第28話 「ドリームキャッチャー」
多記君と出会ってから今までの色んなことを話してしまいました。
誰かに今の思いをぶつけたかったのです。
私の話を聞き終えた環さんは顎に手を当て考え込んでいました。
「ふむ……だいたいのあらましは分かった。問題点はいくつかある」
「まずは結局、多記がどこにいるのかさっぱりだということ」
「はい」
「次に多記及び他の連中はどうしようもなくバカだという事」
「……」
環さんに話して本当に良かったなと思うと同時に何だかスッキリしました。
そんな私を見て、彼女は咳払いを一つしました。
「まだ続きがある。最後になぜお前はそんなことを私に話すのか?だ」
「だって、アナタが話せって……」
「違うな。誰かに話したかったのだろ?」
「え?」
すごく痛いところを突いてきます。
私の心を見透かすように環さんは言いました。
「お前の話を聞いてるとずっと誰かに頼ってばかりじゃないか」
「……」
「助けられ癖が付いてるんじゃないのか? だから、たまたま来た私にさえ助けを求めてしまう」
「そんな――」
「多記以前にお前を何とかしないとな」
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もうあの男を捨て置くわけには行きません。
二度とリンに近づけさせるわけには行かない!!
怒り心頭で扉を開け出て行こうとする私にリンがすがりつきます。
「離しなさいっ!! あの男どこまでリンを侮辱すれば……」
「おやめください、お姉様……」
「……リン」
あぁ、目を潤ませ懇願する姿も……何て愛らしいのでしょう。
このまま私のお部屋へ連れて行きたい……と、耽ってる場合ではありませんでした。
今度こそあの者の息の根を……
長刀を持ち、リンを引きずったまま玄関ホールまで来てしまいました。
私達の周りでは執事の坂田がオロオロしています。……うっとうしい。
「ラン、お止めなさい」
そんな時、私の名前を呼んだのはお母様でした。
「お母様」
「……マミィ」
大広間から出てきたお母様は威厳を漂わせ、私達姉妹を交互に見ます。
「ラン。妹のことで興奮するのは結構ですが、ご自分の将来についてもっと考えなさい。一体、いつになったら見合いをするのですか?」
「はい……」
「それに、リン。何があったかは詳しく聞きませんが、野良犬にでも噛まれたと思って忘れなさい」
「はい……」
反論が出来ず、その場は収まってしまいました。
自室に戻り、考えをめぐらせます。
……私は断じて納得いきません。
だいたいお母様は昔からのお嬢様で世間を知りません(私もそうですが……)いえ、あの人は知りたいとも思わないのです。
私は違います。
お母様は早く見合いをして婿養子をとり、このお屋敷で優雅に暮らすのが勤めだといいますが、私はもっと世の中を見たい。
ですが……私は二人姉妹の長女なのです。
長子としての責務というものを放棄できるほど無責任ではないし、この家を簡単に捨てて自由の身になるという身勝手さも持ち合わせていません。
だからこそ、リンにはこの家なんかにいないで世間を見て欲しかった。
……でも、彼女はこれから家を出るが少なくなるでしょう。
これでは何のために私がこの家にいるのか……
――え? よく考えてみると……これはチャンスなのかも。
『私にだって自由に羽ばたける権利がある』
そう考えると思いを抑えることが出来なくなってきました。
私は衣裳部屋へ忍び込み、トランクに洋服を詰め込みます。
お金は次の日に朝一番で銀行へ行っておろせばいい。
単調な屋敷の生活から抜けせるかもしれない。私の胸は躍りました。
……後は暗くなるのを待つだけ。
そして、夜。世間ではすでに深夜と呼ばれる時間帯。
私はベッドのシーツをつなぎ合わせ、ロープを作りました。
誰にも見付からないようにテラスからの脱出です。
そっとテラスに出て、手すりにシーツを括り付けます。
このアイデアは本を読んで思いつきました。
「お姉様、何をしているのですか?」
「あ……」
――忘れていました。テラスはリンの部屋と繋がっていたのでした。
「リ……リン、いつからそこに?」
「ずっといました……お姉様がお部屋から出てきたときから」
「な、なんてことでしょう!」
私は赤面し、それ以上は何も言えなくなりました。
妹を放っておいて自分だけ逃げようとするなんて……
それにしても……月明かりに照らされるリンは素敵です。
ボーッとしてる場合ではないのでした。
とっさに私はリンへ言い訳をします。
「あ、アナタが外へ出られるように用意をしていたのです」
「え? ……ですが、私はもう……」
「…そうですか」
「申し訳ございません」
リンの可愛さを必死に我慢して私は自分の気持ちを……
今まで誰にも黙っていた気持ちを言いました。
「でしたら……アナタはもう世の中の表舞台から姿を消しなさい」
「お姉様?」
不思議そうな顔をしたリンをよそに私は決壊したダムのように一気に言葉が出てきます。
目の奥が熱くなり、感情が高まってくるのが自分でも分かりました。
「私は今から旅に出ます、行きたいところへ行くのです」
「はい?」
「アナタがこの家にいるというならば、私がこの家を守る義理はありません」
「何をおっしゃるのですか」
普段、あまり意識していないようなことが口からでてきます。
次に言った言葉は自分にとっては意外でした。
「――私には夢がありません」
「?」
