよ。さっきからパソコンばかりやりやがって」

「気にするな、空気だと思え」

 隣では川上さんと環さんが喧嘩をしています。

「思えねぇよ、寝転びながらパソコンってくつろぎすぎだっ!!」

「だまれ!! この厨が!! 私がいなかったら一生この家に入れなかったくせに!」

「うっ……」

 私の後ろでは琴和さんが機嫌よく絵を描いてます。

 なんだか昔に戻った気もしますが、気にしません。

 皆それぞれ何かを掴んだかのようにすっきりした表情でハガキを書いているから。

 後は多記君だけです。彼が来るまで私達で頑張ることにしました。


 そして、今日も「ラジオデイズ」は放送されています。

『よ〜し、じゃあ次のハガキだ。えーっとこれはペンネーム、マッチョ石松君からのネタ……』

「え〜〜〜〜〜っ!!!!!」

 環さん以外の皆が『マッチョ石松』という言葉を聞いて驚きます。

 ど……どういうこと!?

 多記君なの?

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