「だから夢を探しに行くのです」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶でいいのです。夢とはデタラメで途方も無く荒唐無稽なものではないのですか?」
「!!」
今まで私は夢などと言うものに関して考えもしませんでした。
「多記透ごときで薄れる夢など捨ててしまいなさい。お稽古事をして、花嫁修業をして……この屋敷に婿を呼ぶのです」
「……ランお姉さま」
「主役……交代です」
私は言いたいことを言い終わると肩で息をしていました。
息継ぎを考えることなく話したせいでしょう。
私の言葉を聞いたリンはしばらく黙っていました。
やがて、決意したようにリンは私を見つめて口を開きました。
「それは……嫌です」
これに対する答えは決まっています。
「でしたら……私と戦いなさい」
「はい?」
私は部屋へ戻り、木の長刀を二本持ってきました。
一つをリンに渡すと私は一定の距離をとって離れました。
「自由を賭けていざ勝負!!」
「お待ちください、お姉様!!」
「問答無用!!」
長刀を床に対し45度、正中線に構えます。
一方、リンは事情が読めないのかまったく構える様子がありません。
「私は本気です」
「意味が分かりません……」
今までまったくした事がない姉妹喧嘩。戸惑うのはしょうがないでしょう。
ですが、私は本気です。彼女にやる気を出してもらわなければなりません。
私は揺さぶりをかけることにしました。
「怖いですか?」
「え?」
「自分の夢への思いが多記によってなくなっていくのが怖いのですか?」
「断じてそんなことはありませんっ!! あの男のことなどもうどうでも良いっ!!」
私の予想どうり多記という言葉にリンは敏感に反応します。
ですがそれがいけなかった。
やはり、多記がリンの心に住み着いてるのだと分かると、私もついつい興奮してしまったのです。
「だったらなぜ私に対してもそのような話し方をするのです!!」
「!!」
「貴方が家と外では話し方を変えていることを知らないとでも思っているのですか?」
「お姉さま……」
「壁を作った話し方をして……怖いのでしょう!!」
「怖くないです」
「嘘」
「怖くない!!」
「嘘ですっ!!」
ここまできたらただの子供の口げんかのようになって来ました。
「リ……リンちゃん、怖くないもんっ!!」
とうとうリンはぎこちないながらも構えます。
長刀の実力からいえば私のほうが圧倒的に上。それなのにリンは構えました。
彼女なりの決心なのか……私の酔狂に構ってくれているだけなのか……
でも、うれしい。
何かを賭けて誰かと競えることがこれほど興奮できるとはっ!!
「……そう、それでいいのです!! では、行きますよ!!」
「よ〜しっ!! 来いっ!! リンちゃん、絶対勝つから!!」
しかしというか予想どうりと言うか……リンは隙だらけでした。
ですが……打ち込めません。
良く考えてみれば……私が可愛いリンを打ち据えることが出来るはすないっっっ!!
じっとリンを見つめます……それにしても……寝巻に長刀を構える彼女は可愛い。
いや、作法に則りきちんとした服装でさせたほうが……可愛さに凛々しさが加わっていいかも知れない……戦う女はすばらしい……
ボカッ!!
「え?」
我に帰り、上方を見ると長刀が頭の上に乗っていました。
遅れて、頭に少しだけ……じゃなくてかなりの激痛が走ります。
そのまま私は倒れこんでしまいました。
「リンちゃんの勝ちぃ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
気が付くと、私はベッドに寝ていました。
額には濡れタオルがあり、右横へ目をやるとリンが心配そうに覗き込んでいます。
「お姉様、ごめんなさい。リンちゃんのためにこんな芝居を打ってくれて……」
「え? ……ええ。まぁ、これもあなたのためと思い……」
……とっさのことに嘘をついてしまいました。かなり自己嫌悪。
覗き込むリンを見て、大人っぽい彼女も悪くないですが、やはりリンは無邪気でいて欲しい。
昼間言おうと思っていたことを思い出し、私はリンの頭へ手を乗せました。
「リン、アナタは『夢は恋愛に勝てないのでしょうか?』と言いましたね」
「……うん」
「夢のない私が言うのは変かもしれませんが……勝つ必要などないのです」
「勝つ必要がない?」
「……夢とは自分に向ければ情熱になり、人に向ければ愛情になるものだと思います。元をたどれば同じ物。比べるものではないのです」
リンは何度も頷くと私の胸へ顔をうずめます。
「さっきは夢など無いと言いましたが……リン、アナタが私の夢そのものなのです」
「……お姉様」
「好きなことをおやりなさい。たまには殿方に現を抜かすのも良いでしょう。人生、真っ直ぐ一本道ではないのですから」
「……」
「私もアナタが心配ですが……お見合いすることにします」
リンは泣き顔を見られたくないのか、私にくっついて離れようとしません。
そんな彼女の髪を何度も優しく撫でました。
本気で私は自由になろうと思っていました。今でも少しそんな気持ちもあります。
でも、結局リンに譲ってしまいました。
自由になるにはあまりにも理由が無さ過ぎました。
やりたいことも無ければ……好きな殿方もいない。
その全てをリンは持っていました。彼女には資格があると思います。
やりたいことがない代わりに私はやらなければならないことがあります。
それを一つ一つ解決していきましょう。
……この屋敷も悪くない。




